第二十六話其の一 「体育の授業!! マキside」
体育の授業で着替えてグラウンドに出たボクは、とりあえず深呼吸した。
この身体になって二回目の体育だ。
着替えは普通にこなせたし、不安要素は無い。このまま無事に体育を終えれば問題は無いと思う。
ただ一つ不安というか、心配事はヨシユキの事だ。
――無事に着替えれたかな?
女の子に免疫が無いヨシユキの事だから、さぞ苦労している事が手に取るように分かる。千歳に迷惑をかけていないとも限らない。
ボクは早く、無事にヨシユキがグラウンドに現れる事を願っていた。
だけどボクの心配も杞憂に終わり、ヨシユキは無事にジャージ姿でグラウンドに現れた。隣には千歳が笑顔でついている。
傍から見ていると、千歳はとても楽しそうにしていたが、反対にヨシユキはすごく疲弊していた。
――何があったんだろう?
まあ、大方ヨシユキが着替えで疲れたんだと思うけど、雰囲気的にそれだけじゃ無さそうだった。
まだ授業開始まで時間があったので、ボクは二人に近づいた。
向こうもボクに気付いて、歩いてきてくれる。そして多少小走りになったかと思うと、直ぐにボクの前に二人はやって来てくれた。
たゆん……。
ボクは小走りで地面を踏みしめるたんびに揺れるヨシユキの胸が気になって仕方ない。
――大きい……。今度、触らせてもらおう……。
ボクはヨシユキを抱きしめる計画に次いで、胸を揉む計画をすぐに思いついた。
「――マキ? 何を見てるの?」
「え? いや、何でもないよ……」
隣に千歳が居るので、ヨシユキはミユキモードだ。
「――何だか、水鏡君の視線がやらしかったよ?」
「え?」
「胸。見てたでしょう?」
千歳が突如、笑顔でボクをからかう。
戸惑うボクは、彼女の言う通りヨシユキの胸を見ていたので、反論できなかった。
「――ま、マキ!?」
ヨシユキは恥ずかしそうに自分の胸を両手でクロス。身をよじってボクをジト目で見る。
――ううっ、可愛い……。
そんなヨシユキの仕草にやられたボクは一瞬、我慢が出来なくなる。瞬時に抱きしめたくなる衝動を鉄の理性で抑えてヨシユキから視線を外した。
きっとボクの顔は今、非常に赤い事だろう。
「――ご、ごめん……」
「あー、水鏡君、やっぱり♪」
「…………」
ヨシユキの視線がボクを刺す。
――ごめんなさい。
心の中でも謝罪するけど、ヨシユキは相変わらず冷たい視線をボクに向ける。
「――あははー。本当に大きいよねっ、ミユキの胸っ!」
「え!? 相ざ……、千歳!?」
「さっきミユキを着替えさせたけど、本当に凄かったよ?」
――何が凄かったんだろう? というか、着替えさせたって??
ボクが千歳の言葉を理解しようと考えていた時、
「――その事は忘れて! お願いだから!」
ヨシユキが顔を真っ赤にして吼えた。
その瞳は何か懇願しているように必死で、千歳にすがり付く。
「――今度から一人で着替えるから、もう止めてね?」
「えー……」
「なんで残念そうなの!?」
「だって、楽しかったもん」
「うう……」
会話な内容から何があったのかは推測できないけど、ヨシユキの落ち込みようから、何かハプニングがあった事は分かった。
――今日、また夜に電話で聞こうかな?
ヨシユキの反応からして教えてもらう事は難しそうだけど、気になるのは仕方がない。とりあえずこの件は夜に回すことにした。
この後、すぐに授業開始のチャイムが鳴ったのでボクたち三人はここで別れる事になる。
勿論、体育の授業は男子と女子とでは違うのは当たり前だ。
準備体操の後、二人と別れてボクは男子の集まる場所へ足を向けると、そこには青山が手を振ってボクを呼んでいた。
いつもなら、ヨシユキが男子側で青山と仲良くしていたのに対して、今はボクが彼と仲良くしている。
相変わらず慣れない環境に、ボクは少し戸惑った。
「――お前、昨日の今日で勇気あるな……」
「え?」
青山の隣に着くと、いきなり彼はそんな事を言ってくる。
ボクは咄嗟に聞き返したけど、青山が視線を後ろに向けた時、その言葉の意味を理解した。
「「「…………」」」
ボクと青山を囲む、敵意の視線。
いや、これは違う。ボクと青山というより、ボクが睨まれていた。
――こ、これはもしかして……?
思い当たるのは昨日の一件。
ボクが酒井先輩を倒した事で、『小峰美幸ファンクラブ』に認められた事が関係しているのかもしれない。
――すごい目つきだね……。
ヨシユキに告白する機会が完全に無くなった事で、ボクを目の敵にする。……当然と言えば、当然の結果かも。
「――水鏡君」
「……ちょっと話できますか?」
「…………こっちに来い……コホン! 来てください……」
怖すぎるオーラを発した男子生徒数人が、ボクの前にやってくる。最後の一人なんか感情が先に出過ぎていて、すぐに敬語に言い直したくらいだ。
――な、なんでこんなに怖いのかな?
その人たちは、隣に居る青山を威嚇して退散させたかと思うと、恐怖を感じているボクに顔を寄せて来て、
「――水鏡君、最近の君の行動はちょっと問題あるんじゃないですか?」
「小峰さんだけには満足せず、相沢さんまでも……っ」
なんだかすごい剣幕で話しかけて来た。
後の男子生徒の『相沢さん』発言は、恐らくボクがさっき、二人と一緒に会話していた所を見て言っているのだろうか。
――面倒な事になったかも……。
ボクは自分の立場を理解せずに、A組の二大美女と一緒に仲良くしていた事を後悔した。
「――俺たちはただの背景か? 姿、形すら表示されない存在なのか?」
「俺たちは、あの二人のファンクラブ会員で終わる、お前の引き立て役なのですか……?」
「せめてもう少し夢を見させてはくれないのか? 始まる前によくも終了させてくれやがりましたね……」
――ダメだ。話を聞いてくれそうにもない。
「――もう知らない。すでに『終了』俺たちには失うものなんてないのだから」
「開き直った俺たちには良心の呵責なんてものはないのだ」
「そう……、君は良いクラスメイトだった……。そう思っていたのに……ね?」
その感情の無い声を皮切りに、
「「「――まあ、今日は『体育』を頑張ろうぜ?」」」
彼らは急に腕を回したり指の骨をゴキゴキと鳴らしだした。
――今日ってサッカーでしたよね? なんで上半身のウォーミングアップを……?
ボクは泣きそうだった。
瞬時に身の危険を察知し、青山に助けを求めようとも、
「――…………(プイッ)」
彼は視線を見事に逸らしてしまう。
……ここに裏切りが生まれた。
「――さて、水鏡君? 分かってるよね?」
「……ねぇ?」
「ふふふふ……」
ダメだ。この人たちは何かを企んでいる。
ボクを見る目がおかしい。黒目にハイライトが入っていないんだから、その恐怖は半端じゃなかった。
――なぜそこでボクを見るのかな……? 普通にサッカーするだけだよね?
「――で、どうする? アイツへの仕置きは?」
「そうだな、この前ん時みたいに数人で囲めばもしかしたら……」
「なに? あの手を試合中に使うのか?」
「それで少しでも恨みをだな……」
危ない目で乾いた笑いを浮かべる男子数人は、ボソボソと何かを相談しているようだった。
――何? 何? 一体、ボクは何をされるの??
「――ど、同情はしないぞ……」
青山なんか、まるでボクと他人のふりだ。
――ボク、生きてこの体育の授業を終える事が出来るのかな?
考えるのは止めておく事にした。
そうしないとボクの精神が持たない。
ボクは男子クラスメイトの恐怖に怯えながら、サッカー開始のホイッスルを聞くのだった。




