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第二十五話 「体育! 着替え!」

「――ミユキ、どうしたの?」


 ――不覚だった……。

 俺は自己嫌悪に陥って、目を瞑る。

 呑気に話しかけてくる相沢さんは非常に無防備だ。

 今は一時間目の体育前の着替えの時間。

 ――なんでこんなに体育があるんだよ!? 二日前にあっただろうがっ!

 という叫びたい気持ちは置いておいて、俺は今ピンチだった。

 二日前は『体調不良』を理由に休んだ。しかし今回はその手は使えない。何度も頻繁にその手を使うと不審に思われるからだ。

 相沢さんを含む、A組のみんなは俺の前ですっかり下着姿になって、談笑しながら着替えている。

 俺が『小峰ミユキ』という女の子である事を疑わないみんなは、全然羞恥心を感じていない様子だ。


「――早く着替えないと遅れちゃうよ?」

「は、はいっ」


 俺の隣で不思議そうにしている相沢さんは、下着姿で俺を覗き込む。

 目の前に広がる肌色に、俺はテンションが上がって……。いやいや、落ち着かなくなった。テンパって、ワケが分からない。

 うっかり相沢さんから視線を逸らすと、今度は別の肌色が目に入る。

 しかもみんな俺に隠すつもりもないので、非常に肌色全開で素晴らしい世界が広がっていた。

 ――落ち着け、俺! そうだ、素数でも数えれば……。

 俺は数字を頭に浮かべるが、邪な感情は思考回路を覆い尽くしていた。

 小峰ヨシユキ、とりあえず落ち着こう。君は今、女の子だ。完璧な女の子なんだ。だから悪い事はしていない。只、友人に紛れて着替えをするだけだ。やましい事など一つも無い。

 ――善なるフォースを信じ、道を開くのだ。

 とはいえ、着替げんじつとうひえなかったら怪しまれる。顔が赤くなっている事も含めて『ミユキさん』ならあり得ない。

 ここは早く着替えてしまうに限る。

 俺はさっさと服を脱いで着替えを始めようとしたのだが……。

 ――なんだか、恥ずかしい。

 女の子の身体になって、人前で肌を晒すのは今回が初めてだ。

 そんな状況に、俺は何とも言えない感覚に囚われる。

 周りの事を意識しだすと、みんなが俺の事を見ているような錯覚まで覚えた。

 ――よくマキは男どもの中で着替えれたな……。

 アイツが普通に着替えて体育に参加していた事に感心もした。

 他のみんなはどうかは知らないが、少なくとも俺は異性の前で肌を晒す事に抵抗がある。やはり、いざ服を脱ごうとするとその考えが俺を支配した。


「――本当にどうしたの? 顔赤いけど、調子悪い?」


 相沢さんは相変わらずの下着姿だ。

 下着は淡いピンクで何とも可愛らしい……。

 ――いや、俺は一体何を考えた!? あ……、相沢さんの胸が今揺れた……。いや、だから俺は何を!?


「――ちょ、調子はいいです! はい、完璧ですっ!」


 もうすこぶる快調で困るくらいである。その証拠に俺の頭はテンションが上がりまくり、ハイになっているのだから。

 ――相沢さん、スタイルいいな……。

 女時代のマキと比べると、その差は歴然だ。

 出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるという、素晴らしいプロポーション。胸の大きさは俺より小さいが、それでも大きいと思うし、脚も細くて長い。

 俺はいつの間にか邪な感情に流されて相沢さんをガン見してしまっていた。

 やはり好きな娘が横で着替えている状況は無視できない。どだい、無視する事など無理なのだ。

 ――善なるフォースはどこに行った?

 俺は自分の欲望に負けた事に、テンションを下げて自己嫌悪に陥る。


「――そう? ならいいんだけど。あんまり無理しちゃダメだよ」


 そういって相沢さんが体操着のジャージを着ながら微笑む。

 ――その笑顔は今の俺には眩しすぎますっ! ごめんなさいっ!!

 一応言っておくが、うちの学園の体操着は短パンとジャージだ。男子と同じ服装なので俺としては着やすくて助かる。

 ――もしこれがブルマ限定だったら……。

 俺は、この学園が短パンとジャージ指定であった事に感謝した。


「――無理はしていませんっ。只、ちょっと恥ずかしくてですね……」

「恥ずかしい?」

「いえっ、こっちの話です!」

「??」


 相沢さんは首を傾げながら俺を見る。

 ――変に思われただろうな……。

 そんな後悔もお構いなしに、時間は過ぎる。

 時間が過ぎるという事は、着替える時間が無くなるという事で、俺が一人制服姿で右往左往している様子は非常に目立つのだ。


「――小峰さん、なんで着替えないの?」

「時間無くなるよー」

「あ、私達先に行くからー」


 俺に声をかけて出て行くクラスメイトたちは、みんな不思議そうにコッチを見ていた。


「――ミユキ、早く着替えなきゃダメでしょ?」


 相沢さんは俺の前に立ち、困ったような表情をしていた。


「――うう……」

「本当に時間だよ? このままじゃ遅れちゃうって……」


 ――分かってる、分かってるんだが!

 問題は簡単ではない。

 やはり女の子の中に混じって着替えるという行為がもうアウトだ。それはただの変態であり、今の性別云々とか言う問題ではないと思う。

 ――なんで更衣室に入る前にこの答えに辿りつかなかったのか……。

 いや、幾度も辿りついた答えだったが、その場の雰囲気と空気で流されてしまったのだ。

 意志の弱い自分に反省。

 ――別に、女子更衣室に興味があったわけじゃないんだからなっ!

 ……誰かに言い訳してしまう事にも反省が必要だった。


「――ミユキ、なんだか暗いよ? やっぱり調子悪いんじゃ……」

「そんな事はないんだけど……」

「ほーら、いつまでもそんな所で居るわけにもいかないでしょ」


 そう言う相沢さんは、俺が胸元で抱えていたジャージをひったくる。


「――はい、バンザイして」


 驚く俺に、その言葉は唐突だった。


「――え?」

「バンザイよ、バンザイ。私が着替えさせてあげる。こんな様子じゃ、いつまで経ってもミユキは着替えないでしょう?」

「ええっ!?」


 相沢さんはニコニコ顔で俺に近づいて来る。


「――ちょっと待って! 落ち着こう!?」

「早く着替えないミユキが悪いんでしょう? 大丈夫、私に任せればすぐ終わるから」


 ――何が大丈夫なんですか!?

 一人で着替えた方が早いと思うのは俺だけだろうか。とにかく、相沢さんの目は本気だった。


「――着替える! 着替えるから、一人でお着替えしますからっ! 服返して!」

「いいじゃない、女の子同士なんだし」

「良くないんです!」

「そこまで拒否しなくてもいいじゃない。私、ちょっとムキになっちゃうよ?」

「ムキにならない、ならない!」

「ほーら、両手上げて、力を抜いて」


 相沢さんは俺の言葉を聞いてくれない。実力行使で俺を着替えさせるつもりらしい。


「――ちょ、あのっ、だからっ!!」


 相沢さんが来る。

 颯爽と俺のジャージを片手に、一直線に迫ってくる。

 退路が無い。

 いつの間にか俺の背中には更衣室の壁があった。


「――うわっ、ま、待って!」

「ふふふっ」

「ダメ、それはダメだ! お願い、許して!」


 ――なんで俺は好きな娘に襲われているんだろうか?

 ジタバタと動きたいが、相沢さんに怪我でもされたら一大事だ。俺は迫る相沢さんにどうする事もできない。


「ほーら、大人しくするっ。それともミユキが自分から脱ぐ?」

「き、着替えを一人でさせてくれたら……」

「それはダメ」

「なんで!? どうして!? ああっ、ダメだっ! ああああっ!」


 ――許して! 堪忍して!


「――もう逃げられないよ? さあ、諦めてお着替えしましょうね、ミユキ♪」

「お母さーーーーんっ!!」


 えっちなマンガで酷い事をされる、幸薄ヒロインのような悲鳴が咄嗟に出た。あと、牡丹の花がポトリと地面に悲しく落ちる映像も脳裏に浮かぶ。

 そして俺は制服を相沢さんにひん剥かれて、ジャージを強制着用させられた……。

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