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第二十四話 「朝の一コマ、不穏な空気?」

今回のお話はマキ視点となっております。

 ――チュンチュン。

 うっすらと窓際で小鳥がさえずっている声が聞こえた。


「――あふ……」


 咄嗟に欠伸が出た。

 ボクは布団から出たくない気持ちに抗いながら上半身を起こす。


「――んっ……、ん~~~~っ」


 そのまま伸びをする。

 筋肉痛にも悩まされず、ボクな身体は概ね良好だった。

 今日も清々しい朝が始まる。

 今はまだ空が軽く明るんだ午前五時過ぎ。ボクは携帯のアラームより早く起きた。

 なぜそんなに早く起きたかというと、


「――さて、素振りでもするかな……」


 ここの所、剣道の鍛錬を怠っていたので、今日から日課の練習を始めるためだ。

 退院とか、色々忙しかったのが原因だけど、やはり鍛錬は怠るとマズイ。


「――…………」


 ボクは身体を軽く解しながら自分の部屋を見渡す。

 ――やっぱり慣れないかな……。

 女時代よりも明らかに『男っぽくなった』自分の部屋。

 壁紙は元の部屋通り白だけど、ボクのぬいぐるみコレクションが消えていた。

 ――……みんなボクの大切な抱き枕だったのにっ!

 溜め息が出るけど、無いものは無い。

 ――ボクの大切なものが消えている……。

 男の子になって病院から帰ってみれば、そこはもう『水鏡真樹』という少年の部屋が用意されていた。

 ぬいぐるみ以外にも鏡台とか、ボクの私服とかが無くなり可愛いものが一切、排除されているそんな世界。

 ――天使さん、ボクの城を返してくれるかな?

 男の子になって良かった事もあれば、失くしたものも大きかった。

 ――そういえば、ヨシユキの部屋はどうなっているのだろう?

 彼の部屋も『小峰ミユキ』としての部屋に変わっているのだろうか。もしそうなら女の子らしい部屋になっていると面白い。

 興味が出て来たボクは今度、ヨシユキの家に遊びに行こうと思った。


「――とりあえず……」


 興味が湧いて、あれこれ考えていても時間が経過するだけなので、ボクは身支度を開始して部屋を後にする。

 着込んだのは道着。

 ボクは慣れた手つきで『水鏡道場』の鍵を取ると、木刀を持って来て道場に向かった。



「――はっ! ……ふぅ」


 時間が流れ、木刀の素振りが五百を超えた頃、結構いい時間になっていた。

 ボクは額の汗を拭い、木刀を置いて呼吸を整える。


「――…………」


 素振りの最中から今まで考えていた事は昨日の試合の事。

 ――この身体は剣道に向いているね……。

 男の子の身体は元の身体より背も高く、筋肉も付いていた。

 体重が増えたのと背が高くなった分、小回りが利かなくなったけど、それを補える力とリーチを手に入れる事が出来た。

 昨日、酒井先輩を楽に負かせる事が出来たのも、この身体のおかげかもしれない。

 最初、馴染まなかった身体だったけど、試合開始後の初太刀を加えればそんな違和感は徐々に和らいだ。

 先輩の連撃を躱し続けていた頃には、この身体を完全に動かす事が出来ていた。

 後は簡単で、リーチの感覚を身体が理解すると自然に面を打ちこめた。今までより半歩ほど早めに打ち込めるこの身体は、まるで長い竹刀を扱っている気分にさせられた。

 ――このまま、更に強くなれるかもしれない……。

 そう考えられただけで、ボクの心は躍った。


「――お? 珍しいな」


 ボクがそろそろ家に戻ろうと、道場を後にしようとした時、背後から声がした。

 聞き覚えのある声は、兄さんだった。

 ボクは声に反応して振り返る。


「――どうしたんだ、マキ。こんな時間に道着なんか着て、木刀構えて」


 兄さんは不思議そうにボクに声をかける。


「――『どうした』って、朝の稽古だよ?」

「……『稽古』って、お前がか?」

「え? う、うん……」

「…………」


 ボクが稽古をしていた事を知ると、兄さんは不思議そうなリアクションを取って、ボクを見つめる。

 ――一体、どうしたの?

 兄さんの反応に戸惑い、首を傾げるボク。


「――お前が稽古とか、どういう風の吹き回しだよ。今日は雪でも降るんじゃないか?」

「……ゆ、雪?」

「ああ、お前は剣道なんてからっきしじゃないか。それどころか興味を示す事も無かったし。それなのに……」

「ああ……、なるほど」


 そこで分かった。

 兄さんはこの『水鏡真樹』が剣道が弱いと思っていると見て間違いない。それで不思議がってこんな反応をしてきたんだ。

 ――剣道と距離のある人間が、いきなり朝練なんてし出したら不思議に思うよね。

 ここは一つ適当に誤魔化して話を合わせておくのが良いと思ったので、ボクは話を合わせた。


「――ちょっとそんな気分だったから、朝練をしていたんだ……」

「そ、そうなのか?」

「……ん」

「それで、何の練習をしていたんだ?」

「えーっと、ただの木刀の素振りだけど?」

「数は?」

「……五百」

「五百!?」


 驚く兄さんは目を見開いた。


「――……ん」

「お、お前、本当にどうしたんだ? 思い立ったにしてはやりすぎだ」

「そうかな?」

「なにか悩み事か?」

「そう言うワケじゃないけど……?」

「だったら何で?」

「……別に何でもないよ」

「そ、そうか?」

「……ん」


 そこでボクは道場に備え付けの時計を見た。

 ――いい時間だね。そろそろお風呂に入って汗を流さないと……。


「――兄さん、ボクはもう行くよ? お風呂に入るから……」

「あ、ああ……」

「後片付け頼んでいい? 後、よろしく……」


 不思議がって、ボクを気にしている兄さんを尻目にボクは道場を後にした。

 そのままお風呂に入って、身支度をして朝食を取る。……朝食時、なにやら兄さんがボクを気にして話しかけて来たけど、ボクは適当に流しておいた。とりあえず『剣道に目覚めた』と説明をしたけど、兄さんは狐につままれた感じでボクを見ていた。

 ――説明をすると長いんだ。

 いきなり剣道に目覚めたとボクに言われて、不思議がる兄さんは面白かった。明日からはこんな感じで朝練が出来ると思うので、ボクは明日からの朝練メニューを考えながら朝食を終えた。

 ――というか、剣道に無頓着だった『水鏡真樹』はなんで剣道部に所属しているんだろう?

 そんな矛盾を感じながら、ボクは今日も元気に学園へと向かった。



 さて、無事に電車を乗り継いで学園へと到着したボクは、正門を抜けて学園へと入る。

 昇降口までの道をのんびり歩いていると、ふいに周りから視線を感じたような気がした。

 ――なんだろう?

 そんな事を思っていたら、目の前に綺麗なロングヘアーをなびかせる女子生徒を見つけた。


「――ヨシ……ミユキ」


 軽く呼んでみる、その名前は勿論ヨシユキだ。

 咄嗟に本名で呼びそうになって慌てて言い直す。


「――ん? ああ、マキか。おはよう」


 ボクの声に気が付いたヨシユキは振り返って、笑みを浮かべる。

 ――か、可愛い……。

 なんというか、破壊力がすごい。……とにかくすごいのだ。

 ボクは咄嗟に抱きしめたくなったけど、そこは我慢。だけど二人きりなったら迷わず仕掛けようと思った。

 とりあえず、


「――お、おはよう」


 挨拶だけは返しておく。ヨシユキにボクの計画(抱きしめ作戦)を悟られてはいけない。


「――おう。……今来たのか?」

「そうだよ。そう言うヨシユキは?」


 この距離なら本名を呼んでも問題は無い。だからヨシユキも男言葉で喋っている。


「――俺も今来た。今日は美月が居ないから一人だ」

「え?」


 それは驚きだ。

 あの美月ちゃんがヨシユキを一人にした事に疑問を覚える。『姉さん大好き』を傍から見ていたボクにしてみれば、とても信じられない。


「――驚いてるな?」

「う、うん……」

「今日はアイツ、日直だそうだ」

「ああ……。なるほど」

「おかげで一人で登校できた。……一人は気楽でいいな」

「家でもあんな感じなの?」

「……思いださせないでくれ」

「……ん」


 ヨシユキは疲れに疲れていた。

 それほどまでに美月ちゃんのアプローチはすごいのだろうか。ちょっと興味が湧いた。

 他愛のない会話をしながら昇降口を目指す。

 ――自然な、爽やかな空気……。

 いい雰囲気に浸るボクは幸せだった。ヨシユキと『恋人』と噂されている事、そしてファンクラブに認められた事にテンションが上がっていく。

 ――だけど……?


「「――……??」」


 ボクたちの周りを覆う、不穏な空気。

 ヨシユキと一緒にチラリと周りを見てみると、男子生徒の病んだ目が凄い。


「「――…………」」


 ――こ、これは嫉妬や様々な感情を含んだ視線?

 そんな視線がボクたち……。いや『ボク』を突き刺していた。


「――ま、マキ?」

「……ん」


 不安そうなヨシユキに応えるボクだけど、心当たりがある。

 ――認められたボクたちの関係……。

 実際、今まではただの噂止まりだったけど、ボクが『小峰美幸ファンクラブ』の会長を倒した事は事実だ。

 ――もう学園に知れ渡っている……のかな?

 ヨシユキにアタックする機会が無くなった事で、ボクは男子生徒に目の敵にされているようだった。

 ――怖い……。

 今まで男子からこんな視線を受けた事が無いので、非常に恐怖だった。


「――マキ、大丈夫か?」


 事情を察したヨシユキはボクを気遣ってくれる。

 優しいヨシユキには感謝だけど、ボクは気が気じゃないので苦笑い。

 上がったテンションが急降下したまま、ボクたちは学園へと入っていくのだった。

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