第二十二話 「剣道少年? 水鏡真樹」
前回の続きなので、今回もマキ視点のお話となっております。
本当に心が躍る。
この気持ちは大会で試合するときとか、緊張感が支配する場所で闘う感覚に似ていた。
目の前には酒井先輩。
無言でボクを見据えてこちらの出方を伺っている。
「「――…………」」
双方ともに重い沈黙が訪れ、竹刀を正眼に構えて動けない。
それはボクと先輩の間に隙が無いという事を意味しているのかもしれない。
ガヤガヤと外野が騒いでいる。
しかしボクたちの間にはそんな声は届かない。
あるのは目の前の敵である先輩だけ。
ボクは相手の出方をとにかく待った。それは単に自分から打ち込むのが嫌だったから。
いわばボクの闘い方のクセみたいなもの。
ボクは狙えるときは一気に勝負に出るけど、それが叶わないときは相手の攻撃を凌いで、そこから反撃するのが基本であり、カウンターを相手に食らわせるのがボクの闘い方だ。
それはボクが女の子だからというのもある。女である以上、やはり男性とは身長も体重にも差がある。
身長が低いなら攻撃のリーチも短い。体重が無ければ重い攻撃が繰り出せない。
それらを補って勝つために染み込ませた闘い方が今のボクを作り出した。
――できれば打ち込んでほしいな……。
後の先を決めるためには相手に動いてもらわなければ意味が無い。
だけど酒井先輩は動いてはくれなかった。
どうやらかなり真剣にこちらの動きを気にしているみたいだ。
ボクは酒井先輩の呼吸に合わせて身体を振るように動かす。それは出来る限り紙一重で相手の剣を躱し、反撃の一刀を当てる意味もある。勢いよく突っ込んでくるようなら足捌きを使って躱すのみ。
後の先でほとんどの勝利を築いてきたボクにはこの闘い方が一番しっくりくる。
「――酒井先輩、打ち込まないな」
ギャラリーの声が飛ぶ。
しかし先輩はボクと対峙していて、まるで固まったままだ。
――もしかしたら先輩もボクと同じ闘い方なのかもしれない。
そんな考えが思い浮かんだ。
しかし、以前の大会で見た試合では先輩は、ガンガンに攻めて打ち合っていた。
――なぜ攻めて来ないの……?
ボクは不思議だった。
何か作戦があるのかもと勘繰ったりしたけど、そうじゃないかもしれない可能性が浮かんだ。
――もしかして先輩は『攻めない』のではなく、『攻める事ができない』のではないか?
という事である。
自惚れかもしれないけど、ボクは隙を見せた覚えがない。それよりも反撃に意識を向けて、先輩を迎え撃とうとしている。
闘い方に『相性』というものがあるのなら、先輩の天敵はボクという事になるのかもしれない。
――酒井先輩が強い事は百も承知だ。
「――…………」
だけど、そんな事でボクが軽くみられる事には納得がいかない。
――ここの剣道部員に教えてみせる……。
水鏡真樹は補欠ではないという事を。剣道部員として実力があるという事を。
――ヨシユキの為にも負けるわけにはいかないものね……。
ボクは実力というものを見せつけようと思った。そのためにはパフォーマンスと言うものが必要になってくる。
対峙して待っているだけではダメだ。
後の先を綺麗に決めて『はい、おしまい』という訳にもいかない。
「――…………ふぅ」
ボクは先輩に打ち込んでもらう為に、構えを少し解いて隙を見せた。
打ち込める距離まであと半歩というところで、止まっていた世界が動き出す。
「――っ!!」
瞬時に先輩がボクの隙を付いて前進。竹刀を振るう。
――さすが先輩、的確にボクの隙を付きましたね……!
振るわれた竹刀はボクの面を捉えるように振り下ろされた。
「――!!」
ボクはその面を『足捌き』を使って避ける。
「「「「――避けた!?」」」」
ギャラリーが騒ぐ。
だけどボクは無視して動き続ける。そうでもしないと、次から次へと攻撃してくる先輩の剣が躱せないからだ。
――『送り足』『開き足』『まわり足』『踏みこみ足』……。
体勢を崩さず、避けきる動作。
今まで後の先の練習ばかりしていたボクにとってこの動作には自信がある。
全てにおいて抜かりはない。
「――うおっ!? すげぇぞ水鏡!」
「先輩の面や胴を全部避けてる!?」
「なんて身のこなしだ!?」
「足が……動きが速すぎて足が見えねぇ……!」
――ズザッッ!
ボクは動き続けて、先輩の打ち込みを躱す。
――速いっ!
避けられはするけど、先輩の剣にはスピードが乗っていてキレがいい。つまりは、反撃する間がなかった。
怒涛の攻撃。
それらを最小の動きで躱すボク。
ボクは何も出来ないけど、先輩も攻撃が全て躱されて焦っている事は目に見えて明らかだった。
「――っ! っ!」
先ほどから先輩の太刀筋に粗さが出て来ている。
つまりは、非常に避けやすいという事だ。
――何もできないけど、避け続ける事によって先輩の隙を付きます!
一発も打たせずに勝つ事を目指し、ボクが先輩より強い事を二度と忘れないように教え込もうと思った。
――……ボクは意外と負けず嫌いなんだっ!
ボクの足捌きで足音が響く道場の床。空振りして少しずつ冷静さを欠く先輩。
だけど一定のスピードを保ちつつ、素早く切り返してボクに打ち込んでくる先輩は、流石だと言わざるを得ない。
――隙が大きくなって来た……。もうそろそろかな?
「――っああ!!」
叫ぶ先輩は渾身の突きをボクに繰り出した。
待ちに待った後の先だ。
ボクは放たれた突きに対して前に出つつ、流れる動作で避けながら面を放った。
最高のタイミングで放たれた面は、吸い込まれるように先輩の頭めがけて振り下され……、
――バァンッ!!
道場に竹刀の音が響き渡る。
「――面、一本! 勝負あり!」
瞬間、審判の芳井先輩の声も轟いた。
「――おおっ!?」
「決まった!」
騒ぐ外野のギャラリー。
「――すごいじゃないか! 大金星だぞ、水鏡!」
そんな芳井先輩の声と共に、剣道部員がボクに駆け寄る。
なにやらボクを取り囲んでワイワイ騒いでいた。
「――…………」
ボクは取り囲む剣道部員を無視して、視線を酒井先輩に移す。
そこには悔しそうにしながら防具を外す先輩がいた。
「――酒井先輩……」
「…………」
先輩は黙り込んで、そのままボクに歩み寄る。竹刀も手放し、防具も取り外し、道着だけの状態だ。
そしてボクの目の前までやって来て、
「――水鏡……」
真剣な表情でボクを見据える。
構えるボク。酒井先輩に剣道部員の視線も集まる。
一瞬の間。
そして、
「――お前の勝ちだ……」
ボクの勝利を認めてくれた。
……とはいえ、そんなセリフを聞いてもボクの心は落ち着かない。なにせこの人は『小峰美幸ファンクラブ』の会長だ。この勝負に勝ったところで今後、ボクやヨシユキにちょっかいを出してこないとも限らない。
それに、こんな大人数の前で先輩を倒したのだから、先輩の今後の立場というものを崩してしまった事もある。
――一応、勝ったから喜んでもいいと思うけど……。
ボクは不安だった。
おかげさまで言葉が出てこない。
「――水鏡、約束通り小峰さんとの事は認めてやる……。今後、この手の話は一切しない事を約束する」
しかし、先輩の意外な言葉。
怒っているような様子は無く、それどころか清々しい感じだった。
そんな先輩にボクは拍子抜けする。
――仮にもヨシユキのファンクラブを纏める人なんだから、もう少し言いがかりをつけると思ったけど……。
意外な会長さんの言葉だった。
しかし、そんな会長こと酒井先輩の言葉に、周りの剣道部員が騒ぎ出す。
「――か、会長! そりゃないよ!」
「認めるんですか!?」
「小峰さんが……小峰さんが……!!」
――君たちもファンクラブの会員だったの?
顔を見ると、涙を流している人もいた。
「――なあ、水鏡! 嘘だよな!?」
「そうだよ! お前にはもっと他にお似合いの人が居るはずだ!」
「小峰さんと相沢さん以外なら誰でもいい! 他の世界に目を向けろ!」
みんな必死だ。
というか、千歳にまで好意を向けている最後の人は、ヨシユキのファンとしてどうなんだろうか。
ボクに色々と言いまくるファンクラブ会員の部員達に、
「――お前ら、そこまでにしろ」
会長の鶴の一声が飛ぶ。
みんながみんな、酒井先輩に注目して、言葉を受けていた。
「――今回の一件は俺の独断だが、後悔はしていない……」
ボクを見ながら酒井先輩は話す。
みんなは、『会長!?』とか『先輩!?』とか驚いていたけど、先輩は気にせず話し続けた。
「――水鏡は、不利な状況で正々堂々と逃げずに俺と勝負し、勝った。お前らも見ただろう? 水鏡の闘いを」
「「「…………」」」
「俺はこんな奴は見たことが無い。完全に負けたよ……。水鏡なら、小峰さんを任せられるかもしれない」
「ですがっ!」
「文句があるなら、水鏡に勝て。それとも俺と勝負するか?」
先輩の言葉に部員たちは黙り込む。
どうやら本当に先輩はボクを認めてくれたようだった。
さすがは酒井先輩。ファンクラブ会長としての貫録もすごいものだ。
「――…………」
しかしなんだか、オンナノコとしては微妙な気分。
だって本当は、『こういう事』を成し遂げるのは男の子の役目だ。なんでボクはこんなに必死に青春を謳歌しているんだろうか。
この身体になって男の子扱いされる事に、初めて悩みを覚える。
「「「――…………」」」
剣道部員からは何やら負の感情全開で見られてるし……。
――身の危険を感じる……。
そう考えるのも不思議じゃない。
そういえば、この『小峰美幸と付き合っている、またはその理由でヨシユキが告白を断った』という噂のおかげで、ボクは朝から男子連中にとても冷たい目で見られたり、足を引っかけられて躓いたり、連絡事項を教えてもらえなかったりと軽い『いやがらせ』を受けていた。
――なんだか泣きそう……。
青山が助けてくれなかったら、ボクは泣き寝入りしていたに違いない。
そんな危機的状況を思い出してブルーになっている所に、それは唐突に訪れる。
「――マキ」
剣道道場の入り口付近から、聞き覚えのある可愛らしい声。その声の主に視線を向けると、そこにはヨシユキが立っていた。
それだけじゃない。
千歳も青山もそこには居た。
剣道道場はそれまでの空気が一転、華やかなものになる。
それもそうだ、なにせヨシユキと千歳がこの場に居るのだ。男の子にしてはテンションが上がらない方が無理な話だと思う……多分。
ボク自身も乾いた心が潤いを増し、自然と顔がほころぶ。
――やっぱり二人は可愛いな……。抱きしめようかな?
ダメだ、いつもの病気が出て来そうだった。
「――いい試合だったよ」
「水鏡君すごい!」
「ああ、マジですごかった!」
そこへヨシユキに千歳、そして青山の三人がボクを褒めながら駆け寄って来た。
素直に嬉しかった。
そんな和やかのムードのまま、ボクらは帰宅する事になった。
芳井先輩曰く、『酒井に勝ったんだから、お前はもう今日は練習いいぞ』という事らしい。
それは主将の松坂先輩が留守で、練習を早く切り上げる事になったのも手伝っている。
「――本当に帰っていいんですか……?」
「ああ、今さっき言っただろ?」
「は、はあ……」
なんだか腑に落ちないけど、副主将の芳井先輩がそう言うんだから、帰る事にした。
防具と竹刀を片付けて待たせている三人と合流。
「――おまたせ……」
「別に待って無いよ。気にするな、マキ」
「帰りましょう、水鏡君」
「帰りどっか寄って帰る?」
ボクの言葉に、ヨシユキ、千歳、そして青山が反応する。
そのままボクはヨシユキと千歳に何故か挟まれて帰る事になった。
「「「――っ!!」」」
その際、剣道部員(主に男子)から鋭い殺気やら憎悪の視線がボクに向けられたような気がしたけど、多分気のせいだと言う事にしておこう。
「――裏切り者……」
ボクらの後ろを歩く、青山の言葉も気のせいだ。
とにかく今日の学園生活はこれで終わり。
四人で帰る帰り道はとても楽しいものになった。




