第二十一話 「昼休みの出来事」
今回は長くなってしまいました。
それからこのお話はマキ視点になっております。
ボクは試合が始まった直後、相手の隙を見て瞬時に打ち込んだ。
――ドンッ!!
派手な打撃音と共にボクの一刀が相手の胴をとらえ、一本が決まる。
瞬間、その場は水を打ったように静まった。
「「「「――…………!?」」」」
「っかは!?」
驚く見物人と共に、対戦相手の酒井先輩もボクを見て驚愕している。
そこから審判の副主将、芳井先輩が戸惑い気味に旗を上げて一声、
「――み、水鏡。一本!」
そう告げる。
そこから慌てふためく部員達は、ボクと酒井先輩を見ながら、
「――水鏡が……!?」
「今の何だ!? なんで簡単に一本取れた!?」
「酒井先輩が身動き一つ取れなかったぞ!」
騒ぎ出した。
「――っ!」
酒井先輩は防具の下からボクを睨み付けて何か言いたそうにしてたけど、ボクは無視して定位置に戻る。
――真剣にボクと試合をしないから……!
ボクは自分でも分かるくらいに不機嫌になっていた。
それはボクが『弱い』と鷹をくくって、真面目に試合をしないという態度がひしひしと伝わってきていたから……。
だからボクは、ちゃんと試合をしてもらうために先手を取った。
――そう、先手だ。
闘いにおいての最終形は『先手必勝』。事の起こる前に行動を起こし、優位に立つのが基本である。
いくら酒井先輩が大会の常連者であろうとも『油断』はする。ボクはその油断と言う心の隙を突いた。ボクを打ち込もうと、一瞬でも前方に上がろうとして『足の重心を変えた』瞬間を狙わせてもらった。
酒井先輩は声を出さないほど驚いていたけど、次の瞬間には目つきを変えてボクと同じ、最初の定位置に戻って剣を構えて来た。
――先輩、本気になってくれたかな……?
ボクの心配は試合再開の号令を聞いた時に杞憂だと悟った。
もう一度同じ戦法で攻めようと思っていたけど、先輩には隙が無かった。それどころか噛みつきそうな剣気を備えてボクの行動を不自由にしていく。
――ボクの考えが甘かったかな……?
同じ手が通用しない事を直感したボクは、相手が本気になってくれた事を喜び、竹刀を握る手に力を込める。
――打ち込む隙が無い。
流石は酒井先輩。そう簡単に隙は見せてはくれなかった。
「――ふふっ」
『どんな状況であろうとも、楽しむくらいの気持ちで臨む』
兄さんが良くボクに言うセリフが浮かんで気持ちが楽になり、楽しくなってくる。
ボクはそのまま先輩と対峙し、試合を続けるのだった……。
さて、なぜボクが酒井先輩と手合せしているのか……。それは思い返すと、今日の昼休みまでさかのぼる。
いつものようにチャイムが校舎に響き渡る頃、ボクは何故か屋上に呼び出された。というか廊下で数人に囲まれて、そのまま連行されてしまった。……こんな事が許されていいのだろうかと思ったけど、ボクはとりあえず彼らの後に付いて行った。
「――水鏡、話をしよう……」
人を屋上の際に追い詰めて、木刀を持って複数人で囲んでおきながら、一体何を言うのだろうか、この人は。
……『この人』と言うのは、我が剣道部のエース、酒井先輩であり、その目はボクに何かを言いたそうに据わっていた。
ボクを囲んでいる人たちには見覚えが無いので、どうやら剣道部の類の話で無さそうだった。
というか、こんな物騒な集団と酒井先輩が一緒に行動を共にしていた事が驚きだ。
「――な、なんですか、酒井先輩……?」
いつものように自分のペースで話そうとしたけど、武装した集団に囲まれて、その恐怖がボクを襲う。
「――そう怯えるなよ、別に取って食おうって話じゃないんだから」
――嘘だ……!
この人はもっと自分の発言に信憑性を持たせた方が良いと思う。
「――と、言われましてもですね……」
ボクを囲んでいる人たちをチラリと見てみると、先輩と同じくボクを見ている。
正直、すごく怖かった。
「――まあ、話を聞け」
「……はい」
「話と言うのは小峰ミユキさんの事だ」
「え?」
ボクは先輩の口からヨシユキの名前が出て来たので、さすがに間抜けな声を出してしまう。
――なんで先輩がヨシユキの事を……?
疑問だらけで話が見えないボクに先輩は話を続ける。
「――彼女と幼馴染なのは我々も知っている。小峰さんと一緒に登校する、昼ご飯を食べる等々、その程度の事は今まで許してきた」
「は、はい……」
「しかし、最近のお前は小峰さんと近づきすぎだ! 『小峰美幸ファンクラブ』会長として、ちょっとお前に意見させてもらおう!」
――ビシッ!
酒井先輩はボクに人差し指を突きつけて叫ぶ。
その途端、ボクを囲んでいた男たちの瞳に炎が宿った気がした。
「――…………」
しかしボクは言われた事が理解できなかったので、そのまま言葉を発する事が出来なかった。
――ファンクラブ? 会長?
一体、酒井先輩は何を言っているんだろうか。『ファンクラブ』って千歳にもある『あの』ファンクラブだろうか。
確かにこの人たちの真剣な顔を見れば、それがファンクラブの会員であることが分からなくもない。
――ヨシユキにファンクラブ?
あれだけの美人だからそんなものがあっても不思議じゃないと思っていたけど、まさか本当にあったとは……。
――しかも酒井先輩が会長……?
ボクは唐突に入って来た情報に驚くばかりだった。
――生き返る前の女時代では、先輩は剣道一筋に生きていたのに……。
これもボクの願いを聞き届けた天使の仕業なのだろうか。ボクは自分で今の状況を引き起こした事に複雑な気持ちになった。
「――お前、小峰さんに告白した奴が毎回散ってるのは知っているよな?」
「え?」
「知らないとは言わさないぞ?」
「…………」
反論しても無駄そうだったので、ボクは頷くしかない。
「――最近、その告白にある事件が起きている」
「じ、事件?」
「そうだ!」
そこで先輩はボクの顔を再び指差して叫んだ。
「――相も変わらず、告白の返事は変わらない。それはファンクラブとしても嬉しい事だ。しかし、その断る時のセリフが変わった事が事件なんだ!」
「せ、セリフ?」
「ああ。今までは『そう言う事は考えられない』だったが、今では……」
先輩は言葉を発しながらボクを見る。
――ちょっとマズイ。
確かヨシユキはボクとの噂を理由に断ったって言ってた。つまり、それはそう言う事であり、ファンクラブのみんなにとって耳を塞ぎたくなるような答えのはず。
ボクは窺うように先輩を見たけど、もう遅かった。
「――『水鏡真樹』と付き合っているという答えに変わったのだ! これはどういうことなんだっ!? 水鏡!?」
――いや、それをボクに言われても……。
と、言いたいところだけど、ボクが原因なのは百も承知だ。でもどうする事も出来ないのは事実なので、ボクは黙った。
「――なんとか言え! 我々としてはお前の返答次第では考えがあるぞ! 罪状はいくらでもある! 特に最近噂になっている『小峰さんと付き合っている』が一番重い!」
そう先輩が言い放った後、ボクを囲んでいた男子生徒達が木刀を向けて来た。
――非常に厄介かもしれない……。
現状を整理しよう。ボクは屋上で一人だ。そこにボクを囲むように男子生徒が複数人。しかも木刀で武装している……。
――無事に帰れそうにない。
得物でもあれば切り抜けられるかもしれないけど、ボクはそんな手荒な事はしたくないし、その前にボクは丸腰だ。
手荒な事をするならばまずは誰かから得物を奪い取らなければならない。
――徒手空拳は専門外なんだけど……。どうしよう……?
ボクがそんな風に考え込んでいると、
「――さあ、水鏡。答えろ。噂の真意を!」
「そうだそうだ!」
「返答次第では……ふふふ……」
先輩たちが迫って来た。
もう逃げられない。
ということで、
「――付き合っていたら、どうだっていうんですか……?」
ここは一つ、開き直ることにしよう。
「「「「――っ!?」」」」
ボクの一言でその場の空気が止まった。
皆が皆、目を見開いて驚愕している様子が見て取れた。
「――お、お前……」
「開き直りやがったな!」
「ぐぬぬぬ……」
「…………」
先輩やその他の男子生徒は怒り心頭な感じでボクを見る。
ボクの方は、出来る事ならその噂通りにヨシユキと『付き合っている』関係を公認されたいので、迷う事無くこの場の皆を睨み返した。
不穏な空気。
ボクらの間に緊迫した空間が出来上がる。
「――水鏡……」
「……なんですか、先輩?」
「お前は俺たちファンクラブを欺いた」
「…………?」
「ファンクラブの許可も無しに彼女と付き合い、毎日彼女の笑顔を独り占めにしている……」
――許可って……。千歳のファンクラブと同じ感じなのかな?
ファンクラブ会長である酒井先輩は、ボクとヨシユキが『付き合っている』と判断したようで、何かと目つきが鋭くなっていく。
――本当に付き合っているなら嬉しいんだけど……。
所詮は天使の力で皆にそう思われているだけだから、ボクとしては微妙な気分だった。
「――…………これは鉄拳制裁が必要だ」
「……はい?」
先輩が何か物騒な事を言い出したので、さすがに身構えた。
――ヨシユキから習った護身術……。覚えてるかな?
ボクは『小峰流』の技を頭の中で思い出して、覚悟を決めた。
しかし、
「――と、言ってもだ……。我々は小峰さんの幸せを誰よりも願っているのは間違いない……」
先輩たちはボクを襲ってこなかった。
それどころか、ボクを品定めするように見てくる。何だかいい気分じゃない。
「――そこでだ……、水鏡?」
「……はい」
ゆっくりと、そして迫力ある低音でボクに話しかける先輩。ボクはそんな先輩に無表情で答えた。
「――俺と勝負しろ!」
それは突然の申し出だった。
ボクがその言葉に戸惑って、咄嗟に聞き返すと、
「――お前が小峰さんと付き合い、彼女が幸せになるのは良い。しかし我々はお前を認めてはいない」
先輩は拳に力を入れて話し始める。
「――認めてはいないが故に、お前の覚悟を知りたい!」
「か、覚悟?」
「そうだ! お前が小峰さんを守れる『強い男』であるという事を! 彼女を大切にするというその覚悟を!」
――いや、ボク本当は女の子なんだけど……。
などと思っていても、口に出す事は無い。なにせボクの身体は男の子。そう、水鏡真樹という男の子なのだ。
しかし、暗に『覚悟』と言われても困るよ、先輩。ボクはただ黙って先輩の話を聞くしかなかった。
「――お前が我々…………いや、俺に勝てたらお前が小峰さんと好き合う事を認めてやる! しかし、認めさせることが出来なければ即刻別れてもらう!」
なんだか雲行きが怪しくなってきたよ。
――別にボクたちは付き合っていないんだけど……?
そう言うにはもう遅かったみたい。
話がとんとん拍子で進んでいるし、ボク自身そんな事を言うつもりはない。
それに今、気になった事があった。
――ボクがもし負けたらどうなるのだろう?
という事である。
ボクが酒井先輩に負けたら、ボクとヨシユキの関係は『破局した』と噂になるのだろうか。
そうなったら、ヨシユキは告白ラッシュで苦しむ事になるかもしれない。なにせボクという存在が無くなるのだから。
――いや、間違いない……。
ボクと言う存在がなくなれば、『小峰ミユキ』は今以上に告白される。それはヨシユキの望む事じゃないと思う。
――なんとかヨシユキの役に立たないと……。
勝手な思い込みかもしれないけど、ボクはそう思った。
「――勝負ですか……。いいですよ?」
ボクの口は勝手に言葉を発していた。
「――『いいって』そんな口答えは……っていいのか!?」
「はい、勝負しましょう……」
「あ、ああ……。そうか?」
ボクが簡単に勝負に乗ったので、先輩は驚く。
まあ、後はその『勝負』というのに勝てば万事OKという事になるけど……。
「――それで、勝負と言うのは……? 具体的に何をするつもりですか?」
「ん? ああ……。えっと……?」
――先輩、そこは考えてなかったのかな?
口ごもる先輩は、仲間のクラブ会員をチラ見した。見られたクラブ会員は顔を見合わせて困り果てていた。
ボクとしては無茶な勝負は避けたい所だけど、ここは黙って見ているしかない。
「――け、剣道で勝負だ!」
何も思いつかなかったのか、先輩は慌てて口に出した。
「――うわ……。会長、大人げない……」
「これは俺たちの勝ちだな」
「水鏡が勝てるワケないじゃん……?」
そして、クラブ会員も各自言葉を発する。
――剣道勝負……。これはまだ可能性があるかも……。でも、この違和感は何だろう? みんなボクを見て変な反応だけど……?
ボクが酒井先輩と闘う事に何かあるのだろうか、みんなが口を揃えてヒソヒソと言い合いをしている。
――酒井先輩が強いのは当たり前だけど、ボクだってそれなりに強いんだよ?
「――受けるか? 水鏡!」
先輩はまくし立てるようにボクに迫る。
ボクは自分の得意分野で勝負できる事に疑問を抱くことは無かったので、
「――はい……。受けます」
二つ返事で了承した。……いや、してしまった。
「――う、受けるのか!? 受けると言ったな!?」
「もう取り消せないぞ! 水鏡!」
「挑まれた勝負に応えるのは男らしいが、お前はバカだ!」
「この事は俺たちが証人だ! 覚悟しろよ!?」
先輩の言葉を筆頭に、盛り上がるクラブ会員達……? ボクは呆気に取られて彼らを見るしかない。
――なんでそんなにテンションが上がってるんだろう?
ボクの頭は疑問だらけだった。
こんなに騒がれると、さっきの『受ける』という返事を間違えてしまったのかと思えてくる。
「――?? 剣道勝負なら文句はありませんけど……?」
「そ、そうか……? まあ、お前がそれでいいなら徹底的に行くぞ!?」
なんだか先輩は今になって申し訳なさそうに答えるが、次の瞬間には気を取り直してボクに凄む。
「――わ、分かりました。それで、勝負する日は?」
「今日だ」
「時間は?」
「そうだな、放課後でどうだ? ちょうど部活もあるし」
「そうですね。ボクも今日から剣道部に行こうと思っていたので、ちょうどいいです……」
自然な流れで、トントン拍子に話が進んでいく。
「――先輩勝負が早いですね」
「しかも部活でって……。剣道部の人らも居るのに……」
「水鏡を晒すつもりかな? 本当に大人げない……。けど、これで小峰さんから手を引くんだから同情はしないな……」
外野のみんなは、なぜかボクの心配をしている。
――そんなにボクは弱いと思われているのかな? これでも先輩以上に活躍してるんだけど……。
心配される理由が分からないボクは、首を傾げながらその場を去っていく先輩たちを見ていた……。
そして時間は進み、放課後。
ボクは先輩と勝負する為に、剣道部に向かった。
剣道場に到着すると、部員のみんながボクを見る。
「――来たぞ」
「先輩と水鏡が勝負するって本当か?」
「そうじゃないの? 先輩はもうスタンバッてるし……」
「水鏡はなんで受けたんだ? 勝負は目に見えてるじゃんか」
「なんでだろうね? まあ、何か事情があるのかもしれないが……」
そんな声がヒソヒソと聞こえて来るけど、ボクはとりあえず無視して先輩の元へ歩く。
「――来たか、水鏡……」
「はい……」
「さっさと始めよう。皆には話を通してあるから、打ち合う場所は空けてある」
その言葉通り、先輩が正座している所は、先ほどから部員が居ない。
すぐにでも試合できるようにその場所は確保されていた。ボクは急いで防具を身に着けると、竹刀持って先輩と対峙した。
そこに芳井先輩が審判としてやって来て、試合としての緊張感が高まる。
「――水鏡、昼間の約束は覚えてるか?」
「はい……」
先輩が竹刀を構えてボクに話しかけてくる。
「――約束ってなんだ?」
「さ、さあ……?」
ボクらの勝負が不思議で仕方ない部員達が、先輩の言葉を聞いて反応する。
「――もう一度言おう……。俺が勝ったら小峰さんから手を引け!!」
――ザワッ!!
その咆哮に剣道部員はざわめいた。
「――お、おい、何だ今の!?」
「小峰さんって、あの小峰さんか!?」
「今、水鏡と噂になってる!?」
「なんだ!? この勝負は小峰さんを賭けての勝負なのか!?」
そして、テンションが上がり剣道部員は集まってくる。
――みんな、ヨシユキを知ってるんだ……。流石、ヨシユキ……。
ボクは感心した。
みんなあの美貌に釘付けなのだろうか。テンションの上がり方が半端じゃない。剣道場は、あっという間に大騒ぎになった。
「――そう言う事なら、頑張れ先輩!」
「あんな噂、ぶっ壊してくれ!」
「秒殺です! 秒殺!!」
「あはははは! これはいい! ついに、小峰さんが完全フリーに!!」
みんな、言いたい放題だ。
――誰もボクを応援してくれない?
恋敵だと思われているのか、ボクに対する声援は皆無だった。
しかもみんなボクが負ける事を前提に騒いでいる。
正直、面白くない。
――ボクはこれでも大会で活躍しているんだよ? みんな知ってるよね?
最初から負けるつもりは毛頭ないし、『小峰ミユキ』をみんなに渡すつもりも全く無い。
「――…………」
ボクは込み上げる怒りを抑えて酒井先輩を睨んだ。
「――いい気迫だ、水鏡」
「…………」
「だが、所詮は『補欠』。いくら頑張った所で、俺には勝てんっ!」
「!?」
――補欠!?
今、先輩はボクの事を『補欠』と言った。どういう事だろうか。ボクは一瞬パニックになった。
ボクはこれでも大会常連者で優勝経験もある。実家が剣道道場だし、こと剣道に関しては負けるつもりは毛頭ない。
そんなボクが『補欠』とはどういう事だろう。
――ちょっと待って……。そう言えば……。
そこでボクが思い出したのは昨日のヨシユキとの電話だった。
彼は昨日『性別が変わっている今の状態だと、得意な事が苦手になっているかもしれない』と言っていた。
ヨシユキが周りから『勉強が苦手』と思われている認識の違いが、今のボクに起こっているんじゃないだろうか?
彼に当てはまる『学力』が、ボクにいう『剣道』なのかもしれない。
「――…………」
芽生えた可能性に首を傾げながら周りを見てみるが、みんながみんなボクをあざ笑って軽く見ていた。
――男になったボクは弱いのかな? 元々剣道が強かったから、変化が起こっているのかもしれない。
剣道部員の視線を感じて自分の立場を推測する。
今のボクが『補欠要員』と推測すれば、みんなの反応も納得いった。
――立場的に弱いボクを、先輩は潰しにかかったのかな……?
そう考えてみると、とても腹が立った。正直、卑怯だ。有段者が補欠相手に試合をする……。最初からボクに勝たせる気は無かったんだ。
――だから先輩は昼間、普通に勝負を受けたボクに戸惑っていたの?
一応、戸惑ってくれたところは、まだ良心を痛めてくれたんだろうけど、結果的にこんな場まで用意してしまう所が納得がいかない。
――これじゃあ、晒し者じゃないか……。
ここまでしてヨシユキとボクが『付き合っている』という噂を払拭したい先輩に、ボクは怒りを覚えた。
「――……先輩」
「何だ?」
「ボクは負けませんよ……」
自然にそんなセリフが先輩に出ていた。
――ここまでされて絶対に負けるわけにはいかない。……補欠の実力を見せてあげますよ、先輩。
決意を新たに、ボクの心に『仕返ししたい』という気持ちが芽生える。
そう、『仕返し』だ。
こんなにギャラリーの居る場所で、先輩を負かす事が出来ればどうなるか……。考えるだけでも心が躍る。
「――…………ふふっ」
「水鏡? 何がおかしい?」
「いえ……」
「まあいい。とにかく、この勝負、約束を忘れるなよ?」
自信満々の先輩だ。
そのまま先輩は審判の芳井先輩に声をかけると、
「――準備はいいな? 蹲踞!」
号令がかかる。
ボクと酒井先輩は互いに座り、竹刀を構える。
「――始めっ!!」
そして試合がはじまった。
立ち上がって、二人とも竹刀を正眼に構える。
――先輩、貴方には悪いですが、この勝負勝たせてもらいます……。
「――?」
ボクが先輩の隙を探し始めた時、違和感を覚えた。
――隙だらけ?
ものの数秒でそれが分かった。……らしくない。全く持って酒井先輩らしくなかった。
――まるで素人を相手に手を抜いているような……?
そんな構えでボクと対峙している先輩は余裕をかましている。
「――っ」
――素人相手なら、この程度でいいってことですか?
その時点でボクは怒りを露わにした。
真剣にボクと勝負してくれないその心構えに怒りを抑える事が出来ない。ボクは先輩の隙だらけの胴に狙いを定めると、全力を以て渾身の胴を打ち込んだ。




