第二十話 「放課後の剣道部」
二日目の学園生活は体育というアクシデントも無く滞りなく進み、あっという間に放課後になった。
……一応、今日はラブレターが無かった事を、ここで報告しておこう。
「――ミユキ、これからどうするの? よかったら一緒に帰らない?」
俺が教科書やノートを机の中から鞄に移し替えていると、相沢さんが話しかけてくれた。どうやら放課後の予定を聞いてくれているらしい。
「――えっと……、そうだね……」
俺は帰宅部なので予定が空きまくっている。このまま相沢さんと一緒に帰るのも手だが、俺は恥ずかしかったので、その考えは捨てた。
それに引っかかる事もある。
そう、マキの事だ。
彼女は今日から部活に行くと言っていた。この生き返った後で、男のマキが上手く部活をやっていけるかが気になっていたのだ。
だから俺は、
「――ちょっと寄る所があって……」
渋々、そう言ってしまう。
「――寄る所? 珍しいね」
「うん……ちょっと剣道道場に……」
そう俺が言うと、相沢さんは微笑む。……いや、少し悪戯な笑顔だ。
「――……水鏡君かな?」
「う、うん」
本当にマキが気になっていたので、そう答えるしかない。
俺が恥ずかしい気持ちになっていると、相沢さんは何を勘違いしたのか、
「――やっぱり仲良いね。妬けちゃうよ」
などと、楽しそうに俺に言ってくる。
「――や、妬けるって……」
「妬けるよ~。ホント。昨日から、ミユキは水鏡君の事ばかり気にしてるから、親友としては寂しい訳ですよ」
俺はちょっと苦笑い。
しかし憧れの相沢さんを、寂しい思いをさせた事に俺は少し心が痛んだ。
「――ご、ごめん。あのっ、明日はちゃんと付き合うから……っ!」
「あはは……。そんなに必死にならなくてもいいよ」
「そ、そう?」
「うん。私はミユキと仲良くできるだけで嬉しいんだから……」
「ち、千歳……」
なんと嬉しい事を言ってくれるんだ、相沢さん。本当にこういう所は天使のバグ設定に感謝したいところだ。
いや、本当は作られた人間関係なんだけども、それでも嬉しい気持ちになるのは誤魔化せない。
「――じゃあさ、ミユキ?」
「なに?」
「私も付いて行っていいかな?」
「マキの所に?」
「うん。どうせ私も帰宅部だし、暇なの」
「そうだったっけ? じゃあ、行こう」
そんなこんなで俺たちは綾菱学園の剣道場に向かって足を運んだ。
――ガヤガヤ。
俺と相沢さんが剣道場に到着すると、そこは何故か騒がしかった。騒がしいと言うよりも、皆が道場の中を気にして群がっている。
――一体何が?
俺と相沢さんは焦りながらゆっくりとその人混みに向かった。
「――ど、どうしたのかな?」
相沢さんが首を傾げて俺を見る。
俺も分からなかったので同じく首を傾げた。
――本当にどうしたんだ?
うちの綾菱学園剣道部は強い。
マキが所属しているせいもあるが、優秀な選手が多数所属している。入部者も多く、道場内はいつも常に活気づいている。
しかし今日はえらく熱い空気だ。所々に声が飛ぶ。
――なにか事件でも起こったのか?
それでこんなにギャラリーがいるのだろうか。
……いや、問題はそこじゃない。この場に居るのは全員、剣道着を着ている。つまり剣道部員だ。そんな彼らが練習をせず、まるで見学するように壁際に佇み、道場内をギャラリーしていた。
誰も悲鳴などは上げていない所を見ると、物騒な事件が起こった類の話ではなさそうだ。どちらかと言うと皆、感嘆の声を上げて道場内を見学している。
――こいつらどうして剣道部員なのに道場を見学してんだ?
ワケが分からずそんな考え事をしていた時、
「――あれ!? 小峰さんに相沢さん!? こんな所にどうして!?」
俺と相沢さんに声をかけて来た男がいた。
――慎二?
俺はその声に聞き覚えがあったので、声の主を確認した。
振り返り顔を確認したら、そこには俺の悪友、慎二が立っていた。
「――あ、ああ……しん……コホン! 青山君?」
俺は素で喋りそうになった所をどうにか修正。女の子言葉で慎二と会話に臨んだ。
――うわぁ……。なんて変な感覚だ。コイツになんでこんな気色の悪い言葉使いで話さなければならないんだよ……。『青山君』って……『青山君』って!
俺は自分の発言に違和感を覚えまくり、変な感覚にとらわれる。
――マキは勿論、コイツとも素で喋りたいもんだな。
男時代でも、特に仲の良かった慎二とも普通に接したかった。
「――……名前で呼んでくれないんだ……」
慎二が、小声で何かを呟いてテンションをみるみる下げていた。
俺は咄嗟に聞き返したが、慎二は『何でもない』と笑顔を貼りつけて俺と向き合う。
「――まあ、俺の事は良いんだけど、本当にどうしたんだ? 二人揃って」
「えっと……」
「ミユキは水鏡君の事が気になってここまで来たの。私はそのオマケっ♪」
相沢さんがテンション高く慎二に言い放つ。
彼女は俺とマキの話になるとテンションが上がるようだ。特にアイツと仲良くしていると、とても楽しそうに俺をからかってくる。
正直、恥ずかしいのでやめてほしいが、相沢さんが楽しいのなら、まあいいかと思えてくるのが不思議だ。
「――なにぃ!? マキめっ……」
慎二は剣道場の方を見ながら悔しそうにしていた。
相も変わらず親しそうにマキの名前を呼ぶ慎二。
今日、休み時間にマキ本人から聞いた話によると、どうやら天使の設定でマキと慎二は仲のいい友達になっているらしい。
まあ簡単に言うと、死ぬ前の俺と慎二の関係に似ているのかもしれない。
――……話が脱線してしまった。まあいい。
俺は当初の目的を思い出して剣道場に意識を向けた。
「――…………」
「なんで見学してるのかな? みんな練習すればいいのに……」
相沢さんが俺の視線を追って、剣道場に群がる部員を見て感想を述べる。
そこに慎二が、
「――そうなんだよね。まあ俺もびっくりしてるんだが……」
剣道場を一緒に見つめながら言葉を発する。
「――どういうこと?」
「え? ああ……」
俺が慎二に問うと、慎二は俺と相沢さんに詳細を話してくれる。
「――この騒動の原因はマキだ」
「え?」
「み、水鏡君!?」
「ああ」
「マキは何かやらかしたの?」
「まあそうとも言えるかな……」
歯切れの悪い慎二。
どうもコイツは戸惑っているようだ。
「――マキって剣道が弱い事は知ってるよね? 二人とも?」
「え!?」
――何を言ってるんだコイツは? マキが弱い? そんなバカな話があるか。
俺は慎二の言っている事が理解出来なくて咄嗟に大きな声を出してしまった。
「――小峰さん?」
「どうしたの? ミユキ?」
「……………」
二人が俺を心配している。
どうやら相沢さんまで慎二の言葉に疑問は抱いていないように見える。
俺は二人に『何でもない』と伝えると、慎二に話の続きを求めた。
――何かがおかしい。これも天使の力の副作用か?
考えていても答えは出ないので、俺は話を聞くことにした。
「――まあいいや。とにかくマキが今、剣道場で大暴れしてるんだよ」
「え?」
「大暴れ?」
――道場破りでもしているのか?
何とも物騒な話であるが、どうやら雰囲気的にそうではないらしい。
「――練習試合で先輩と手合せしているらしい」
「手合せ? マキが?」
「そうそう」
「それで、手合せしてる水鏡君がどうしたの? 手合せしたくらいでこんなに騒がれるのかな?」
確かに相沢さんの言う通りだ。
手合せしたくらいでこんなに人が集まるワケが無い。
「――それが騒がれるんだよね」
「「??」」
「手合せしてる相手は、あの酒井先輩だよ」
「え!?」
「…………」
慎二の言葉に驚く相沢さんだが、俺は黙っていた。
酒井先輩。
現剣道部のエースで三年生。大会の入賞常連者の凄腕剣士。我が綾菱学園を代表する選手だ。
どうやらそんなすごい人物とマキが手合せしていたらしい。
「――それで? 青山君?」
「え?」
「それでマキはどうしたの?」
「あ、ああ……それがだね。マキは試合開始数秒で……」
慎二は言葉を選んで話してくれるが、俺は彼の言葉に被せるように、
「――面でも取ったかな?」
切り返した。
俺の言葉に慎二は驚いて固まった。
「――ちょっとミユキ。水鏡君を贔屓したいのは分かるけど、冗談にしては無理があるよ……」
相沢さんは苦笑いで俺にそう言って来るが、彼女はマキが鬼のように強い事を知らないのだろう。
天使の記憶操作は恐ろしいものだ。
「――残念。逆胴一閃だった……」
「え!?」
また相沢さんは慎二の言葉に驚く。
「――本当にびっくりだよ。あのマキが酒井先輩から一本取ったんだから」
――マキの腕ならそれも不可能じゃない。
俺はそう思いながら慎二の話を聞き続けた。相沢さんも驚きの表情で俺に倣う。
「――んで、今も試合中だ。部員の皆は邪魔にならないように壁際で見学してるんだ」
慎二が視線を剣道部員に向けて言葉を発した。
そして試合中の剣を構えるマキに視線を向けて、
「――一本だけならまぐれかもしれないけど、どうやらそうじゃないみたいだ。試合が動いていないからね」
言葉を紡ぐ。
――試合が動いていない。
それはつまり、双方とも打ち込んでいないという事だ。
俺はマキと酒井先輩を交互に見比べる。
「「――…………」」
そこには双方とも一歩も動かず、間合いの攻防をしている二人の姿があった。
なんともピリピリした空気。
ギャラリーしている剣道部員も、
「――まだ打ち込まねぇのかな?」
「無駄口叩くな。二人とも隙を見てるんだよ」
「酒井先輩なら分かるけど、水鏡もか?」
「先輩が打ち込まない所を見ると、水鏡に隙が無いってことだと思う」
「隙が無いも何も、水鏡は先輩から一本取ったんだ。それが答えだろ?」
「瞬時に見事な胴一閃。アレ食らって先輩が本気になってる?」
「格下相手に何をムキにって思うけど、今の水鏡には鬼気迫るものがあるな……。先輩、大丈夫か?」
二人の試合を肌で感じて盛り上がっている。
――マキが強い……。
俺にとっては当たり前だが、どうやらこの場の全員はそうは思っていないらしい。
そんなマキが大会常連の酒井先輩から一本取り、尚且つ先輩が打ち込めない状況を作っているのだから、皆が驚かないワケが無い。黙って壁際でギャラリーしているのも頷ける。
先輩を見てみると、正眼の構えから柄を力強く握り、マキと対峙していた。面持ちは防具で分からないが、その顔は恐らく真剣な顔をしている事だろう。
「――酒井先輩が本気になってる……。マキ相手に?」
慎二がこの空気にまるで『信じられない』とでも言いたそうに呟いた。
それは隣に居た相沢さんも同じ様子だ。
この場の全員、『大会の常連者が弱い相手に本気になっている』と言う構図に驚きを隠せていないのだろう。
――続く沈黙。騒ぐ場外。
まるで試合している二人の世界と、騒ぐこちらの世界、二つの世界が同時に存在しているような、そんな感覚だった。




