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第十九話 「慣れない化粧と二日目の朝」

 俺は気が付くと美月に叩き起こされていた。

 眠い意識。気だるい身体。

 とにかく俺は昨日から始まった学園生活に疲れて、泥のように眠っていたのだ。

 そこを無理やり覚醒させられる辛さ。

 ――もう少し寝たいっす……。

 無駄な抵抗だと分かっていたが、俺は妹に布団を剥がされて鏡台の前に強制連行された。

 これも全て未熟な俺の化粧の為である。

 まだまだ俺がミユキさんになるには熟練度が足りなさすぎる。しばらく早起きをして化粧や着替えを覚えなければならない。


「――今日、休んでいい……?」

「いつの間に姉さんは不登校になったんですか?」

「うう……」

「さあ、始めますよ!」


 元気のいい美月だが、彼女は俺より早起きして俺のメイクを手伝ってくれている。

 時計を見ると、今はまだ朝の五時半ごろ。

 早すぎると言えば早すぎるが、俺の化粧の技術はまだまだなので、これくらいの余裕は必要なのだ。

 ――……早く覚えて美月に迷惑をかけないようにしなきゃな……。

 俺は気合を入れると、鏡台に向って仕事に取り掛かった。



「――姉さん、もう少し微調整を……はい、そうです」

「えーっと、こう?」


 マスカラと、これはビューラーと言うのかな? を、交互に使って俺はまつ毛を根元から整える。


「――あまりやり過ぎないようにしてください。姉さんは自然な方が断然魅力的ですから」

「はい……」


 こうしてじっくりと化粧を施していくと、女性の凄さが身を持って分かる。

 ――毎日毎日、こんなに大変なのか……。

 男時代には分からない苦労だ。

 それを毎日施している女性には正直、頭が下がる。


「――肌も雪のように白いですね、姉さん。そんな肌なら頬紅チークは軽めでいいと思います。あまりやりすぎると余計不自然に見えてしまいますから……」


 俺は美月に言われたように頬に赤みを足す。


「――姉さん。良い感じですよ。次は……」


 俺が教えてもらっているのは最低限のナチュラルメイクだ。

 本当に綺麗に見せようとすると、それこそ今以上に睡眠時間を削らなければならない。

 ――俺はこの化粧を早く出来るようになれるのだろうか?

 そんな事を考えながら、俺は口紅を鏡を見ながら慎重に塗った。


「――集中してください」

「はい……」


 そして俺は美月に指導してもらいながら化粧を続けた。


「――こんな感じかな?」


 俺は化粧道具をゆっくりと置くと、鏡に映る自分を見た。


「――おお……っ」


 ……その時、

 何も知らなかった私の心に、

 恋という名の感情が芽生えた。


「――完璧ですっ! 姉さん♪」


 妹も納得の出来らしい。


「あ、ありがとう。美月」


 完璧と言うのはちょっと微妙な気持ちになるが、まあいいだろう。

 とにかく俺は自分で化粧を施す事ができた。

 ――よし、やったぞ! これで明日から……。


「――…………」


 俺は心の中でがっくりと崩れ落ちた。

 ――なんでこんな事を必死に覚えているんだ俺?


「――どうしたんですか? 姉さん」

「なんでもないです……」

「でも……」

「すこし化粧に時間がかかりすぎて、落ち込んでるだけです……」


 そう言う事にしておこう。

 まあ、慣れれば早く化粧を施せる様になるのだろう。そうすれば貴重な睡眠時間が確保できる。

 睡眠時間の為、俺は頑張るんだ。美月の喜ぶ顔を見る為に、俺も楽しんでやろう。


「――っく……」


 ――これはうれし涙だっ!

 とかなんとか負の感情に抵抗している間にも、次の工程に移らなければならないので、悲しい気持ちは無理やり押し込み、気持ちを切り替えなければならない。

 …………これから待っている作業はブラの装着。そう、ブラの装着なのだッ!!

 ――化粧よりハードル高ぇよ……。

 男として(少なくとも心は)情けなさすぎる現状に、マジで涙が流れそうだった。



 その後……。


「――えーっと確かこうやって……」


 俺は孤立無援。

 一人で装着させられていた。

 ――くそう。やればいいんだろ! やれば!

 と、いう事で、半ばヤケになりながらもブラの装着を思い出して頑張る俺。


「――…………ふふっ」


 隣で俺をギャラリーしている美月はすごく楽しそうだ。

 俺は無言でブラを装着していく。

 まずは両胸を軽く片手で押さえつつ、その上からブラをあてがう。

 次にブラで胸を押さえながらブラの両端を背中に回してホックを止めた。

 ――なんで出来るんだ、俺!?

 胸の位置とブラのストラップを微調整しながら、俺は頭を抱えた。


「――姉さん、すごいじゃないですか! 記憶が戻ってきているんですか!?」

「多分違うと思う……」


 そんな事でテンションを下げながらも、制服とスカートをテキパキと着る。

 制服は一度着れば覚えていた。

 まあ、自分で着脱していれば覚えるものだ。意外とスカートを履くのは簡単なのである。

 ――……だから俺は何を覚えているんだろう。

 これでスース―する感覚に慣れてしまったら、俺はどうなってしまうんだろうか……。


「――…………」


 考えるだけで、テンションダダ下がりだった……。

 俺はテンションが上がらないまま、美月と一緒に朝食を取る。

 ジイさんに朝の挨拶をしたら、


「――今日も早いな、二人とも……。いやはや、早起きはいい事だ……」


 なんてことを言いやがる。

 ――こっちの身にもなってみろっ!

 と、言いたい事は飲み込んで、俺は美月と共に学園へと向かうのだった。




 昨日と同じように電車(女性専用車両)を乗り継ぎ、通う綾菱学園の校門が見えて来た。

 この身体になって二日目の登校でも、やはり慣れない。

 隣を見れば俺と楽しそうに登校している美月がニコニコしていた。男の俺の時とは考えられないほど甘えてくる。腕なんかも組んできて『姉妹?』のスキンシップも積極的だ。


「――美月ちゃん、おはよう! ふふっ、今日も先輩と登校?」

「いつも仲良いねー」


 二人組の後輩の女の子が妹に朝の挨拶をしてきた。

 どうやら美月の知り合いらしい。


「――もっちろん! 私と姉さんはラブラブなんです!」


 笑顔の美月は彼女達にそんな事を言いながら、俺に余計に引っ付く。

 ――近いよ!

 俺の気持ちを知ってか知らずか美月は大胆だ。

 そんな妹の行動に二人組は微笑んで、俺を見る。


「――先輩もおはようございます!」

「おはようございます!」


 そして明るい笑顔で俺に朝の挨拶をしてくれた。


「――あ、ああ……コホン! おはよう」


 まさか挨拶してくれるとは思わなかったので、一瞬、俺は素で答えてしまいそうになった。しかしそこは『スパルタ女言葉講師』美月先生が居るので、瞬時に取り繕う。

 ――危ない、危ない。

 しかしこの二人組、どこかで見たような気がする。どこだったか……。

 ――そうだ、この娘たちは美月のクラスメイトで妹の友達だ。

 二人はいつも一緒に居るようで、美月と遊ぶときは必ずと言っていいほど二人で小峰家を訪れていた事を思い出した。


「――二人とも、この前会ったよね。いつも家に遊びに来てくれるでしょう?」


 できるだけ明るい笑顔で二人組に応えた。

 美月の『姉』らしく、先輩っぽくだ。


「――わ~、小峰先輩が私たちの事、覚えててくれてるっ!」

「嬉しい!」


 反応はよく分からないが、どうやら喜んでくれたようだ。

 それから立て続けに後輩と思われる女の子達に声をかけられた。

 美月にこれだけの友達が居たのは新しい発見だが、みんながみんな妹だけではなく俺に挨拶をしてくるのはなんでだろうか。

 まあ、気にしていても仕方ないので、俺は出来るだけの笑顔を貼りつけて後輩の女の子達に挨拶をしていく。

 美月曰く、『姉さんは優しく笑うのが姉さんらしい』という事で、俺はその期待に応える為に『小峰ミユキ』っぽく演技した。

 何も言わずに横でニコニコしている妹を見るに、俺は『ミユキさん』になれているようだった。

 そのまま俺と美月は学園の正門を潜る。

 今、この瞬間から長い学園生活が開始された。

 校門付近は朝の登校学生でにぎやかだ。毎朝の見慣れた風景も性別が違うとどうもしっくり来ない。

 昨日も一度体験している登校だが、二日目になっても慣れないものは慣れなかった。

 しかし昨日と違うのは、心に少し余裕が出てきているという事だ。

 昨日は緊張してそれどころではなかった挨拶も、クラスメイトに声をかけられると普通に返せるくらいになっていた。

 挨拶をしたり、されたりしていると、結構俺に声をかけて来てくれる人が多く、今の俺に知り合いが多い事がよく分かってくる。

 しかし、


「――こ、小峰さんっ、おはようっ!」

「お前すげぇな! あの小峰さんに挨拶かよ……。お、俺だって……」


 このような知らない男子生徒に声をかけられる事は予測できただろうか。

 ――お前ら誰だよ。どっかで会ったか?

 見知らぬ顔に疑問が浮かぶ。

 しかしここで考え込んだり、嫌な顔をするわけにはいかない。

 ――今の俺は『小峰ミユキ』。

 そう、ヨシユキではなくミユキさんだ。コイツらも天使のせいでミユキさんと知り合いなのかもしれない。

 ――無視はできないな……。

 ということで、


「――は、ははは……。お、おはようございます……」


 俺は非常に不本意だが、とりあえず頑張って男子学生たちに挨拶を返すことにした。

 一応、ぎこちないがスマイルもサービスしておく。


「――うおっ!? 返事以外に笑顔までっ!? ありがとうございますッ!! うへへ……」

「おいコラ退け、女神の笑顔を独り占めするなッ! 小峰さんっ! 俺にも微笑んでくださいッ!!」


 とかなんとか言いながら、去っていく男子生徒たちはテンションが高かった。

 どうやら俺はあの男子生徒たちに対する態度を間違えたらしい……。

 ――気色の悪い反応すんな! 俺は男だぞ!?

 心の中で俺のツッコミが炸裂していた時、隣の美月が俺をジト目で見ている事に気づいた。


「――姉さん……」

「な、なんですか?」

「男を惑わす、恐ろしい人っ!」

「なんだそりゃ……」


 本当に意味が分からなかった。

 とりあえず、そんなこんなで無事昇降口に到着。

 これから靴箱で靴を履きかえて教室に向かう事になるのだが、俺は昨日の事を思い出す。

 ――ら、ラブレター……。

 今日はそんなモノを貰ってない事を祈りつつ、俺は勢いよく靴箱の蓋を開けるのだった……。

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