第十七話 「一日の終わり、帰宅」
下級生の教室から昇降口に移動して帰宅準備に入る俺。荷物はもう持って来ていたので、そのまま帰る事が出来た。
靴箱から靴を履きかえ、そのまま学園を後にする。
校舎から校門まで歩を進めると、
「――あ」
校門の前に美月とマキが立っていた。
向こうも俺に気づいて手を振って(主に美月が)来る。
俺は軽く手を上げて美月たちに応えると、早足で彼女達の元へと急いだ。
「――姉さん♪」
「うわっ!?」
するといきなり美月に抱きつかれた。
「――今日もお疲れ様でした、姉さん♪」
「ちょっ、美月、離れて!」
「嫌です! 姉さんを『ギュッ』てしたいんです!」
「ああっ、もう! マキ、助けて……」
と、マキを見ると彼女は無言で羨ましそうにしていた……。
――ブルータス、お前もか!?
何とも裏切られた気分だが、まあ仕方ない。
俺も先ほどマキを使って、告白を断ったばかりだ。俺は申し訳ない気持ちでマキに助けを求める事を躊躇った。
勿論、後で電話でもして謝るつもりでいる。
とにかく、今は美月にされるがままになっておこう。
「――二人とも、なんでこんな時間まで学園に?」
「何言ってるんですか、姉さん」
「??」
「……ミユキを待ってた」
「そうです!」
――なぜ待つ必要があるんだ?
素朴な疑問が浮かぶ俺は、首を傾げるが、美月は続ける。
「――姉さんと一緒に帰るためです!」
「おれ……コホン! 私と?」
「そうです。まあ、水鏡さんとは偶然ここで会ったんですけどね……」
「……ん」
「私は三人じゃなく、姉さんと二人っきりで帰りたかったんですが……」
美月はマキをジト目で見つめる。
マキはそんな美月の視線を受けて、表情を曇らせた。
――生き返った後では、マキへの態度が違いすぎるな、お前。
とにかくこの妹様は俺に執着しているのは間違いない。
俺に近づく人間。特に異性に対しての態度が冷たい。マキは俺の周りで唯一、一番近い異性である事は間違いないので、こんな態度に出るのかもしれない。
――仲良くしてくれると助かるんだが……。
俺の切実な願いもむなしく、美月は俺とマキの間に割り込むようにして歩き出した。
戸惑う俺とマキを尻目に、三人で最寄りの駅まで向かい、帰る事になった。
俺たち三人は改札を抜けて電車に乗る。
さすがにこの時間は『女性専用車両』などは無く、一般車両だ。
ちなみにマキと俺の家は結構近い。だから最寄りの駅も同じだ。
何故、朝に一緒の電車にならなかったのかというと、マキは一般車両に乗って登校したからである。
まあ、家を出た時間も同じではなく、たまたま重ならなかったのも理由の一つかもしれない。
「――ふう……」
思わず安堵する。
やはり女性専用車両より一般車両の方が落ち着く。
俺は一応『男』なので、女性ばかりに囲まれて電車に乗るのは落ち着かないのだ。
「――姉さん?」
「え?」
「どうかしましたか?」
「いや、別になんでも……」
「そうですか? ならいいですけど……」
吊革に手をかけて、美月が俺の顔を覗きこむ。
今の立ち位置は、俺の右側に美月、左側にマキという両手に花? 状態である。車内が混み合っていて座れなかったのだ。
まさか『一般車両で落ち着いている』などとは言えるはずがない。もし言ってしまえば、また何を言われるか分からない。
俺は、これ以上この話題に触れられたくなかったので、隣のマキに話しかけた。
「――そういえばマキ、今日の部活はどうしたの?」
「……今日は休んだよ」
「そうなの?」
隣に美月が居るから、マキと話すときも女の子言葉だ。
正直、自分が気持ち悪かった。
まあ、今日一日『小峰ミユキ』を演じていたのだから今更だが……。
「――……ん。病み上がりだから、今日は休みをもらった」
「ナルホド」
「明日から普通に行くよ……」
「そう? がんばってね」
「……ん」
――ううっ。マキとは普通に喋りてぇよ……。
唯一、俺と同じ境遇にいる相棒なのだから、その気持ちはかなり強い。しかし美月にバレると後が怖いので、俺は軽く溜め息を吐いた。
「――姉さん、どうしました?」
「いえ、何でもありません……」
――お前さんのせいだよ……。
とは口が裂けても言えないので、俺はただ黙って『小峰ミユキ』を演じた。
「――それにしても……姉さん?」
「なに?」
「今日は遅かったですね? 校門で結構待ちましたよ?」
「ああ……」
――それは告白されていたからです。
結構恥ずかしい問題だし、相手も知られたくないだろうから、俺は口ごもった。
「――何かあったんですか?」
「えっと……、それは……」
「姉さん?」
美月が追及を止めてくれない。
――どうしたものか……。
考えて上手く答えを導き出そうとしていると、
「――……告白でしょう?」
マキが美月にボソリと言いやがった。
「――え!?」
「告白……」
「…………」
俺は言葉が出なかった。
チラリと美月を見てみると、俺をジト目で覗き込んでくる。
――な、なんだよその目は!?
「――姉さん……?」
笑顔が怖い。
――というか、何でそんなに機嫌が悪いんだよお前?
「――返事はどうしました?」
「え?」
「告白の返事です……」
――なぜ、お前にそこまで報告しなければならないんだよ?
まあ、生き返った俺に対する態度を見ていると、こうなる可能性も無い事も無かったと言えるかもしれないが。
「――じとぉ……」
視線が言葉に出ていた。
俺はそんな妹に耐えられなかったので、正直に答えた。
告白された人数や、その告白の内容まで全て吐いてしまった。
「――女の子にまで告白されたんですか!? ……姉さん、恐ろしい子っ!」
――どっかで聞いたようなセリフだな、おい。
「――あのね……美月」
「なんですか?」
「姉の告白話なんていちいち気にしないでよ……」
「そんな訳にはいきません! 水鏡さんもそう思いますよね!?」
「え? ぼ、ボク!?」
急に矛先が向いて来たのか、マキは戸惑う。
「――そうです。水鏡さんは『一応』姉さんの恋人なんですよね?」
「そ、そう言われてる……ケド?」
「?? まあ、とにかく姉さんがモテて困る人が確実に居るんです! ええ、居ますとも! それは所かしこに居てですね(中略)。とにかく姉さんは告白されちゃダメなんです!」
力説する美月。右手を握りしめて、演説スタイルだ。このままでは『ジーク』とか言いそうである。
「――そう言われてもね、美月……」
「姉さんは自覚というものが足りないんです。あと水鏡さんも」
「「??」」
「特に水鏡さん? 姉さんに告白を許していると、いつかどこかの誰かに姉さんを取られちゃいますよ?」
「あ……うん……」
「なんですか!? その微妙な反応は!?」
熱くなる美月はマキに御立腹だ。
まあ、マキも天使の設定で困っているはずなので、美月に言い寄られてもどうしていいか分からないはずだ。
「――それで姉さんの恋人と言えるんですか!? まあ私は認めていませんけど、仮にも彼氏としてですね……」
「あの、美月?」
「なんですか?」
「こんな公共の場で『彼氏』だの『恋人』だの言わないでくれると助かるんだけど……」
正直、めっちゃ恥ずかしかった。
周りは綾菱学園の生徒で溢れているので、どんな噂が立つか分からない。
「――でもっ」
「美月……」
「…………はい」
やっと美月が落ち着きを取り戻した。
「――マキは何も悪くないんだから、これ以上は言わないであげて」
そうだ、マキは悪くない。
むしろ俺はマキに感謝しなければならないほどだ。
俺はマキのおかげで、上手く告白を回避できたのだから……。
「――うー……」
不満そうな美月を尻目に、俺はマキの耳元で、
「――帰ったら電話する。話したい事が山ほどあるんだ」
そう小声で話しかけた。
マキはいつものように無表情で頷いてくれる。
「――分かった……電話、待ってるよ……」
マキは無表情を崩して俺に笑顔を向けた。
――これが女のマキなら多少はドキッとしたのだろうか?
彼女の笑顔は正直珍しい。
いつも無表情なだけあって、その喜怒哀楽はレアなのだ。それ故に笑った時の顔には彼女の魅力と言うもがある。
――……まあ、今は男だから全く嬉しくないが。
そんな事を考えながら、マキの顔を見ていると急に右肩を掴まれた。
何事かと思って隣を見ると、
「――姉さん……。なにジッと水鏡さんを見てるんですか?」
美月が何か誤解していた。
「――いや、別に見ていた訳では……」
「言い訳ですか?」
「言い訳ってなんですか?」
「じろぉ……」
――その目は止めろ。
一方でマキは何を誤解したか、自分が見つめられていたと思ったのだろう。見事に照れていた。
――止めろ、男が照れた顔しても気持ち悪いだけだ。あーもう! 頬を染めるな! 目を逸らすな!
「――姉さん……。今、私の心が嫉妬の炎に燃えている事に気づいていますか?」
「勘弁してください……」
美月は美月で俺の肩を掴んだ手に力を込めてくる。
正直もう怖すぎだ。
俺は一刻も早く自宅へと帰りたい気持ちでいっぱいで、早く電車が最寄駅へと到着する事を願っていた……。




