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第十六話 「放課後の告白」

「――急に呼び出してすみません……」

「…………」

「ここなら誰の邪魔も入らないですから」

「…………あ、はい」


 放課後の屋上。

 夕日がとても綺麗である。

 グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえ、校舎からは吹奏楽の楽器の音が聞こえてくる。

 なんともそれっぽい雰囲気だ。

 それっぽい雰囲気というのは、勿論……。


「――小峰さんっ」

「…………」


 告白の雰囲気である。

 俺はこの目の前の男子学生、D組の斉藤さいとうに手紙で呼び出されていた。

 現在、告白の真っ只中に置かれている。

 ――頼むから、そんな気持ちの悪い面持ちでこっちを見ないでくれ。

 モジモジとしてこっちを見ている斉藤を見ていると、気持ち悪さでテンションが下がりまくる。

 いや、結構酷い事を考えているのは理解しているつもりだ。この告白だって一生懸命勇気を振り絞っているんだから、邪険にするのは可哀そうだ。しかし考えてもみてくれ。俺は男で(少なくても心は)相手も男だ。どうか今の俺の気分を察してほしい。

 ちなみにこの斉藤はウチの学園では有名人だ。サッカー部のエースで女子に非常に人気のある人物。……俺とは大違いのイケメンだ。

 そんな格好良い人気者の斉藤に、俺は今告白されようとしている。

 なんて悪夢なんだ。夢なら早く覚めてくれ。

 しかしこれは現実で、今まさに斉藤が緊張した面持ちで言葉を紡ごうとしている。


「――ずっと言おうと思っていました! お願いします、僕と付き合ってください!!」


 ――言いやがったよコイツ。

 頭を下げて頼み込む斉藤。その姿は非常にシンプルかつ男らしい。

 まあ、いくら頼まれても俺は男。身体は女の子でも精神は小峰ヨシユキだ。答えなんか決まっているので、


「――ごめんなさい!」


 俺もズバッと男らしく断った。


「――っ!?」


 俺の言葉に顔を上げてショックを受ける斉藤。

 肩を落として俺の顔を見る。


「――……やっぱり、水鏡君と付き合ってるって噂、本当なんですか?」

「え?」

「噂です、噂」

「ああ、あれですか……」


 ――どう答えればいいんだろうか?

 確かに天使の仕業で、俺とマキは付き合っているという噂が立っていたり、そう思われたりしている。しかし実際問題、付き合っていはいない。

 どうしたものかと考えるが、ここはこの天使の設定を利用しておこうと思う。

 ――だって、断る良い理由がないじゃないか。

 利用するのが吉である。


「――そ、そうです。水鏡君と私は付き合っています……」


 嘘でもなんだかすごい違和感。

 いくら親しいマキでも『付き合っている』と口にするのはなんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 しかし断るにはマキを理由にするのが一番楽なのだ。

 ――……後でマキに謝っておこう。

 そう思って、斉藤の出方を伺っていると、


「――ううっ。そうですか! いい夢見させてもらいましたっ! ありがとう!」


 彼は涙を流しながら、屋上を走り抜けて去って行った。

 その場にポツンと残される俺。

 咄嗟に溜め息も出るが、別にこれは斉藤の事を考えての溜め息ではない。

 ――まだ残り二人いるのか……。

 呼び出しのラブレターはあと二通ある。

 つまりあと二人を俺は振らなければならない。

 一人でこんなに気を使うのに、残り二人も居るのはハードである。

 しかも最後の一人は女の子。

 同性? の俺に告白するのはさぞ勇気のいる事だろうが、さてどうしたものか……。

 俺は気を取り直して屋上を後にした……。



 やっぱり辛い。

 さっきもそうだが、告白の場というものは独特の緊張感というものが備わっている。

 目の前には男子生徒。場所は体育館裏。

 直接喋った事は今日が初めてだが、この顔は見覚えがある。

 B組の中園なかぞのだ。

 慎二いわく、よく女子から告白されているらしい人気者。

 なぜアイツが野郎の事を知っているのかは知らないが、恐らく好きな女子の事を調べていたら自然と情報が入って来たのだろう。


「――そ、それで……。返事を聞かせてほしいんだけど……?」

「は、はあ……」


 中園はさっきまで俺のどこが好きになったとか色々言っていたが、ついに返事を求めて来た。彼の顔は真剣そのもの。先ほどの斉藤と同じ顔だ。

 ――悪いんだが、そんな顔されてもだね……。


「――ごめんなさい」


 こう言うしかない。

 俺はノーマルなので男からの告白など、嬉しくもなんともない。むしろ止めてくれると大助かりだ。

 というか、俺は相沢さんが好きなんだ。

 まあ今は親友になってしまったが、いずれは男に戻って告白しようと思う。

 ……男に戻れるのはいつになるか分からないけどね。チクショウ、天使めっ!


「――そう……か」

「ごめんなさい」


 再び断る俺の言葉をすんなり受け入れてくれる中園。

 ――結構、男らしいじゃないか……。

 などと思っていると、


「――……一つだけ聞かせてくれる……か?」


 中園、諦めていない。食らいついてくる。


「――なんですか?」

「小峰は、好きな人が……居るのか?」


 ――またか。

 まあ答えてやるのが筋だというものだが、俺が『相沢さんが好き』などと言うと、よからぬ噂が立ってしまうので正直に答える事は出来ない。

 どうしたものかと考えると、自然にマキを頼るしかない。

 ――悪いな、マキ。


「――私は水鏡真樹と付き合っています」


 俺は仕方なくお決まりのセリフを言う。


「――あの噂は本当だったんだな……」

「まあ……あの……はい」

「……分かった」


 中園はそこで諦めてくれた。

 その表情は自分の気持ちを言えたことに満足しているように見える。

 振られても、そんな顔ができる中園は男らしいと思えた。

 ――俺は相沢さんに振られてもこんな顔ができるだろうか?

 体育館裏から去っていく中園の背中を見つめながらそんな事を考えていた。



 そしてついにこの時がやって来た。

 未だかつて無かった、女の子からの呼び出しである。

 緊張しないワケが無い。

 といってもこれで三人目。告白する側もされる側も精神を消費するものである。特に俺の場合は断る事を前提で会っているので、返事をした直後の相手の顔を見るのが辛い。

 傷つけてしまっているのは目に見えて分かるので、正直、気持ちのいい物ではないのだ。

 ここは下級生の教室。

 放課後になってから随分経つので、今は俺と相手の二人だけだ。

 目の前の女の子は倉田くらたさんと言うらしい。目鼻立ちのはっきりした、色の白い娘で、可愛らしい一年生だ。

 男のままなら、お近づきになりたいと思った事だろう。

 まあそんな事はどうでもいいが、倉田さんは俺を前にして、もじもじそわそわ。挙動がおかしい。

 顔を赤くして上目づかいして来る。そして頭を下げた。


「――あの、ミユキお姉さま……」


 手紙と同じ呼称で呼ばれる。

 ――『お姉さま』って……。なんだこの娘は。


「――お願いです、私のお姉さまになってくださいっ!」

「はい?」

「こんな事言うのは変かもしれないですけど……」


 ――はい、十分変だと思います。

 倉田さんは、俺に構わず真剣な顔を向けてくる。


「――一目惚れなんです! お姉さまの為なら死んでもいいです!」


 ――いや、死なれるのは困るな……。


「――ずっと一緒に居させてください! お願いしますっ!」


 もう一度頭を下げられる。

 ――これは一途な想いと受け取っていいのだろうか? 純愛なのだろうか?

 いやいや、待て待て。俺は今、女の子だ。それなのにこんな想いをぶつけられて、どうしたらいいのだろうか。

 いや、答えは決まっているが、俺も男。

 ……矛盾だらけだが、とにかくこんなに可愛い娘に告白されて嬉しくないワケが無い。

 俺は一瞬、テンションが上がってしまう。


「――あの、お姉さま?」

「あ、はい……」

「お返事は……?」


 彼女は俯いたまま、はっきりと言った。

 ――その上目づかいは反則だ。めっちゃ可愛い。

 一瞬、『はい』と言いそうになってしまったが、俺は相沢さんの事を思いだしてなんとか思いとどまる。

 そして、


「――き、気持ちは嬉しいんだけど……私は……貴女の想いには応えられない」


 そう答えた。

 俺の言葉を聞いた倉田さんは、みるみるうちに青ざめ、絶望的な表情になってしまった。

 ――ちょっと待ってくれ……。

 そんなに傷つかなくてもいいでしょうに。俺はどうしていいか分からずに焦りまくる。


「――あのっ! 倉田さん……!」


 彼女は肩を震わせて涙を流していた。

 ――俺が泣かしたんですか?

 全く持ってそのとおりだが、これはキツイ。とにかくキツイのである。

 精神的ダメージが大きすぎる。

 やはり女の子に泣かれるのはいかん。

 俺はハンカチを慌てて取り出して、倉田さんの涙を拭く。


「――……私が女……だからですか……?」

「え?」

「女の子同士だから、お姉さまは……」


 ――いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 むしろ女の子は大歓迎なんだが、今の状況ではどうする事も出来ないのが本当に残念だ。

 俺は彼女に微笑むと、


「――それは違うよ……」


 本心で答えた。


「――え?」

「私は貴女が女の子だからとか、そんな理由で断ったんじゃない……」

「じゃ、じゃあ何でっ?」

「私には……す、好きな人がいるんです」


 俺の言葉に倉田さんは動揺した。

 目をパチクリさせて俺の顔を見る。


「――……噂の人ですか?」


 ――噂の……? ああ、マキの事か。

 実際に好きなのは相沢さんだが、周りにはそう伝わっているのが現実だ。この娘に本当の事を説明するわけにもいかず、俺は渋々首を縦に振って頷いた。


「――そうですか……やっぱり噂通りだったんですね」

「そう……みたいだね」

「え?」

「ううん。こっちの話」


 実際問題、この学園で俺とマキの事がどのくらい噂になっているのかは謎だ。しかし下級生のこの娘まで知っているとなると、その情報伝達は広大なものと思われる。

 ――天使の力、恐るべし。

 俺は、とにかく倉田さんを慰めつつ話しかけた。


「――私は貴女の想いには応えられない。……でもそれは貴女が言う『女の子同士』だからとかそんな理由だからじゃない。……『好きな人がいる』という、他に理由があるからなんです」


 頭を下げる。 

 それは彼女を傷つけてしまったからでもある。

 こんな事でそんな償いが出来るはずもないが、これしか思い浮かばなかった。


「――お姉さま……頭を上げてください」

「え?」

「もういいですよ」

「そ、そう?」

「お姉さまは、私を頭から否定しませんでした……」

「…………」

「それがとても嬉しかったです。『女の子同士』という所に嫌な顔一つしませんでした……」

「倉田さん……」

「そうですか……。水鏡先輩ですか……」

「…………」


 何とも恥ずかしい。

 こんな一途な女の子を騙しているのが俺は情けなかった。


「――お姉さまに好かれている水鏡先輩は、さぞ素敵な人なんでしょうね……」


 ――まあ、良い奴には変わりないがな……。


「――…………」

「あの、お姉さま?」

「なにかな?」

「もしよかったら、また会ってくれませんか?」

「え?」

「ふふふっ、身構えなくてもいいですよ。今度は『先輩、後輩』としてです」

「あ、ああ。そう言う事なら……」

「約束ですよ?」


 俺は頷いて、彼女に微笑んだ。

 その頃にはもう倉田さんは元気になっており、先ほどの憂いを帯びた顔はどこかに飛んで行っていた。

 最後に『お姉さまは止めて』と頼んで、そのまま別れた。最後まで倉田さんのフルネームは分からなかったけど、今度会った時に、改めて自己紹介しようと思った。

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