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第十四話 「お花を摘みに……?」

 俺は焦っていた。

 それはもう、強烈に焦っていた。

 あまりの焦りに挙動不審になる。

 今は三時間目終わりの休み時間。俺は朝からの緊張を解いてしまった事を後悔していた。

 何故ならば、

 ――と、トイレに行きたい!!

 という、危機的状況に陥っていたからだ。

 女の子という状況で初めて『学園に通う』という緊張感がほぐれてきた頃、俺の身体は異変を訴えていた。

 ――ふふっ……。ついに来やがったぜ……膀胱を圧迫する悪魔の力が……。

 ふざけて現実逃避をしたところで、俺の尿意は消えない。それどころか強まる一方だ。

 こうなってくると腹を括るしかない。

 俺は席を立ちあがって、教室を出た。

 途中、マキとすれ違って声をかけられたが、状況が状況なので、


『――急用がある』


 と、言い放ち、早足でA組を後にした……。




「――えっと、たしかこっちに……」


 そしてやって来ました『女子トイレ』。

 ご丁寧に『御手洗い』と書かれたプレートを見て、俺は溜め息を吐く。

 ――俺は今、とんでもない事をしようとしているのではないか?

 と、心の中で誰かに謝罪する。

 そこでもう一度プレートを確認。

 ――今は女……女……女の子なんだ……。

 心の中で自分に暗示をかける。

 こんな暗示をかけている時点で男としてもうダメだが、仕方ない。こうでもしないとやっていられないのだ。


「――ううっ……」


 ――ダメだ。尿意がっ……。


「――っ」


 俺はトイレのドアに手をかけた。

 ――ガチャッ……!

 すると、ドアが勝手に開き、中から女子生徒が出てくる。


「――……ぁ」


 俺は恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちでその場を動けない。


「――??」


 出て来た女子生徒は不思議そうな顔をして俺の横を通り抜けて行った。

 ――本当に申し訳ありません……。

 俺は去っていく女子生徒に頭を下げる勢いだ。

 そんな事があって、気軽にトイレに入る事が出来なくなった俺は、トイレの前で右往左往していた。傍から見ればただの変態だっただろう。

 しかし俺は真剣だった。

 ――このままでは本当にマズイ。

 尿意に負けて、二度目のアタックを仕掛けようとした時、


「――ミユキ」

「うわぁ!?」


 声をかけられた。

 しかも肩を叩かれてしまったので、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 振り返ると不思議そうな顔をした相沢さんが立っていた。


「――ご、ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったんだけど……」

「いや、俺こそ……コホン! こっちこそごめん。大きな声を出して……」


 ――やばい、ちょっと素で応えてしまった。

 しかし相沢さんは俺のミスには気が向かないのか、そのまま話を続けた。


「――気にしないで。ただ、さっき教室でミユキの様子がおかしかったから、気になって……」

「え?」

「体調でも悪いのかなって思って、水鏡君に聞いて後を追って来たの」

「ええっ!?」


 ――こ、来なくていいです! まあ確かに気持ちは嬉しいけど、今はマズイんです! それとマキ! 余計な事を喋りやがって、後で覚えてろ!


「――ミユキ、トイレだったのね?」

「は、はい……」

「私も行こうかな? ついでだし……」

「はい!?」


 ――なんですと!?

 これはいかん。本当にダメだ。あの相沢さんと同じトイレに入るなんて、絶対にダメだ。それはもう神罰が下るレベルである。


「――どうしたの、ミユキ?」

「い、いえっ! 何でも!」


 声が掠れてうまく言葉が出ない。敬語である事はこの際ツッコまないでくれ。


「――くすっ、変なミユキ。さあ……」


 相沢さんは俺の動揺を無視して俺の手を引っ張り、女子トイレへと引っ張っていく。


「――うぁ……ちょっと、あの……!」


 ――だからマズイってば! しかし、ここで別のトイレに行くと不思議がられるし……。

 男、小峰。ここは腹を括るしかない。

 俺は相沢さんと一緒にトイレに入ると、彼女とは一番離れた個室に入った。

 これが今できる俺の精一杯だった。


「――さて……っ!?」


 隣から水が流れる音がする。

 ――だ、誰かが隣に入っているの……でしょうか?

 思わず敬語で思考してしまうのは仕方がない。

 明らかに隣の個室から物音がして、今まさに誰かが出て行ったのだから。

 ――考えるな! 今は早く用を済ませて、ここから脱出するんだ!


「――……あ」


 急かす気持ちが俺を素に戻す。なにせ一瞬、便座を上げそうになったのだ。

 ――今は女の子なんだから、便座を上げてどうする……。

 便座を上げそうな事に気付いた為、何とも中途半端なポーズで固まる俺は何とも間抜けな恰好だった。


「――うう……」


 情けない気持ちを抱えつつ、とにかく俺は早く用を済ませて個室から出て行った。

 そんな俺が、個室から出ると相沢さんが手を洗っているところに出くわす。

 俺は彼女を気にしながらそっと手を洗う。

 変な事ばかり考えていた俺の汚い心を、この水で洗い流せないかと考えるが、それは無理な話だろう。

 ――相沢さんと……いいや、彼女以外の女子(隣の個室の誰かさん)ともトイレを一緒してしまった。

 これは非常に重い罪である。

 俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自分を責めて溜め息を吐いた。


「――ミユキ?」

「はい!?」

「さ、さっきから様子が変だけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。大丈夫、大丈夫……」

「なんで敬語なの?」


 ――仕方ないでしょう!?


「――気のせいだよ……」

「そ、そう……」


 俺を気にしてくれるのは非常に嬉しいけど、今の俺に優しい言葉をかけないでください。今の俺は汚れています。

 俺は目を伏せて脱力した。


「――ミユキ、本当に大丈夫なの……? もしかして……」


 ――な、なんですか!? 何か気づいた!?

 そりゃそうだよな、俺の精神は『ミユキ』ではなく『ヨシユキ』なのだから。


「――女の子の日なの?」


 ――はい?

 その相沢さんの言葉に俺は言葉を失った。


「――だからそんなに体調悪そうなのね……?」


 ――ち、違う! そうじゃないんだ!

 相沢さんは心底、不安そうな顔をして勘違い。

 俺を覗き込んだ。


「――大丈夫? 保健室行く?」

「え、えっと……」


 ――どう答えればいいんだ!?

 俺は頭を抱えた。


「――もし辛かったらちゃんと言ってね? 授業を休むなら私が先生に言っておくから……」


 何とも優しい相沢さんの言葉に、俺は少し冷静になった。

 ――女の子は、あの日は体調が不安定になるんだな……。


「――あ、ありがとう、千歳。でも、大丈夫だから……」


 俺はぎこちない笑顔でそう答える。


「――分かった。無理だけはしないでね」


 本当に優しい相沢さん。こんな俺を気にかけてくれる君が親友で良かったと、俺は感謝した。

 しかし、


「――じゃあ次、体育だし頑張ろう?」


 その発言に時が止まった。


「――…………」

「ミユキ?」


 凍りつく俺。

 ――体育って……。あの体育??


「――ミユキ? ミユキってば」


 凍りついた俺に相沢さんが何度も俺の名を呼んでいる。そのおかげで、俺はやっと体育という凶悪なイベントに対して恐怖した。

 ――き、着替え…………女子更衣室…………。

 そして時は動き出す。


「――NOOOOOOOOOOOOOO!!」

「きゃ!? ど、どうしたの!?」

「い、いえ! べ、別になんでも……!」

「?? と、とにかく早く更衣室に行こう? そろそろ行かないと着替える余裕無くなっちゃう」


 本当に余裕が無い。

 ――考えろ。考えるんだ!

 この窮地を脱出する方法を。

 そこで、


「――やっぱり……体調が悪いから……、今日は見学するよ……」


 出来るだけしんどそうに相沢さんに嘘を吐く。

 勘違いを利用するようで気が引けるが、今の精神状態で女の子と着替えなんて出来るわけがない。


「――え!? やっぱり体調悪いんじゃない! 保健室まで付き添うよ、私」

「一人で大丈夫だから気にしないで」

「私に遠慮なんてしないでいいから、ほら行くよ?」

「大丈夫だから気にしないで」

「?? ミユキ?」

「気にしないで、お願いだから」

「なに意地張ってるのよ! ほら!」


 相沢さんが心配して俺の腕をつかんで保健室に同行しようとして来たところで、俺の精神はついに悲鳴を上げ、限界を迎えた。


「――どんとるっくふぉおおみぃいいいい!!(訳・探さないでください)」


 ワケの分からない事を咆哮しつつ、全力疾走してトイレから逃げた。

 俺は保健室まで走りきると、保健室に入る。

 全力で保健室に突入してきた俺にさぞ保険医は驚いていたが、『体調が悪いので……』と先生に伝えるとそのままベッドで休ませてもらえることになった。

 ホントの所、体調が悪いワケがないのに難なく休ませてもらえる許可が出たのは、俺の顔色がマジでヤバかったからかもしれない。

 女子更衣室と着替えというアクシデントは、それくらい俺の心にダメージを負わせるものだったのである。

 ベッドに横になりながら目を瞑るが、体育の事が強迫観念のように俺を襲ってくる。

 ――どうしよう……。マジでヤバいんじゃないか……?

 俺はこれから次回の体育はどうしようかと、考えられずにはいられなかった。

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