第十三話 「学力とラブレター」
俺は教科書を開きながら、その机の上に今朝貰ったラブレターを広げていた。俺宛の手紙が三通。黙って放置しておくわけにもいかなかったので、その手紙を俺は眉間に皺を寄せて読んでいる。
今は一時間目の数学の授業中。
そんな中で俺は教師の授業をBGMに手紙を黙読していた。
――なになに……。
『――拝啓、小峰美幸様。突然のお手紙をお許し下さい。でも僕は無礼を承知でこの胸に秘めた思いを貴女に伝えたく、筆を取らせていただきました。貴女を一目見た時から、心臓の鼓動は速まり、胸は苦しく、食事も喉を通りません……』
――知らんがな。
『――恋人が居るという噂をお聞きしましたが、僕は信じていません。もし居たとしても、僕の想いだけは伝えたいです。放課後、屋上で待っています。きっと来てください。お待ちしております』
――待たんでいい。そのまま帰れ。
俺はその手紙をどうしていいか分からず、今朝と同じように鞄に収めた。
二通目の野郎の手紙もほとんど内容は同じ。宛名が俺から始まり、自分の気持ちを簡潔にまとめた文章を経て、最後が『体育館裏で待っています』となっていた。
そして、
『――前略、小峰美幸様。初めてお手紙差し上げます。ご登校中のお姉さまの姿を拝見しているうちに、私はお姉さまに心を奪われてしまいました……』
最後の女の子からの手紙も、こんな感じで最後に『放課後の教室』と、呼び出しの手紙だった。
――『お姉さま』ってなんですか? 女子校じゃなくて共学だよな? うちの学園。
どうやら皆、俺に直接告白したいらしい。しかし、恋人が居ると噂されている俺に、わざわざ手紙を書いてまで告白する送り主の気持ちが分からない。
――恋人がいるという噂を聞いたら諦めるだろう?
そう思うのは俺だけだろうか。それとも何か別の理由があるのだろうか。謎が謎を呼ぶ手紙に俺は戸惑い、溜め息を吐いた。
それは放課後に重い告白を受けるであろう事を想像した溜め息でもあった。
普通、嫌なら告白場所に行かなければいいと思うが一応、送り主が勇気を出して送って来てくれた手紙だ。無下には出来ないので、俺は行こうと思った。
――告白する側の気持ちが分かる。
それは近日中に相沢さんに告白しようとしていた俺の気持ちと重なった事も手伝う。
――とはいっても、どうやって断ろうか……。
俺は再び溜め息を漏らしながらマキを見た。
――コイツなら俺を助けてくれるのだろうか? 一応『彼氏』なんだから助けてくれてもいいよな?
俺の視線に気付いたマキもこっちを見て二人、目が合う。
その瞬間、女教師の声が飛んで来た。
「――はいそこ、一人身の私を差し置いてイチャイチャするとか宣戦布告のつもりかしら? 悪意ある態度にカチンと来たわ……」
年齢は謎とされている山田先生(独身彼氏なし)は、腕組みをしながら俺とマキを交互に見やる。
そこに冷やかしの声やら、悪意ある舌打ち(主に男子)がマキに飛んでいった。
驚くマキに苦笑いの俺。
――こういう場合、冷やかしを受けるのは男だよな……。
マキには悪い事をしたかもしれないと、心の中で詫びた。
「――この問題を……水鏡君はいいから、小峰さん答えてちょうだい」
「え?」
「早く答えなさい。……出来なかったら罰ゲームだからね」
「え!?」
実に意味が分からない。この人は一体何を考えているのだろうか。どこの世界に問題を答えられないだけで生徒に罰を与える先生がいるんだ。
「――ほら、早く♪」
俺を追い詰める先生。
顔が邪悪に笑みを浮かべている時点で、この教師は俺に罰ゲームを与えるつもりだろう。
どんな罰かは知らないが、この教師の事だ。決して穏やかなものではないと直感した。
――見てろよ。
俺は頭の中で問題を整理して教室の前へと出る。
正直な話、出された問題は公式に当てはめれば大して難しくない……というか、むしろ俺の得意な分野だった。
――カカッ。
教室にチョークの音が鳴り響く。
「――……出来ました」
「あら、難しい問題だったのに完璧……。面白くないわね」
「…………」
――おい、今の発言は教師としてどうなんだ?
サラサラと答えを板書すると山田先生は言葉とは裏腹に感心したような、それでもって驚いたような顔をしていた。
それはクラスメイトも同じようで……。
「――ミユキ、熱でもあるのッ!?」
「いつも困った顔で『分かりません……』って、苛めたくなるくらい可愛い顔するのにッ」
「あの難問をあっさりと解いちゃうなんて、マジでやばいってッ!」
そんな風に、先ほど喋っていた女友達から感嘆の声と戸惑いの声が上がる。
――何をそんなに驚いて……いや、なぜそんなに俺を心配している??
俺は山田先生と同じような顔をしている女友達に疑問を覚えながら、自分の席に着いた。
結局、俺は罰ゲームを回避してこの授業を乗り切ってやった。
途中、山田先生はなんだか残念そうだったが、それは気にしない方向で考える事にしておこう。
唯一気になるのは、女友達と同じように俺を心配している相沢さんの驚いた顔だった。
――キーンコーンカーンコーン。
一時間目終了のチャイムが校舎に響き渡る。
授業終了の号令が終わると、俺はそのまま机に伏した。
――何か疲れた。
そんな感じで溜め息を吐く。原因は山田先生だが、今は頭の中から先生を追い出しておこう。
気になる事もある。
それは、俺が数学の問題を解いた時に感じた皆の反応だ。
――俺がいつも通りに数式を解いたら、皆が疑問を覚えた?
いつも通りに公式に当てはめて解いただけなのに、皆は俺に対して驚きの声を上げていた。
――俺、なにかやっちまったか?
何とも不思議な現象だった。
「――ミーユキ♪」
「うわっ!?」
突如、背中に柔らかい物が触れた。机からギョッとして顔を上げると、目の前に両腕がクロスされていた。
「――あ、ああああ相沢さんっ!?」
俺は驚きのあまり、相沢さんを振り払い身構えてしまう。
「――きゃ!? な、何? 振り払う事ないじゃない……っていうか、今『相沢さん』って呼んだわよね?」
「え? そ、それは……」
「やっぱりまだ記憶が混乱してるの?」
「えーっと……」
「大丈夫? 保健室に行ったりとか……」
「そこまですることないよ? 大丈夫だから……ち、千歳」
心底、俺を心配する相沢さんに、何だか申し訳ない気持ちになって来た俺は、彼女の名前を遠慮がちに呼ぶ。
呼んでみたのはいい物の、やっぱり恥ずかしい思いが俺を支配する。
――俺なんかが、相沢さんを名前で呼んでいいのか?
なんて考えが思わず浮かぶが、当の相沢さんはとても嬉しそうに顔を輝かせて安堵していた。
「――そうそう、やっぱり名前で呼んでくれないと、調子が狂っちゃうよ」
「う、うん……」
「それでね、ミユキ?」
「な、何かな?」
「さっきの授業の事なんだけど……」
何だろうか。俺が疑問に思っていた事に、相沢さんが触れてくる。
俺は、彼女の言う事がものすごく気になり、尚且つ話が知りたかったので、黙って言葉を待つ。
「――いつの間に数学が得意になったの?」
「え?」
「数学。苦手だったでしょ?」
――そんな事は無いんだけどね。
と、一瞬言いそうになったが、俺は相沢さんの話に相槌を打って話を聞き続ける。
「――だってミユキっていつも私が勉強教えてるじゃない? だから今日の授業で淡々と答えを書いたミユキが不思議で……ね」
――俺の勉強を見てるんですか!?
天使の力はそんなプライベートなところまで及んでいるのか。
と、言いたいところだが、よく考えてみると相沢さんと『幼馴染で親友』という関係になっている以上、何ら不思議ではない。
しかし、俺と相沢さんの学力はあまり変わらない(定期試験の結果を見る限り)ので、別に見てもらう必要は無いのだが、これはどういう事だろう。
――女になった(生き返った)俺は勉強ができないのだろうか?
ふとそんな疑問が浮かんだ。
まあ、生き返ったこの場所では、色々と『変化』しているのが現状だ。性別が変わっているのは当たり前だが、マキとの関係。その他諸々。
俺が容姿端麗でラブレターを貰ってしまうのも気になる。
だから俺の学生としての立ち位置も変化していてもおかしくは無いと思う。
そこで俺は今の『ミユキさん』の学力を相沢さんに聞いてみる事にした。
「――変なこと聞くのねミユキ? そう……だね……。確かこの前の試験の順位は……」
俺は躊躇いがちに答える相沢さんの言葉にびっくりした。
――何でそんなに悪いんですか、ミユキさんッ! 普段の貴女って一体どのような学園生活をッ!?
と、ツッコミを入れたくなるくらい俺の……『小峰ミユキ』の学力はお世辞でも『良い』とは言えなかった。
慎二よりはマシだが、それでも酷かった。俺は頭を抱えてショックを受ける。
「――ごめん、ミユキ。でも……」
「いや、いいんだ……おれ……私が聞いたんだから……」
「そ、そう……?」
――ダメだ。このままではダメだぞ、小峰美幸!
とにかく俺は現状をひっくり返そうと決意した。
「――ま、まあ。今日の授業は凄かったし、そんなに気落ちしなくてもいいんじゃないかな?」
「う、うん」
「入院中に勉強してたの?」
「え? ま、まあ……」
とりあえずそう言う事にしておいた。
――しかし入院中に勉強して、たかが数日で学力が上がるってどういうことだよ?
複雑怪奇な勉強方法だ。俺はそこまで鬼気迫る面持ちで勉強していた訳ではない。むしろ短期間で学力が上がる方法があるなら俺が知りたいくらいだ。
病院での思い出と言えば、性別が変わっているというイリュージョンから始まり、マキと話して状況確認してパニックに陥っていただけにすぎない。
……思い出すだけで悲しくなってくる。
「――あれ?」
俺がそんな事でテンションを下げていた時、相沢さんが突如首を傾げた。
――どうしたんだろう?
俺が彼女の視線を追う。
するとそこには俺が仕舞い忘れた、残り二枚のラブレターが机の上に……。
これはいかんと俺は手紙を隠すが、相沢さんは悪戯な笑みを浮かべる。
「――ミユキはモテるね……。今日も『お慕いしています』の手紙貰ったの?」
――モテるのは貴女ですよ、相沢さん。
と、言いたかったが、実際今の俺もモテている事も事実だ。しかし野郎から手紙を貰うのは遠慮したいと切に願う。
ちなみに相沢さんは、男子連中の間では『難攻不落のお姫様』と呼ばれている。非常にモテていて、非公式ファアンクラブがあるくらいだ。ファンクラブの会長に認められた人物は彼女に告白する事を許されるが、未だに相沢さんは告白をOKした事は無く、その名前がついた。
つまり彼女には今の俺のように『誰々と付き合っている』という噂は全くなく、その難攻不落ぶりは伝説級になっている。
勿論、俺もファンクラブの会員であり、会員番号は……。
――まあ、どうでもいいか。
「――今日は何通貰ったの?」
「……三通」
「すごい!」
「そ、そう?」
すごいのは相沢さんだ。
色恋沙汰の話は、裏でファンクラブによって管理されているにも拘らず、ルールを無視して手紙を送り、告白する輩が後を絶たないのだ。
まあ、ルールを破った者が後でファンクラブにどのような目に遭わされるのかは知らないが、物騒な話には間違いない。
ちなみに俺はルールを守って告白しようとしていた。
――……だって怖いもん。
……『もん』なんて可愛く言った所で気持ち悪いだけだが、それくらいおどけないと、やっていけない。
とにかく面倒な集団なのだ。
そんな集団が相沢さんの周りを管理運営しているので、実際に彼女がラブレターを貰うのは少ない。
ファンクラブの許可を得て『公式』に告白されているのが週に一回。しかしルールを無視して告白している奴もいるので実際のところは分からない。
まあ、入学してから今まで星の数ほど告白されているのは間違いないと思う。
「――すごいよミユキ。……それで、返事はどうするの?」
「それは……」
「受けるの♪」
「……受けないよ」
楽しそうな相沢さんに俺はテンションが下がる。
――何が嬉しくて野郎と付き合わなければならないんだろう……。
とにかく嫌だった。
「――だよね♪ 水鏡君が居るもんね~♪」
「あ、そうか」
「何、そのリアクション? 彼の事忘れちゃ可哀そうだよ?」
――そんな事言われてもですね、所詮は天使の仕業だから……。
とは口を裂けても言えない。
――しかしアイツの協力を得られれば、簡単に断れるじゃないか。
俺はそう思って気を持ち直した。
「――まあ、断るにしてもちゃんと相手の言葉を聞いてあげてね?」
「え?」
「向こうは必死に想いを伝えようとしてるんだから、適当に対応しちゃダメだよ。……ミユキの事だから心配はないと思うけど」
「う、うん……」
「ふふふっ」
相沢さんは俺の肩をポンと叩くと、そのまま自分の席に帰って行った。
俺は相沢さんと別れると、机から教科書を取り出して次の授業の準備に取り掛かる。
その時、直し忘れたラブレターが目に入った。
――相手の言葉をちゃんと聞く……か。
次の授業が始まるまで、俺は来たる放課後の事を考える。二時間目の開始チャイムが鳴るまで俺の頭の中はその事でいっぱいだった。




