第十一話 「登校」
さて、無事? 家から出る事を妹から許された俺は、彼女と共に学園へ行くことになった。いつも通りの通学路。いつも通りの景色。ただ一つ違う所は俺自身の性別と恰好だ。
俺が女の子になっているのは、もう数日経っていて慣れだした(慣れても困るが)のだが、『スカート』で大胆不敵に外出したのは今日が初めてなのだ。
ここ数日間は、家に引きこもっていたのでそんな事はなかったが、外に出てみるとスカートは心もとない。
足元から込み上げる風。歩くたんびに揺れて不安定になって気が抜けない状況。そして何よりそれらの理由から風が直に足に触れてスース―する。
――慣れないものは履くもんじゃない……。
俺は普通に歩くことも億劫になっていた。
今日ほどズボンが履きたいと思った事は無いし、ズボンの良さというものを嫌でも実感した。
――俺はちゃんと着こなせてるか?
スカートという慣れない衣服を着ている俺は、周りの目が気になって仕方がない。
先を歩く美月の後を追う俺は、やたらキョロキョロしながらの不審者のようで、周りの目を気にしまくっていた。
――なんだか道行く人が俺を見ているような気がする……。
ダメだ。被害妄想まで出て来た。
「――姉さん?」
「はい!」
「ど、どうしたんです? さっきから変ですよ?」
「え? ううん。大丈夫、ちょっと慣れてないだけだから……」
「慣れてない?」
「こ、こっちの話」
「??」
俺を気にして声をかけてくる美月は俺の言葉を聞いて、首を傾げた。
と、いうか。
――俺、今普通に女言葉で返さなかったか!?
これも妹の調教による効果というものだろうか? とにかく俺のテンションは朝一から下がる一方だった。
先ほどの通学路から数分経ったところ。
ここは俺の住んでいる街にある最寄駅だ。結構な有名なターミナル駅で混む時は混む。特に朝と夕方はかなりの物で、正直あんまり近づきたくない場所でもある。
しかしそんな事を言っていても仕方ないので、俺は美月と共に定期を使って改札をパス。そのまま、美月が俺の手を引っ張って電車に連れて行く。急いでいるのか、やたら強引に手を引かれた。
そして流れ込むように電車に乗り込むことになる。
――プシュー……。ガタン。
電車のドアが閉まる。
満員とは言わないけども、それでも結構な人だ。まあ通学時間なので当たり前かもしれない。
「――…………」
そうして徐々に満員になっていく車内に目を向けてみると、ある違和感に気づいた。
「――美月? ちょっと」
「はい?」
「この電車、女性ばかりじゃない?」
「え?」
かなりの人がいるというのにこの車内は女性ばかり……。しかも綾菱学園の制服を着た女子生徒が大半を占めていた。
「――なんで今日に限ってこんなに女性が?」
うちの学園は共学だ。
なので男子生徒が居ても不思議ではない。
――何でだ?
「…………姉さん」
「ん?」
美月が呆れたように乗車ドアに貼られたステッカーを指差す。
「――あー……?」
ステッカーには『女性専用車両』と書かれていた……。
――それでか。納得がいった。……いやいや、納得がいってどうする!? これじゃまるで変態じゃないか!
「――何を落ち込んでいるんですか?」
「…………」
「まさか姉さん、一般車両の方がよかったとか言いませんよね?」
「…………」
「姉さん……?」
美月がジト目で俺を見る。
「――……うう」
「姉さん!」
怒られた。
「――もう、やっぱり無理やり連れてきて良かった。今の姉さんの事だから一般車両に乗るかもしれないっていう、私の勘が当たりました」
――何てことしてくれたんだお前は!
「――姉さん、これからは女性専用車両ですよ? 分かりましたか?」
「…………」
「返事は?」
「…………はい」
なんか、めっちゃ怖い美月さんだ。こんな迫力今までに見たことが無い。
「――姉さんがこんな時間に一般車両に何て乗ったら、私は何をするか分かりませんよ? それだけ危険なんですから……」
「危険? たかが一般車両くらいで?」
「…………ダメです」
「……??」
「姉さんが満員電車で立ち往生しているんですよ? それはもう『可憐な少女が森の中で一人歩いているようなもの』です」
「…………」
「私がもし男性だったら、姉さんを狙いますよ? ……それはもうとにかく、執拗にねっとりと、こんなふうに……」
「え?」
むにゅっ。
「――うひゃっ」
俺の唇から変な声が咄嗟に漏れる。
自分でも何が起こったのか分からない。しかし、誰かが俺の尻を触っている……。
「――……ふ、うふふふ……はぁ……はぁ……」
――一体何が起こったのか?
俺は尻に感じた違和感を目で追う。
そこには虚ろな目で笑いを洩らす我が妹の手があった。
「――…………」
「……ふふ、ふふふふふっ」
さわさわ。
「――…………」
「……うふふふ。姉さんのお尻……姉さんの柔らかいお尻……まるで白桃のよう……」
――警察に突き出してやろうか?
いやいや、相手は妹だ。こんなに残念な奴でも妹なんだ。それは出来ない。
「――…………」
「はっ!?」
やっと正気を取り戻したようだ。
「――『はっ!?』じゃない……」
「ち、違うんです!」
「美月……。あ、姉の尻を、公共の場で触るなんて、ヘンタイにも程があると思うんだけど?」
やはり自分から『姉』というのは抵抗がある。
しかし今は問題はそこではない。
「――違うったら、違うんです! これは姉さんのせいです!」
「は?」
「姉さんのお尻には抗い難い魅力というものが……」
――何を言っとるんだ、お前は?
「――ワケが分からないんだけど?」
「それは、つまりですね……。姉さん大好き、『ネエサー』としての使命なんです! そう、その使命は全宇宙の神秘といっても過言では……(中略)。とにかく、姉さんのせいなんです!」
――ダメだ。本当にダメだ。変な造語まで持ち出して……。
とうとう美月はおかしくなってしまった。
生き返る前はあんなに素直でいい娘だったのに、何という事だろう。
これもそれも俺があんな願い事をしてしまったばっかりに、妹がこんな変態に。
――本当にすまない、美月……。
ここは一つ、今日の晩飯は美月の好きな物でも作ってやるか。
俺たちがそんなアホなやり取りをしている間にも、電車は綾菱学園の最寄駅に到着した。
「――はあ……」
「姉さん、本当にすみませんでした……」
「もういいよ」
「でも……」
「気に病んでるなら、今後は止めてくれると助かるかな……」
「はい……」
――妹に痴漢されるってどんなだよ。
俺は深いため息を吐いて美月と共に、綾菱学園の校舎へと入る。
「――じゃあここでお別れですね、姉さん」
「う、うん」
「気分悪くなったらちゃんと保健室に行くんですよ? 病み上がりなんですから」
「ああ……」
「言葉使い……」
「すみません」
「本当に大丈夫かな……」
勿論、妹とは学年が違うので昇降口で別れる事になった。
綾菱学園の靴箱は、木製で年季がある。
各、靴箱にはネームプレートが貼ってあり、そこに行って自分の靴と上履きを履きかえるという感じだ。
俺もいつも通り、自分の靴箱に行って靴を履きかえようとしたのだが、
「――…………??」
俺の靴箱が無かった。
――いや、マジで無かった。
そこには男子クラスメイトの名前が書いてある。
よく見ると、出席番号が俺の後ろの奴だ。
――俺の名が無くて、出席番号が繰り上がってる?
そう思って、頭を抱えている俺の所に、
「――おはよう……」
頭の上から声がした。
「――お、おう。マキか。おはよう」
一瞬誰の声か分からなかったが、顔を見てすぐに彼がマキだと分かった。
マキも何やら困っている様子で、靴箱を覗いていた。
「――どうした?」
「ボクの靴が無いんだ」
「奇遇だな、俺もだ」
そこで二人して顔を合わせる。
「……どういう事かな?」
「さあな。まあ一つ言える事は、俺の靴箱だったところに、別の奴が来ているという事だ」
「……ボクもそうだよ」
俺はマキの靴箱の場所、つまりは女子の靴が並んでいる所へ移動して確かめた。
「――本当だ。マキの靴が無い」
「……ん」
「ちょっと待て」
そこで気付いた。
――俺たち、性別反転してるじゃないか。
そう俺は今『女子』である。という事は、靴箱の場所もこっち(女子側)にあると考えるのが自然だ。
それはマキにも言える事で、
「――あかさたな……はま……」
俺は男子側の靴箱の場所へ移動してマキの靴箱を探してみた。
「中島……水鏡……あった」
俺が靴箱のネームプレートを指差して探していると、確かに『水鏡』と書いてある靴箱を発見した。
俺の声にマキが少し驚いて、俺の指差した靴箱を覗く。
「――本当だね」
「と、いう事は……」
俺は自分の靴箱を探すために女子側に回る。
「――川上さん……九条さん……小峰……これか」
そして見つけた。
ご丁寧に『小峰』と表記された靴箱だ。
「――ここまで変わってるんだな……」
「ボクらは反転してるからね」
「これはいろいろ戸惑うぞ。ほら、マキも早く履き替えろよ?」
そう言いながら、俺は自分の靴箱をオープン。
よそ見してたので、一瞬気付かなかった。
パサッ……。
――何か、変な感触が足に来ましたけど?
俺は首を傾げながら足元に落ちた『ソレ』を拾い上げる。
――何だこれ?
平べったくて長方形の物体のソレは、『小峰美幸様へ』と書かれていた。しかも三通。
――これはもしかして、もしかするのか?
「――…………」
俺はその場から動けなくなる。
マキはそんな俺を黙って無表情で見ている。
――言うなよ? 頼むから言うなよ、その言葉を。
「――ラブレター……?」
――言いやがった!
俺は顔を歪める。頭が痛い。
今の俺は女だ。つまりその手紙の差出人は当然、男と言うワケで……。
――いや、考えるのは止そう。考えるだけで寒気がするぜ。
「――…………あれ?」
一方で、マキはその三枚の手紙を俺からひったくり、差出人を見ていた。
――どうしたんだ?
「――ヨシユキ、この一枚。差出人……」
「言わなくていい。興味ねぇから」
「聞いて。この手紙、女の子からだよ?」
「はあ!?」
――びっくりした。
いや本当にびっくりだ。まさかこの俺が女の子からラブレターを貰うとは……。まあ男から貰うのは願い下げだが、女の子からなら話は別だ。
――……テンションが上がっちまうじゃないか。
いやいや、待て待て。そうじゃない。今の性別を忘れるな。俺は女なんだ。女の子からラブレターを貰う事に疑問を覚えなければいかんだろ。
しかし、俺は男だから喜んでいいと思うし……。
――どうすればいい?
俺は軽いパニックに陥る。
勿論、男からの他二枚のラブレターなど、この場でヤブレタ―(破棄)にしてやってもいいが、残りの一枚は女の子からの手紙だ。無下に扱う事は俺にはできない。
どうしていいか分からない俺にマキは手紙をそっと返してきた。
「――……?」
「その三枚はヨシユキが貰ったものだから、君が返事を考えるべきだと思う……」
「しかし……」
「ボクは君の恋人ってことになってるみたいだけど、実際そうじゃないよね?」
「あ、ああ」
「恋愛はヨシユキの自由だよ……」
マキはそう言って靴を履きかえる。
――恋愛は自由って……おい。相手は三人も居るんだぞ? しかも一人は女の子……。いや、俺としては相手が女の子だからノーマルなのか。いや、しかし身体は女だし……。
俺は考えに脳を支配されながらも、なんとかマキと一緒に教室へ向かうのだった。




