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第十話 「学園生活開始! ……その前に」

 俺とマキはようやく病院を退院した。

 週明けの今日から俺は学園に行くことになっている。

 今にしてみればもう少し休みが欲しかった。

 ――……いやマジで。

 なぜならば俺はこの我が家に帰って来てからテンションがダダ下がりだったからだ。

 本来なら安心して休めるマイホーム。

 見慣れた外観。内装。そして……自分の部屋。俺は家くらいは変化が無く、生き返る前と同じだと信じて疑わなかった。

 ――それなのにっ!

 自分の部屋が他人の部屋に変貌していた……。

 まず壁紙が淡いピンクだ。そして見渡す限り少女趣味で出来上がっている。

 これは何て言えばいいんだろうか。

 とにかく、『可愛らしさ』が全面的に押し出されて、やたらひらひらしている感じ……でいいのか? 

 まあとりあえず、この部屋の壁紙のおかげで、それらの印象を強調させられているのは否定できない。

 ――あれはぬいぐるみだろうか?

 考えるまでも無く、何故か可愛らしいクマのぬいぐるみが、ベッドの上に放置されていた……。

 俺は頭を抱えて呆然とするしかない。

 ――俺の部屋は何処へ?

 ……まあそれが帰って来てからの忌々しい記憶の一つ。

 そしてそこから俺の精神は蝕まれていくのである。

 一番大きかったのは、私服が可愛らしい女物にすり替わっていた事だった。自分で言うのもなんだが、俺の容姿はかなりのものだ。そんな『ミユキさん』が着る服は可愛らしい物ばかり……。ズボンなんてあるワケがない。つまり、全てがスカート一択しかないのである。


『――どこかにジーパンはないか?』


 と、美月に相談したら本気で怒られた……。

 ――納得いかねぇ……。マジで。

 結局、俺はこの休日の間、スカートを履いて過ごした。

 そして今日を迎える。

 あと数時間後に登校という時間。俺は美月に拘束されて、鏡の前に連れて行かれていた。

 ……『あと数時間』という理由にはワケがある。

 俺のスキンケアの為に他ならない。

 ――化粧なんてした事ない……というか、出来てたまるか!

 俺の気持ちを知る由もなく、美月は両手に化粧道具を持って迫ってくる。

 美月は俺の事を『記憶混乱による軽い記憶喪失』だと信じて疑っていない。俺が化粧の仕方や、女性用下着のつけ方などを知らなかった事が彼女をこんなにさせた。

 まあ簡単に言うと、女性として身だしなみを整える事が出来ない俺に、美月がひと肌脱いでいるのだ。


「――いいですか、姉さん? お化粧をするにあたって、まず一番最初に考えなければいけない事が一つあるんです……分かりますか?」

「…………いいえ」

「それは気持ちです! 『綺麗になりたい』という気持ちが一番大切なんです!」


 ――俺は別に綺麗になりたいとか考えた事ないぞ……男だからな。

 俺は言葉を発する事が出来ずに項垂れる。


「――姉さん、返事は?」

「……はい」

「ふふ……、じゃあ基本から教えますからねっ!」

「…………」

「全部覚えるまで外出禁止ですから♪」


 ――俺を監禁するつもりか? 妹よ。

 美月は俺の顔を触って微笑む。


「――肌の状態はいつも気にしてくださいね? 毎朝、毎夜、顔を洗う時に肌の健康状態をまず見て、それから判断するんです」

「……何を?」

「お肌を洗う方法です!」

「…………」

「聞いてますか、姉さん?」

「…………はい」

「様々な方法を考えてお手入れするんです。いいですか? さらにそこから次のスキンケアに移るのですが……」


 ――マジか?

 美月のスパルタ教育は続きに続き、俺は基本のスキンケアからヘアケア、メイク等々、叩き込まれる事になる。

 とてもじゃないが短期間で覚えられる内容じゃなかったし、俺自身『覚えてたまるか!』と言う気持ちがあったので身に付くワケもない。

 ――また後日、覚えるか……。いやいや、俺は何を考えている!?

 俺が化粧の仕方のレクチャーを受けて、精神的にヘロヘロになっていた矢先、今度は下着の装着に移った。

 そう、所謂『ブラジャー』という危険な兵器である。

 ――ついにこの時がきたのか……っ!

 見る分にはテンションが上がる代物だが、それを装着するとなると話は別だ。

 俺のテンションは降下するばかりで、やる気が全く起こらない。


「――まずはここに腕を通して……そうです。次にストラップを肩にかけてください」

「こんな感じですか……?」


 上半身裸のキワドイ恰好の俺に美月はブラの装着を指導していく。

 ――なんでこんな事を……。

 俺の頭は慣れない事をしている気持ちでいっぱいだ。


「――そうです、はい、そんな感じですね……」

「……うう」

「それにしても変な感じがします」

「え?」

「姉さんが一人でブラを着けられないなんて、ありえないと思うんですけど……」


 ――俺は男だからな!

 一人でブラを着けられる男がいれば、その方がよっぽど変な感じだ。

 とは言いつつもやらなければならない。

 そう思いながら四苦八苦していた時、


「――とーりゃ♪」

「おわ!?」


 美月にいきなり胸をわしづかみされた!

 両脇の下から美月が両手を回してきて、俺の手をあっという間に押しのけ、ブラの上から胸を揉み包んでしまった。


「――な、ななな……何を!?」

「姉さん、大きい……」


 ――はい?

 今何て言った?


「――何で姉さんそんな大きいんですか? 私なんて……」


 美月が悲しそうにテンションを下げる。

 そして自分の胸を俺の胸を比べだした。

 確かに俺の胸はデカい。この身体になってからというもの、肩こりに悩まされているほどだ。それに引き替え我が妹の胸は控えめで大人しい。

 ――心中察する……。

 とは言え、俺がバストアップの知識など知っているはずもないので、何にもアドバイスをしてやることが出来ない。

 でも一つだけ言える事がある。

 ――バストって水に浮くんだぜ?

 風呂に入っている時にこの目で確認したからこの話はマジだ。……断じて都市伝説などではない。

 ……とりあえず、


「――ぎ、牛乳を飲めばいいんじゃないかな……?」


 と、テキトーな事を言っておいた。

 昔、マキが躍起になって飲んでいたのを思い出したからだ。


「――毎日、飲んでるのにコレなんです! 姉さんは持たざる者の気持ちなんて分からないんですよ……」


 ――何かすまん……。

 切実な妹に、俺は申し訳ない気持ちになった。

 美月は何だか納得しないまま、俺の胸から手を離した。

 俺の胸の上からブラのカップをあてがい、それを俺の手に押さえさせると、美月自身の手は左右のホックをつまんで、俺の背後へと消えて行った。

 ――装着完了? いや、まだホックを止めていないよな?

 と、思っていたら、美月はブラのホックを背中で止めてくれた。

 これにて、やっとブラの装着完了だ。


「――はあぁ……」


 俺は心底疲弊していた。


「――じゃあ次は『コレ』ですね」

「…………」


 疲弊していた俺をあざ笑うかのように、美月が次の行動に出た。いつのまにか用意していた『ミユキさん』の白いショーツを俺に差し出す。

 ――トランクスは無いのか……?

 まあ、あるワケないので諦める。

 というか、俺は入院中から女性用下着を着用していた事を教えておこう。生き返ったときから履いていたのだっ!

 ――今更何を恐れる?

 女性用下着を着用している時から、もう男として大切な物を失くしているが、こればかりは仕方ない。

 ――と、思うようにしないとやっていけない!

 美月を見てみると、やたらニコニコしている。

 ――履けばいいんだろ!? 履けば!

 何もかもを諦めた俺は、そのまま白い下着を右手に掴んだのだった…………。




 その後、着替えが完了した俺は、目を瞑って深呼吸。

 確実に迫っているその時が来るのを待っていた。

 美月に制服を着用させられ、今まさに鏡の前に立たされる事数分。

 俺は恥ずかしさで自分の姿を見るのを躊躇っていた。

 ――うぅ……、恥ずかしいがこれも自分のためだ。

 このまま無駄に時間を消費するわけにもいかないので、ついに俺は覚悟を決めて目を見開いた。


「――おお……」


 その時、

 モノクロだった俺の世界に、

 鮮やかな色という名の風が舞い込んだ…………。

 ――って、何を見惚れているんだ俺は……。


「――うん、バッチリ! どこからどう見ても完璧な姉さんです!」


 妹も納得のクオリティ。

 当の俺は、まるで別人に遭遇した感覚に陥る。鏡の前に見知らぬ美人が鏡に映り込んでいるのだから驚かないワケがない。

 鏡に映る俺が着ていた服は勿論、女子生徒の物であるし、それが良く似合っていた。

 俺の学校、もとい『綾菱学園』の制服は藍色を主にした制服でセーラーではない。同系色のチェックのスカートで、ネクタイは赤色である。

 綾菱の女子生徒と化した俺は、後ろ姿も確認しようとしてその場で一回転。


「――あっ」


 ……スカートがふわりと舞い上がりそうになって、俺は慌ててスカートを両手で押さえる。一気に恥ずかしい気持ちで頭がいっぱいになり、俺はキョロキョロと辺りを見渡してしまった。

 そんな俺を美月が鼻息を荒くして、頬を染めながら見ていた。


「――美月?」

「何です、その初々しい反応? 可愛すぎます、姉さん……」

「す、スカートには慣れてないんだっ!」


 ――慣れてたまるか。

 俺は素で反論してしまった。

 そんな俺に美月は瞬時に不機嫌になり、


「――姉さん、言葉使い!」


 指摘が入る。

 俺はゲンナリして美月に謝る。


「――うう……、なんで姉さんは良いとこで男の子になるんですか? もう少しで押し倒しそうだったのに……」

「美月……さん?」


 ――なんか、今恐ろしい事を口走ったぞ、コイツ……。

 なにはともあれ、登校準備を終えた俺たちは部屋を出るのだった。


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