第九話 「ボクの親友」
さて、長かった病院の話も今回で終わりです。
次回から学園生活へと移っていきます。
それと今回のお話はマキ視点となっております。
何をどう表現したらいいんだろうか。
ボクは考える。
自分の病室で、ベッドの上で座り込みながら考えていた。
今は夕食も終わった時間帯。
もう少しで消灯という時間帯だった。
「――…………」
いくら考えても答えは出ない。それは謎だらけで取りつく島も無かったからである。
「――千歳……」
その名がポツリと口から洩れる。
ボクの頭の中は千歳の事ばかりで、さっきヨシユキのお見舞いに来た彼女の事が頭から離れない。
――どうして?
千歳はヨシユキの親友になっていた。
――どうして?
ボクの事はただの顔見知りになっている。
「――どうして……」
問わずにはいられない。
――これもボクやヨシユキの願いを天使が聞き届けたからなの?
生き返ってから千歳に会うのは今回が初めてだけど、この再会はボクにとっては辛いものだった。
千歳に親友として見てもらえない。それどころか友達以下の存在になっている。
なにか大切なものを失くしてしまったような感覚に囚われ、ボクの心に大きな穴が開いた。
――喪失感。
その言葉がしっくりくるかもしれない。
千歳のボクに対する態度を思い返すと、悲しい気持ちが思い起こされる。
ボクには見向きもしないでヨシユキに話しかける千歳。
ヨシユキと『幼馴染』だと主張し、昔話に花を咲かせる千歳。
そして、事故の事で自分を忘れてしまったかもしれない可能性に驚愕し、必死にヨシユキに縋る千歳。
いろんな彼女を見たけど、どれ一つとして千歳にボクは見えていなかった。
「――…………あ」
悲しい気持ちで押しつぶされて深く考えてなかったけど、ボクは一つ再確認する事が出来た。
――千歳とヨシユキの関係って……。
自然に頭で反芻していた千歳とヨシユキの関係に引っ掛かりを覚える。
「――親友……か」
千歳とそんな関係になってしまったヨシユキは、どう思っているんだろうか。
天使の力で生き返り、願いを届けられた結果が『親友』関係を構築した。でも、ヨシユキの願いは『恋人関係』だったと天使から聞いていた。
――よく分からない……。
謎が謎を呼ぶ天使の力にボクは頭を抱えた。
だけど、ヨシユキと千歳が『親友』関係で収まった事に安堵しているボクが居る。
――ボクはまだヨシユキを好きでいることができる……。
そう考えただけでボクの心は不思議と落ち着いた。
そこへ、
――コンコン……。
ボクの病室をノックする音が。
「――は、はい。開いてますよ」
咄嗟に答えて、ボクは部屋の外に居る人物に入室を許可した。
――ガラガラ……。
数秒後にボクの病室のドアが横スライドされて開いた。控えめな開け方にボクは病院関係者かと一瞬思った。
「――あ」
しかし、ボクの病室に入って来た人物は意外にもヨシユキだった。
ボクは少し驚いてヨシユキを見る。それはこんな消灯前に、ボクの部屋に来る理由が分からなかったから。
「――…………マキ」
不思議そうに見るボクに、ヨシユキは名前を呼ぶ。しかしその表情は辛そうで、何かボクに言いたい事を我慢しているような雰囲気だった。
「――ヨシユキ、どうしたの……?」
さっき、千歳がお見舞いに来た時から様子がおかしかった事は分かっていたけど、ここまで難しい顔をされるとその理由が気になって仕方ない。
ボクは咄嗟にヨシユキに問いかけたけど、彼は俯いて気まずそうにして黙り込むだけ。
――どうしたのかな?
沈黙が耳に痛かった。
数秒間そうしていたと思う。ボクはヨシユキの言葉を只ひたすら待った。
時間だけが過ぎ、身動きが取れずに困っていた時、ヨシユキが口を開く。
「――…………すまない」
ただ一言。
そう、ただ一言だけボクに言った。
「――…………」
でもその言葉が非常に重く、ボクの心に響く。
「――謝って済む事じゃないと思ってる」
「ヨシユキ?」
「今回のは酷すぎだ……」
「…………」
いきなり謝罪の言葉。
ヨシユキは酷く後悔し、自分が許せないように怒りを溜めこんでいる。それは自分の拳を握って震えている所からも明らかだった。
――どうしたの?
謝られる理由が分からないボクは目をパチクリさせてヨシユキを見る。
そこには顔を伏せて、唇を噛む彼の姿。
こんな表情を見せたのは、前に天使の願いの事で後悔していた時以来だ。
――もしかして……?
そこでボクは気付く。
「――……千歳の事?」
「……っ」
ボクの言葉に反応するヨシユキは分かりやすかった。
「――本当にすまない。俺はお前から友達を……! 相沢さんをっ!!」
大声で叫ぶ。
ボクのいるベッドまで駆け寄り、必死に頭を下げる。
「――よ、ヨシユキ!?」
「俺のせいだ! 俺が天使にあんなバカな願いをしなければ!」
「ヨシユキ、落ち着いて」
「落ち着ける訳が無い! この一件は俺に責任がある!」
「ヨシユキ!」
「っ!?」
ボクは自分でも驚くほどに、彼の名を呼んでいた。ヨシユキもボクに驚いて言葉を発せずにいる。
「――落ち着いて。お願い……」
「…………っ」
ヨシユキはボクから顔を背けると再び唇を噛んでいた。
本当に自分が許せないのだろう、その背中から雰囲気で分かった。
「――ゆっくり、少しずつ話そう?」
そんな彼を見ていたら、ボクは気付くと声色を優しくしていた。
――ボクと千歳の事をここまで考えていたの?
自責の念に囚われるヨシユキは見ていられなかった。
ヨシユキの考える事は手に取るように分かる。彼は自分の願いで相沢さんと親友関係になってしまい、ボクと千歳の仲を引き裂いた事を今回のお見舞いで身を以て知ってしまったのだろう。
千歳がお見舞いに来ている時、ボクには声をかけずにヨシユキばかりに声をかけていた事をすごく気にしていたのかもしれない。
本当の親友がのけ者にされて、ボクが寂しい気持ちでいた事をヨシユキは見ていたのだ。
「――マキ。俺は……」
「気に……しすぎだよ……」
「え?」
「ヨシユキはボクから千歳を奪ったと思ってるの?」
「ああ」
「自分のせいで?」
「ああ!」
「それは違うと思う」
「え?」
ヨシユキは心底驚いた表情をした。
ボクと千歳の事で彼が自分に怒りを覚えている事とは対照的に、ボクは冷静だった。
千歳がボクから離れてしまった事には憤りを覚えたけど、それはヨシユキだけじゃなく、ボクの責任でもあると思ったからだ。
天使の力が、この人間関係に関係しているのなら、天使に願い事をしたボクにだってその責任を負わなければならない。
「――驚かなくてもいいよ」
「だが……」
「ヨシユキ一人のせいじゃない。ボクだって悪いんだ」
「お前は何も悪くない!」
「聞いて」
「…………」
「ヨシユキが天使に願いをしたように、ボクだって天使に願いをしたんだ……。この二つの願いが今回の一件に関わっているのだとしたら、責任はボクにもある……違う?」
「それは……」
「君の責任だけじゃないんだよ?」
「だが、俺はっ!」
ヨシユキは自分が悪い事を譲らない。
――本当に頑固なんだから……。
「――自分が悪いと思ってる? ボクに申し訳ないと……」
「ああ……」
「自分が許せないんだね……?」
「ああ!」
「それでボクに殴られに来たんだね?」
「っ!? ああ……。俺に出来る事は殴られるくらいだからな……」
分かりやすいヨシユキだ。
――だけど……。そんな簡単な問題じゃない。
「――殴られるだけで済む話じゃないと思うよ、ボクは……」
「え?」
「君を殴った所で何も解決しないよ……」
「…………」
「それでも君はボクに殴られたい?」
「…………ああ」
ヨシユキは深く頷いてボクに近寄る。
彼は深く反省していると同時に、取り返しのつかない事をしたと思い込んでいるのは明らかだ。ボクに何かされようと身を差し出している。
そんな彼に、ボクは何かをする事なんて出来ないじゃないか。
「――ボクは殴らないよ」
「え?」
「殴らない」
「しかし、俺は!」
「ヨシユキ?」
「…………」
「そんなに自分が許せないのなら、ボクと約束をしよう……」
自然とそんな言葉が口から出ていた。
ヨシユキは驚いた様子でボクを見る。
「――罪滅ぼしがしたいと思ってるなら、これだけ約束して? それだけでボクは大丈夫だから……」
「何だ? 何でも言ってくれ。俺に出来る事なら何でもする」
ヨシユキは終始真面目にボクと向き合う。
そんな彼にボクは自然と言葉を紡ぐ。
「――千歳をお願い……」
「え?」
「今の千歳の友達……親友はヨシユキだ。ボクじゃ彼女の親友になれない……。だからボクの代わりに千歳の事をお願い。親友として彼女が困っていたら手を差し伸べてあげて……」
「……マキ」
「辛い事、悲しい事があれば話を聞いてあげて……。親友を、千歳を大切にしてあげて……」
「…………」
「それがボクとの約束。……お願いできる?」
ヨシユキはボクの言葉に驚いていたけど、すぐに顔を引き締めて、
「――……お前の親友は俺に任せろ。絶対に不幸な目には遭わせない」
二つ返事で即答した。
――これで少しは自分を責めることを止めてくれればいいんだけど……。
その事が気になって仕方が無かった。
そこへ、
「――マキ、俺から追加でお前に約束する……」
ヨシユキから思わぬ一言が来た。
驚くボクは彼の顔を見る。
「――相沢さんとお前の仲を元に戻すぜ」
「え?」
「奪ってしまった以上は絶対に返す。お前と相沢さんが元通り出来るなら俺は協力を惜しまない。やっぱり相沢さんには『本当の親友』が必要だ。……それに」
「??」
「所詮、『偽物の親友』じゃ相沢さんに申し訳が立たないし、お前だって相沢さんと仲良くしたいだろ?」
「…………ヨシユキ」
本当にヨシユキは変わらない。
自分を責めた事だけには留まらず、そこから更にボクと千歳の事を考えてくれる……。自分の事を後回しにして、他人の事ばかり考える……。
本当にバカだけど、ボクは嬉しかった。
そしてこんなヨシユキを好きになって、ボクは本当によかったと心の底から思った。




