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第八話 「お見舞い」

「――…………」

「…………」

「…………」


 俺とマキそして見舞いに来ていた美月の三人の間には妙な緊張感が流れていた。

 状況を説明すると今日は平日の午後。

 場所は俺の病室だ。

 そしてそこにいるのは俺たち三人。

 きっかけは美月が持って来たトランプにある。


『――なにかゲームでもしましょう!』


 という美月の鶴の一声で現状に至る。

 急遽人数合わせで呼ばれたマキには申し訳がないが、そこは幼馴染として俺に力を貸してほしかった。

 と言うのも今やっているゲームは大富豪……大貧民というゲームであった。

 しかし美月が提案したルールに則って遊んでいるので気が抜けない、マジな感じで遊んでいる。

 正直、ルールが恐ろしい。

 ――ま、簡単に言うと罰ゲームがあるんですわ。どないしたらええんやろね?←(軽いパニックによる謎の関西弁?)


「――ち、ちなみにどのような程度の罰ゲームを覚悟すればいいんですか?」


 提案者の妹様に恐る恐る聞いてみる俺。

 敬語である事はこの際置いておいて、俺は美月の様子を伺う。


「――うふふ、……ふふ、うへへぇ♪」


 ――ヤバい。乙女として有るまじき顔だ。


「「…………」」


それを真横で見せられている俺たちはどうすればいいか分からずに無言だった。

様子を伺うが、だらしない顔を浮かべて頬を染めている。

瞳はギラギラ、視線は俺にロックオン状態。

……本能的に襲われると思った。 



 ちなみに罰ゲームは最上位から最下位に向けて投げられるそうだ。

 つまり、何かを『させられる』のは貧民という事だ。

 もっとも勝者の気分次第で、その標的が平民になるのもありだから何とも言えない。

 簡単に言えば富豪以外逃げ場がないのである。


「――ボク、そう言えば検温の時間が……」

「待て。……36度5分で誤魔化しとけ」


 逃げようとするマキの肩をガッシリ掴む。


「――…………お前も居ないと成立しないだろう、ゲームが」

「…………もう少し穏やかなゲームがよかったよ」


 マキが珍しく無表情じゃない。

 なんだか諦めにも似た感情が漂っていた。


「――姉さん、言葉使い!」

「す、すみません……」


 美月コイツ美月コイツで俺に言葉使いの注意を促してくる。

 ――もうええっちゅうねん、女言葉は!

 と、声を大にして言うと美月に怒られてまた『女らしさ』についてスパルタ教育が始まるので、俺は言葉を飲み込んだ。


「――それじゃあ、始めましょう? ふふふ……、楽しく遊びましょうね、二人とも♪」


 美月が邪悪に笑った。

 その笑顔が勝利の確信だと分かるのに時間は必要なかった。

 ――第一回戦。


「――ごめんなさい。私、上がりですッ!」


 美月さんの勝利。

 敗者はマキ。


 ――第二回戦……。


「――また勝っちゃいました……♪ 私、すごくないですか?」


 美月さんの勝利。

 敗者は俺。


 ――第三回戦…………。


「――二度あることは三度あるってことですかねッ☆ この程度で私は止まりませんよ?」


 ――第四回戦………………、中断!


「――何でお前はそんなに強い!?」

「…………ん」


 俺とマキは、第四回戦目で美月富豪に降伏した。

 トップを独走する美月。

 ――最初から最後までトップを独走……。

 まさしくその通りのポールトゥウィン状態であった。


「――…………強すぎ」

「姉さんも水鏡さんも、カードの出し方がパターン化しているんですよ。だからすぐに手札が判るんですっ」


 くすりと美月が笑った。

 ちなみに現在俺は美月を後から抱きしめさせられている。前のゲームで俺が貧民になったから、強制的にハグさせられていた。


「――えーっと美月さん。とりあえずそんなに寄りかかられると困るんだけど?」

「いいじゃないですか、別に……。今の私は?」

「……富豪様です」

「じゃあ姉さんは?」

「……貧民です」

「じゃあ拒否権ありませんよね?」


 腕の中の美月は完全に俺に身体を預けている。

 ――こんな狭い状況でそんなことしないでくれよ……。

 と、思っていたが、状況はそれどころじゃない。

 妹の身体が俺に密着して恥ずかしいやら何やらで落ち着かない。

 特に胸がくすぐったいし苦しい。

 言わずもがな俺の胸は妹の背中で押しつぶされるので、潰れる感触が気になって仕方がない。

 ――なんで俺の胸は必要以上にデカいんだ!?

 そんな事を思いつつ、


「――あの、美月さん。そろそろ勘弁してくれないかな?」


 妹様に許しを請う。


「――うーんそうですね。本当はまだまだ姉さんの感触を楽しみたいんですけど、仕方ないです……」

「おれ……コホン、わ、私じゃなくてまだマキが居るじゃない?」


 ――うわー。俺、今『私』って言っちまったよ……。しかも女言葉で返してしまった。……心にボディーブローを食らった感じだぜ。

 しかしこうでも言わないと美月にしつこく怒られるのだ。


「――私は水鏡さんじゃなくて姉さんがいいんですっ」

「…………」


 ――あ、マキが悲しそうな顔をした。


「――私が勝ち続けるうちは、水鏡さんに姉さんは渡しません。恋人同士だろうが何だろうが、近づけさせないのでそのつもりでっ」


 美月はそんな事を宣言してマキにビシッと指を指した。

 ――……お前、マキに対してそんな態度だったか?

 そう、美月のマキに対する態度は変化していた。これは前に考えたように『天使の力による周囲の変化』によるものだと思われるが、これは少し変わりすぎだと思う。

 なんせ美月は女のマキに懐いていたのだ。

 呼び方も『水鏡さん』ではなく『真希さん』だった。

 そう、まるで『お姉さん』のような存在だった。今の俺のような。

 休日、マキと二人で出かけるくらい仲が良かったのに、この変貌ぶりは困ったものだ。

 相も変わらず美月は俺にくっついて仲のいい姉妹をマキにアピールしていた。

 どうもマキにライバル心を燃やしている風に見えた。

 ――姉(俺の事)を恋人に取られるのが嫌なのか? はたまた何か別の理由があって?


「――姉さん♪」


 とにかく美月は俺に執着していた。

 さらっと流したが、美月も俺たちの事を『恋人同士』とか言いやがった。

 ――美月まで俺たちを恋人同士だと認識している……?

 やはり天使の力が影響しているのかもしれない。

 つまりだ……。

 今の状況だと俺とマキは第三者から『恋人同士』だと思われているのだろう。

 今の所、確認を取れたのは、マサ兄と美月だけだが、俺の身の回りの人間は少なくともそう思っていると考えるのが自然だと思う。

 ――マキと恋人同士……。

 考えてみると何やら恥ずかしいような……。微妙な感情が込み上げてくる。

 しかし喜ぶわけにはいかない。

 俺と恋人同士なんてマキが迷惑するだろうし、俺は相沢さんが好きなんだ。

 出来るなら相沢さんと恋人同士に。

 ――……って、いかん、いかん。俺は一体何を考えた?

 昨日、相沢さんの事で決意を新たに反省した所じゃないか。

 まだこの世界の相沢さんに会っていないので何とも言えないが、『天使の力が働いている状態』の彼女が俺をどう思っているのか気になる所だ。

 少なくとも嫌われていないとは思う。

 しかし素直に喜べない。いや、喜んではいけないのだ。

 所詮は心を操作された人間関係。

 そんなものに何の価値来ないし、相沢さんに申し訳が立たない。

 それに今の俺の性別は女だ。そんな女の俺に、もし相沢さんが恋心なんて抱いているのだとしたらそれはなんとも微妙な気持ちになってくる。

 ――百合な世界が展開してしまうじゃないか……。

 一瞬、顔が赤くなったが、俺は邪な邪念を振り払った。


「――姉さん? 何考えてるんです?」

「え? い、いや、何でもっ!」

「顔が赤いですが?」

「き、気のせいだ」


 俺の膝からやっと降りた美月が振り返って俺を見る。

 顔が赤い俺はそんな美月から視線を逸らして落ち着きを取り戻そうと努力した。


「――姉さん、言葉使い!」

「…………はい」


 ――ああ、もうっ! 鬱陶しい!

 まるで小姑みたいな奴だな、お前は。


「――…………ふふ」


 ――マキ、お前、何笑ってやがる!?

 ふとマキに視線をやるとアイツは笑っていた。

 ムカつく野郎だ。

 そんなこんなで仲良く? ゲームを再開しようとした時、

 ――コンコン……。

 俺の病室のドアを叩く音がした。


「――開いてますよー!」


 そのノックに何故か、美月が応えていた。

 ――一応、俺の病室なんだが……?

 そんな事を思っている間にも美月が来客を迎える。


「――ああっ! 千歳さん! いらっしゃい!」

「「え?」」


 美月の言葉に俺とマキが来客に全神経を集中させた。

 ――チトセ? ちとせ……? 千歳…………?? 今、美月アイツ……、千歳って言わなかったか!?

 俺は驚愕してマキと顔を見合わせる。


「――…………」


 マキも俺と同じく、驚いた顔をしていた。そして俺と一緒に病室に入室して来る人物を確認。


「「――…………」」


 そして固まる事になる。

 なぜならば、そこには……。


「――こんにちは、ミユキ!」


 俺がずっと追い求めていた相沢千歳がいたからだ。

 不意打ちにも不意打ちすぎる。

 ドアから顔を覗かせ、微笑む彼女。

 髪型から身長、仕草、表情、声……。すべてが俺の記憶と寸分の差異が無い。

 目を奪われてしまっても、テンションが上がりまくっても誰が文句を言う? あの相沢さんが俺を訪ねてここまで足を運んでくれたのだから。


「――え……あ? なん……で??」


 上手く言葉が出ない。身体が震えて心拍数が上がる。

 そんな俺を尻目に相沢さんは俺の病室へ入って歩を進める。

 一歩、二歩と俺の動揺を知らずににこやかに近づいて来る。

 そして俺と目が合った時、


「――っ!」

「おわっ!?」


 相沢さんは地面を蹴ってダッシュ!? 瞬時に距離を詰めて俺に抱きついてきた!?


「――ミユキ~、本当に無事でよかったぁ~! 事故に遭ったって聞いて私、心配で心配で仕方なかったんだから!」


 俺をぎゅっと抱きしめたまま言葉を紡ぐ彼女。ベッド上の俺にタックルする勢いで向かって来た相沢さんを支えるのに大変だった。

 もう柔らかいやら、いい匂いがするやらで精神的に自分を抑えるのに鉄の理性を要した。


「――あ、あの……、その……」

「どうしたの、ミユキ?」


 ――どうしたも、こうしたも、近いです相沢さん。

 俺の身体に両腕を回して身体を密着させる彼女に、何て言ったらいいか分からなくなる。それほど俺は動揺していた。


「――あ、相沢さん、離れて……」

「……『相沢さん』? なんでそんな他人行儀なの? いつもみたいに呼んでくれないと調子狂っちゃうよ?」


 離れてほしいと要求する俺にそんな事を言ってくる相沢さん。

 ――いつもみたいにって何だ?

 言葉を発して悲しそうな顔をする彼女を尻目に、俺の頭はそんな疑問でいっぱいだった。


「――そうですよ姉さん、せっかく千歳さんがお見舞いに来てくれたんですから、いつもみたいに仲良くしないと」


 などと美月までもがそんな事を言い出す始末。

 ――お前、相沢さんと面識無いだろ?

 いきなり下の名前で呼びまくって、尚且つ親しい知り合いであるかのように振る舞う美月に俺は疑問を抱いた。


「――水鏡さんもそう思いますよね?」


 そして隣のマキにも話を振るが、


「――……う、うん」


 マキはとても困ったような顔をしてどう反応していいか分からない様子だった。

 そらそうだ。

 俺と同様、マキもこの現状に理解が追い付いていないのだからその反応は当然である。


「――ほら、水鏡さんもそう言ってるんですから、姉さん?」


 ――なんだよ? どうしろってんだ?


「――『千歳』って、名前で呼んであげてください。ねえ、千歳さん?」

「うん、名前、ちゃんと言って?」


 そんな事を要求された。しかも二人にだ。

 彼女の名前は漢字二文字だ。読みは三文字。しかしその三文字がとてつもない難易度を誇る。動揺しないわけがない。


「――…………」


 俺は何も言えないまま、顔を赤くして押し黙ってしまった。


「――ミユキ……?」


 俺に名前を呼んでもらえないから不安そうな顔をする相沢さん。

 ――そ、そんな顔をしないでくれ! はっきり言って恥ずかしいんだよ!

 いきなり現れた憧れの女性。

 正直、今までマキと美月以外の女の子を名前で呼んだ事がないのだ。そんな俺にこの試練はかなりの物だった。


「――う……あ……」


 相も変わらず言葉が出ずに挙動不審の俺。

 そんな俺に美月はため息。

 相沢さんは美月のため息に首を傾げる。


「――ごめんなさい、千歳さん」

「え?」

「姉さん、事故に遭ってから何だか調子がおかしくて……」

「ええ!?」

「頻繁に別人に思える時があるんです……。言葉使いとか、仕草が特に変で……」

「そ、そんな……」


 相沢さんは美月の話を聞いて俺と向き合う。

 そして意を決したように再び俺に抱きついた。


「――ミ、ミユキ! 大丈夫なの!? 私を忘れちゃったとか言わないよね!?」


 動揺を隠さずに言葉を紡ぐ相沢さん。

 忘れるも何もひと時も忘れるはずがないじゃないか……。

 しかし、現状が理解できないので、下手に発言する事が出来ない。

 とりあえず、


「――だ、大丈夫。ちょっと記憶が混乱してるだけだから」


 などと、『事故後の記憶混乱』という理由をつけてその場を誤魔化す。

 その言葉を聞いて、より一層悲しそうな顔をする相沢さんだが、俺が彼女の事を『覚えている』強く主張することで何とか相沢さんは落ち着きを取り戻した。


「――ほ、本当に覚えてるんだよね!? 私はミユキの友達、親友だよ!?」

「「え?」」

「いや、『え?』じゃなくて……。水鏡君もなんで驚くの?」

「「…………??」」


 ――何だ!? 『親友』って! それに相沢さん、今マキの事を『水鏡君』って言った?

 俺とマキは顔を見合わせて考え込んだ。

 ――状況が分からない。

 まさしくその言葉がピッタリだった。


「――やっぱり大丈夫じゃないじゃない、ミユキ! 記憶が混乱してる!?」

「いや、そう言うワケじゃ……」

「今の反応見たら、おかしいって思うよ……」

「…………」

「ほら、黙り込んで……。やっぱり記憶が混乱してるんじゃない……」


 俺はそこで相沢さんに『大丈夫』と主張するが、彼女は必死で俺の話を聞かない。


「――記憶喪失とかじゃないよね?」

「う、うん。多分……」

「多分?」

「いえ、相沢さんの事は知っていますっ」

「………………」


 相沢さんは、俺が『相沢さん』と呼んだ所で、顔色を変えてしまう。

 それはそう、とても悲しそうな顔だ。

 ――そんな顔しないでくれ。俺が悪かったから……。


「ミユキ……?」

「はい?」

「私とミユキはいつ出会ったの?」

「え?」

「質問に答えて」

「え、えーっと……」


 俺はどう答えていいのか分からないので口ごもる。

 その態度に相沢さんは更に感情的になった。

 そこから始まる相沢さんの説明に次ぐ説明。


「――私はミユキの幼馴染なの! それすらも分からないの!?」


 力説する相沢さんの説明を要約すると、俺と彼女は親友同士で幼少期からの付き合いだという事が判明した。

 ――……天使の力が働いているのは明らかだが、なぜ親友? 

 俺はてっきり色恋沙汰……。もっとこう、イケナイ関係とかそんな関係を想像していた。

 ――そんな訳ねぇよな……。

 と、思ったと同時にこみ上げる安心感。

 だってそうだ。

 俺と相沢さんの関係は友人関係。恋人云々関係ではない。

 少し残念に思うが、天使の力は『超えてはいけない一線』を越えていなかったのだ。

 最重要視していた問題が少し片付いた感覚に、ホッと一息。


「――ミユキ? どうしたの?」

「え?」

「なんだか安心した顔しちゃって……」

「えっと、これは……」

「もしかして、私との思い出を思い出したの!?」

「あ、あの……。うーん……」


 俺は勘違いを起こした相沢さんに微妙な返答をした。

 正直、幼少期からの思い出を語られたところで俺には未知の記憶だった。

 天使に植えつけられた記憶を嬉しそうに語る相沢さんに、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 それは勿論、マキ対してもだ。


「――あ、あの……ちと、相沢さん?」

「ん? どうしたの、水鏡君?」

「……いえ、何でもないです……」

「??」


 何故なら、マキと相沢さんの現在の関係はただの『知り合い』程度になっていたからだ。

 簡単に言うと『親友の彼氏』という認識である。

 生き返る前ではあれほど仲が良かったのに、この仕打ちは酷すぎる。先ほどからマキは相沢さんとほとんど喋っていないし、先ほどと同じようにマキの呼び方も『水鏡君』になっている。

 ――水鏡君って……。

 俺は天使に馬鹿げた願いをしてしまったのが原因で、マキと相沢さんの仲を引き裂いてしまったのだと深く思った。

 そう引き裂いたのだ。

 その証拠にマキは先ほどから、相沢さんと話そうとしているのだが、


「――それでね、ミユキ……」


 当の相沢さんは俺との話に夢中でマキに見向きもしない。

 そんな状況に俺は自己嫌悪に陥った。

 ――真希……すまん。こんな親友を奪うような真似を……。

 俺はマキを見ながら、心の中で謝罪した。

 寂しく俺と相沢さんを見つめるマキの顔はとても印象的で、俺はそんなマキの顔を忘れる事が出来なかった。

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