第七話 「後悔」
俺はマキを見ていた。
それはもう穴が開くようにじっくりとだ。
「――…………」
マキは顔を赤らめる事を止めずに、俺から視線を逸らし続けている。
「――こっち見ろ」
「…………」
「こっちを見ろ!」
マキは俺の声に反応し、チラッと一瞬こちらを見る。
その表情は何か恥ずかしそうだ。
――俺と『恋人』とはどういうことだ?
俺はそんな疑問で頭がいっぱいだった。マキの反応を見るに、俺との関係の真意を知っているように見えない事も無い。
とりあえず俺はその疑問を口にするが、マキの答えは、
「――ボクは分からない……」
というものだった。
「――分からないとは何だ?」
「分からないものは分からないんだよ……」
「…………そんな答えが許されると思うのか? 俺の目を見てもう一度言ってみろ」
「そ、それは……」
マキは俺から目を逸らす。
歯切れも悪い。
――何か知ってそうだな、コイツ。
特に、俺から目を逸らした所なんか、疑う必要アリだ。
そんなマキに俺はジト目で見つめた。
「――そ、そんな目で見ないで……」
「だったら吐け」
「知らないものは知らないよ……」
「じゃあなんでマサ兄はあんな事を言うんだ?」
「そ、それは……」
「それは?」
「…………その場のノリ?」
「…………」
俺は相変わらず無言でマキを見る。
マキは俺から逃げるようにベッド上で縮こまっていたが、次の瞬間には意を決したように俺と向き合い、
「――だ、だって仕方ないじゃない。ヨシユキがあんな誤解を招くような行動を取るからっ」
と、指摘してきた。
確かに、俺の行動は第三者から見ると誤解を招くように見えたかもしれない。あんなに顔を近づけて囁くようにしていれば誰が見ても仲のいいカップルに見える。そう、傍目から見れば俺がマキの横からゆっくりと近づいて、優しくキスでも迫っているみたいな……。そんな感じだ。
いや待て、俺。一体何を考えているんだ。
「――~~っ」
俺は思い出せば思い出すほど、顔から火が出そうになって身動きが取れなくなる。できればこのまま走り出して逃亡したかった。
「――そんなに恥ずかしいなら、今度から気を付けたらいいんじゃない?」
「そ、そうだな」
俺はマキの言葉に、決意を新たにして再び彼女に向き合った……ハズなのだが、やはりマサ兄の『恋人同士仲良く』という言葉に気を取られてしまう。
冗談にしては自然に言葉に出て来ていたし、元の世界のマサ兄は妹の前でこんな話題を振る事は無かった。
――生き返ってから、おかしい事だらけだ。
まあ、性別が変化している辺りで問題大アリだが、何かそれとは別に、俺を取り巻く環境も変化しているような気がしてきた。
そう言えば、昨日の美月の様子が明らかにおかしかった事も気になる。
俺は深く考え込む。
この『変化』をもたらした原因は何なのか……。
それは考えるまでも無く、あの天使の仕業だとしか思えないが、話を聞こうにも天使は居ない。
性別まで変えて、更に周りの環境まで変える。
俺には、そんな事をしでかした天使の意図が全く分からなかった。
――生き返らせるなら、性別を変える必要はないんじゃないのか? これが天使流の生き返らせ方なのか?
天使の事を考えていたら、何だかイライラしてきた。
「――ヨシユキ?」
マキは俺を心配そうに見てくる。
「――ん? ああ……」
「何をそんなに怒ってるの……?」
「天使だよ、天使」
「??」
「俺たちを生き返らせてくれた事には感謝しよう……」
「……ん」
「しかし性別を変えられた事は納得いかん!」
俺はここでやっと、性別を変えられた事に対して感情を爆発させた。
遅すぎると思う者も居るだろう。しかし、生き返ってからというものそれどころではなかったんだ。検査の嵐と美月のスパルタ教育で身動きが取れなかったのだ。
――って、俺はいったい誰に言っているんだ。
「――ヨシユキ、その恰好嫌なの?」
「当たり前だ!」
「…………」
「マキ?」
「可愛いのに……」
――おい。
マキは俺を見つめてうっとりしていた。
――ダメだ、コイツはまずい。
「――お、お前はその恰好、いいのかよ!? 納得できるのか!?」
俺は頭に血が上ってマキに問いかける。
「――いいとは思わない……。だけど不自由はしていないよ……」
「は?」
――今コイツ何て言った?
「――最初、トイレは戸惑ったけど、もう慣れた。慣れるとあまり気になる事は無いから、元の身体と大差ないと思う」
「…………大差大アリだろ?」
「胸が無くなったのは悲しい。でも、この身体にもいい事はある……」
「…………え?」
「外出するときに、化粧をしなくてもいい……。勿論、寝る前と起きた時にスキンケアをする必要も無いから楽だね。する事と言えば、髭を剃る事くらいじゃないかな?」
「…………」
「今朝ためしに、初めて髭剃りで髭を剃ってみた……。まあボクは体毛が薄いみたいだから、あまり意味は無かったけど……」
マキは今の身体の良い所を次々に上げて行く。
終いには、初めての髭剃り体験談まで聞かされた。
――と言うかマキ、お前カミソリ負けしてるぞ。
よくマキの顔を見てみると、顎がうっすらと赤く変色していた。
髭剃り初心者によくあるミスだ。
「――お前、顎大丈夫か?」
「……ヒリヒリする」
「だろうな」
「ボクはカミソリにすら負けたの?」
「気にしすぎだ」
「……ん」
――一体何の話をしているんだ? 俺たちは。
そんな疑問が浮かび上がるが、マキは話を続ける。
「――でもやっぱり一番大きいのは生理が無い事かな……」
「せっ……!?」
――ビックリした。一体何を言い出すんだお前は!?
話慣れしていない話題に俺の顔は赤くなっていく。
「――ヨシユキ? 顔が真っ赤……」
「お、俺は男だからな……」
「……男の子にはそんなに恥ずかしい話なの?」
「あ、ああ……まあな」
「女の子には切実な問題なんだけど……? ああ、でも今はヨシユキも女の子か……」
「…………」
――そうだった。俺の身体は女性だった。
気にもしていなかったが、俺にも生理が来るらしい……。いや、俺にはきっと来ないはずだ。というか来ないでください(切実)。
「――長い人は大体一週間前後かかるから……」
「あ、ああ……」
何が長いのか全く分からないので、俺はとりあえず相槌を打つ。
――む、難しい問題だ。
「――何か困った事があればいつでも言って。ボクが力になる……」
何やら非常に心配されてしまう俺。
とりあえずこの話題は置いておこう。困ったことがあればマキに改めて聞こうと思った……。
「――ところでマキ?」
「……ん?」
「話がかなり脱線したようだが……?」
「……ん」
「改めて俺の主張を聞いてくれるか?」
無表情で頷くマキに俺は自分の今の気持ちを吐き出した。
まあ、言いたい事は言わずもがな、変わってしまった性別の事とかだが、これはとりあえず保留しておこう。
ジタバタしても性別は変えられない。
元に戻る方法は自力では見つけられないのだ。
そこでまず、俺が気になっている点で再確認したいのは『俺たちを取り巻く環境の変化』だ。
俺の場合、分かりやすかったのは妹の美月だ。
前にも言ったが、死ぬ前の世界では考えられなかったスキンシップをやけにしてくる。
これほど驚いた事は無いし、戸惑いも大きかった。
――やはり同性の姉妹になると接し方まで変わってくるのだろうか?
俺はそんな事を考え、この事をマキに説明した。
すると彼女は、
「――ボクの場合は兄さんかな……?」
と、自分の事……。つまりは、マサ兄との事を教えてくれた。
マキの話によると、マサ兄は自分に対して普通に接してはくれるが、前ほどしつこく構わなくなったらしい。
俺はその話を聞いて驚いた。
マキは、それはもうマサ兄に大切にされている妹だ。死ぬ前の世界ではよく一緒に居る所を目撃している。
マキが女の子だから余計に可愛がられていたのは間違いないと思う。
しかしマキが『妹から弟に変わった』事により、その可愛がられ方が変わったようだった。
「――あまりベタベタしてこないから助かる……」
「……その気持ちはよく分かる」
――俺も最近、美月の餌食だからな。
しかしこの話題は『性別が変化した事による周りの変化』だ。
一番気になるマサ兄が俺とマキの事を『恋人同士』だと言った案件とは別問題だと思う。
そう、これは俺とマキの人間関係の話だ。
当然、俺は死ぬ前にマキと恋人関係だったわけはないので、周りがそう言ってくること自体がおかしい。
そこで考えた、俺たちが生き返る上で何か見落としてないかという事を。
すると脳裏にすぐ引っかかるものがある。
――あの天使の願い事……。
そうあれだ。
なんだかんだで曖昧になっていたが、俺は願い事をしていたんだった。
その事が原因で今の事態を引き起こしているのだとしたら、それはそれで何とも言えない状況だ。
なんせ確認をしたくても天使はこの場に居ないのだから。
全ては想像。俺の推測にすぎない。
「――なあ、マキ?」
「……ん?」
「お前、天使に願い事とかしたか?」
「……ん」
マキはコクリと頷いて俺を見る。若干頬が赤いのは何なんだろうか? まあいい。とにかく俺は話を続けた。
「――俺たちの性別が変化して、おまけに俺たちを取り巻く環境も変化してる……」
「……そうだね」
「なんだか、全て俺たちがした『天使への願い』が関係しているように思えるんだが、お前はどう思う?」
「多分関係あると思う……。周りの認識を変える事なんて、神様や天使の力が働かないと無理だよ……」
俺の考えに同意し、自らも考え込んだ。
恐らく自分のした願い事について考え、それによって天使がこの世界に及ぼした影響について考えているのだと思う。
まあマキは無表情だから本当のところは分からないが……。
「――…………」
俺はマキの考えている事が気になり、いつの間にか彼女の横顔を覗き見ていた。
そして同時に、
――マキの願い事ってなんだろう?
という素朴な疑問が浮かんでくる。
俺の願いは……まあ言わなくてもいいだろうが、どうもマキの願いが気になった。
そこで、
「――なあマキ、お前の願いって何なんだ?」
ストレートに聞いてみる事にした。
すると真希は、顔を赤くして絶句。
こちらをチラチラと見て黙り込んでしまった。
――何なんだ、いったい?
俺はマキの反応に戸惑いつつ、もう一度聞いてみる。
しかしマキは教えてくれない。
――そんなに言いにくい願いをしたのだろうか?
俺はそう思いながら、もし自分が願い事を逆に聞かれた時の事を想像してみた。
……考えるまでもなく、顔が赤くなる。
――マキも俺と同じ類の願いをしたのだろうか? ……いや、深く探るのはこの辺にしておこう、俺も聞かれたら困るからな。
俺がそんな事を考えていた時、
「――ヨシユキの願いって、千歳との事……?」
マキがそんな事を言って来た。
咄嗟に咳き込む俺。
――エスパーか!?
俺はマキを驚いた顔で見た。
マキは無表情。
「――な、なんで!?」
「……大体分かる」
「マジで?」
「……ん」
――恐ろしい奴だ。
俺がそんな事を思っていると、マキが目を細めて俺を見据える。
「――ヨシユキ……」
「な、なんだ?」
マキが俺の名前を呟いた後、彼女の雰囲気がガラリと変わった。
言うなればそう、何か怒っているような? そんな雰囲気だった。
「――なんでそんな願い事を許したの?」
「え?」
「天使を止める事も出来たはずだよ?」
「…………??」
マキは俺を睨みつけながら両手を力強く握りしめている。その手は白く、ものすごい力が込められている事がすぐに推察できた。
彼女が完全に怒っているのを確信するのにそんなに時間はかからなかったし、マキがこれだけ怒っているのを見るのは初めてだったかもしれない。
――しかしなぜこんなにも怒りを露わに……?
俺にはその理由が分からず、マキの言葉を待つしかない。
「――ヨシユキの願いが叶えば、千歳の気持ちはどうなるの?」
「…………」
「千歳の気持ちを無視して、無理やり人間関係を構築する……。彼女の気持ちを無理やり捻じ曲げてヨシユキに向けさせる……」
「……っ!?」
「酷いと思わない……?」
そこで俺は天使との会話を思い出した。
『――それってどういう関係を望んでいるの? 「ただの友達」関係?』
『ば、バカ! そこまで言わすつもりかよ!?』
『だって、ここはちゃんとしとかないと……ねぇ?』
『と、『友達以上』だよ!』
俺は大馬鹿野郎だ。
――なんで今までこんな事に気づかなかったのか……。
俺は生き返った後の事ばかり考えて、自分の事ばかりしか考えてなかった。性別が変わり、環境が変化した事しか頭に無かった。
――……いや、違う。これは言い訳だ。
本当に相沢さんの事を想っているなら、天使の話を聞いた時にこの事には気付けたはずだ。それなのに俺は、結局あの天使を止める事が出来なかった。
心のどこかで天使の力に頼ろうとしていたんだ。
「――…………っ」
俺は過ちに気づいて、やっと気づいて唇を噛んだ。
「――ヨシユキ……?」
「マキ……すまん」
「??」
「俺は自分の事ばかり考えて、お前の友達を……相沢さんを……」
後悔してもしきれない過ちだ。
この生き返った状態で天使の力が働いているのだとすれば、恐らく相沢さんは俺に気持ちが向いているのだろう。
確認はしてないが、性別から何から変化しまくっている現状を見れば結果は明白だ。
――どうする? どうしたらいい?
悩んだところで答えは出ない。
もうできる事と言えば、もう一度天使に会って俺の願いを取り下げてもらうしかない。
俺の性別を男に戻すとか、そんな話は二の次で良い。
「――あの天使を探さないと……」
「ヨシユキ?」
「俺はもう一度あの天使に会わなければならない……」
「え?」
「会って、俺のふざけた願いを取り下げてもらわないとっ!」
俺は焦りと後悔の念で感情がグチャグチャになっていた。
じっとしている事が出来ずに体が震える。
「――ヨシユキ、落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか! 俺は……俺は何てことを……」
「…………」
「相沢さんに申し訳が立たない。それにお前にもだ、マキ……」
「え?」
「お前の大切な友達を、俺が巻き込んだんだ……。俺はお前に怒られて当然だ。むしろ殴ってくれ……!」
「…………」
「さあ、やってくれ。ほら」
俺はマキに殴らせやすいように顔を差し出した。
そんな俺にマキは困ったような顔をする。
――どうしてそんな顔をするんだ? 早く一発バシッと殴ればいいのに……。
「――ヨシユキ、ボクは君をどうこうしようとは思わない……」
「え?」
「君は自分の過ちにいち早く気付いてくれた。後悔もしている。おまけにボクに殴られようともした……」
「…………?」
「ボクは怒っていない。ヨシユキが自分の過ちを認めて、尚且つ千歳の事を大切に想っている事が分かったから……」
「マキ……?」
マキは微笑みを浮かべて俺の顔を触ってくる。
その手つきは優しく、頬を撫でるようだった。
「――もしこれで、今の状況を利用して千歳と恋仲になろうとしていたらボクは君を許さなかったけど、それは杞憂に終わったようだね……」
「…………」
「やはりヨシユキはヨシユキだ。ボクのよく知るヨシユキだ……」
マキは心底嬉しそうにしていた。
というよりも安心しているようにも見える。
「――そう言ってくれるのは嬉しいんだが、マキ? 俺は……」
「とりあえずそこまでにしておこう……? 今、話し合った中で、ヨシユキが自分の過ちに気づいただけで十分じゃない?」
「…………」
「納得できない?」
「勿論」
「…………即答だね」
――当たり前だ。そう簡単に『はい、考えるのを止めましょう』なんて思考は持てない。
「――他人を巻き込んで平然と過ごす事なんてできない。というか自分で自分が許せないんだ」
「そこがユシユキの良い所だね……。だからボクは君の事が……」
「は?」
「いやいや、こっちの話……」
「??」
マキは顔を赤らめて目を逸らした。
――なんだかさっきもあったな、こんな反応。
何か引っかかるがまあいい。マキの願い事の事も、もうどうでもよくなった。
とりあえず今日からの目標は相沢さんのフォローだ。
彼女の支えとなり、彼女の為に死ぬ勢いで力になろうと誓った。
後、残るのはマサ兄が言っていた『俺とマキの恋人関係』云々の案件だが、冷静になってみて考えてみると、これは天使の力が働いた産物による現象である事が非常に高いと思った。
――いわば俺とマキの願いを同時に叶えた事によるエラー……。バグのような物かもしれない。
俺も困るが、マキはもっと困っているだろう。
何せ、俺と恋人同士と言われてしまうのだ。
大事な幼馴染であるが、恋愛の対象とはまた違う。
それが俺とマキの関係だ。
これからこの生き返った現実で俺とマキを『恋人同士』だと第三者が認識するなら、様子を見るしか手は無い。
なにせ人の心が操作されてそう思わされているのだから、俺たちがどうこうする事などできないのだ。
とりあえずこの案件は、マキと相談して各自対応して行こうと決めた。




