モブキャラに恋をした転生ヒロイン
こんにちは! 初めての人は初めまして! 大人気乙女ゲーム『世界の純情を愛で包んで』で傍観者をやらせていただいております天野紫絃っていいます! 私のポジションは本来は立ち絵も声もないモブキャラなんですが、何故か主人公(転生ヒロイン)の親友ポジションになりました。この子ってば攻略キャラを怖がって全くフラグ立てないんです。しかも、モブキャラの男子に恋しちゃうし……残されたイケメン攻略キャラ達はどうするの主人公ちゃん!?
男はトラックに轢かれたりして命を落とすと、彼に興味を持った神様によって転生されるケースが多い。その代表例はよく分からない異世界への転生だ。
そして、そこでは何らかの神様からチート能力をもらって、色んな美少女、美女のハーレムを作るのがセオリー。チートハーレムチーレム主人公として偉そうにしている元喪男よ。チート=最強って思っているなら意味調べてみろ。本来は不正とかズルとか良くない意味だからな、と胸ぐらを掴んで言いたいが、私は異世界転生者と出会う機会がない。
まあ、会いたいとは思わない。小説とかの転生に惹かれてトラックに惹かれたり、飛び降りをする馬鹿と関わり合いになるのはごめんだ。ぽんぽこぽんぽこ死んでいるが、神様に手を差し伸べられるのはほんの一割くらい。残された家族の事やトラックの運転手の事を考えないクズは、大体地獄に落ちて悲惨な目に遭う。
知っているだろうか。自殺した奴も地獄に送られ、死んだ方がマシだって思うような苦しみを味わうのだ。生きていた方が楽だったって苦痛を気の遠くなるような時間体験する。それが嫌ならクズはクズなりに人生に絶望したり、人生やり戻したいなんて甘えずに今から歩き出すしかない。そうすれば、暗闇の中でも光は見付けられる。
とまあ、異世界転生者の事は置いておこう。これらは死んだ人間が男だったケースだ。現世では一日大勢の人間が様々な理由で亡くなっていて、当然女も含まれている。
ただ、女での異世界転生はあまり聞かない。突然生きたまま異世界に流れ着いてしまうトリップ現象もあったりするが、転生系ならこれが多い。
乙女ゲーム転生。
ちなみに乙女ゲームとは男が女を落とすために頑張るギャルゲ、エロゲの性別逆転版だ。ノベルゲーム風に選択肢のみで進行するものもあれば、ミニゲームをこなすタイプもある。中にはRPGと乙女ゲーをチャンポンにしたものもあって、あの静岡を舞台にしたホラゲに出てきそうな敵と闘うのもある。あなおそろし!!
女に乙女ゲーが多いなら、男もギャルゲ転生増やせばどうかと知り合いの神様に聞けば、「男は冒険も大好きだから冒険させたくて」と返ってきた。しかし、その神様は直後、トラックに自分から惹かれて死んだ高校生を18禁BLゲームの世界にぶち込んでいた。邪神め。
さて、前置きはここまでにして現在私がいる世界を説明しよう。ここは大人気乙女ゲーム『世界の純情を愛で包んで』の世界だ。学園系で読書が大好きな二年の文学少女がある日、学校一モテる生徒会長によって強引に生徒会に入れられてしまう。そこから生徒会メンバーや後輩先輩のイケメンに囲まれた生活を送る、という物語である。良く言えば普通、悪く言えばテンプレな詰まらない内容だった。
「天野さん、早く理科室に行こうよ。次移動教室だよ」
「ありがとう、鈴花ちゃん」
教室で懸賞に応募するクロスワードをやっていた私に、声を掛けたこのみつあみの子がこの世界のヒロイン兼転生者の琴平鈴花ちゃんだ。ちなみに私の配役は天野紫絃で、この子のクラスメイト。ゲームの中では名前だけがぽんと出る程度の立ち絵もないモブキャラだった。
鈴花ちゃんと私は親友のような仲になっているが、実は本編では有り得ない事だった。本来、この子のマブダチになるのは私達の少し前を歩く綾瀬茉莉。ピンク色の髪の美少女。
この展開はおかしいと考え、茉莉ちゃんをどう思っているか聞いた事があった。すると、
「茉莉ちゃん……優しくて可愛い人だけど、見た目がピンク色でちょっと怖くて……」
と弱々しい言葉が返ってきた。鈴花ちゃんも私も見た目は現世にいるような黒髪の普通の女子高生だった。なのに茉莉ちゃんはバリバリにピンクの髪をしている。
鈴花ちゃんはどうもこの世界が乙女ゲーだと自覚しているようだが、臆病な性格のせいか見た目が明らかに日本人でない茉莉ちゃんに心が開けないらしい。茉莉ちゃんはいい子なのは私も知っている。どうすれば鈴花ちゃんと仲良くなれるか、私に相談をしていたくらいだ。
まさかその髪を黒く染めろなんてそんな鬼畜発言出来るはずもなく、「鈴花ちゃん恥ずかしがりやだから」と言うしかない。何とかして仲良くなってもらいたい。
というより、茉莉ちゃんに怯えていてはこの世界はとてもじゃないが、生きていけない。理科室目指して歩いていると、その原因が向こうからやってきた。鈴花ちゃんがびくうっと跳ね上がって、私の制服の袖を掴んだ。
「よお、鈴花。これから実験か?」
真っ赤な髪をした俺様キャラな生徒会長。
「琴平さん、お昼ご一緒してもよろしいでしょうか?」
青い髪に黒縁眼鏡の知的キャラな副会長。
「駄目だよ! 鈴ちゃんとご飯食べるのは僕! 一緒に帰るのも僕!」
頬を膨らませる小柄な黄緑の髪の書記長。
「こっち見んじゃねーよ! ……目が合っちまうだろ」
この白髪頭のツンデレは会計。
天野さん助けて。視線で助けを訴える鈴花ちゃん。彼らこそ彼女が在籍する生徒会メンバーであり、攻略キャラである。しかし、その外見のせいか鈴花ちゃんはものすごく怖がっている。私もちょっとこのカラフル集団はどうかと思う。今は制服なのでまだいいものの、私服姿で攻略キャラですよ全員集合をされたら、えらい事になってしまう。それは序盤の所謂『まずは主要キャラと軽い交流しましょう』イベントで起きた。
舞台は金持ちの生徒会長の自宅。
私から見ればただのコスプレ会場にしか思えなかった。
上手いイラストレーターに描かせて派手な格好をさせて、人気声優使わせたらいいってもんじゃないぞ乙女ゲーム。勿論、鈴花ちゃんのメンタルがそんなイベントに耐えられるはずもなく、早々と逃げ帰ってきたらしい。脇キャラでもモブキャラでもないんだからちゃんとフラグ立ててこい。これを初めて聞いた時は、流石にそう言いたくなった。
「鈴花!」
「はい!」
面倒臭そうに生徒会長が鈴花ちゃんを呼んだ。
「鈴花、昼飯誰と食うんだ?」
その質問と共に鈴花ちゃんの目の前に、鈴花ちゃん(と実は私)しか見えない選択肢が表示される。
お昼は誰と食べよう?
→・生徒会長と食べます!
・副会長よろしいですか?
・書記長さんと食べようかな……
・会計の人を誘ってみたい……
・天野さん……
鈴花ちゃんは真っ先に一番下の文章を見た。カーソルが素早く動く。
お昼は誰と食べよう?
・生徒会長と食べます!
・副会長よろしいですか?
・書記長さんと食べようかな……
・会計の人を誘ってみたい……
→・天野さん……
ピンッと可愛らしいエフェクト音が本日も鈴花ちゃんは私と昼食を食べる事を告げた。
フラグをバッキバキに折られたカラフル生徒会は少し落ち込んでいた。このゲームの攻略キャラは最初から好感度が高めに設定されている。ちょっとこつけば簡単に落ちてくれるシステムだ。
昼食を食べた後、私と鈴花ちゃんは図書室に向かっていた。鈴花ちゃんのためだ。
ガラリ、と開けると紙の匂いが混ざった空気が鼻腔に入り込む。中には数人しかおらず、静かで穏やかな時間が流れていた。
「あ……!」
奥のテーブルを見た鈴花ちゃんがほんの少し嬉しそうな顔をする。そこにいた黒髪の生徒も鈴花ちゃんに気付いて頬を赤らめた。
「良かったね。今日も佐藤君いたよ」
「うん」
「それじゃあ私は教室に戻るよ」
「だ、駄目! 天野さんも一緒に本読もうよ」
この恥ずかしがりやめ。佐藤君だって確実に私ではなく、鈴花ちゃんが気になっているのに。仕方ないので本を選ぶのに迷う振りをして、しばらく後にテーブルに向かった。ちらりと視線だけ向ければ、鈴花ちゃんも佐藤君も顔を茹で蛸のようにして本を読んでいた。佐藤君や、それ本逆。
鈴花ちゃんが恋をしたのはカラフル生徒会メンバーでも、慕ってくる後輩でも、少し変態入った教師でもないごく普通のモブキャラだった。黒髪でイケメンというほどかっこよくもない、BLなら平凡受的なポジションにすらなれそうにない程平凡な生徒だった。
どうして、好きになったのか聞けば「どうしてだろう」と苦笑された。なのでそれ以上詮索しなかった。誰かを好きになるのなんてそんなものだろう。
鈴花ちゃんは佐藤君と過ごす内に少しずつ変わり始めていった。まず、茉莉ちゃんとは無事に仲良しにされた。それから生徒会メンバーとも自然に話せるようになった。ミニゲームである生徒会で使用する書類の整理、教室の掃除、家での料理もこなして高得点を獲得していた。
鈴花ちゃんはこの世界で頑張って生きていた。
「鈴花、お前は俺だけの物だ」
生徒会長が鈴花ちゃんの胸にナイフを突き刺した。
「僕と永遠を過ごしましょう、琴平さん」
睡眠薬で眠らされた鈴花ちゃんとビルから飛び降りる副会長。
「ずーっと一緒だよ、鈴ちゃん」
鈴花ちゃんを毒殺して剥製にした書記長。
「鈴花鈴花鈴花鈴花鈴花鈴花鈴花鈴花……俺と一つに……」
鈴花ちゃんの死体を食べる会計。
『世界の純情を愛で包んで』は個別エンドか逆ハーレムエンドしか許されていなかった。最後まで誰も選ばないと一番好感度は高かったが、フラグは立てられなかったキャラに主人公、鈴花ちゃんは殺される。後輩にも教師にも鈴花ちゃんは酷い殺され方をした。
鈴花ちゃんはバッドエンドを迎えると、全ての記憶をリセットされてまたゲームの冒頭からスタートする事になる。攻略キャラの誰かとハッピーエンドにならない限り、ずっと殺され続けるのだ。
私は鈴花ちゃんの最期を何回も見てきた。止める事は出来ない。鈴花ちゃんにこの世界がゲームの中だという話は、システム上禁止されているのだ。生徒会か後輩か教師を愛さないと殺されるとは言えなかった。私もこの世界のキャラでいる限り、ゲームそのものの結末は変えられなかった。
前に毒殺されるエンドで死ぬ間際、彼女はこう言っていた。
『私が好きなの、は……佐藤君なの……にね……』
鈴花ちゃんは佐藤君を好きになったままだと自分が死ぬ事を知っていた。なのに佐藤君を大好きになって、その度に殺される。
滑稽だな、と思った。
「やっぱりこの世界の中ではゲームのシナリオは変えられないかぁ」
私はわざとらしく溜め息をついて、誰もいない教室の中でジャンプをした。
するとびっくり。次の瞬間には教室は何もない真っ白な世界に変わり、白い髭を生やした老人がニヤニヤしながらスマフォで動画を見ていた。
「うーん、分からんのぅ。どうしてこの主人公はこのゲームの概要を知った状態で転生させたはずなのに、どうでも良さそうな奴を好きになるんかのぅ」
「よっ、あんたが鈴花ちゃんをあの乙女ゲーに転生させた神様?」
「んあ? な、何じゃいお前さんは!? どうしてこの神の空間に……」
「そんな事言わずにさ、純情愛のゲームのディスクちょっと貸してくれませんか? 」
私は神様の胸ぐらを掴んで丁寧な口調で頼み込んだ。
『世界の純情を愛で包んで』は主人公が二年に進級した所から始まって、クリスマスに意中のキャラと結ばれてクリアになる。そうでなければ好感度の高いキャラにクリスマスに殺される。そういうゲームのはずだった。
だから佐藤君を好きになってしまった私は、殺されてしまうかもしれなかった。12月になって私は同じ夢を見るようになった。攻略キャラのみんなに殺される夢。皆、普段の皆じゃなくて怖くて、誰かと結ばれないとああなるんだ、と警告されているみたいだった。
けれど、佐藤君を諦める事なんて私には出来なかった。どうして佐藤君を好きになったかなんて私にも分からない。でも、死ぬかもしれないと分かっていても、死ぬのが怖くても他の人は好きになれなかった。
「はぁ……」
誰もいない教室で待っている。誰を? 思い出せない。攻略キャラの皆でも佐藤君でも茉莉ちゃんでもない。いつも私の傍にいてくれた女の子。誰だったろう。琴平鈴花はゲームの中で仲良しだった子は茉莉ちゃんしかいなかったけど、もう一人いたはずだった。
思い出そうとしていると、ピンッとエフェクト音が鳴った。目の前にある表示を見て私は首を傾げた。
『クッキーを渡してあの人と接近したい!』
これはミニゲームで成績がいいと発生する、月毎にある恒例イベントだった。家か調理実習で作ったお菓子をキャラに渡して好感度を上げるのだ。
でも、おかしい。確かに今日調理実習でクッキーは作った。けど、もう12月はこのイベントはないはずなのに。私はとりあえず表示を読み進めていく。
次に出たのは渡したい人の名前だった。生徒会の皆と後輩と先生。今まで私は誰にも渡さない『自分で食べる』を選択していた。
今回のイベントでその項目は別なものに変わっていた。
『佐藤君にあげたい』
「………………!」
私は迷わずそれを選択した。クッキーが入った可愛い包みを鞄の中から取り出す。
教室を飛び出して廊下を走る。早く、早く。息を切らしながら図書室の扉を開く。
「琴平? そんなに慌ててどうしたの?」
「佐藤、君。あのね、私……」
緊張する私の耳元で頑張れって女の子の声がした。うん、頑張るよ。このチャンスを絶対に逃すわけにいかない。
「このクッキー、受け取ってもらえませんか?」
幸せそうに笑う鈴花ちゃんと佐藤君を遠くから眺めながら私は鼻水を垂らして泣いていた。良かった。やっと幸せになれたね鈴花ちゃん。
知り合いの神様(ノンケをBLゲーに叩き落とす鬼畜)が呆れと笑いが混じった表情で私にポケットティッシュを渡す。
「君はやっぱりすごいよ」
「何が?」
「その能力だよ。ゲームのシステムを勝手に弄くって、本来存在しないイベントを発生させるなんて大したもんだ」
「これは不正行為だからあまり褒められた事じゃないよ。私も本当はやる気じゃなかったし」
だが、鈴花ちゃんの愛の力が死の恐怖に打ち勝つ所を見る度に、私のやる気はどんどん高まっていた。どんな事象も思い通りに変えてしまう私の能力。普通神様ですら持たない力を持った天使である私に、神様達はあまりいい印象を持っていない。何かにつけてチート女と罵る。こりゃあ私の生まれつきの能力だというのに。ま、主人公ちゃんに心を奪われて強引にハッピーエンドに持っていったから、ズルいと言われても仕方ないが。
「さて、私はもう行くよ。次はどこの乙女ゲーの世界に行こうかなぁ」
「好きだね、乙女ゲームに遊びに行くの」
「これでも人間の頃は毎日プレイしてたからね」
翼を羽ばたかせて空高くまで飛ぶ。今度の世界ではもう少しすんなり主人公に転生した女の子が幸せになれるといいが。
「ねえ!」
神様が私を呼ぶ。
「いい加減俺を君の攻略対象キャラにして欲しいんだけど!」
「とっくになってるよ、バーカ!」
私は固まってしまった神様に投げキッスをして、この乙女ゲームの世界から消えた。
いつか加筆修正して主人公とヒロインの仲良しぶりを書きたいもの。