シンデレラは青い鳥を見つけましたとさ
「何もかも嫌いじゃ。このダサイ名前も、籠の中の生活も! 何も知らずに、わしのことを羨ましい羨ましいと言いおって! こんな苦しみを味わうなら、庶民に産まれたかったわ!」
「大声出しすぎだよ姫宮さん」
「あーハンバーガーがうまいのう!」
「だから無理して食べなくてもいいって……食べきれないなら僕が食べるから」
前回と同じくショッピングモールのフードコートで、やけ食いをするつもりだったのかハンバーガーを5つも注文した姫宮さん。姫宮さんがギブアップするのを見越してジュースしか頼まなかったが、それで正解だったようだ。3つで限界が来たようで苦しそうにうつむく姫宮さんを見ながら残ったハンバーガーを頬張り、どうするべきかを考える。
「で、今日は何時まで姫宮さんを連れ出せばいいの?」
「いっそこのまま世界から逃げ出したい気分じゃ」
「そもそも何の用事から逃げて来たのさ」
「『親とか婚約とか関係なく、君と話がしたい』じゃと? そんな見え透いた嘘に騙される程わしは愚かではないわ、どいつもこいつもわしを手なずけようと考えおって、待ち合わせだけしてこの通り逃げてきたわい」
「それはあんまりなんじゃ……」
僕が彼に姫宮さんときちんと話をするように勧めた結果が待ちぼうけとは、責任を感じてしまう。前回同様姫宮さんは携帯電話の電源を切って探知できないようにしているだろうから、彼は今頃必死で姫宮さんを探しているかもしれない。一刻も早く姫宮さんを説得して、彼との話し合いに応じて欲しいものだが、どう切り出したものやら。
「さて、今日はネオン街に行ってみたいのう」
「ネオン街? ロクなとこじゃないよ」
「望まぬ婚約から逃げ、夜の街で強く生きる……そういう人生もアリじゃろう?」
「……」
不良に憧れる女の子はたまにいるけど、水商売に憧れる女の子もいるようだ。確かに水商売にはワケありな女性がやるというイメージがあるけれど、クラスメイトを水商売の道に走らせるなんて僕が許さない。現時点で水商売をしているクラスメイトがいるような気もするけど、自分で選んだ道と、何かから逃げるように選ぶ道では大違いだから。
「おお、こんな時間だというのに、煌びやかなもんじゃな」
「あまりはしゃがないでね、危ない人もたくさんいるんだから」
「大丈夫じゃよ、多分危ない人のボスはわしの味方じゃから」
「そういう生々しい話はやめてよ……というか家から逃げたいのに、家の力の話をするのかい」
「ふん」
とはいえこの状況で姫のご機嫌を損なわせる訳にはいかない。上機嫌になって貰った状態で説得するのがベターだろうと判断して、お望み通りネオン街へと連れていく。この場所にはいい思い出がない、いい思い出がネオン街にある高校生の方がどうかと思うが。ついついツッコミを入れてしまい彼女を早速不機嫌にさせてしまった僕が慌てながら何か興味をひくものはないかと辺りを探していると、見たことのある金髪が目に入る。
「この服欲しかったんです、ありがとうございますー。それじゃあ今日はどうもありがとうございました!」
「ウチのクラスの白金ではないか。こんなところで何をしとるんじゃ?」
水商売をしている手遅れなクラスメイトの白金さんだ。今の姫宮さんにとっては悪影響でしかないと思うので、会わせない方がいいと反対方向を向いて姫宮さんを誘導しようとしたが、残念ながら姫宮さんが白金さんに気づいてしまった。
「ふんふふーん……げっ!」
「奇遇じゃなあ白金。すまんの、この前はパチモンとか言ってしもうて。それにしても何をしとったんじゃ?」
白金さんにとっても姫宮さんと出会うのはまずいらしく、僕達の姿を見て顔をひきつらせる。アイコンタクトで白金さんに何とか二人で誤魔化そうと告げるが、うまく通じてくれただろうか。
「あー、デートだよデート。ウチは年上好きだからな」
「なんじゃ、てっきり援助交際でもしとるんかと思ったわ」
「ははは! そんなわけないだろう!? なあ、高下!?」
「うん、そうだね!」
全力で嘘をつく僕達。デートだとしても色々と危ないが、納得してくれたのか姫宮さんはつまらなそうにため息をつく。
「なんじゃ、つまらん。白金はアナーキーな匂いがしとるから、夜な夜なネオン街で乱れておるんかと思ったわ」
「酷いなあ姫宮さんは、やったとしても精々散歩デートだよ。で、どうして姫宮さんがここにいるんだ?」
「色々あって、わしは家出を考えておってな。興味もあったし、水商売に手を染めようかと思っていたんじゃよ。ここにおる白金なら水商売にも詳しいんじゃろう?」
「家出? 何があったんだよ」
「うむ、教えてやろう。語るも涙聞くも涙、実はな……」
そのまま姫宮さんは白金さんに自分語りをし始める。いかに自分が悲劇のヒロインかを強調するかのような語りに、こう見えて少女漫画が大好きな姫宮さんは本当に涙を流し出した。
「うう、お前も苦労してんだな……ごめんよ、ウチ前からお前の事外面いいだけの嫌な奴だと思ってた」
「わかってくれたか」
「ああ。……けど、家出とかはやめた方がいいと思うぞ」
もしここで姫宮さんに同情して家出を推奨するようならすぐに白金さんの悪事をばらして退学に追い込んでやることも止む無しだと考えていたが、白金さんは真剣な顔になり、姫宮さんを宥めようとする。
「なんじゃ、わしの味方ではなかったのか?」
「味方だからこそだよ。婚約たって、今すぐに結婚させられるわけでもないんだろ? 相手の人とか、親の人とかとじっくり話し合ってどうにか婚約を解消できるように努力するとかさ、もしくは相手の人を好きになれるように努力するとかあるだろ。家出したい気持ちもわかるけどさ、話はそれからでも遅くないだろ。ウチらはまだ高校生なんだしさ、素直に勉強して人間として成長してから判断するべきだと思うぜ」
「……」
「……」
予想以上にまともな事を言い始める白金さんに、僕も姫宮さんも開いた口が塞がらない。別の用事があるからと去って行った白金さんを見送った後、姫宮さんはわなわなと震えはじめる。
「な、なんじゃあの女! 偉そうにわしに説教しおって!」
「いや、僕も白金さんの言うとおりだと思うよ」
「だ、黙れ! 所詮お主らにわしの苦難などわかるか!」
かなりの正論だと思うし姫宮さんだって薄々は理解していると思っているのだが、白金さんに論破されたようで気に食わないのか素直に受け入れてくれない。カリカリしながら更に街の奥に進む姫宮さんの隣で悩んでいると、今度は意外な人から声をかけられる。
「あら、中君。可愛い彼女ね」
「時さん……!」
1年ぶりくらいだろうか、随分と老けた印象のある時さん。元気でやっているようで何よりだと思う僕だが、記憶を探っているとある疑問にぶち当たる。
「時さん、確か派遣社員やってたんじゃ」
「……クビになりまして……昔みたいにアフィリエイトで生活しようかなと思ったけど、掲示板がどんどん転載禁止になって……結局こうして夜の街で働くことに……」
「うわぁ……」
「でもね中君、エッチなお仕事じゃないのよ。健全よ、お酒飲んで、お客さんと話をするだけ。会員制で、お客さんはピュアな人しかいないし!」
必死で弁明をする時さんに同情していると、それまで黙っていた姫宮さんが目を輝かせる。
「おお、モノホンのお水の人じゃ、キャバ嬢じゃ。見たところハーフじゃし美人じゃし、わしと共通点も多そうじゃの。のう時さんとやら、わしは色々あって家出して水商売で暮らそうかと考えておるんじゃが、どうじゃろうか」
「時さん、この人はね……」
白金さんの時と同様に、今度は僕が客観的に姫宮さんの事情を説明する。話終えた後涙を流し始める時さんを見てしまったなと思う僕であったが、
「結婚……したいよぉ……」
「と、時さん……?」
時さんの涙は同情ではなかったようだ。それから時さんは泣きながら僕達に水商売の辛さを語りはじめる。
「悪い事は言わないから、安易にこんな道に走らないでよ。私はね、取り返しのつかない人生になって、ずっと引きこもっていたから学も無くて、あるのは人より少し優れた容姿だけ。最近はそこそこ私も人気が出てきて、お客さんも増えてきたけどね、それだけお酒もたくさん飲まないといけないの。お酒は好きだけど、仕事の合間に吐いて胃を空っぽにしないといけないこともあるのよ。水商売している人にはね、将来の夢がお嫁さんって人も多いの。けど、大抵の人は私のようにどこかで道を踏み外して、それは叶わぬ夢。私だって結婚はしたいけど、男の人に対する、人間全体に対する不信感がいつまでも消え去らないからそれが邪魔をしてしまう。お金が十分にあれば、こんな仕事すぐにでもやめてるわ。お客さんにおねだりして買ってもらった高価な物を、すぐに売りに出して貯金してるの。最低な女でしょ? 煌びやかなんてとんでもない、修羅の道なのよ」
「……」
「相手の人がどんな人か知らないけれど、中君の話じゃ悪い人じゃなさそうだし、そもそも政略結婚させられるってことはお金持ちなのね。羨ましいわ。お姫様の生活から逃げ出して、それで本当に自由を得ることができるのかしら? 自由なようで、自由なんて何にもないわよ、そんな生活」
姫宮さんを慈愛に満ちた顔で嗜めた後、涙をぬぐって僕に向き直り、『中君が大人になったら遊びに来てね、その頃にはやめているかもしれないけれど』と笑ってお店の中に消えていく時さん。現実を突き付けられてしばらく無言を貫いていた姫宮さんだったが、まだ納得できないようでふくれっ面だ。
「な、なんじゃあの女は。わしじゃやってけんと思っておるんか。わしだって、わしだってそのくらいの覚悟は……疲れた、喫茶店にでも行くぞ」
だけどかなり決心は揺れているらしい。もうひと押しだろうなと思いながら姫宮さんと喫茶店に向かっていると、途中の本屋でまたもや知り合いと遭遇する。
「……やあ」
「赤石さん、ここでアルバイトしてるの?」
「うん。と言っても、在庫管理とか、裏方がメインだけどね。とてもじゃないけど人前に出せるような顔じゃないし」
やはり外では火傷の跡を隠したいのか、顔の半分を包帯でぐるぐる巻きにしている赤石さん。去年僕が着ていた制服に身を包んでおり、少し悲壮感は薄れている気もする。
「……可愛い彼女だね。高下君のことだから、どうせワケありな女の子なんだろうけど」
「まあね。ワケありと言っても、赤石さんが聞いたら怒るかもしれないけどさ」
痛々しいと思っているのか赤石さんから目を逸らす姫宮さんを後目に、事情を説明する。無表情でそれを聞いていた赤石さんだったが、僕が話を終えると姫宮さんを鼻で笑いだす。
「くっだらないね」
「な、なんじゃと!」
「赤石さん」
「私からすれば、わがままにしか聞こえないよ。確かに婚約させられるってのはマイナスかもしれないけどさ、君は今まで自分の恵まれた環境の恩恵を常に受けてきたんでしょ? ……本音を言えばさ、綺麗で色々な物に恵まれている君が羨ましくて、君がそれを放棄しようとするのが許せなくて。本当に個人的な理由なんだけどね。僻みだよ、顔も心も醜い女の。けど、まだ時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり考えなよ。高下君っていう素晴らしい相談相手だっているんだしさ。結婚して、生活が嫌になってからでも遅くは無いと思うな、家出とか駆け落ちとかそういうのは。私は案外うまくいくと思ってるけどね」
言いたいことを言い終えると、仕事があるからと本屋のスタッフルームにすぐに消えていく赤石さん。イライラしていたのかもしれないし、姫宮さんを見て自分のコンプレックスを発症させてしまったのかもしれない。そんな赤石さんの言葉も、姫宮さんには深く突き刺さったようで、辛そうな表情をしている。
「……わしは、わがままなんじゃろうか」
喫茶店でコーヒーをすすりながら、ぽつりとそう漏らす姫宮さん。
「僕はわがままだとは思ってないよ。僕は心に決めた人がいるから、婚約させられるなんて嫌だしね。僕が姫宮さんと同じ立場になったら、駆け落ちだって考えたかもしれない。けど心に決めた人がいないなら、まずは婚約者を好きになれるように頑張ると思う。もしくは婚約を解消できないか、必死で手を探すと思う」
「けど、あの男は、嫌いじゃ。好きになんて、なれそうもない」
向こうは相当に姫宮さんの事を想っているのに、悲しい愛の一方通行だ。けれど、本当にそれは一方通行なのだろうか。
「思ったんだけどさ、姫宮さんは婚約者が嫌いなわけじゃないんじゃない?」
「どういうことじゃ?」
「姫宮さんが嫌いなのは、無理矢理婚約させられたという事実で、両親だとか社会だとか、そういう物を嫌っているわけであって、婚約者が好きか嫌いかはまた別問題なんじゃないかなって」
「わしが望まぬ婚約を嫌うあまり、婚約者ときちんと向き合えておらんと?」
「そういうことになるね。具体的に婚約者の嫌いなところって何さ」
昔は姫宮さんと仲良く話していたという婚約者の話を信じるならば、姫宮さんは彼の事を嫌ってはいないし、どちらかといえば好きなのだと思う。けれど好きな人が特にいないという現状と、恋愛の相手は自分で決めたいという強い思いが、それを壊しているんだろう。
「……言われてみると、わからん。最近は、あまり会話もしとらんかったしの。特に好きなわけでもないが嫌いなわけでもないし、受け入れるのもありなのかもわからん。けど、結婚させられて、その後に本当に好きな人ができたらどうするんじゃ、面倒なことになるし、相手にだって失礼じゃ」
「その時はその時じゃないかな。婚約とか関係無しに、大人の抱える問題だよ。ともかく、まずは相手の人ときちんと話をするべきだよ。婚約を受け入れるにしろ、解消に持っていく方向にしろ、逃げ出すにしろ、それこそ勝手に姫宮さんが決断したら相手に迷惑がかかっちゃう」
何も言わなくなり、気づけば3杯目のコーヒーをすすっている姫宮さん。しばらく考え込んでいたようだが、突如カバンから携帯電話を取り出すと、その電源を入れる。
「……結局、わしはわがままなんじゃろうな。お金持ちは大変じゃ、スペック高いと大変じゃと嘆いておったけど、結局庶民に産まれてもお金持ちになりたいと嘆いて、凡人に産まれても才能が欲しいと嘆いたことじゃろうて。お主の知り合い達は、自分の境遇ときちんと向き合って戦っとる。それに比べて、わしは向き合いすらしとらんかった。けれど、わしもお主の知り合いじゃし、お主が将来わしと知り合えたことを誇れるような女になりたいからの。わしも少しは向き合う事にしよう」
そう言って僕に微笑んだ後、電話をかける姫宮さん。
「……わしじゃ。今どこに……は? まだそこで待っておるんか、もう2時間は経っとるじゃろう、どんだけ馬鹿なんじゃ? まあいい、今迎えに行くからの。理由? ……考えてみれば、婚約者なのに、そこまでお主のことをよく知らんからの。また昔みたいに、話でもせんかと思っただけじゃよ、ただそれだけじゃ。勘違いをするでないぞ、わしは婚約などまだ認めておらんからな。わしの事が好きなら、婚約を解消して欲しくないならば、親とか関係なくわしと話がしたいというその言葉に偽りがないなら、わしを口説いてみい。……まだタイムリミットは、たっぷりあるんじゃからな」
どこか吹っ切れたような顔で電話を切る姫宮さん。
「すまぬ。シンデレラはそもそも王子様と踊ってすらおらんかった。今からガラスの靴でお城に向かわんといけんから、魔法使いとお茶をしとる場合ではないのじゃ。じゃが、魔法をかけてくれたことは感謝しておるぞ」
「僕は魔法なんてかけてないよ、最初から姫宮さんには素敵な魔法がかかってたんだ。それに感謝するのはまだ早いだろう? 問題解決のためのスタートラインに立っただけで、姫宮さんの問題は解決してないんだから」
「そうじゃったな。また世話になるかもしれんが、その時はよろしく頼む。けれど、何となくじゃが、もう大丈夫な気がするんじゃ、なんでじゃろうな? 本当はわしもあいつの事を……」
テーブルにお金を置いて、全速力で喫茶店を出て王子様を迎えに行く姫宮さん。一人残された僕は紅茶をすすりながら、シンデレラの幸せを祈っていた。
後日。
「み、皆、聞いてくれ!」
「姫宮さんおはよー、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか! 昨日最悪な事があったんじゃ!」
朝の教室で煉獄君達とお喋りをしていると、怒りに満ちた顔の姫宮さんが入ってくる。すっかり姫宮さんもクラスで素を出すようになった。
すぐに姫宮さんを取り囲むクラスの女子達。気づけば仲が悪かったらしい姫宮さんのグループと白金さんのグループも、普通に仲良くお喋りをするように。有言実行だ。
姫宮さんは教壇の上に立つと、
「昨日婚約者とデートしようと思ってゲームセンターに誘ったら、あいつタキシードで来おった! 有り得るか? 有り得んじゃろ!? ギルティーじゃろ!?」
「なんだ、痴話喧嘩か。解散解散」
今月何度目になるかわからない、婚約者の不平不満。もう皆聞き飽きたのかすぐに取り巻いていた女子達はさっきまでしていた話に戻る。
「ど、どうでもいいと言うんか? し、白金、お主ならわかってくれるじゃろ?」
「えー、どうでもいいっていうか。大体お前、愚痴愚痴言ってる割に毎回自分からデートに誘ってるってのはどういうことだ?」
「そ、それはじゃな……」
白金さんに突っこまれてしどろもどろになる姫宮さんを眺めながら、今日はみたきちゃんから電話かかってくるかなあと、日常を謳歌する僕であった。




