舞踏会から逃げ出す灰かぶり
「とりあえず理由くらい話してよ、何があったのさ」
ショッピングモールのフードコートの一角、僕の目の前では姫宮さんが大層不機嫌そうにジャンクフードを食べている。
「理由? デートがしたかったからお主を呼んだ、これで満足か?」
「満足できるわけないでしょ」
「わしはお前に惚れたんじゃよ、わしのために尽くしてくれるお前に惚れたからデートに誘った、これでいいじゃろ?」
唐突な告白。昔の告白に比べればまだあり得る話かもしれないけど、それが嘘だってことくらい苛立ちながらまずそうにハンバーガーを食べている姫宮さんを見ていればわかる。
「……わかったよ、話したくないなら追求しないよ。それで、今日は姫宮さんをエスコートすればいいのかな?」
「察しがよくて助かる、伝説のジゴロの実力楽しみにしておるぞ……すまんが水を注いできてくれ、気持ち悪くて動きたくない」
漫画だとお金持ちがハンバーガーやカップラーメンを美味しい美味しいと食べるものだが、現実はそうもいかないらしい。相当口に合わないようで、ハンバーガーを無理矢理水で流し込む姫宮さん。5杯目の水を注いで姫宮さんの前に置くと、残ったハンバーガーを口に詰め込み、水を一気飲みして完食してみせた。
「ハンバーガー1個で水5杯だなんて……頻尿になるよ」
「瀬戸内海に沈みたいようじゃな」
「冗談だよ……大体なんでわざわざジャンクフードなのさ、そんなに無理して食べて。庶民の暮らしに憧れでもしたの?」
「……そうじゃな。こういう味に今のうちに慣れておきたくてな。じゃがいくらなんでもまずすぎじゃぞ、何で皆こんなものをうまいうまいと食べるんじゃ」
「本来は安さと速さが売りなんだけどね……僕達みたいな普通の人は、子供の頃に家族で買い物に行った時は、こういうフードコートで大抵外食するからね。その味を成長しても覚えてるんだよ、ジャンクフードが懐かしの味なのさ」
言いながら近くのテーブルを見る。そこには5歳くらいの子供がハンバーガーショップの前ではしゃいでいた。ハッピーなセットが欲しいのか、外食が楽しいのか、ハンバーガーが好きなのかはわからないが、僕にもああいう時期があった。
「幸せなのか不幸なのかわからんな……わしなんて、高級料理を食べてはしゃぐのはみっともないとかいう理由で、子供の頃から高級料理ばっかじゃ。おかげで舌が肥えてハンバーガー食べるのも一苦労、幸せなのか不幸なのかわからんな……ま、お主らからすれば嫌味にしか聞こえんのじゃろうけど」
ため息をついて立ち上がり、たぷたぷになったお腹をさすりながらトレーを返しに行く姫宮さん。
「ごちそうさまっと。さて、どこか行きたい場所はある?」
「どこでも構わんよ、18時くらいまで接待してくれ」
「……ひょっとして姫宮さん、嫌な用事から逃げてきただけ?」
「あーゲーセン行きたいのう、そうじゃそうじゃゲーセン行こう、さあ行くぞ」
思ったことを口にすると、図星だったようで鼻唄を歌いながら僕の手を引っ張ってその場を後にしようとする。一体何から逃げてきたのやら、厄介なことにならなければいいのだけど。
「ちょっと姫宮さん、それ僕のキャラ!」
「すまんすまん、ゾンビと間違えた」
「このゲームは恐竜撃つゲームだよ!?」
その後お望み通り駅前にあるゲームセンターに彼女を連れて行き、二人でガンシューに興じる。お金持ちは射撃訓練も受けている……訳ではないようで、手当たり次第乱射して、僕のライフをごりごり削る。
「おっと、ゲームオーバーになってしもうた。コンティニューコンティニュー」
「僕はもういいや、どうせ姫宮さんに撃たれるし」
「なんじゃつまらん。しょうがない、真面目にやるか」
「酷い……姫宮さんのせいで僕は500円も損したよ、貧富の差が広がるなあ」
さっきまでわざと僕を撃っていた姫宮さんだが、本気を出しても普通に下手だったようですぐにまたゲームオーバーになってしまう。やりきった感を全面的に出しながら銃を戻し、UFOキャッチャーの方に向かう彼女を見て、僕の500円でストレスはどれだけ解消されたのやらと苦笑いするのだった。
UFOキャッチャーで最近流行りのグルーミーな熊さんの人形を取ろうとする姫宮さん。筐体と睨めっこして、本人はドンピシャの位置にアームを下ろしたようでドヤ顔を決めて見せるが、人形は残念ながら持ち上がりすらしない。アームの力が弱すぎるんだ。ふざけんな! と地団駄を踏みながら硬貨を追加投入する彼女を見て、誰もが通る道だとくすくすと笑う。
「インチキじゃろこれ、こんなん絶対取れんて」
「まあ、店によっては本当に絶対取れないようにしてるとこもあるらしいしね、諦めが肝心だよ。去年煉獄君と一緒にゲームセンターに行った時、煉獄君ったら郡山さんに大きな人形プレゼントするって意気込みながら4000円くらい使ったんだよ。彼の姿を見て僕は悟ったよ、UFOキャッチャーはやらない方がいいってね」
「阿呆じゃな」
「ちなみに姫宮さん、もう3000円使ってるけど」
「……あートイレトイレ」
煉獄君と大差ない阿呆の姫宮さんは、逃げるようにトイレに向かう。その間に姫宮さんがさっきまでやっていたUFOキャッチャーにコインを入れる。漫画とかだと、男が代わりに人形を取ってプレゼントするのが王道なのだけど……
「ああっ! 今の絶対取れたって、インチキだ……」
「すまん、待たせた……阿呆がおる」
まあ、取れないよね。
「ふー、遊んだ遊んだ。ゲーセンは楽しいのう、今度友達誘ってプリクラ撮りに行くかの」
「楽しんで貰えて何よりだよ、姫宮さんゲーム好きなの?」
「まあ人並みにはな。わしはナウでヤングなイケイケガールじゃからな、家でも外国人とチャットを楽しみながらFPSをしておるぞ」
「死語すぎるし普通の女の子はFPSやらないしその割にはガンシュー下手すぎるよ」
「マウスとキーボード操作なら自信あるんじゃがな……っと、もうこんな時間か」
ゲームセンターは姫宮さんの気に召したようで、その後もクイズゲームをしたりとたっぷりと遊び、出る頃には時計の針は17時40分を示していた。
「そろそろ時間じゃな。舞踏会が退屈で逃げ出したシンデレラを、魔女が無理矢理連れ戻すのじゃ。そして王子様と結婚しましたとさ、めでたしめでたし……」
大きなため息をつきながら、電源を切っていたらしい携帯電話を取り出して、電源を入れてどこかに電話をかけだす。
「あー、わしじゃ。廿日駅の前に迎えにきてくれ」
それだけ言って電話を切ると、大きな背伸びをして近くの自販機でジュースを買い、駅前のベンチに腰掛ける。お役御免のようだけど、何となく僕も彼女の隣に腰掛ける。
「……結局、姫宮さん今日は何の用事があったのさ」
「デートじゃよ」
「いや、そうじゃなくて」
「だから、デートじゃよ。お前じゃない男とのな」
さっきまでゲームセンターで見せていた笑顔はどこへやら、不機嫌そうに空を見上げながらそう呟く姫宮さん。これ以上聞くなオーラが漂っていたので何も言えずに姫宮さんの迎えが来るのを待っていると、やがて黒塗りの車が近くに停まる。
「コレット」
助手席のドアが開いて、優しそうなスーツの男の人が出てくる。顔立ちからすると多分僕達と同年代なのだろうけど、はっきり言って妬いてしまうほどの美青年だ。あの人かっこよくない? と噂話をしている近くの女子学生二人とは対称的に、彼の顔を見るだけで見る見るうちに不機嫌さが増す姫宮さん。
「なんでお前がおるんじゃ?」
「心配したよコレット。別に探して無理矢理連れ戻すつもりはないんだから、せめて携帯電話の電源くらいつけておいてよ。誘拐されたんじゃないかって、おじさん心配してたよ」
「人の話を聞かない奴じゃな、探して連れ戻すつもりがないなら、どうしてお前がここにおるんじゃ、わしが逃げ出した時点で諦めて帰ればいいじゃろうが」
「そうもいかないよ。おじさん相当怒ってるから、俺も一緒に謝った方がいいだろう?」
「はん、理解のある婚約者様でわしは恵まれておるのう!」
イライラが臨界点を超えたのか、立ち上がって飲み終えたジュースの缶を思い切り叩きつける。そして彼女の言ったフレーズで、大体のシナリオが読めてきた。
「……とにかく帰ろう、コレット。……そっちの君は、彼氏かな?」
「だったらどうする、お前はわしを愛せるのか? わしはお前を愛しておらんぞ? 本当にわしを心配しておるなら、今すぐ婚約を破棄できるようにしてくれんかのう?」
夏休み直前の時点で姫宮さんはどこか様子がおかしかったけれど、その時点で姫宮さんは無理矢理この人と婚約させられていたのだろう。そして今日は親公認のデートか何かの予定だったけど、姫宮さんは
それが嫌で逃げ出してきてしまったと。
「……ごめん、それはできないよ。とにかく、帰っておじさんに謝ろう」
「わしが何で謝らんといかんのじゃ、わしが悪いのか? 仮にも婚約者が、わしではなくわしの親の味方をするのか? ははは、こりゃ傑作じゃ」
高笑いしながらも、その表情は怒りに満ちている姫宮さん。彼女が車に乗り込むと、男の人は僕に申し訳無さそうな顔でペコリと頭を下げ、助手席に戻っていく。そしてすぐに車は走り出した。




