便所飯脱出大作戦
早いものでもう7月、夏休みが近づいてきて浮かれる人もいれば、テストが近づいてきて陰鬱になる人もいる。僕はというと、みたきちゃんのいない夏を想像するだけで切なくなる。定期的に入ってくる情報によれば、みたきちゃんは順調に更生? 中だそうだ。早くみたきちゃんの声が聞きたい。
「……トイレじゃ。出てけ」
「仰せのままに」
そして定期的にお昼休憩や放課後に、個室トイレで僕を侍らせる姫宮さん。
2ヶ月程仕えているが、ほとんど彼女は僕に愚痴を言うだけであまり状況が良くなっているとは言い難い。愚痴を言うだけで随分と楽になるものなのかもしれないけれど。
「終わったから入っていいぞ」
トイレから追い出された僕が再び入ると、女性雑誌を読んで今時のファッションが自分に似合うのか悩んでいる姫宮さん。似合わない茶髪や金髪にする日本人だってたくさんいるし、似合う似合わないは気にしなくてもいいというのが僕個人の見解。
「どうも。ところで姫宮さん、前から気になっていたんだけど」
「なんじゃ」
「頻尿?」
「ぶち殺されたいんか!?」
思ったことを口に出すと、金剛力士像のような表情になって僕の顔に女性雑誌をクリーンヒットさせてくる。自分がいつも使っているトイレの側に男を置くのが許容できてこれが許容できないとは、女心は難しい。
「いや、実はここんとこ姫宮さんが催す回数数えてたんだけどさ」
「気色悪いことを口に出すな変態が!」
「かなりの頻度だよ。やっぱりトイレにいつも座ってると、緩んじゃうのかな」
「……マジで?」
「何ならグラフにしようか?」
昼休憩はほとんど1回は催しているし、放課後になっても結構な確率で催している。いつも飲み物を大量に飲んでいるわけでもなさそうだし、トイレの魔力にやられてしまったのだろう。そのことを指摘すると、頭を抱えて絶望に満ちた表情になる。
「なんてことじゃ、快適かと思われていたトイレ生活にこんな弊害があったなんて……乙女ピンチじゃ。確かに、普段の授業中とか、家におる時もトイレに行きたくなる時がよくあるが、わしの身体がそんなことになっておったとは……」
「いい感じの欠点に」
「どこに頻尿がアピールポイントな女がおるんじゃ! 変態しか喜ばんわ!」
姫宮さんの頻尿がトイレにいつも座っていることによる心理的な問題なのか身体的な問題なのかはわからないが、姫宮さんは何かを決意したように立ち上がり、
「決めたぞ、トイレにこもる学校生活なんておさらばじゃ!」
前向きにそう宣言してみせる。変態扱いされかねないから指摘しようか迷っていたけど、結果的に指摘しておいてよかった。
そしてその翌日。お昼休憩になるといつものように教室をこっそり抜け出してトイレに向かわず、友人と呼べるのか微妙な関係の女子グループが机を並べてお弁当を食べようとしているところに向かう姫宮さん。
「そ、その、今日はわしも一緒していいか?」
「え? 姫宮さん? うん、いいけど」
「ありがとうじゃ」
便所飯から抜け出すため、頻尿から抜け出すために勇気を出して輪に入ろうとする姫宮さん。すんなりと輪に入れた姫宮さんの人徳を心の中で称賛した僕であったが、
「でさー、さっきの授業中さー」
「うんうん」
「……」
輪には入れても姫宮さんが口を挟むチャンスがやってこない。他の休憩時間と違い、昼休憩の時はメンバーが既に固定されてしまっているため実質的に姫宮さんが除け者状態なのだ。女子達の会話を黙って聞きながらお弁当を黙々と食べていた姫宮さんだったが、やがて居たたまれなくなったのか、
「すまぬ、用を思い出したので抜けるぞ」
「あ、うん。おつかれー」
途中で席を外して、お弁当を持ったまま教室を抜け出してしまう。これはよくない流れだと、僕もお弁当を置いて教室を抜け出し、いつもの場所へ。
「姫宮さん? 入るよ」
「……わしは駄目な人間じゃ、コミュ障じゃ……名前もキラキラネームじゃし、お先真っ暗じゃ……」
そこには随分と落ち込んだ様子の姫宮さん。頻尿と言われてたのを気にしているのか、自分で用意したパイプ椅子に座っていじけている。
「いや、あれは難易度高いよ。姫宮さんの入りこめる隙は無かったよ」
「それはフォローしておるのか? とどめをさしておるのか?」
「フォローしてるよ、とにかく姫宮さんは別に駄目人間でもコミュ障でもないよ。輪に入ろうと声をかけることが人見知りにはどれだけ難しいことか。去年の乾さんなんて……」
言いながらこのクラスにいる女子グループは彼女達だけではないということに気づく。そうだ、彼女達なら。
「そうだよ、乾さん達だよ。彼女達なら姫宮さんを快く受け入れてくれるよ、言い方悪いけど、僕のお願いなら割と聞いてくれるしね」
煉獄君と一緒にいることの多い郡山さんはともかく、白金さんに百瀬さん、乾さんなら僕とのコネもあるし、皆いい人だから姫宮さんの助けになってくれるはずだ。
「……なんかそれ、『〇〇さんは友達がいないみたいなので友達になってあげてください』みたいなもの悲しさを感じるんじゃが……大体そんな事で友達グループを変えようとするのは失礼じゃろ」
「そもそも姫宮さん彼女達の事を友達だと思ってるの?」
「……どうなんじゃろうか、わからん……けど、明日からわしが乾達と仲良くしてみい、前のグループはあんまりいい思いせんじゃろ。……ここだけの話な、今のグループの中で白金の評判がすこぶる悪い」
「好き嫌いわかれるよねえ、僕もたまに話しててイライラしてくるし」
「どちらにせよ、クラスの輪を乱してまで寂しさを埋めようだなんて思っとらんよ。従順な犬もおるしな」
気を取り直したのか、再びお弁当を食べ始める姫宮さん。僕は騎士ではなく犬だったようだ。
もうすぐ夏休み、それまでには姫宮さんにもう少しクラスメイトと交流させてあげたいと犬なりに考える。
「姫宮さん、勉強は出来る方だよね」
「当たり前じゃろ。幼い頃から英才教育を受けてきたんじゃから、才能が無くても出来て当然じゃ。むしろトップを取れんのが恥なくらいじゃ」
「それだったらいい作戦がある。テストを控えた高校生の数割がやると言うあのイベントだ」
高1の冬、僕もそのイベントに参加して今まであまり喋ったことのないクラスメイトと喋るようになり、一緒のクラスになった今でもそれなりに会話をしている。成績優秀な上に嫌われているわけではない姫宮さんならすんなりとそのイベントに参加できるはずだ。
僕と姫宮さんが教室に戻る頃、丁度姫宮さんがいつも所属している女子グループがテストの話をしているところだった。
「今回テスト範囲広くない?」
「高2になってからちょいだらけとったからピンチかも」
今がチャンスだと姫宮さんに目配せをするとコクリとうなずく。大丈夫、姫宮さんは勇気のある子だ。さりげなく女子の中に入り込むと、
「のう、提案なんじゃが、ファミレスで勉強会をせんか?」
僕の指示通り勉強会の提案をする。学生と言ったら勉強会。勉強会と言ったらファミレスだ。姫宮さんの提案を聞いた女子達は驚いて顔を見合わせる。姫宮さんみたいなお嬢様がファミレスで勉強会だなんて提案をすると思っていなかったのだろうか。
「あー、アリだね。姫宮さん勉強できるし恋愛経験も豊富だろうし、ファミレスでドリンクバーを肴に色々教えてもらおう」
「いや、わしは別に恋愛経験は」
「じゃあいついくか?」
「今でしょ! 明日土曜だし、オール行っちゃいます?」
「行っちゃいますか? どうせ深夜になると集中力切れるだろうし、もうその後カラオケ行こうよ」
「いいねいいね。それにしても姫宮さんがそんな事言うなんて驚いたよ。私みたいなのは成績悪いからともかく、姫宮さんにメリットなくない?」
「ま、まああれじゃな。庶民のイベントを体験したいというか……。そ、それにその、親睦を深めたいというか……」
とんとん拍子で勉強会を開く方向へ。理由を聞かれて顔を赤らめながら答える姫宮さんは、いつもの少し偉そうでツンツンしている状態とのギャップも相まってすごくキュート。男だけでなく女も魅了することだろう。
「……ぷっ、あははははっ、姫宮さんかわいー」
「なっ!?」
「ごめんね姫宮さん、姫宮さん正直私達とはレベルが違うからさ、どんな話題振ればいいのかわかんなくて。でも姫宮さん嫌いなわけじゃないよ、可愛いし性格もいいし」
「そうそう。偽金髪の方はともかく、姫宮さん本当に綺麗だし、憧れちゃうっていうか、ちょっと余所余所しくなっちゃうんだよね」
「うんうん、偽金髪と違って優しいしね」
一気にいい感じの雰囲気に。やっぱり姫宮さんは恵まれてるよなあ、クラスで浮いていたとしても、好意的に受け止められているのだから。結局人間見た目なのだろうかと赤石さんの事を思い出して少し陰鬱になってしまうも、赤石さんにも姫宮さんの人柄にも失礼な話だなと反省する。ともあれこれで姫宮さんの交友関係は、大きな一歩を踏み出したはずだと、その光景を微笑ましく眺めるのだった。
「な、なあ、何かいい空気だけど、さりげにウチがディスられてる気がするんだが……」
「日頃の行いかな……」
「高下、最近ウチに冷たくないか?」
被害者がいるとすれば、偽金髪扱いされて貶された白金さんだろうか。まあ、人間好き嫌いはあるし、こればかりはしょうがないよね。いじめとか派閥問題とかには発展しないだろうし、名誉ある犠牲として華麗に受け流すことにしよう。




