秘めた正義を信じて
僕が百瀬さんを責め立ててからというものの、明らかに百瀬さんの様子は変わっていった。
それまでは明るい印象の彼女だったが、今の彼女はどちらかと言えば暗い、昔の赤石さんを彷彿とさせる印象だ。あれが本当の彼女の素なのしれないし、あれすら演技なのかもしれない。
「百瀬さん、昨日は友達と映画見に行ったんです。今週の集会は、百瀬さんも来ますよね?」
「え、ええ……」
「どうしたんですか百瀬さん、最近元気ないですよ?」
「何でもないの……あ」
教室で乾さんと会話している百瀬さんと目があう。すぐに怯えたように目を逸らす百瀬さんだが、騙されないぞと僕は尚も冷たい視線を彼女に送り続けるのだった。
「何か最近、お前百瀬さんに冷たくね? 前まで結構仲良かったじゃんよ」
「何かあったの?」
「別に」
一時期は百瀬さんの善行を手伝っていた僕も、今では百瀬さんのやることなすこと全て疑って見るように。そんな僕を見かねたのか煉獄君と郡山さんが僕を心配するが、ぶっきらぼうに答える。
「よくわかんねーけど、悪いのお前なんじゃねえの? 謝った方がいいと思うぜ」
「……私もよくわかんないけど、高下君何か誤解してるんじゃない?」
すると二人揃って、僕の方に非があると思い始めるのだ。人徳の差というやつだろうか? 確かにクラスメイトのほとんどにいい人だと思われている百瀬さんと、途中まで引きこもっていた僕とでは、やはり百瀬さんの方を味方したくなるというのが人情なのだろう。
「……百瀬さんは、百瀬さんは……なんでもない。とにかく二人には関係ない話だから」
腹が立って、この二人に真実を教えてやろうかと思ったが、そんな非道な事をしてしまえば僕も同等の存在になってしまうと思って食いとどまる。けれど僕のイライラはおさまらない。百瀬さんが、今もなおクラスメイトの信用を勝ち取っていることに納得が行かなかった。皆騙されているのだ。騙されていないのは僕と、
「何があったかしらねーけど、お前やりすぎじゃね?」
白金さんのはずだったのだが、放課後に何気なく白金さんと帰りながら百瀬さんの話をすると、どういうわけかここにきて白金さんは百瀬さんの味方をしようとするのだ。
「……何、白金さんあれだけ言っておいて、百瀬さんの味方するんだ。ああそうなんだ、結局は白金さんも百瀬さんに洗脳されてたんだね」
「何でお前はそう極端なんだよ……あの女、すげえ落ち込んでるじゃねーか。あれは演技じゃないぞ、マジで落ち込んでるぞ、ウチにはわかる」
「どうだか」
「ともかく、このままじゃお前が嫌な奴になるだけだと思うぜ、忠告はしたからな」
少し前まで百瀬さんについてロクな女じゃないとか語っていたくせに、呆れた顔で僕に忠告して去っていく白金さん。白金さんは百瀬さんに買収でもされたんじゃないか? とすら疑ってしまう。
「僕のことをわかっているのは、結局みたきちゃんだけだよ。みたきちゃんは僕のマリア」
「さいきんあたるくんこわいよ?」
「僕は今、悪い神様の手先と戦っているんだよ。ああ、憎しみに心が支配されてしまう。だからみたきちゃんを愛でなければならないのだ。そう、正義のために!」
「よくわかんないよ?」
やり場のないイライラをみたきちゃんで解消しようとするが、純粋なみたきちゃんには僕の汚れた心を容易く見透かされてしまったようだ。けれどどうすればいいのか。百瀬さんの考えていることはわからないけど、やっていることだけならとんでもない悪人だよ。乾さんまで食い物にして……そうだ乾さんだ。
表面上は友達ができて幸せそうな乾さんだけど、やっぱりあんなところにいたら、本当の幸せを手に入れることはできないし、いつか不幸になると思う。幸い乾さんはまだあの宗教に本格的にのめりこんでいる訳ではないし日も浅い。今ならまだ間に合うんじゃないだろうか?
「楽しみだなあ週末。早く皆と集会したいです」
「そ、そうね」
教室での二人の会話からして、今週末に例の場所で集会があるようだ。
「そういえば百瀬さん、この前高下君を誘ってましたよね。高下君も集会に来るんですか?」
「……! い、いえ、彼は一度は来たんだけど、馴染めないから、もう来ないと思うわ」
「そうなんですか、残念ですね。私学校じゃ他人と、特に異性の人と話す勇気なんて出ないんですけど、あそこなら気軽にお話もできそうですし。……ここだけの話、ちょっと高下君ってカッコいいですよね」
「え、えと、彼は彼女さんがいるみたいだから」
寝たふりをしているとそんな会話が聞こえてくる。二人とも小声で喋っているようだが、僕は結構地獄耳なので丸聞こえだ。そうか、乾さんは僕のことを結構好意的に見ていたのか、嬉しいなあ。残念ながら僕にはみたきちゃんがいるけれど、これはチャンスかもしれない。集会なら気軽にお話ができると言っているし、僕にある程度好意を持っているようだし、集会に乗り込んで、直接乾さんを説得できるかもしれない。僕は自らの正義を信じて、乾さんを百瀬さんの魔の手から救うために、もう一度あの忌々しい場所へ行くことを決めた。
そして日曜日、僕は例の場所へ。一度は勧誘されたからか、百瀬さんの名前を出すとすんなりと入ることが出来た。今日の集会は結構規模が大きいらしく、幹部の人による講演会的な意味合いが大きいらしい。かなり人口密度の高い部屋の後ろの方に座り、心のオーラだとか死後の裁きだとか、そんな話を聞き流しながら、乾さんの姿を探す。割と前方の方に、乾さんと百瀬さんがいた。百瀬さんの隣には、いつだったか僕の家にも来ていた百瀬さんの母親と見られる女性もいた。
とりあえずこの講演会が終わってから、乾さんと何とかして会話をしようとその後は暇つぶしがてらに話を聞いていたのだが、色んな宗教に出てくる単語を適当に羅列しているようにしか聞こえず、正直言って理解ができないし、聞いていると何だか不安になってくる。この不安を煽る、というのも、仕組まれた手口なのかもしれない。聞いているとなんだか不愉快になってきて、たまらず僕は部屋を抜け出して、話が終わるまでどこかで暇つぶしをしようとする。
部屋を抜け出した僕は自販機を探して辺りをうろつく。すぐに自販機は見つかった。そして、懐かしい顔も見つかった。
「……山本?」
「……!? お、お前、高下か? 何でこんなところにいるんだ」
それは小学校時代の数少ない味方にして、夏休みの時にも出会った山本だった。
お互いに驚く。まさかあの山本がこんな宗教にハマっているなんて思えないし、山本だって僕がハマっているなんて思ってなかっただろうから。
ひとまず僕達は落ち着いて状況を説明しようと、ジュースを飲みながら人気のない場所へ。
「俺は親が入信しててな。付き合わされてるんだよ。俺はあんな話聞きたくないから、こうやって抜け出してサボってるってわけ」
コーラをグビグビと飲んだ後、空き缶をゴミ箱にシュートしてため息をつく山本。境遇は百瀬さんと同じようだ。
「僕は、クラスメイトに誘われてね。僕も全然信じてないけどさ、もう一人誘われてる子がいて、その子が心配で」
お茶を飲んでそう言うと、山本の顔が強張る。
「……お前、本街だよな」
「うん、そうだけど?」
「……まさかお前を誘ったクラスメイトって、百瀬操か?」
そして山本の口から放たれるのは百瀬さんの名前。知り合いなのだろうか?
僕がそうだよと肯定すると、
「あの馬鹿女が!」
激昂した山本が、ゴミ箱を思いきり蹴り倒す。山本はどちらかと言えばクールな人間だと思っていたが、彼にここまでさせるなんて。百瀬さんとの間に一体何があったのだろう。散乱したゴミを戻しながら、僕は山本にお互いもう少し百瀬さんについて説明しようと持ちかけた。




