女心と下心
「先生、プリントお持ちします」
「ありがとう百瀬さん」
百瀬さんはいい人だ。人当たりよく、困っている人を見つけると積極的に助けに行く。
悪く言えば八方美人なのかもしれないが、彼女の雰囲気はそんな負のイメージを湧かせない。
「乾さんおはよう。昨日のドラマ見た?」
「お、おはようございます百瀬さん。はい、見ました!」
少しクラスで浮いている女子に積極的に話しかけたりと、僕のようなこともしていた。
孤独な女の子を救うのは、本来は男の僕ではなく女の百瀬さんがやるべき仕事なのだろうと、仲良さそうにしている二人を見て思ってしまう。やっぱり女の子の事をわかってるのは、女の子なのだろう。男が絡むと、恋愛感情とか余計なものが入り込んでしまうから。もしあの時僕ではなく百瀬さんだったら、赤石さんも、本当に救われたのかもしれない。
使命感なんて捨てて、僕はもう普通の高校生として、みたきちゃんと仲睦まじく平穏な生活を送って行くべきなのかもしれない。
けど。
「あ、百瀬さん。そのプリント半分持つよ」
「ありがとう高下君」
主役にはなれなくたって、脇役にはなれるはずだ。皆のために働いている百瀬さんだけど、彼女だって普通の女の子。似たような経験をしてきたからわかる。一人で張り切って頑張っても、やがては疲れてしまうんだ。だったら僕は、彼女の手伝いをすることで、自分の道を行こうじゃないか。
授業が終わった後に黒板を消そうとする彼女を手伝ったり、ゴミ捨てを自主的にしようとする彼女を手伝ったり。百瀬さんのように毎回にやっているわけではないけど、それでも結構疲れる。そう考えると、百瀬さんはすごいや。小学校と中学校の時は、まるで自分だけが正義の味方のように思っていたけど、世界は広い。彼女の原動力は、一体どこから来ているのやら。
「すごいよなあ百瀬も高下も。俺はあそこまで人のために尽くせねえわ」
「本当よね。流石としか言いようがないわ」
「いやいや、僕なんて百瀬さんに比べたら全然だよ」
「謙遜すんなって。んじゃな」
「またね、高下君」
放課後、煉獄君と郡山さんと途中まで一緒に帰って別れる。
本当に百瀬さんは僕の数倍頑張っている。親が宗教にハマっていて本人も大変そうなのに、本当にすごい、としか言いようがない。
けれど僕は僕で、みたきちゃんを幸せにするという、多分僕にしかできない仕事をやっている。そう思わないと、何となく百瀬さんに劣等感を抱いてしまいそうだ。
「……ん?」
僕ももっと頑張らないとなあと物思いにふける帰り道、パチンコの店の窓を何となく覗くと、そこには見知った顔が。
「……げっ」
彼女を冷ややかな目で見つめていると、やがて気づいた彼女が鼻歌を歌いながら店から出てくる。
「一体君は何をしてるのかな? 白金さん」
「いやーゲーセンのパチンコじゃ満足できなくなってさー、やっぱ金が絡むとやる気が違うよな」
「知らないよ。わざわざスーツまで着て……」
「色々と便利だぜ、怪しまれないし」
高校一年生の分際でパチンコをしていた白金さん。彼女の辞書に規則を守るなんて文字はないようだ。
「まったく、少しは百瀬さんを見習ったらどうだい」
「ああ? そういえば最近お前あの女と仲良いな。狙ってんのか? 二股か? ひくわ」
「単純に彼女の手伝いをしたいだけだよ。彼女は本当にいい人だよ。白金さんも少しは世のため人のため働こう」
「うっぜ。ウチだって大人の男性のために頑張ってるっつうの。……つうかな、あの女をあんまり信用しない方がいいと思うぜ」
スーツのポケットからタバコ……と思いきやお菓子のシガレットを取り出して口に咥え、心配するような目で僕を見てくる白金さん。白金さんに心配されるというのは、なんとなく癪だ。
「またまた、彼女が眩しいからって疑っちゃ駄目だよ。白金さんも頑張れば、彼女みたいな生き方ができるって」
「……お前は女をまだまだわかってねえな。いや、正確には尽くす女をか。とにかく人は見た目によらねえよ、あの女はどっか壊れてる。女の勘だ」
「白金さん、百瀬さんに嫉妬してるの?」
「あーはいはい、それでいいですよそれで。ウチはあの女が羨ましくて仕方がない、そういうことでいいですよ。けっ、まるで洗脳されてるみたいだな、お前」
道端にツバを吐いて、不愉快にそうに去っていく白金さん。余程百瀬さんが嫌いなようだ。大丈夫、白金さんは誤解しているだけ。いつか白金さんと百瀬さんが仲良く話せる時が来るさ。何なら、僕がその手伝いをしようじゃないか。
「あ、高下君。奇遇だね」
その週の休日、親に頼まれて買い物に行っていると、その途中でばったりと百瀬さんと出会う。
「こんにちは百瀬さん。何してたの?」
「うん、ちょっとボランティアで街の清掃をね」
「偉いね、百瀬さんは」
ボランティア精神か。小学校の頃、老人ホームに行ったり、小学一年生に授業をしたりした時は、僕は色々と荒れていたな。それでも周りの人よりかはきちんと仕事をしたつもりだけど、あの時の僕はボランティア精神というよりは、やらないといけないことだからやるという責任感の方が強かったと思う。自主的に手伝いをする気なんてさらさら無かった。小学五年生のあの時、みたきちゃん係をすると言った時の僕も、きっと点数稼ぎとか、汚い下心で溢れていたのだろう。赤石さんの時だって六月六日さんの時だって郡山さんの時だって、僕は同情心だとか、どこか汚れた感情で動いていた。けど、百瀬さんは違う。百瀬さんはきっと、点数稼ぎをするつもりなんてない。単純に彼女は、人の役に立ちたくて頑張っているんだ。
「そんなことないよ……あ、そうだ高下君。ちょっとお茶しない? 気になってた喫茶店があるんだけど、一人じゃちょっと入りづらくてさ。奢るからさ」
「女の子に奢らすなんてできないよ。僕が奢るよ。いつも百瀬さん頑張ってるんだし、それくらいさせてよ」
「……それじゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
はにかむ百瀬さんと一緒に喫茶店へ。親切にするのは得意でも、親切にされるのはあまり慣れていないのだろうか。
「それにしても、高下君本当にいい人だよね。何ていうか、周りの人とはちょっと違う気がするよ」
「そんなことないよ。僕がいい人だったら、百瀬さんは女神様だよ」
「あはは……神様、か。その、例の件だけど、秘密にしてくれてる?」
褒められて照れながらも、少しため息をつく百瀬さん。例の件というのは勿論彼女の親が宗教にハマっているということだろう。
「勿論だよ。百瀬さんも色々大変そうだね」
「うん……子供の頃は、結構白い目で見られたよ。『百瀬さんとは仲良くしちゃいけないってお母さんが言ってた』とかね」
「酷い話だね……」
「それが正解だよ。ロクなもんじゃないよ、宗教って。あんなのは弱い弱い人間がやるもので、高下君みたいな強い人間には必要ないよ」
「僕は別に強くないよ」
「いやいや、高下君は強いよ、私なんかより。……まあ、子供の頃浮いてたからさ、私もさ、考えたんだよ。人のためになることとかしたら、皆私を認めてくれるかなって。それで、今の私があるんだけどね。高下君、私のこと多分誤解してるよね。別に私は、下心とかなくて行動してるわけじゃないよ」
うつむいて、自嘲するように笑う百瀬さん。本当にそうなのだろうか。
「……きっかけはそうかもしれないけど、今の百瀬さんは純粋に誰かの助けになりたいって気持ちで行動してるような気がするな。だって百瀬さん、もう十分皆に認められてるじゃないか。それでも百瀬さんは黒板を消したりプリントを配ったり、あんまりクラスに馴染めてない乾さんに積極的に話しかけたり、下心でそんなことはできないよ」
百瀬さんを手伝う傍ら、百瀬さんのことを見てきたからわかる。彼女は多分、誰かを救いたいんだ。下心なんてない、他人のためになりたいんだ。
「そうなのかな」
「そうだよ、だから自信持ってよ。百瀬さんのおかげで、皆助かってるよ。勿論僕もね」
「……そっか。高下君が言うなら、そうなのかもね」
少し暗い表情の百瀬さんだったが、僕が力強くそう言うとにっこりと笑顔を返す。
「ありがとう、高下君。何だか少し、救われた気がするよ。やっぱり奢られるのは悪いから、私の分お金置いておくね。それじゃ、私ボランティアの続きがあるから」
「うん、頑張ってね。本当は僕も手伝いたいけど、おつかい中だから」
机にお金を置くと、それじゃあまたねと去って行く百瀬さん。
ほらね白金さん、百瀬さんは本当にいい人だよ。




