秘密を知ってしまった夏
アルバイトを始めて数日。
今まで家と学校の往復ばかりだったから気が付かなかったが、意外と世界は狭い。
「あれ、お前もしかして、高下か?」
本の管理をしている途中に声をかけられる。どこか懐かしいような声だ。
振り向くとそこには僕と同じ高校生と見られる男。どこか懐かしいような顔だ。
記憶を探ると、とある一人の男が脳裏に浮かぶ。
「ひょっとして、山本?」
「はは、懐かしいな。小学校以来か」
「元気そうで何よりだよ」
小学校1年から4年まで一緒のクラスだった友人で、みたきちゃん係になった僕に色々と忠告してくれた山本だ。
気が付けば疎遠にはなってしまったが、数少ない小学校時代の味方だったと僕の記憶が認識している。
「あー……小学校の時は、ごめんな。色々と。邪険にするような真似してさ」
「気にしてないよ。大体山本別のクラスだったじゃん」
「本当に悪いな。みたきちゃん、今何やってるんだろうな」
「聞いた話だと、ワークハウスで働いているらしいよ」
「へえ。で、お前はどこの高校通ってるんだ? まさか中卒とかじゃないよな」
「本街に通ってるよ」
「昔から頭良かったもんなあ」
未だに僕とみたきちゃんが関係を続けていることは秘密にして、それとなく会話をする。
引きこもり続けていれば、中卒になってしまう可能性もあったわけだ。くわばらくわばら。
「おっと、俺用事があるんだった。それじゃあな」
「うん、元気でね」
山本と別れて時計を見れば、10分も話し込んでしまった。換算すると133円分サボっていたことになる。
レジを担当していた他のバイトに白い目で見られていることに気づいた僕は、遅れを取り戻すためにせっせと働いて、レジにも立って労働に勤しむ。
「生中ください」
「迷惑なんで帰ってくれますか、時さん」
「冷たいなあ……女性雑誌買おうと思ってきてみたら君がいるから話しかけたのに」
客が減ってきて少し一息つくかと思いきや、レジに突っ伏すすごく迷惑なお客さんが登場。
悪態をつきながらも客は客なのでレジ打ちをする。女性雑誌の中に就活用の本と、婚活用の本が混じっていた。時さんも色々頑張っているようだ。
「バイト後1時間であがりですから、話ならその後いくらでも聞いてあげますから」
「あ? マジで? だったら居酒屋行こうよ」
「しょうがないですね……適当に立ち読みでもしてて待っててください」
「ひゃっほう。今夜は寝かせないよ」
「いや、遅くても10時には帰りますから」
その後もきっちりとアルバイトに励み、仕事が終わった僕は時さんに連れられて居酒屋へ。
その途中、
「よう高下。よく会うな」
「こんばんわ白金さん。今日もアルバイト?」
「ああ、夏は稼ぎ時だからな……ん?」
白金さんと出会う。今日は高校の制服だ。
白金さんは僕と、僕の手を引っ張って居酒屋へ連れて行こうとする時さんを見比べて、
「なんだよ、お前も同族だったのかよ。珍しいなあ、男で稼ぐのって」
「へ? 白金さん何言ってんの?」
「っと、ウチ急いでるから、じゃな」
意味深な事を言ってカラオケボックスへと去って行った。
「さー、今日は飲むよ!」
僕と時さんも、その側にある居酒屋へと消えていく。
「今度さー、合コン行こうと思ってるんだよね。でも、言っちゃあアレだけど、合コン来るような男ってこっちから願い下げって感じ? でも寂しいからさあ、やっぱ恋人とか欲しいわけじゃん?」
「お見合いとかならどうですか。時さん綺麗ですし、引く手あまたでしょう」
「お見合いかあ……結構ああいうのって、向こうの親とかが真剣だからね。絶対私の事調べられるっしょ」
「大変ですねえ時さんも」
「大変なんだよ、もう誰でもいいやって感じにもなるけどさ、やっぱ妥協はしたくない感じ? いやーやっぱ愚痴聞いてもらうの楽しいわ、ほら中君も飲んで飲んで」
「だから僕は16歳です……」
10歳も年上の女性の愚痴を居酒屋で親身になって聞く男子高校生もそうそういないだろう。
人生の大変さとか色々喋って、お酒もまわってぐでんぐでんになった時さんは、
「そういえば、さっきの女子高生、ありゃ相当なビッチだよ。実際には経験人数一人なのにビッチ扱いされてきた私にはわかる。ああいう女のせいで私までよお、大体最近の若者はさぁ……」
白金さんをビッチだと言って、そこからは若者叩きをし始める。
僕も薄々は思っていた。白金さんのバイトというのは援助交際ではないかと。
人がみたきちゃんとプラトニックな関係になるべきなのかと悩んでいるというのに、同じクラスにはそういう人間がいるのだとしたら色々と残酷だ。
まあ、本当なのかどうかはわからないけど。
「本当に大丈夫なんですか?」
「らいじょーぶだよ、らくしーのれば」
「そんだけ酔ってたら、タクシーに目的地伝えることができるかどうかすら危ういんですが」
「私を誰だと思ってんのよ、ヘイタクシー! 私の家まで! それじゃあね中君、また遊びに来るよ」
「普通に客として来てくださいね……」
夜も遅くなったので居酒屋を出て、べろんべろんに酔っぱらった時さんがタクシーに乗って去っていくのを不安そうに見送っていると、
「いやー歌うまいっすね、惚れ惚れしましたよ」
「ははは、お世辞がうまいねえ。それじゃ、私はこれで」
「ありがとうございましたー」
丁度カラオケボックスから、白金さんと、恰幅のいいおじさんが出てきた。
おじさんと別れて上機嫌そうに着崩れた制服を直す白金さんは僕を見かけると、
「おう高下。そっちも仕事が終わったのか」
「……何を言ってるんだい?」
同族だと思ったのか、馴れ馴れしく肩を叩いてくる。
「いやー、どこであんな美人と知り合ったんだよ。美人とヤれて金も貰えるとか、お前マジ勝ち組だな。出会い系のスパムメールかっつうの。そんだけテクがすげえのか? 表向きは本屋でバイトして良い子ちゃんぶって、裏では女を喰ってがっつり稼ぐ。要領いいなあオイ」
「……」
「まあ、さっきのおっさんもなかなかのテクだったぜ。特に二番がすげえんだ、歌の方も普通にうまかったけどな」
「……」
僕を同族だと勘違いして、ペラペラと客自慢をする白金さん。ネットだったら大炎上だろう。
「さっきの人は、僕のいとこだよ。君と違って、僕はそういうことしてないから」
「……へ?」
これ以上彼女の話を聞くのも嫌だったので、説明が難しいのでいとこということにして、白金さんを蔑むような目で見る。
「白金さんのバイトって、援助交際してたんだね」
「……あー、マジか。同族かと思って自爆ったか。ウチ本当にアホだなあ……」
信じたくはなかったけど、同じクラスにそういう人間がいたなんて。
偏差値の高い高校でも、結局女はそんなもんなんだね。
困ったように頭をポリポリかいて悩む白金さんであったが、
「で、お前はウチをどうしたいわけよ。警察とか学校にばらすのか? それとも援助交際なんてやめろって説教すんのか? まさか秘密にしてやるからヤらせろとか言うんじゃねえよな、そうだったらお前ウチを蔑む資格ねえぞ」
やれやれと肩をすくめて開き直る。
「僕は白金さんの人生を台無しにしようなんて考えてないよ。ばらすつもりはないし、脅すつもりもない。でも知ったからには、援助交際なんてやめるべきだと言わせてもらうよ」
「……ちっ。なんで援助交際しちゃ駄目なんだよ。法律とか抜きによー。アホなウチでも理解できるように教えてくれねーと、ウチは曲げないからな」
「それは……」
難しい質問だ。実際僕自身、法律で駄目だと言われているから以外に、きちんとした理由を見つけることができていない。
異常な関係を続けている僕とみたきちゃんに比べれば、お金が絡んでいるとはいえど白金さんとおじさんの方が健全極まりないだろう。
そう考えると、彼女の援助交際を否定する理由なんてないのかもしれない。ただ何となく、他人の性への生理的嫌悪で否定しているのかもしれない。
「何かお前お節介そうだから、ウチともう少し話がしたいのかもしんねーけど、とりあえず今日は帰るからな。そうでなくても、秘密を知ってしまったからには、少し話に付き合えや。ツァイツェン」
中国語でさよならをすると、止めてあったバイクに跨って去っていく白金さん。
先ほどの口ぶりからすると、彼女も秘密を知ってしまった僕に色々と相談とかがしたいのかもしれない。彼女もまた孤独な少女なのかもしれない。




