時の止まった少女、体は大人
平日の朝9時。僕と時さんは、ファミレスで向かい合って座っていた。
「いやー、どんな化け物が来るのかなって思ったら、普通に中君可愛い系じゃん。顔面偏差値58はあるよ」
そう言いながらタバコを吸う時さん。
時さんの外見は、ネットゲームのアバターにとても良く似ていた。
地毛と見られる銀髪と少し濁った碧眼。何年も日に当たっていないような病的に白い肌、身長は女性としてはかなり高めだが、体重は僕よりも軽いんじゃないだろうか?
「どうしたのさ中君、折角のオフ会なのに無言でさ。緊張してるのかな? しょうがない、お姉さんが奢ってあげるから何でも好きな物をお食べ。あ、店員さん、生中と日替わりパスタください」
「……朝食セットと、ドリンクバー」
程なくして料理が運ばれてくる。ビールをぐびぐびと一気に飲んだ時さんは心底気持ちよさそうに、
「ふいー、やっぱこれだね。それにしても中君可愛いねえ、高校一年生には見えないよ。実はまだ中学生じゃないの?」
ゲップをしながら僕の顔を見て微笑む。
確かに僕はどちらかと言うと童顔かもしれない。
赤石さんや六月六日さん、郡山さんに好意的に受け入れられたのは、僕がそこそこ優れた容姿だからかもしれない。いや、そんなことはどうでもいい。
「時さんは、その、大人っぽいですね」
「いやーんくどかれちゃった? すいませーん、ビールおかわりください」
「……」
皮肉のつもりで言ってみたが、時さんは顔を赤らめて更にビールを注文しだす。
時さんが2杯目のビールを飲み終える頃、我慢の限界だった僕はある質問を投げかけた。
「時さん、いくつなんですか」
僕の目の前でタバコとビールを嗜む時さんは、大人っぽい女子高生では無理がある、誰がどう見ても大人の女性なのだ。
「……女の子に、それ聞いちゃう?」
「いいから答えてください!」
「わかったわかった。16歳と10年だよ」
「……26歳……」
はぐらかそうとする時さんを睨みつけると、やれやれと肩をすくめて時さんが年を打ち明ける。
頭を抱えてうなだれる僕。女子高生だと思っていた時さんが、同級生だと思っていた時さんが、まさか10歳も年上だったなんて。
「な、何でそんなに露骨に落ち込むのさ、いやいや、乳臭いガキよりも私の方が魅力あるでしょ? ネカマじゃなかっただけマシでしょ? ロリコン? ロリコンなの中君、ひっくわー」
「黙っててください。僕は今物凄くイライラしているんです」
こうして一緒に脱不登校大作戦は、いきなり失敗に終わったのだった。
「えーと、それじゃあ改めまして自己紹介といこうか。南雲恋々(なぐもれんれん)。恋々ちゃんって呼んでね。半分ロシア人で年齢は26。本街高校中退だよん」
「……高下中。年齢は15。本街高校一年生」
「あらま、後輩だったんだ。……っていうのもおかしいか。私一年で中退してるし」
「……」
虚無に支配される僕を後目にオフ会を仕切る時さん。
時さんが同じ高校の同級生だと言っていたから、僕はオフ会を企画したのに。
一人じゃ学校に行く勇気が持てないから、二人で一歩を踏み出そうと思ったのに。
僕も時さんも手遅れになる前に何とかしようと思ったのに。
中退? 26歳? とっくの昔に時さんは手遅れじゃないか。
やり場のないもやもやに、思いきりため息をつく。
「そ、そんなにガッカリされると凄いショックなんだけど……そんなに私おばさんかな、基本ずっと引きこもってるから若く見られると思うんだけど」
「……時さん。僕は時さんが同じ高校の同級生だと思ったからこそ、オフ会しようと思ったんです。不登校から何とか抜け出したくて、一人じゃなかなか踏ん切りがつかないから、同じ境遇の時さんと協力すればと思ってたんです。なのに……」
時さんのことを信用していただけに、騙された気分になってイライラした僕は、時さんを精一杯睨みつけながら不機嫌そうにオフ会を提案した理由を告げる。
「あ、あー、なるほど。そういうことね。一人じゃ学校行くのが怖いから、仲間が欲しかったと。てっきり君が女の子に嫌われてモテなくて、ネットで知り合って仲良くなった私なら自分を嫌わないんじゃないか、ひょっとしたら恋愛できるんじゃないかって期待してオフ会に誘ったんだとばかり思っていたよ。だから君がどんな不細工でも笑ったりしないようにこれでも予行演習とかしてきたんだよ、むしろ私の努力を返せって感じ」
「……」
あんなアバターにした僕に責任があると言わんばかりの時さんを、机をガンと叩いて睨む。
人前でこんなに怒りの表情になったのは、みたきちゃんが雪合戦で石を投げられた時以来かもしれない。
「冗談だからそんな露骨にイライラしないでよ、可愛い顔が台無しだ。まあ、一応言い訳するとね、私のID、時の止まった少女でしょ? 高校一年生で不登校になって、それ以来ずっと引きこもりだから、16歳で私の時は止まったというわけ。なかなかいいセンスでしょ」
「そうですか。僕用事があるんで帰りますね、さようなら。お金はここに置いておきます」
時さんが僕と同じ境遇ではないと分かった以上、オフ会を続ける理由はない。
今度こそ近くに住んでいる、同じ境遇の人間を探し出そう、僕には時間がないのだからと席を立とうとする。
「いやいや、中君そもそも私が高校生の不登校だって名乗る前から話しかけてきたじゃないか。そんなに同じ境遇が大事なことなのかい? 騙したのは本当に悪かったよ、力になれるかもしれないからさ、もう少しお話しようよ」
時さんにそう言われて立ち止まる。
確かに時さんに声をかけた最初の理由は、一人で狩りをする、同じ地区に住んでいる彼女にシンパシーを感じたからだ。彼女が僕と同じ境遇だと言ってからは、二人で不登校を脱出するために仲良くしようと努めたけれど、仮に彼女が本当の情報を僕に伝えていたとしても、僕は時さんと縁を切ることなく、ネットゲームで毎日パーティーを組んで、チャットで話をしながら仲良くなっていっただろう。
彼女の言うとおり、彼女の境遇なんて大した問題じゃないのかもしれない。
冷静になった僕は席に座ると、
「わかりました。……いきなりですけど、聞いてくれますか」
時さん……もう南雲さんと言った方がいいのかもしれないけれど、彼女に僕の境遇を掻い摘んで話した。
赤石さんと友人だったこと。火傷を負った赤石さんの心の支えになろうとして、二股をかけたこと。それに失敗して、自分自身に絶望したこと。赤石さんを笑う周りの人間にも絶望して、高校入学して早々不登校になったこと。
僕の話を黙って真剣に聞いていた時さんだったが、僕の話が終わると、
「……馬鹿じゃないの?」
呆れてタバコを吸い始める。
「……」
「ごめんごめん、気に障ったなら謝るよ。でもさあ、別に君がいじめを受けてるわけじゃないし、おまけに恋人までいるとか。本街だから頭もいいんでしょ? 普通にリア充じゃん。その赤石さんに比べたら、恵まれすぎて殴りたくなるレベルだよ。顔の醜い女の子って、君が思ってるよりもずっと人生ハードモードだよ? それでも、小説家とかあんまり顔関係ない生き方を目指してその子が頑張ってるっていうのに、被害妄想染みた人間不信で不登校とか、本当にその子が可哀想。彼女からすれば嫌味にしか聞こえないよ」
「……う、うう」
溜まっていた心のもやもやをはき出したことと、それでいて彼女に非難されたことで、気づけば僕はうつむきながら涙を流していた。
「あらま、泣いちゃったよ。でもさ、君は慰めて欲しかったわけじゃないんでしょ? 君は本来私と一緒に学校に行きたかったんでしょ? 仮に私が君と同い年だったとして、可哀想だねって慰めた上で、私がついているから怖くないよ、一緒に学校に行こうねなんて展開にはならないよ。一体君は私に何を期待していたんだい?」
「う、うう、うあああああああっ!」
「ちょ、ちょっと!?」
引きこもっていたことで思っていたよりも僕のメンタルは弱くなっていたらしい。
赤石さんと違って客観的に僕を非難する彼女に、気づけば僕は店を飛び出していた。




