高校生活は始まらない
おはようございます。高下中です。
高校生になって、一か月が経ちました。
僕の華麗なる高校生活をこれからお見せしましょう。
「……行ってきます」
朝、両親にそう言って高校の制服姿の僕は家を出る。
「おはよう、あたるくん!」
「おはようみたきちゃん」
「いいなあせいふく。あ、でもわたしもね、ぱんをつくるときのせいふくがあるんだよ!」
「お揃いだね」
既に家の前ではみたきちゃんが待っていた。
みたきちゃんと話をしながら、みたきちゃんが働く養護学校兼ワークハウスへ向かう。
「あたるくん、さいきんこうこうはたのしい?」
「……楽しいよ」
「どんなことがあったの?」
「……まあ、色々あったよ」
「ふうん。あ、ついた。それじゃあまたね!」
「うん、お昼にパンを買いに行くよ」
養護学校にみたきちゃんを送った後、僕はそのまま高校に向か……わず、来た道を戻る。
家に戻ると既に両親は仕事に向かっていたためおらず、朝ご飯が机に用意されていた。
それを食べながら、新聞を読む。
そう言えば赤石さんが自殺未遂を起こした事件、ローカルの記事でも見ないや。
やっぱり生きているか死んでいるかって、重要なのだろうか。
あの時赤石さんは言っていた。皆がどういう反応をするか代わりに見ておいてね、と。
もし赤石さんがあれで死んだら、きっとニュースになっただろう。
ニュースを見た人間は多分僕達のような、赤石さんの周りの人間を叩いたことだろう。
でもきっとその人達だって、同じような事をしているはずなんだ。
どうしても僕はこういう事件がニュースになる度、加害者を叩く人間を見てはもやもやしてしまう。
新聞を読んだ後、僕は自分の部屋に向かいパソコンをつける。
そして起動するのは、最近出来たMMORPG。
ゲームの特徴としては、キャラメイクで容姿をかなり自由に作れることと、
住んでいる地域を表示することで、近くの人間を見つけることができることだ。
僕のプレイヤーキャラクターは、かなり醜い容姿の魔術師。
大抵のプレイヤーは綺麗なキャラを作るけど、僕にはこの姿がお似合いだ。
黙々と一人で狩りをする。
そこまで流行ってはいないのと、平日の朝ということもあり他のプレイヤーは少ない。
このくらいの密度が丁度いい。相手の顔が見えないとはいえ、プレイヤーがたくさんいるとどうにも僕は気持ちが悪くなってくる。
しばらく狩りを行っていると、時計の針が12時を指し示す。
そろそろお昼ご飯の時間なので僕は家を出て自転車に乗り、毎日行っているいきつけのパン屋へ向かう。
「いらっしゃいませ! あ、あたるくんきょうもいらっしゃい!」
「やあみたきちゃん。今日のお勧めは何かな?」
「えとね、これと、これと、これはわたしがつくったぱんだよ」
「じゃあその3つを買うよ」
「まいどあり!」
そう、そこはみたきちゃんが働いているワークハウス。
お昼になると毎日僕はここに来て、みたきちゃんが働いている現場を見ながら、みたきちゃんの作ったパンを食べるのだ。
「ところであたるくん、なんでいつもじてんしゃできてるの?」
「え?」
「いえをでるとき、じてんしゃいえにあったよね? なんで?」
「……学校にも、自転車を置いてるんだよ」
みたきちゃんにとある事実を悟られそうになる。
年相応ではないが、最近のみたきちゃんは働くようになったからか、色々と鋭い。
みたきちゃんの目を見る事なく、そう誤魔化す。
「そうなんだ」
「……ごちそうさま。それじゃ、また迎えに行くからね」
「はーい! ありがとうございました!」
パンを食べ終えた僕はみたきちゃんと別れて、再び家に戻る。
そして再びMMORPGをプレイする。
段々と人が増えてきて、僕の気分が悪くなってきたところで、そろそろみたきちゃんを迎えに行く時間だとログアウト。
「そういえば、あたるくんこうこうではぶかつはやってるの?」
「……やってないよ。強いて言うならば、みたきちゃん部かな」
「あはは、なにそれ」
みたきちゃんを迎えに行って一緒に帰り、僕の家にみたきちゃんを連れ込む。
慣れたてつきでみたきちゃんをベッドに寝かせて抱きしめる。
「みたきちゃん、可愛いよ」
「えへへ、あたるくんもかっこいいよ」
「格好いい? ははは、僕は醜いよ。心の醜さが、外面にも出て来ている気がするんだ」
「? それよりはやくおいしゃさんごっこしよ?」
「うん、そうだね」
嫌な事から全て逃げるようにみたきちゃんに溺れる。
僕がこんなに醜くなっても、まだみたきちゃんを悦ばせることはできるらしい。
お医者さんごっこを終えてみたきちゃんを帰すと、もう夕方。
今ログインしても人が多くて気分が悪くなるだけだからと、高校の教科書を開き勉強を行う。
「中、帰ったわよ。……今日も学校休んだの?」
いつのまにか母親が帰って来ていたようで部屋のドアをコンコンと叩く。
「おかえり、母さん。大丈夫だよ、試験には出るし、出席日数は足りるようにするつもりだから」
「そういう事を言っているんじゃないの。……辛い目にあったのはわかるけど、いつまでも引きこもっていちゃ駄目よ」
「わかってる、わかってるよ……」
部屋で震えながら、ドア越しに母親と会話をする。
そして父親も帰ってきて、家族で夕食を囲む。
「中、お前高校はちゃんと馴染めてるか?」
「……勿論だよ」
「そうか、それならいいんだ。中は正義感が強いからな、浮いてしまわないか心配だったんだ」
母親は僕に関する事実を父親に黙っている。
父親に嘘をつきながら食べる食事は吐き気がするほどまずい。
部屋に戻ると、携帯電話にメールが来ていた。
差出人は、煉獄君だった。
『なあお前、もう1ヶ月だぞ? このままでいいのかよ?』
「うるさい!」
携帯電話をベッドに叩きつけて、泣きながら自分もベッドに倒れこむ。
ああ、そうだよ! 僕は不登校だ!
自分自身に絶望した僕の高校生活は幕なんて開けちゃいない!
入学式に出て、数日授業を受けてそれからはずっと引きこもっているんだよ!
人間不信になったんだ。赤石さんの一件で、周りの人間が信じられなくなってしまったんだ。
高校に入って、クラスメイトと自己紹介をした。皆いい人そうだった。
でも、本当は皆物凄く汚い人間なんじゃないかって。
だって、僕が物凄く汚い人間だから。周りの人間もそうじゃないかって。
同じクラスになった煉獄君や郡山さんですら、そう見えてしまって。
気づけば学校に行けなくなって、ネットゲームですら他人を見ることが怖くて。
もう僕の心の拠り所は、みたきちゃんしかいない。
すがりつくように、毎日毎日みたきちゃんを求めている。
知的障害者だと馬鹿にされてきたみたきちゃんだって、今はもう立派にパンを作って売っている。
なのに僕は、僕は……
「それじゃ、きょうもがんばってはたらいてくるね!」
「うん、またお昼にパンを食べに行くね、みたきちゃん」
翌日。昨日と同じように家を出て、みたきちゃんを送った後、
今日こそはと僕は学校に向かおうとする。
なのに、全然体が進んでいない。
体感では1キロくらい歩いたはずなのに、ワークハウスから100mも進んでいなかった。
「高下! 高下じゃねえか!」
「……! 煉獄君、郡山さん」
後ろから声をかけられて振り向くと、そこには煉獄君と郡山さんがいた。
「ねえ、どうしたのさ高下君。何があったのかは知らないけど、折角高校に受かったんだよ? 悩みがあるなら、相談してよ」
「大丈夫だぜ高下、1ヶ月休んだくらいでクラスでいじめなんて、俺がさせないからな! 俺な、柔道部入ったからクラスの中じゃかなり強いんだぜ?」
「……」
「お、おい高下!」
僕に優しい言葉を投げかける二人に背を向けて、気づけば逃げ出していた。
あの二人すら、僕は信用できなくなっているようだ。
がむしゃらに走って息切れする頃には、丁度赤石さんの入院している病院の前に来ていた。
折角なので、久々にお見舞いをすることに。
「……あれ、高下君。学校は?」
「今日は創立記念日で休みだったんだ。知らずに学校に行っちゃって、ついでだからね」
「ふうん……まあ、それだったらお互い暇つぶしに話をしようよ」
「勿論さ。執筆の方はどうなの?」
「まだ手がこんな状態だから執筆はしてないけど、構想とかは色々考えてるよ。何せ時間はたっぷりあるからね」
赤石さんといろんな話をする。赤石さんは小説の事を語るが、僕は赤石さんに嘘の高校生活を語る。
僕が心を開いているのは、両親とみたきちゃんと赤石さんくらいなものかもしれない。
心も体も綺麗なみたきちゃん。
体は醜いかもしれないけれど、赤石さんは心は綺麗に決まっている。
そうでなきゃ、あまりにも救われないじゃないか。
「それじゃ、今日はそろそろ帰るよ。また休日にでもお見舞いに行くね」
「待って」
しばらく話をした後、病室を出ようとする僕を赤石さんが引きとめる。
「高下君、学校に行ってないよね」
「……」
「私も願書は出したから少しは高校の事知ってるけど、創立記念日は今日じゃないでしょ。それに高下君の高校の話もどうも嘘くさい。大体高下君、何で制服着てるのにカバンすら持っていないの?」
「……」
流石は作家志望。嘘をついても見抜かれてしまった。
「ねえ、私のせいで学校行けなくなったの? 周りの人間に絶望でもしちゃったの? お願いだから、学校行ってよ。じゃないと、じゃないと私、高下君の人生滅茶苦茶にした最低な女じゃない……」
「違う、赤石さんは悪くない、悪くないんだよ……またね」
それまで元気そうに話していたのが、ポロポロと泣きはじめる赤石さん。
そんな赤石さんを直視することができず、僕はそっと病室を出た。
家に帰る。ニュース等を見て、ネットゲームをする。
みたきちゃんのパンを食べて、またネットゲームをして、みたきちゃんと遊んで、
勉強して、親とご飯を食べて、テレビとかを見て、寝る。
このままじゃ駄目だと思っているのに、体は学校に行くことを拒んでいた。




