表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕とぼっちな彼女達  作者: 中高下零郎
小学校 みたきちゃん係(知的障害)
5/107

みたきちゃんは悪くない

「おはよー、ございます!」

「あらあら、元気一杯ねえ」


 僕と一緒に学校へ行く途中、みたきちゃんは近所のおばさんに元気よく挨拶をする。

 このおばさんはみたきちゃんが知的障碍者だと知っても同じような反応をしてくれるのだろうか。



 みたきちゃんのおばさんには余計な事をするなと言われたが、僕はできる限りみたきちゃんが年相応の行動をするようにしつけている。

 みたきちゃんの知的障害というのがそれほど深刻ではなかったのか、今まで親にまともな教育を受けていなかったので頭が空っぽでその分詰め込みやすかったのか、僕の調教手腕が素晴らしいのかは知らないが、5年生になって3か月経った今では大分まともになった……と思う。

 喋りも大分まともになってきた。

 しかし彼女が自主的に行動することが少なくなってしまったのは僕の責任だろうか。

 そこらへんにあるものを口に咥えることは少なくなったが、給食も僕が食べていいよと言わなければ食べようとしない。

 これでは本当にペットだ。やはり小学5年生風情が偉そうにしつけるなどしてはいけないことだったのだろうか。




 みたきちゃんが大分まともになったとはいえど僕達のクラスの立ち位置がそれくらいで変わることはない。

 この日はプールの授業があった。

 しかし僕とみたきちゃんは皆の入る大きいプールには入る事ができない。

 クラスメイトはみたきちゃんと、みたきちゃんと深く関わっている僕と同じ水には入りたくないのだ。

 傍から見ればいじめだけど、大人は多数の味方なのだ。先生は何も言わない。

 しかし、学校というのは勉強だけを教える場所ではない。

 子供のうちから異常な人間は淘汰されるから異常な人間にはなるな、関わるなと認識させることは、学校の仕事だと思う。いじめられるのが嫌ならいじめる側になれ、これは社会に出て必ず役立つ教えだろう。

 小学校低学年用の小さいプールで、水につかってはしゃいでいるみたきちゃんを僕は眺める。

 泳ぎの練習でもさせた方が良いのだろうか。だが僕とて泳ぐのは得意ではないし、危険だろう。

 本当は大きいプールで泳ぎの苦手な子の指導をしているあの先生に、僕も教わりたかった。




「もうすぐテストだなーめんどくせー」

「俺みたきちゃんのせいで勉強に集中できなかったよ」

「お前もともとだろーが」


 みたきちゃんを言い訳にする男子生徒の会話通り、もうすぐテストがある。僕はこう見えて頭は良い。勉強だけできても仕方がないけど。

 しかしみたきちゃんはどうなのだろうか。彼女がまともに授業を受けたところを見たことがない。

 授業中に奇声をあげたりしたら周りの生徒に迷惑なので、僕は彼女に授業中はお絵かきをさせている。

 彼女はどのくらいの学力を持っているのだろうか。僕はその日の放課後、彼女を図書室へ連れて行く。




「ごほん、よんでくれるの?」


 お昼休憩にするみたいに絵本を読んでもらえるのかとみたきちゃんは目をきらきらさせている。眩しい笑顔だ、汚れを知らない純粋な笑顔というのは癒される。知的障碍者が天使と評されるのはそれが理由なのかもしれない。


「いや、そうじゃないんだ。みたきちゃん、1たす1はわかるかい?」

「2!」

「8ひく3は?」

「えーとね、えーとね、5!」


 ふむ、簡単な足し引きはできるようだ。


「じゃあ次は、この紙におなまえを書いてみようか」


 僕がそう言ってルーズリーフを1枚手渡すと、彼女は名前を書きはじめる。

 ぐちゃぐちゃな文字だが、何とか読み取れる。

 その後も問題を何問か解かせ、彼女の学力は小学校低学年レベルだと推測。

 おそらくは精神年齢というものもそれくらいではなかろうか。

 僕はついでに、図書室にあった知的障害に関する本を借りることにした。




 図書室を出て、学校を出て、いつものように二人で帰る。


「さいきんね、ままがね、かなしそうなの。わたしがひとりでごはんをたべたらなくの。なんで?」


 悲しそうにみたきちゃんがそう言う。それは僕のせいだ。

 僕が彼女の母親から彼女を介護するという生き甲斐を奪ったようなものだ。

 それにより彼女の母親が苦しんでいるという事実を突きつけられると、自分のやってきたことはやはり間違っているのかという気持ちになる。途端にくだらない使命感でみたきちゃんを変えてしまった自分に責任というおぞましいものがのしかかる。みたきちゃんをおもちゃにしているのは彼女の母親ではなく、僕なのだろう。自然と涙が溢れだす。


「ねえ、なんでなくの? わたしのせいなの?」


 違う、君のせいじゃない。君は悪くない。




 彼女と別れて自分の家へ戻り、母親に僕のしてきた事は間違いだったのか尋ねる。

 母親は自分で考えろと言った。母親でも答えがわからなかったのか、僕を奮い立たせようとしての言葉なのかはわからないが、その日の晩、僕は自室で今日借りた知的障害の本を読む。

 特徴を見るにみたきちゃんはそこまで重度の障害ではないらしいが、成長には限界があるそうだ。

 現在11歳の彼女の中身は推定6、7歳だが、彼女が20歳になっても中身は16歳にはなれない。

 結局未熟なまま社会に出ざるを得ないのだ。そしてそういった人たちに割り当てられる仕事は大体小学校5、6年生に務まるものだという。丁度僕くらいか。




 結局僕はそれからテストの日まで毎日のようにみたきちゃんに勉強を教えた。

 みたきちゃんはやればできる子だったのか僕の教え方がうまいのかはわからないが、学力だけでいえばクラスメイトにもひけをとらないのではないだろうか、30人中27位くらいにはなるんじゃないかと思っていた。



 しかし、彼女はテストを受けさせてもらえなかった。

 彼女は特別だから、どうせ授業なんて理解できないからテストする意味がないと。

 僕はテスト返却後、自分の受けたテストの問題をそのまま彼女にさせてみた。

 彼女の解答をチェックすると、驚くことにクラスの平均を上回っていた。

 意味があるじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ