クールな彼女とデートする
「あのねあたるくん、わたしいまぱんつくってるんだよ」
「うん」
「らいねんからは、ぱんつくってうるんだよ、おしごとするんだよ」
「うん」
「あたるくん?」
「うん」
みたきちゃんの発言にも上の空。
みたきちゃんがいながら他の女の子とデートだなんて、僕はなんてゴミ男なのだろうか。
いや待て、そもそもみたきちゃんと僕は別に恋人じゃなかった。
心の中を打ち明けながら壊れそうになった郡山さんを落ち着かせるためにデートをしようと言ってしまった僕。
そして郡山さんはそれを了承。今週末、デートすることになったのだ。
「よう、隣に座れよ」
「やあ煉獄君。わかったよ」
この日塾へ行くと、教室に煉獄君が座っていた。
煉獄君が座っている場所というのは、
「……」
不機嫌そうな郡山さんの後ろの席。いたずらする気満々です。
けどまあ、郡山さんのクラスメイトに比べれば彼のいたずらは阻止しやすいので、僕としては都合がいい。
「いやあ、成績悪くてあんときはサボっちまったけど、成績悪いからこそ頑張らないとな」
「そうだね。ところで煉獄君は、どうしてあの高校目指してるの?」
彼に気づかれないように話をしながら彼の鞄を探る。
タッパーにカエルが数匹入れられていた。
「そうだな、えーと……あれ? 何でだったっけなあ、誰かと約束した気がするんだよ。物心ついたときからあの高校目指そうって感じになって、でも小中と遊んでばっかだったから正直厳しいなあ」
「……」
煉獄君の発言に、ピクリと郡山さんが反応する。
ひょっとして煉獄君の約束というのは郡山さんとのことなのだろうか?
「ふうん、それじゃあ頑張らないとね」
「言われなくても頑張るっての……あれ? おっかしいなあ……まあいいか」
鞄を探って首をかしげる煉獄君。カエルの詰められたタッパーは既に回収済みだ。
かくして今日の煉獄君による嫌がらせは失敗に終わったのでした。
「んじゃ、俺は自習室で勉強してくるわ」
「うん、またね」
前回の模試の結果が堪えたようで、今日は授業が終わるとすぐに自習室に向かって行く。
教室に取り残される僕と郡山さん。
「勉強に集中して、こんなものを持って来なくなればいいんだけどね」
苦笑いしながら、回収したタッパーを郡山さんに見せる。
「私は別にカエルは苦手じゃないけど……つうかアイツどんだけガキなの」
「ははは……それじゃ、僕はこのカエルを逃がしてくるよ」
タッパーを持って塾を出る僕。
「……」
気が付けば郡山さんもついてきていた。
無言でてくてくと歩き、川の辺りにカエルを放流した辺りで郡山さんが口を開く。
「……ねえ、本気で私とデートする気なの?」
「郡山さんが嫌なら諦めるけど」
「……好きにしなさい」
ぷいとそっぽを向いてそのまま立ち去る郡山さん。
逃がしたカエルを眺めながら、彼女を救うにはどうすればいいか考える。
デートは一時しのぎでしかない。僕では彼女のパートナーにはなれない。
高校に行けば苛めもマシになると彼女は言っていたが、そうだとして根本的な解決にはなっていない気がする。
彼女を救うのは僕では無くて……
それから週末まで、塾の中では彼女の騎士を気取って主に煉獄君の嫌がらせを阻止。
それにしても煉獄君はワンパターンだ。生き物を持ってくるか物を隠そうとするしかしない。
まるで小学生が……あっ、そういうことか。
「いってきまーす」
「あら中、お洒落してみたきちゃんとデート?」
「いやべつじ……うん、そうなんだ。いってきます!」
そして週末。危うく母親に別人とデートだなんて言ってしまうところだったが無事に怪しまれることなく家を出て、集合場所である駅前へ時間ぴったしに辿り着く。
辺りをきょろきょろと探してみるが、郡山さんの姿は無い。まだ来ていないのだろうか。
とりあえず待つこと数分。未だ彼女姿無し。携帯電話で連絡を……と思ったが、僕は彼女の連絡先を知らなかった。
困ったなあ、すっぽかされてしまったのだろうかと落胆していると、
「数分も放置するなんていい御身分ね」
後ろから彼女の声。振り返るとそこには、
「……あの、誰ですか? 人違いをしてませんか?」
「へえ、高下君そういうギャグ言うのね、はっきりいってつまらないわよ」
「いやギャグじゃなくて……え、郡山さん?」
サングラスにマスクで顔を隠している、どこからどう見ても怪しい郡山さん。
「さっきからずっと噴水前に座ってたのに」
「そんな恰好してたら気づくわけないじゃないか、なんでそんな恰好なのさ」
「だ、だって同じ学校の連中にもし見られでもしたら」
少し震える郡山さん。
なるほど、彼女の気持ちもわからないでもない。
学校でいじめを受ける彼女にとってみれば、学校の外の世界はクラスメイトに干渉されない聖域でないといけないのだろう。
彼女にはトラウマがあったのかもしれない。
学校から解放された休日に一人でお出かけして、自分をいじめている人間に出会ってしまう……僕でもその辛さが身に染みてわかる。
「だからってその格好は……まあいいか」
サングラスしたってマスクしたって郡山さんは郡山さんだし、花粉症だと思えば気にならない。
みたきちゃんと一緒にいた僕が、今更それくらい気にするものか。
「それじゃ、電車に乗ろうか」
「わかったわ」
市内への切符を買って電車に乗る。
「……その、今日はよろしくお願いします」
「あはは、あくまで郡山さんの気分転換になればと思って誘っただけだし、気を楽にしてよ」
「……そう。で、何をするつもりなの?」
「特に決めてないよ。ご飯食べたり、ショッピングしたり、ゲームセンター行ったり、気分転換気分転換。勉強ばっかしてると精神的に滅入っちゃって、ちょっと辛いことがあっただけですごく落ち込んじゃうからね。模試で塾内トップなんだし、ちょっとくらい遊んだって余裕でしょ」
「ま、少なくとも42位に比べたら余裕ね」
「あはは」
そうこう言っているうちに電車が到着。
「さて、しっかりエスコートしてね」
「わかってますって」
電車を降りた僕達は市内をぶらつきはじめる。
「ゲームセンターって初めて来たけど、面白いわね。あの高校から私の家までの道にもあるし、寄り道が捗りそうだわ」
「楽しんでもらえてなによりだよ」
ご飯を食べたりショッピングをしたり、ゲームセンターで遊ぶ事数時間。
かなり機嫌の良さそうな郡山さんを見て、デートに誘ったのは正解だったなと安堵する。
やっぱり彼女も女の子、クールに見えても赤石さん同様に本質的には感情豊かなのでしょう。
クールというよりは、辛い境遇が彼女を縮こまらせて感情が乏しくなってしまったのかもしれませんが。
「まだ暗くなるまで時間があるわね、ねえ、折角だし映画見ない? 前から見たいなとおも……」
「どうしたの、郡山さ……っ」
ピタリと立ち止まる郡山さんに釣られて僕も立ち止まる。
その理由は、正面からこちらへ歩いてくる、
「でさー、あ、こんにちはー」
「こないだは転ばせちゃってごめんなさい」
同じ塾に通う、彼女と同じ中学の女子生徒2名だ。
ビクンと震え、後ずさって僕の後ろに隠れようとする彼女。
あくまで想像だが、塾での彼女達の嫌がらせなんて学校でやっているものに比べればかなり軽いものなのだろう。
仮にも塾は僕含めて無関係の人間が大勢いる。
いくらライバル同士だからって、郡山さんが嫌われているからって、
塾で学校と同じように苛めをすれば、自分達も敵を作りかねない。
つまり郡山さんは、学校ではもっと酷い事をされているということなのだろう。
塾では割かし冷静でいる彼女が、子犬のように震える程に。
「こんにちは」
「あ、彼女さんとデートなんですか? 羨ましいです」
「それじゃさようなら、勉強も恋愛も頑張ってくださいね」
郡山さんと一緒にいることに気づかない彼女達と軽く挨拶をして別れる。
マスクとサングラスが本当に役に立つとは思わなかった。
今の受け答えでは、とても彼女達が郡山さんを苛めるような人間には見えないが、
事実彼女達は郡山さんの足をひっかけている。女は怖い。
「……ねえ、あの二人、ちょっと追わない?」
「へ?」
「追いましょう、そこのハンバーガーショップ入っていったから」
僕の手を取ってハンバーガーショップへと向かう郡山さん。
店内に入った僕達はこっそりとあの二人の座っている席の様子を見る。
「てか何あの彼女、サングラスにマスクって」
「かなりキモイよね、女捨ててるくね?」
「あいつ女の趣味悪すぎでしょ」
「てかさっきの女出目金そっくりじゃね? ひょっとして出目金だったりして」
「それは流石にないっしょ、だとしたらあいつの女の趣味悪すぎるってレベルじゃねーぞ!」
「……」
「出るよ」
カタカタと震える彼女を連れて店内を出る。
くそ、あの二人余計な事をしやがって。
僕も僕だ、こうなることは予測できていたはずなのに、どうして彼女に言われるままあの二人を追ってしまったんだ。
近くのベンチに彼女を座らせ、お茶を買って手渡す。
「……ありがとう。出目金ってのはね、私の学校でのあだ名で、郡山って金魚の名産地でしょ? で、出目金って不細工だからクラスメイトが」
「そんなことどうでもいい」
「ごめんね、私と一緒にいたせいで、高下君の印象まで悪くなって」
「郡山さんが謝る必要なんてない」
彼女はお茶をこくこくと飲みながら、泣きながらうわ言のように自虐をしたり、僕に謝ったり。
彼女にありきたりなフォローを投げかけながら、僕は自分の無力さを呪った。
「……今日は楽しかったわ。ありがとう、高下君。……それじゃ」
「……また塾で」
その後電車に乗って最寄りの駅へついた僕達は、そこで別れる。
電車の中はずっと無言だった。
誰がどう見ても、デートは大失敗。
やはり僕では、一時しのぎ、いやそれすらできないのだろうか。




