クールな彼女は筆箱を隠される
この日は学校の用事が長引いてしまい、塾に遅刻してしまう。
既に生徒達が真剣に授業を受けている中こそこそと教室に入った僕。
空いている席を探すが、
「……」
僕と同じく最近塾に来た人が何人かいるのか、
前回よりも席が埋まっており郡山さんの隣しか空いていなかった。
「……ちっ」
こないだの件で相当嫌われてしまったのか、
僕が隣に来ると明らかに嫌悪感を露にして舌打ちをする郡山さん。
今日は邪魔しないように授業に集中しよう。
最初の授業を終えてトイレへ。
学校の授業とは違ってやっぱりピリピリしてる分緊張しちゃって、頻尿気味だ。
「よう兄弟」
「やあ煉獄君」
小便をしていると気がつけば隣に煉獄君が。
「お前も災難だなあ、急に人が増えたせいでアイツの隣に座らないといけないなんて」
「あはは……まあ、どこに座っても授業は受けられるし」
「いやいや、兄弟が可哀想だ。そこでだ兄弟、次の授業俺と席替わってくれよ」
「え?」
そう提案されて不審がる。
あれほど郡山さんを貶していた煉獄君がわざわざ郡山さんの隣に座りたがるなんて、
何か裏があるんじゃないかと思ったからだ。
まさか僕を想って本当に身代わりになろうなんて思ってはいないだろう。
「まあ、いいけど」
「話が早くて助かるぜ、サンキュー」
サンキューとか言っているあたりやはり何か裏があるらしい。
トイレから戻った僕達は席を替わる。
「……?」
不審がるのは僕だけでなく郡山さんもそうらしい。
煉獄君は何やらニヤニヤしながら彼女の隣に座る。
さきほどまで煉獄君が座っていた席に座った僕は、
授業を受けながらも、二人の様子を窺うことにした。
煉獄君は授業の途中にカバンをごそごそと漁り、箱を取り出す。
そしてその箱を開けて、中に入っていた何かを座っている郡山さんのスカートの辺りに投げた。
「ひいっ!」
突如ガタンと席を立ち、教室の後ろの方へ後ずさりする郡山さん。
「おい、授業に立ち歩くんじゃない」
講師がそれを咎めるが、
「きゃあああああああ!」
今度は彼女の近くに座っていた女子生徒が悲鳴をあげる。
それを皮切りに近くの何人かが何かに気づいたのかやはり悲鳴をあげる。
一体何があったんだと僕も近くへ行き、
「……うげ」
それを直視してしまう。益虫だけど嫌われ者のアシダカグモだ。
煉獄君の方を見ると、あちゃーという顔をしていた。どうやら犯人は彼のようだ。
「煉獄君、何考えてんのさ」
「……ありゃ、ばれた?」
途中で教室がパニックになり授業が一時中断となるも、蜘蛛を何とか外に逃がしてこの日の授業終了。
かなり気分悪そうに自習室の方へ向かう郡山さんをニヤニヤしながら眺めて帰ろうとする煉獄君を引きとめて問いただす。
「まさか郡山さんに嫌がらせをしようとして?」
「お前のおかげで蜘蛛が苦手ってわかったからな。いやああいつのあの顔、写真に撮っておけばよかったぜ」
悪びれようともせずに、人のよさそうな笑顔で答える煉獄君。
「君と郡山さんの関係深くは知らないけどさ、ちゃんと謝りなよ」
「は? 俺があいつに? やだね、それじゃあな!」
いくらなんでも女の子のスカートにアシダカグモなんてやりすぎにも程がある。
忠告したのだが彼は逃げるように走り去って行ってしまった。
ふと郡山さんが気になった僕は塾へ戻り、自習室へ向かう。
自習室の一番隅っこの席に座り、黙々と問題集を解いている、しかし最高に不機嫌そうな彼女の姿を見つけた僕は、何気なしに隣に座る。
するとすぐさま席を立ち、別の隅っこの席へ向かう彼女。
ここで諦めては駄目だと僕もまた彼女の隣に座る。
「何なの」
諦めたように僕を見て忌々しそうに告げる彼女。
「いや、その、今日はごめん」
「謝るってことは、君が犯人なんだ。最低だね」
「僕じゃない、僕じゃないよ。煉獄君止められなくてさ」
「ふうん」
まるで今の自分は、傍観者が自分はいじめっ子ではないと言い訳をしているようで、最高に惨めだった。
「あのさ郡山さん、煉獄君のことすごく嫌ってるみたいだけど、何かあったの?」
「何で私の名前を……知らないよ、昔からずっと私に突っかかってくるの。あまりにもウザいから中学は女子校いったのに、同じ高校目指すなんて志望校変えようかしら」
割と饒舌に語る郡山さん。煉獄君と同じような事を言っている。
「あはは……でも、煉獄君にも悪気はないからさ」
「はぁ? 悪気がなくて蜘蛛を投げてくるって言うの? そっちの方が性質悪いでしょ」
「うるさい」
「……」
気持ち大きめの声で喋った郡山さんだが、自習室にいる他の生徒に文句を言われてしまい、プルプルと震えだす。
「帰る」
彼女は帰り支度をするとすたすたと塾を出て行ってしまった。
それを追いかけようとした僕であったが、すぐに見失ってしまった。
まあ、今日は会話ができただけでもよしとするべきなのだろうか?
「おう兄弟、座ろうぜ」
次の塾の日、今回は郡山さんの隣ではなく、煉獄君の隣に座る。
「今日は変な物持ってきてないよね?」
「クラスメイトに迷惑かけるわけにはいかねーからな」
その後は何事もなく1つ目の授業を終えたのだが、郡山さんがトイレに行くのか席を立ちあがって教室を出て行ったのを見届けた煉獄君は、
「へっ、なんつーつまんねえ筆箱だよ」
彼女の席の所まで行くと、彼女の筆箱を自分のカバンに入れた。
「ちょ、何やってるの」
「これならクラスメイトには迷惑かかんねーだろ」
「そうじゃなくて」
「おっと次の授業が始まっちまう、席に戻ろうぜ兄弟」
何事もなかったかのように自分の席へ戻る煉獄君を咎めることができず、僕も席に戻る。
やがて郡山さんが戻ってきて机に座るも、
「……?」
そこにはあるはずの筆箱がない。
落としたのかと地面を見たりカバンの中を探っているうちに講師が入ってきて授業が始まってしまう。
「あの、筆記用具貸して」
彼女は自分の後ろにいた女子生徒にそう頼み込む。
あまり頼みごとに慣れていないのか、少し高圧的な感じがした。
「嫌よ」
断られてしまった。よく見ると断った女子は彼女と同じ制服を着ている。
それを見てほくそ笑む煉獄君。
どうやらクラスメイトがほとんど皆をライバルだと思っているのも、彼女が嫌われているのも事実のようだ。
僕はシャーペンと消しゴムを、煉獄君にばれないように彼女の方へ投げてよこした。
「見たかよ、あいつが同じ中学の奴に断られたの。ありゃきっと中学でイジメ受けてるぜ、まああの態度なら当然だろうがな。あれが人に物を頼む態度かっての。さて、今日はあいつ帰って行ったし、自習室で勉強でもすっかな」
授業が終わった後、煉獄君は彼女の筆箱をゴミ箱に放り投げて、上機嫌で自習室の方へと向かう。
郡山さんは授業が終わった後、すぐに帰ってしまった。
僕はゴミ箱から彼女の筆箱を回収すると、塾を出て彼女を追う。
煉獄君と幼馴染なのだから、帰る方向はほとんど一緒のはずだ。
しばらく走っていると、彼女の後姿を見つける。
「はぁ……はぁ……」
「……っ!」
運動不足が祟って彼女に追いつく頃には息切れしてしまう。
背後に息切れする男がやってきたら、そりゃ普通びっくりするわけで。
彼女はすぐにこちらを振り向いて後ずさりし、防犯ベルを鳴らそうとする。
「違う、違うんだって。これ、筆箱」
「……ありがとう、って言うのはおかしいのかな?」
「……そうだね、ごめん」
筆箱を彼女に手渡す。
彼女の言うとおり感謝される筋合いはない。
僕は煉獄君を止められなかったのだから。
今までの僕は、知的障害者のみたきちゃんを守り、
クラスで浮いていた赤石さんを変え、
やはり浮いていた六月六日さんを皆に認めさせた。
今までの僕は、いじめからずっと彼女達を守ってきたつもりだ。
けれど今の僕は、いじめの加害者になってしまっている。
中学3年生になって、成長するにつれ、本能的に正義の味方ができなくなったのだろうか。
「ところで、何で君は私に構うの?」
「それは……」
筆箱をカバンに戻した彼女に問われて言葉を濁す。
今までのように郡山さんの事が放っておけないのもあるが、
自らがいじめの加害者になっていることへの贖罪のつもりなのかもしれない。
「ま、なんでもいいけどね。ああ、それとシャーペンと消しゴムありがとう。でも私に構わない方がいいと思うよ」
答えあぐねている僕にシャーペンと消しゴムを手渡すと、彼女は去って行ってしまった。




