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僕とぼっちな彼女達  作者: 中高下零郎
小学校 みたきちゃん係(知的障害)
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みたきちゃんは甘やかされ過ぎた

 僕が5年生になって、みたきちゃん係になって、3週間くらい経っただろうか。

 良いニュースと悪いニュースがある。とりあえず悪いニュースをしよう。



 まず悪いニュースは、母親の言うとおり僕の友人はガクっと減った。

 今まで友人だった人がよそよそしくなっていくにつれ、馬鹿な僕の頭でも、

 僕もみたきちゃんと同類だと思われているのだと理解できた。

 考えてみれば当たり前だろう。毎日のように彼女のよだれを拭いたり、トイレの世話をしたりしているのだ。

 僕の手には彼女のきたないよだれやらなんやらが付着してる、小学生の子供がそれで僕を嫌うというのは理解できる。

 しかし君達だってトイレには行くし、爪をかむ生徒だって、鼻くそをほじる生徒だっているじゃないか。

 僕はちゃんと手は洗うし、みたきちゃんにだって洗わせている。

 みたきちゃんと君達に一体どれほどの差があるのか、むしろ手を洗わないやんちゃな男子生徒の方が余程汚いのでは? という疑問が解消できなかった。



 大人になった今ならわかる。こういうのは理屈ではない。

 僕は現に小学校時代に彼女に触れながらも、大人になった今知的障碍者の作ったパンなど食べられない。

 何が入っているかわかったものじゃない。洋食屋で店員が味見のために口をつけたお玉を再び鍋に戻すのは許容できるのに。




 みたきちゃんと関わるなと言っていた母親は、僕が孤立し始めた事を言うと、


「……そう。あなたの好きになさい。中がいじめられても私は味方よ」


 と言った。

 教育者としては、知的障碍者を差別するような人間にはしたくないだろう。

 しかし親としては、知的障碍者と関わらせたくない、我が子に危険が及ぶ。

 親も悩んでいたのだろう、そんな葛藤と。

 将来僕に子供ができたら、間違いなく母と同じように関わるなと言うつもりだ。



 良いニュースは、僕のしつけ? が功を奏したのか、みたきちゃんの行動は少しまともになった。

 道端で草やら石やらを拾って口に咥えることはしなくなったし、トイレも一人でできるように。

 自分の手腕に驚く一方、今まで周りの人間や大人は何をやっていたんだと思った。




 だからこの日の放課後、僕はみたきちゃんを彼女の家に送り届けるついでに遊びにいった。

 彼女の事をよく知らなかったから知っておこうと思っていた。


「たーら、いま!」

「おかえりみたきちゃん……あら、君はいつも一緒に学校に行ってくれる子ね」

「高下中です。みたきちゃんの家で遊びたいと思っているのですが、お邪魔してもよろしいでしょうか」


 今考えると僕は結構礼儀が正しかった。親の教育の賜物か。


「まあまあ、さあさどうぞあがって、みたきちゃんの部屋に案内するわ」


 可愛い娘を奪う泥棒猫め! となじられることもなく、僕はみたきちゃんの部屋へと案内される。




「ここら、わたひの、おへや!」


 自分の部屋に戻り安心するみたきちゃんとは対照的に、僕はなんだこれはと思った。

 小学生5年生の女の子の部屋とは思えない。もっと幼い、3、4歳くらいの女の子の部屋だと思った。


「ぶーぶー」


 口にしても大丈夫であろう、車の人形で遊ぶみたきちゃん。

 みたきちゃんの精神年齢がいくつかなんて知らないが、僕はこの部屋が彼女が成長できない理由の1つだと直感的に思っていた。

 3週間できちんとトイレや落ちてるものを口にしないということを学べたのだ。少なくともみたきちゃんは3、4歳レベルではない。




 僕は部屋を出て、お菓子とジュースの用意をしている彼女の母親に話しかける。


「おばさん、みたきちゃんは今までトイレも自分一人で行く事ができませんでした。しかし僕が毎日催してきたらトイレに行くことを繰り返し伝えていたら、トイレに一人で行くことができました。おばさんは今までどういう教育をしていたんですか?」


 今になって思えば他人の親にこんなことを言う僕も頭のネジが外れていたのかもしれない。

 おばさんは手に持っていたジュースを落とす。パリンとグラスが割れる音がして、しばし静寂が流れる。


「余計な事をしないでちょうだい!」


 今まで優しそうな人だなあと思っていたおばさんは怒り、もう1つ持っていたジュース入りのグラスを僕に投げつける。顔に強い衝撃と共にジュースの流れる冷たい感触。


「みたきちゃんは、みたきちゃんはトイレに行けなくてもいいの。私の可愛い可愛い子供なんだから、あなたに何がわかるの、勝手な事をしないで!」


 僕は怖くなって、カバンを手に取り家から逃げ出した。


「もーかえるお?ばいばーい」


 帰り際にみたきちゃんがそう言っていたのがかろうじて聞こえた。




 自分の家へたどり着く。玄関を開けると母親が出迎えてくれる。


「おかえり中。どうしたの、服を濡らしちゃって。顔も少しアザができてるわよ」

「……とりあえずシャワー浴びさせて」


 ジュース臭い体を洗った後リビングにいくと、母親と、父親もそこにいた。

 僕は今日あった出来事を包み隠さずに話す。

 父親は机をドン、と叩き、


「……あそこは甘やかしすぎなんだよ!」


 と怒鳴る。母親は、


「あなた、落ち着いて。……中、今のあなたにはまだ難しい話かもしれないけど、よく聞いて」


 と話をしはじめる。

 実際小学5年生当時の僕には半分も話の内容が理解できなかったが、話はこうだ。

 まず僕の両親とみたきちゃんの母親は知り合いらしい。同年代だとか。

 みたきちゃんが産まれる時、知的障害だということが判明してみたきちゃんの父親は産むなと反対したが母親は絶対に産むと言ったらしい。結局それが原因で離婚したそうだ。

 父親に出て行かれ失意の状態だったみたきちゃんの母親からすればみたきちゃんはまさしく天使だろう。

 そうして異常なほどに甘やかして育ててきたそうだ。



 話を聞いたその日の晩、僕は自分の部屋で考えた。

 みたきちゃんが知的障害を持っているのは確かだけど、もし甘やかさずに、いや、普通の子よりも厳しくしつけていれば今頃どうなっていただろう。小学校1、2年くらいの精神年齢にはなれたのではないか。

 勿論知的障害の子を育てた経験のない僕にはわからない話だが、少なくとも父親と同じく甘やかし過ぎだとは思っていた。

 多分彼女の母親はみたきちゃんに甘えて欲しいのだろう。だからトイレも一人ではできないように甘やかして育ててきたのだ。

 それなのに普通学級に入れた結果がどうだ、周りから気味悪がられ、実際に迷惑もかける。

 養護学級に入れさせなかったのはやはり僕の母同様に関わらせたくなかったのだろう。

 自分の子供は天使でも、他人の子供は悪魔というわけだ。


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