六月六日に同意する
「昨日のMスタ見た?」
「見た見た、何だっけ、あのデスナイト? ってバンド、かっこよかったよね~」
「私ファンになっちゃって、昨日ネットで曲とか探してたよ~」
僕が教室に入ると、クラスの女子が、六月六日さんの好きなバンドを褒めていた。
六月六日さんがいくら勧めようとしても、受け入れなかったのに。
趣味が悪いと、それを聞いている六月六日さん含めて拒絶してきたのに。
なんて現実と言うのは残酷なのだろう。テレビに出るだけで、手のひらを返したように。
彼女達は自分で評価を下すことができないのだろうか。
結局テレビに出演するくらい売れていれば、良い音楽に決まっていると、そう考えているのだろう。
他力本願な連中だ。彼女達より前に評価した身としては、あんな連中に曲を聞いて欲しくないとすら思えてくる。
「確か六月六日さんって、前にこの曲私達に勧めてきたよね」
「彼女結局センスいいよね~」
そして連中は六月六日さんの評価を簡単に上げてしまう。
この結末を望んでいたはずだった。
六月六日さんを皆に認めさせるためには、まずは彼女の好きな音楽を皆に認めさせればよい、そんな事を考えていた。
けれど、実際にこの光景を見ても、何の解決にもなっていないと僕は感じた。
「……」
その証拠に、六月六日さんは忌々しそうに、音楽の話で盛り上がるクラスメイト達を睨んでいたのだから。
お昼休憩になるまでの間、ずっと六月六日さんはイライラとした表情で、僕も彼女に話しかける事ができなかった。
お昼休憩がはじまると、無言でお弁当を持って教室を出て行く彼女。
僕は彼女が気がかりで、彼女に続いて教室を出る。
「お、高下一緒にお弁当か? ひゅーひゅー」
空気の読めないクラスメイトの男子が茶化す。黙っていてくれ、多分そんな簡単な話じゃないんだ。
彼女を追って屋上へと向かう。
彼女は屋上の隅っこに腰を下ろし、無言でお弁当に手を付けはじめる。
僕も彼女の隣に腰を下ろし、彼女に話しかける。
「……クラスの皆、デスナイト佐々木を褒めてたね」
「そうだね、嬉しいよ」
「本音は?」
不躾に彼女に聞いてみる。彼女は身体をわなわなと震えさせて、
「ふざけないで! あんな連中、結局メディアに踊らされてるだけでしょ? 曲の良し悪しなんて、理解してない! そんな連中に褒められて、デスナイト佐々木の価値が落ちる!」
そう叫んだ。これに関しては、全くもって僕も同意だ。
あの音楽番組に例え僕が出て音痴な声を披露したとしても、あの連中は何か理由をつけて僕を褒めるだろう。
そんな事をされたって、僕は嬉しくない。ましてや自分の好きなバンドがそんな事をされたら、的外れな批評をする連中を見て怒りさえ覚える。
古参のファンと新参のファンというのは、どうしようもない隔たりがあるのだ。僕も六月六日さんに比べたら、新参かもしれないけれど。
「理由はともあれ、ファンが増えたんだ。喜ぼうよ」
僕自身全然喜んでいないのに、僕はそう言って彼女を宥めることしかできない。
「あんなの、ファンじゃない!」
とうとう六月六日さんは激昂して、食べている途中のお弁当を下に叩きつける。ばらまかれたご飯とおかずが僕と彼女の心境、もしくは僕達のクラスメイトに対する印象に思えた。
彼女の言うことはもっともだ、ミーハーなあいつらはどうせすぐにファンじゃなくなるだろう。そんなのはファンとは呼ばない。
「落ち着きなよ六月六日さん。お弁当片付けて、教室に戻ろう」
「……戻りたくないよ。教室に戻って、あいつらが我が物顔でデスナイト佐々木を評価するのを聞いていろって言うの?」
「だったら、早退でもするかい?」
彼女を落ち着かせるために、冗談めいてそう言うも、
「……うん、早退しよう。高下君、デートしようよデート。平日の、人の少ない時間帯を満喫しようよ」
まさかの承諾。自分から言っておいた手前断ることができなくなった僕は、本当に彼女と二人で学校を早退してしまった。
「ねえ、いいの? 本当に早退なんかしちゃって」
「何さ、高下君、私とのデートが嫌って言うのかい。男なら二股かけるくらいでいかないと」
「あのね……」
学校を出て、とりあえず最寄の駅に向かう途中に六月六日さんに弄ばれてしまう。
「ま、予行演習予行演習。君にとっても私にとってもね。どうせ君、女の子の好みとか全然知らないんでしょう?」
「確かにそれはある」
みたきちゃんは多分僕のプレゼントなら何でも喜ぶだろうけど、それに甘んじずにみたきちゃんの欲しいものをちゃんとチョイスする義務が僕にはある。現役女子中学生の意見は実に参考になるだろう。
彼女と共に電車に乗って市内へ。
「あはは、そういえばさっきお弁当途中で投げ捨てちゃったからお腹空いたよ。お昼にしよう」
市内の駅前の噴水で、お腹をさすりながら六月六日さんが僕に提案してくる。
「僕はお弁当食べたし、別にいいよ」
「……駄目だこりゃ」
「何さ、その呆れたような目は」
呆れながら自動販売機でカローリメイカーを購入し、かじりながら映画館へと向かっていく彼女に続く。
そういえば僕、みたきちゃんと映画を見たことがないや。アニメ映画でもいいから、今度見に行きたいな。
「で、何を見るの。悪いけどお金あんまりないからチケット代奢らないよ」
「それくらい承知してるよ。女が奢られて当たり前だと思ってるような女とは付き合わない方がいいよ。 これを見よう、スプラッタ物」
六月六日さんが指差したポスターには、ほんわかスプラッタという胡散臭すぎるジャンルの恋愛? 映画が表示されていた。
「R-15じゃないか。僕はまだ13歳だよ」
「細かいことを気にしてたら彼女にも嫌われちゃうよ」
絶対こういう映画をみたきちゃんと見ることはないだろうけど、とにかくチケットを買ってシアターへ。
「すごく面白かったね」
「うん、すごく面白かった。食わず嫌いはよくないね」
映画館の前で嬉々としながら僕達は感想を言いあう。
あまり期待していなかったのもあるが、映画はすごく面白く感じられた。
まあ、みたきちゃんと見ることはないだろうけれど。
「もうこんな時間か、でも私はもう少し遊びたい気分だな」
「僕も携帯電話持ってるから親に連絡すればいい話だしね、ゲームセンター行こうよ」
「お、いいねえ」
映画の効果で上機嫌にゲームセンターへ向かう僕達。
周りから見ればカップルみたいだろうか、浮気じゃない、浮気じゃないぞ。
「今日は楽しかったよ、本当にありがとうね」
「こちらこそ、いい予行演習になったよ」
午後8時、最寄りの駅で降りた僕達は別れようとしていた。
僕としても今日のデートは気分転換になった。けれど根が真面目なもので、やはり学校をふけてしまったのは罪悪感に苛まれてしまう。
「あ、最後にさ、愚痴聞いてくれるかな?」
「お好きにどうぞ」
二人して駅前のベンチに座る。彼女はしばらく暗くなった空を眺めていたが、やがて弱弱しく話し出す。
「今日早退せずにあのまま教室に戻ったらさ、多分私は、クラスメイトに音楽の話題をふられていたと思うんだよね。六月六日さんが昔勧めてきた曲、ちゃんと聞いてみるとすごく良かったよ~、とか。その光景が思い浮かばないかい?」
「思い浮かぶね。声真似似てないけど」
僕は目を閉じてその光景を想像する。机に座って不機嫌そうにイヤホンをさしている六月六日さんの元へ、この間まで友人だった女子連中が群がって、彼女の音楽のセンスを褒めだす。それがきっかけで六月六日さんは無事にクラスの輪に入る事が、
「そして私はあいつらに、キレるんだろうね」
できないのだ。その光景が僕の頭の中に流れてくる。『あなた達みたいなミーハーに聞かれて、曲も可哀想だ』とかそんな事を言って、益々クラスから孤立していく六月六日さんの姿が僕には容易に想像できた。
「まあ、気持ちはわかるよ。下手したら僕でもキレてたかもしれない。好きな音楽を汚された気持ちになるもんね」
「……好きな音楽、か。私も、あの連中と大差ないのかもね」
自嘲するように弱弱しく笑う六月六日さん。その目には涙が浮かんでいた。
「私さ、あのバンド好きじゃなくなったかも」
「どうしてだい」
「何かさ、勝手に自分の中で屁理屈つけてネガキャンしちゃうんだよ。あいつらに聞かれたことで曲の質が落ちたような気がするんだよ。そんなはずがないのに。日本の低俗な音楽番組に出演するなんて、バンドも落ちぶれたもんだとか思っちゃうんだよ。そんなはずがないのに」
完全に偏見を持たない、周りの意見に影響されない人間なんて、恐らくは存在しない。それはきっと仕方のないことだ。
「結局私、あのバンドが好きなんじゃなくて、駆け出しの頃から応援してた自分が好きなのかもしれない、マイナーなものが好きなだけなのかもしれない」
僕は黙ってそれを聞くことしかできない。僕にも心当たりがある。僕はみたきちゃんが好きなのか、みたきちゃんのような人にも手を差し伸べる自分が好きなのか、たまにわからなくなるのだ。
孤独な少女が好きな僕と、マイナーなものが好きな六月六日さん。
孤独でなくなった赤石さんに僕は別れを告げ、マイナーでなくなったバンドに六月六日さんは別れを告げる。
六月六日さんはカバンからCDを取り出す。この間購入した、音楽番組でも取り上げられた新曲だ。
「こんなもの……っ」
六月六日さんは立ち上がり、CDを地面に叩きつけようとするがその手はがたがたと震えていた。
「……高下君、あげるよ。それじゃ、また学校で」
やがて落ち着いたのか、CDを僕に寄越して、自分の家へと去って行った。




