六月六日に誤魔化す
「……無い」
この日の朝、僕が学校へ行くと下駄箱にはラブレターが無かった。
それどころか上履きもなかった。
一体上履きはどこへ散歩してしまったのだろうかとすのこの下や傘立ての下など色々なところを探してみるが見つからない。
「……ジュースのゴミ箱」
下駄箱付近でうろたえていると、赤石さんがスッと近づいてそう告げ、去って行った。
言われた通りにジュースのゴミ箱を開けると、確かにそこには上履きが。
ジュース臭くなった上履きに履き替えて、教室へ行く。
どうして赤石さんが隠し場所を知っていたのだろうか?
「おはよう、六月六日さん」
「おはよう高下君。随分遅かったね」
朝、教室へ入って六月六日さんと挨拶を交わす。既に朝礼の2分前だった。
「いやあ、寝坊しちゃってね」
「寝坊は良くないよ。眠気覚ましにコーヒーでもいかが?」
「あはは、もうすぐ朝礼始まるじゃないか」
「おっと、私もさっさと飲み切らないと……げほっ、げほっ」
時計を見て慌てた六月六日さんがコーヒーをぐいっと一気に飲もうとしてむせる。
「馬鹿じゃないの」
そんな六月六日さんを、クラスメイトの女子は嘲笑っていた。
その日の授業中、六月六日さんをクラスメイトに認めさせるにはどうすればいいか考えていた。
彼女の特徴で一番受け入れられそうなものといえば音楽だろうか。
女子はともかく、男子なら洋楽を好む人間もいるのではないかと思い、
昼休憩にクラスメイトの男子に音楽の話題を振る。
「ねえねえ、デスナイト佐々木って言うロックバンド知ってる?」
「何だそりゃ」
僕は学校に持ってきていたMDプレイヤーのイヤホンを、食いついてきた男子の耳にはめ、
六月六日さんが大ファンである洋楽を流す。
邦楽とはレベルの違う演奏のテクニックと、英語の勉強にもなりそうな聞き取りやすい歌詞。
僕ですら聞いていると自然とハイテンションになってしまう、初めは話を合わせるために聞いていたがすっかり僕も虜になってしまった音楽だ。
ハイテンポな音楽を好む男子ならばあっさり受け入れてくれるのではないかと思ったが、
「何だこりゃ、英語の歌詞とか聞き取れないから意味がわかんねーよ」
「え、この程度の英語も聞き取れないの?」
「おうおう高下みたいに優等生じゃないからねえ」
そうだった、僕はクラスでも成績優秀な方だった。
自分基準にしてクラスメイトが歌詞を聞き取れると思っていたのは失敗だったな。
そんな僕を後目に男子達は歌詞がいい曲の話で盛り上がる。
どうやら演奏技術なんかよりも、歌詞が良ければ受けるようだ、連中には。
「デスナイト佐々木を男子に勧めてみたんだけど、ウケが悪かったよ」
「ははは、馬鹿な男子にはわからないだろうね、あの高尚な曲は」
食事を終えて屋上から戻ってきた六月六日さんにその事を話すと、ニヒルに笑う。
「でもやっぱりファンとしては皆に理解して欲しいなあ」
「何言ってるんだい、あんな連中が理解しようとしたところで、勘違いして曲を貶めるだけだよ。私と君、それだけ理解する人間がいれば十分じゃないか」
そう言うと彼女はMP3プレイヤーを取り出して、音楽を聞きはじめる。
「本人はああ言ってるけどさ、やっぱり皆に良さを知って欲しいと思ってるんじゃないかなあ」
「高下君、どうしてそれを私に話すわけ?」
廊下で赤石さんを捕まえて空き教室に連れ込んだ後今日の一件を話し、助言を求める。赤石さんは心底面倒くさそうだ。
「赤石さんもちょっと聞いてみてよ」
「……はぁ」
イヤホンを無理矢理赤石さんの耳にねじ込み、音楽を鳴らす。
「どう? いい曲だよね? 赤石さん昔カラオケで洋楽歌おうとしてたでしょ、忘れたとは言わせないよ」
「よく覚えてるねそんな事。……まあ、嫌いじゃないけどね、こういう曲。でも、それはそれ、これはこれ。私は六月六日さんに同調して君のようにポジキャンするつもりなんてないよ」
「ぐっ……。同調はしなくていいからさ、何か良い手立てはないかな?」
「そろそろ解放してよ、私教室戻りたいんだけど……まあ、中学生なんて単純だから。ちょっと偉い人が褒めれば便乗しちゃうよ」
イヤホンを外してこちらに返し、その場を去ろうとする赤石さん。
「待って赤石さん」
「何?」
赤石さんを呼び止めて、何で彼女が僕の上履きの隠し場所を知っていたのか聞こうと考えたが、答えを聞くのが怖くてその質問は結局できず、代わりに僕の口から出てきた言葉は、
「イヤホンに耳垢が結構ついてるよ。耳掃除しなきゃ」
「……死ぬか?」
すっごい冷たい目で見られた。
放課後になり、六月六日さんと一緒に下駄箱まで行く。
「……あれ」
僕の下駄箱にあるはずの靴が無かった。
「どうしたの?」
「いや、その」
朝同様、どうやら隠されてしまったらしい。
まずいぞ、六月六日さんに僕が靴を隠されていることを知られてしまったら、彼女が落ち込んでしまう。
どうしたものかと焦っていると、赤石さんがこちらへ駆け寄ってきた。
「はぁ……はぁ……高下君、さっきの体育の授業の後、間違えて私のところに靴入れてたよ」
息切れしながら僕の靴を手渡す赤石さん。
「どうして別のクラスのところに間違えて靴を入れるのさ、ドジだな高下君は」
はははと笑う六月六日さん。良かった、勘づかれていないようだ。
「ありがとう、赤石さん」
「どう、いたし、まし、て……それじゃあ、ね」
赤石さんは僕と六月六日さんのために、どうやら影で色々手助けしてくれているようだ。
やっぱり赤石さんは優しいや。二重の意味で彼女に感謝し、校舎を出る。
「あれ、六月六日さん、何で僕と同じ方向なのさ」
彼女の帰り道は僕と正反対なのに、気が付けば僕と同じ道を歩んでいるじゃないか。
「たまには君がいつも歩いてる道を歩いてみようかなと思ってね。君の家まで一緒していいかな?」
「え、そ、それは……」
それは困るぞ。だってこのまま歩けばその先には……
「あ、たかしたくん! ……そのおんなのひと、だれ? あたらしいかのじょ?」
こうなるわけだ。赤石さんの時も同じ状況になったが、多分六月六日さんは赤石さんに比べて僕に好意を抱いている。だから修羅場度もあがるのではないか? と僕は懸念していた。
「高下君が知的障害者と付き合ってるって噂、本当だったんだ」
「……引いた?」
「別に? ごめんね、彼女と待ち合わせしてたとも知らずに。それじゃ、また」
「よくわかんないけど、ばいばーい!」
特に動揺する事もなく、彼女は手を振りながら来た道を戻って行く。
彼女が僕に好意を抱いている、というのは僕の勝手な思い込みなのだろうか?
家に戻った後、何気なくインターネットを見ていると、気になるニュースを発見。
件のロックバンドが、日本の音楽番組に出演するというものだ。
赤石さんのセリフを思い起こす。
僕や六月六日さんのような人間が推薦したって、耳を貸してはくれない。
けれど音楽番組で、音楽関係の人間が推薦すれば、驚く程耳を貸す。
赤石さんはそういう事を言いたかったのだろうか?
けど、なんとなく僕は、寂しさを覚えた。
音楽番組でデスナイト佐々木が紹介されて、クラスの中で話題になる。
六月六日さんの趣味が肯定される。それは素晴らしいことのはずなのに。
どうしてだか知らないけれど、それがよくない結果になる気がしたのだ。
僕の不安をよそに、その日がやってきた。
音楽番組をつける。司会者の紹介と共に、彼等が姿を現す。
その後イギリスと日本のハーフであるボーカルが流暢な日本語で出演者と会話をし、
新曲を演奏しだす。会場は大盛り上がりだ。
僕は六月六日さんに電話をかける。
「もしもし六月六日さん」
「ああ、高下君か。その音を聞くに、君もテレビをつけてるようだね」
「これでデスナイト佐々木も広く認知されるようになるね」
「……ああ、そうだね」
六月六日さんの声は、どこか寂しそうだった。
喜ばしいはずなのに、寂しい。それは僕も感じていたことだった。
よくわからないもやもやを抱えたまま、僕達は次の日学校へ向かう。




