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僕とぼっちな彼女達  作者: 中高下零郎
小学校 みたきちゃん係(知的障害)
18/107

みたきちゃんと少女

「あ、せみさんだ! みーんみんみんみん」

「そうだね、もうすっかり夏だ」


 この日の登校中、みたきちゃんはセミを見つけて鳴き真似をする。

 小学校最後の夏休みまで後わずか、所々聞こえるセミの声。

 地中で10年近く生きて、地上に出てきてから1ヶ月程度しか生きられないセミ。

 お腹の中で1年程、地上で数十年生きる僕達。

 セミは僕達を見て、何を思うのか。

 求愛のためなのか必死にミーンミンミンと鳴いていたそれは、やがてぽとっと落ちた。





「あ…」


 ふと、後ろから声がしたので振り返ってみると、少女がいた。

 どこかで見たような気がするなあと思っていると、少女はすぐに僕達を追い抜いて学校へと走り去ってしまう。

 はて、どこで見た子だっけか。

 まあ、それよりも今日はテストが返ってくる日だ。

 今年は何とかみたきちゃんにもテストを受けさせた。

 去年程必死に勉強はしていないけれど、果たしてどのくらい取れるのだろうか。





「82、88、85、92、90……うん、我ながら良い出来だ」


 返ってきたテストの点数を見て僕は満足。やはり数字として結果が返ってくるのはいいね。


「ねえねえ、これってすごいの?」


 続いてテストを返却されたみたきちゃんは僕にそれを見せてくる。


「52、60、42、54、40……か。うん、えらいえらい、良く頑張ったね」

「えへへ」


 平均点よりやや下程度だが、実際良く頑張っただろう。僕はみたきちゃんを撫でてやる。

 テスト勉強をほとんどせずにこの結果が出せたのだから、去年に比べるときちんと授業を聞いている証拠だ。

 ただ、これがきっと限界なのだろう。色々調べてみたが、知的障害者というのは小学校は普通学級に行かせるケースもあるが、学力などの限界から普通の中学校へは行かせない事が多いそうだ。

 みたきちゃんは小学校を卒業したら、どこに行くのだろうか。僕はそれが知りたくない。


「お前クラスで一番頭悪いんじゃねーの」

「いやいや、みたきちゃんいるからブービーだって」


 二人の男子が返却されたテストの点数を見せ合いっこしてそんな事を言っていた。

 馬鹿め、みたきちゃんの実力も知らず。こっそり二人の点数を見たがみたきちゃんより悪いじゃないか。

 とはいえ、数年後には完全にあの二人に追い抜かされているのだろう。

 みたきちゃんが勉強する意味は、あるのだろうか。



「みたきちゃん本当に良く頑張ったね」


 放課後、みたきちゃんと二人で帰りながら改めてみたきちゃんを褒める。

 セミの鳴き声も、まるでみたきちゃんを褒めているようだ。


「えへへ……ごほうびくれる?」

「うん、あげる」


 みたきちゃんは叱って伸びる子ではない、褒めて伸びる子だ。


「それじゃ、おいしゃさんごっこ」

「ケーキ食べようね」

「けーき! うん、たべる!」

 

 そんなに頻繁にしていいもんじゃありません、お医者さんごっこは。





「誰?」


 ふと、誰かに見られているような気がした僕は後ろを振り向く。


「ひゃぅ」


 電柱の陰に隠れていたらしい少女がびっくりして悲鳴をあげた。朝の子だ。


「僕達に、何か用?」


 僕は少しきつい目で少女を見る。周りの人間のみたきちゃんと僕に対する視線を受け続けていたせいか、僕は少し人間不信の冷たい人間となってしまったようだ。


「あ、あの、その」


 女の子はおどおどするばかりで何も言わない。やっぱり彼女はどこかで見た事がある気がする。




「あ! だいじょうぶだった? けがとかしてない?」


 みたきちゃんが少女に気づいて心配そうに声をかける。

 思い出した!この子は不良に襲われてたあの子じゃないか!

 無事だとは聞いていたが実際どうだったのだろう、トラウマとかになっていないのだろうかと少し気にはなっていたんだ。


「は、はい!そ、その、あ、あり、」


 少女は緊張しているのか口をぱくぱくさせている、金魚みたいだ。


「……これからケーキを食べに行くんだ、良かったら君も来ない?」


 僕は柔らかい表情で彼女を誘ってみた。緊張をほぐすためだ。




「もんぶらん、ちょもらんま、ましましー」


 商店街にあるケーキショップ、僕の向かいで美味しそうにモンブランを食べるみたきちゃんの横で、


「あ、あの、ほんとにこれ、いただいても」


 少女は目の前に置かれたザッハトルテに口をつけずにおどおどとする。


「遠慮しなくていいよ、お兄さんの奢りだから。ここのケーキはすごく美味しいんだ」


 僕はコーヒー(ちょっと大人ぶって頼んでは見たが、ものすごく苦いので大量に砂糖とミルクを入れてはいる)とショートケーキを食べながら少女に笑いかける。


「は、はい……あ、すごいです、これすごく美味しいです!」


 緊張していた少女がザッハトルテを口にすると、頬が緩む。これでほぐれただろうか。


「そう、口にあってよかった。……で、僕達に何か用かな?」


 改めて要件を聞いてみると、少女は立ち上がり、深呼吸を1つ。



「そ、その、この間は、本当にありがとうございました!」


 そしてそのまま大きな声で僕達に礼をした。今ので店中の注目を浴びてしまったらしく、少女は顔を真っ赤にして座る。


「どういたしまして。……と言っても、僕は何もやってないけどね、お礼ならみたきちゃんにするといいよ」

「は、はい。その、みたきさん、本当にありがとうございました!」


 少女が改めて横にいるみたきちゃんに礼をする。みたきちゃんはえへへと笑う。




 少女は服こそボロボロにはされたものの特に怪我とかはしていないらしいし、少し心的障害を発症したが今ではほとんど癒えているそうだ。

 ただ家族が物凄く過保護になってしまったとか。無理もないだろう。

 まあ、何にせよ彼女が無事で良かったよ。




 支払いをすませてケーキショップを3人で出て、ついでに少女の家まで送り届けようという事になり、商店街を歩いていた時のことだった。


「あ、あなた! うちの子になにしてるの!」


 一人の女性がこちらを見るなり血相を変えて近づいてくる。


「お、お母さん」


 少女がびくっとしながらそう漏らす。ああ、この子の母親か。だったら後は任せればいいかと思っていると少女の母親は娘を抱き寄せ、


「あ、あなたうちの子を連れまわしてどうするつもりだったの! うちの子に何をするつもりだったの!」


 僕を物凄い剣幕で睨み、怒鳴る。


「いえ、ちょっと知り合いだったもので、ケーキを食べていたんですよ」


 僕は正直にそう説明する。間違ってはいないだろう。

 しかし娘を事件に巻き込まれてヒスを起こしたのか、あるいは僕の見た目が信用ならない胡散臭い男だったのか、少女の母親は思いきり僕をビンタした。右頬が赤くなる。


「ケーキでうちの子を釣って、それで何するつもりだったの! この誘拐犯!さ、危ないとこだったわね。いい? 絶対にああいう人に誘われてもついて行っちゃ駄目よ」

「お母さん! 違うの、あの人は私を助けてくれた人なの!」


 少女の弁解など聞きもせず、母親は少女を連れて行こうとする。僕は特に怒らない。自分の娘が危ない目にあえば、過保護になっても仕方がないと思っていたからだ。





 ただ、みたきちゃんはそうもいかなかったようで、


「うう……うあああああ!」


 怒り狂って、少女の母親に襲いかかろうとした。僕はみたきちゃんの手を掴んでそれを制止する。


「みたきちゃん、落ち着いて。僕は大丈夫だから」

「あのひとたたいた! ひどいことした!」

「うん、でもしょうがないんだよ。お願いだから、落ち着いて。お医者さんごっこでも何でもしてあげるからさ」


 みたきちゃんを抱きしめるようになだめながら、去って行く二人を見送った。

 少女は、ずっとこちらを振り向いて、申し訳なさそうな顔をしていた。

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