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僕とぼっちな彼女達  作者: 中高下零郎
小学校 みたきちゃん係(知的障害)
16/107

みたきちゃんと老人ホーム

「皆、ちゃんと並んでるかー……よし、全員いるようだな。それじゃあ出発だ。高下、みたきちゃんが道路に飛び出さないように見張っててくれよ」


 学校の正門の前に集まった僕達が全員いることを確認した後、担任の先生は歩き出す。

 僕達はそれに2列になってついていく。一番後ろにいる僕の横は、当然みたきちゃん。


「えんそくえんそくたっのしいなー、ぜんそくぜんそくくっるしいなー」


 よくわからない歌を歌うみたきちゃん。僕達の前を歩く、リアルに喘息持ちの少年が明らかにイライラとしているが悪気はないんだ、許してやってほしい。





 そう、今日は遠足。僕達6年生は、これから老人ホームへ行くのだ。

 ただ6年生の遠足ともなると距離が長い。あまり外に出て遊ばない生徒のための訓練も兼ねているらしく、学校から老人ホームまで歩いて3時間!

 8時に学校を出て、11時に老人ホームについて、すぐにお昼ご飯を食べて、2時には老人ホームを出て学校まで戻るという移動の方が滞在時間より長いという微妙なスケジュールだ。





「ついたー! ろーじんばっく! ……だいじょーぶ?」

「大丈夫だよ……それから、老人ホームね」


 3時間かけて老人ホームに着く頃には、僕のような人間はバテバテだ。


「皆さんよくお越しいただきました。ここにいるおじいちゃんやおばあちゃんも、君達がやってくると聞いてすごく喜んでいましたよ」


 老人ホームから管理者らしき初老の男が出てきて挨拶をする。それより疲れた、お腹が空いた。


「よし、とりあえず皆疲れただろう、お腹が空いただろう、お弁当を食べよう」


 先生のその一言に皆がやったーと喜び、カバンからそれぞれのお弁当を開き、老人ホームの前でランチョンマットを広げて親しい友人と食べだす。

 ところで老人ホームの入り口の前でお弁当を食べるのは、ちょっと迷惑じゃないのだろうか。

 そもそも老人ホームに来たんだから食事は老人と食べるべきではないのだろうかと考えたが、大人の都合というやつなのだろう。


「みたきちゃん、ここに座って」


 僕は持ってきたブルーシートを地面に広げてみたきちゃんを誘導する。

 更に気配りのできる僕は折りたたみの椅子を2つ程用意していたのだ!


「えへへ……いただきます」


 椅子に座ってお弁当を開き、きちんと両手をあわせるみたきちゃん。


「みたきちゃんのお弁当美味しそうだね、お母さんが作ったの?」


 普段は給食なので、お弁当は新鮮だ。残念な事に僕のお弁当は昨日のおかずの残りという新鮮味がないものだが、みたきちゃんのお弁当は色合いもいいし、手間をかけて作られている。


「んとね、何だか家にいる、知らない男の人が作ったの」

「それはきっと、みたきちゃんの新しいパパになるんだよ。いい人そうでよかった」

「?」


 新しいパパ、という言葉に首をかしげるみたきちゃん。

 大丈夫、きっと新しいパパはみたきちゃんを受け入れるし、みたきちゃんは新しいパパを受け入れることができるはずさ。



 お昼ご飯を食べた後、老人ホームの中に入って、そこにいるおじいちゃんやおばあちゃんと触れ合う。




 率直な感想を言わせてもらおう。みたきちゃんより酷い。これが年をとるということなのか。

 これがボケというものなのか、話しかけても、「あー、あー?」としか言わない人や、ずっと窓の外を眺めている人。





『いざ桜 われも散りなむ ひとさかり ありなば人に 憂き目みえなむ』

 この間読んだ本に出てきた和歌を思い出す。

 意味は、年をとったら体も醜くなるしボケるしそうなる前に死のうというものだったか。

 ここにいる人達の姿を見れば、この歌を詠んだ人の気持ちもわかる。

 ボケてしまい、こんな山奥の老人ホームに捨てられる哀れな人達の姿を見れば。

 ここはさしずめ現代の姥捨て山か。



 そして僕は無性に腹が立っていた。クラスメイトが、老人に親切にしているのだ。

 みたきちゃんと関わろうともしない彼らが、みたきちゃんを汚いと思っている彼等が、お年寄りには親切にしようという糞のような常識に突き動かされて老人の話し相手になったり、歩くのを手伝ったりしているのだ。


「こんにちは! げんきですか!」

「おーおー、よーきたのー。わしはげんきじゃぁ~」


 お年寄りに元気よく話しかけるみたきちゃんの優しさで、何とか僕はイライラを封じ込めていた。




「きゃー!」

「うわ! きったねー!」


 悲鳴が聞こえたのでその方を見ると、とある老人と館内を散歩している途中に漏らされたらしく、その人を担当していたクラスメイトのものだった。




 向こうから足の不自由な老人と、彼を散歩させるために支えになる役目の二人がやってくる。

 しかしその二人はお喋りに夢中で、老人の事を見ていない。

 そのうち老人の足がもつれて、前に倒れそうになる。


「あぶない!」


 危うく老人は硬い老人ホームの床に叩きつけられるとこだったが、すんでのとこで危険を察知したみたきちゃんが支えていた。





 ははは、なんだ、結局お前らは教師に強制されたから嫌々やっているだけか。

 そりゃそうだよな、そうでなけりゃこんな老人の介護なんてしないよな。

 ああ、よかった。こいつらがクズで安心した。

 僕は邪悪に笑いながらも、先ほど漏らして男女に逃げられた老人のおむつを替えて、辺りの掃除をする。

 その後も僕とみたきちゃんで、役に立たないクラスメイトの代わりにしっかりと老人の介護をし続けた。

 担任の先生はクラスの惨状を見て頭を抱えていた。

 ははは、先生が蒔いた種じゃないですか。みたきちゃんを無視してきた先生の。

 クラス皆でみたきちゃんと真摯に向き合うように教育するのが、小学校の先生の役目じゃあないんですか?

 それを放棄して、老人ホームで老人の介護を生徒にさせてうまくいくなんて考えていたのなら、腹がよじれそうだ。




「ねえ、なんだかかおがこわいよ? だいじょうぶなの?」

「……ごめんごめん、心配させちゃったね。うん、僕は大丈夫だよ」


 遠足の帰り道、僕の顔が怖いと怯えるみたきちゃん。

 悲しみやら呆れやら怒りやら、色んなものが入り混じった僕の顔は一体どうなっていただろうか。



 今年度から始まった老人ホームへの遠足だが、今日みたいな惨状なら、きっと来年には無くなっているだろう。

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