僕とみたきちゃんと弥山
「あけましておめでとうございます」
「ようきたねえ、中。ほれ、お年玉をやろう」
年が明けました。僕は父の祖父母の家がある宮島に現在来ています。
宮島に行くためにはフェリーに乗る必要があります、あんな鉄の塊がどうやって海を渡るのか。
フェリーから海を眺めると、海月が大量発生していました。
もっと幼い頃に刺された記憶がある、奴等は恐ろしいものだ。
午後4時。例によって親や、他に来ていた親戚は宴会を始めます。
お酒の匂いが苦手な僕はひっそりと家を抜け出し、宮島をぶらつく。
鹿がいっぱいいますが、鹿の糞もいっぱいあります。踏みたくないね。
交番があります。まだ僕が幼稚園くらいの頃、迷子になって保護された思い出がある。
あの時の警官は優しかったなあ、と懐かしむように交番を見ていると、
「……うー」
交番の中で、警官になだめられている女の子。見覚えがある、というか紛れもなくみたきちゃん。
「みたきちゃん」
「あ! けおめ!」
交番の中に入ってみたきちゃんに声をかけると、寂しかったのかみたきちゃんは僕に抱きついてきました。
「ああ君、この子のお兄さんかね」
警官がそう言います。恐らくはみたきちゃん、親と宮島に来たはいいが迷子になったのでしょう。
そして保護者の情報を聞きだせないと。
「はい、そうです。ご迷惑をおかけしました」
「ばいばい!」
警官に手を振るみたきちゃんを引き連れて交番を後に。
親なら多分みたきちゃんの親との連絡先を知っているはずだし、僕が祖父母の家に戻れないという事もない。
僕の親からみたきちゃんの親に連絡してもらって、引き取ってもらって、万事解決だ。
すぐにでも家に戻らないと。
「あそびにいこー」
みたきちゃんはそう言って物欲しげに僕の服を引っ張る。
……ちょっとだけだよ。
まあ、6時くらいまでに家に戻れれば大丈夫だろう。僕はみたきちゃんと宮島をぶらつく。
「しかさんいっぱいだね」
「そうだね。奈良からやってきたんだってね。来年の修学旅行で奈良に行くんだよ」
「しゅうがくりょこう! はやくいきたい!」
「そうだね」
6年の6月に、僕達は修学旅行で京都と奈良に行く。
本場の鹿はお辞儀をするらしい。
「あ、ちょこれーとだ」
「……違う! それはチョコレートじゃない!」
鹿の糞を掴んで食べようとするみたきちゃんを制止。確かに似てるけどさあ。
「ここが僕一押しのも●じまんじゅう屋だよ」
小腹が空いたので、みたきちゃんを引き連れて老舗のも●じまんじゅう屋へ。
も●じまんじゅうを作っている工程が外から見える。機械ってすごい。
1つ80円とそこらへんのより高いが、味もその分美味しい。気がする。
意外と値段が高いから美味しいに決まってる! という思い込みが働いているのかもしれないが。
「さくさくしてるね!」
美味しそうに頬張るみたきちゃん。連れてきた甲斐があったというものだ。
「お嬢ちゃん可愛いから1つおまけしてあげよう」
「ありがとうございます! えへへ、はんぶんこ」
店主におまけしてもらって、きちんと感謝のできるみたきちゃん。えらいっ!
「あそこいきたい!」
みたきちゃんが指差したその方向を僕が見れば、
「……弥山だね」
大体標高500mくらいの山だ。500mと言えども頂上からの眺めは絶景らしい。
「わかった。それじゃあロープウェーへ……ってみたきちゃん!」
あまり時間もないのでロープウェーで頂上へ行くことを提案するが、時すでに遅し、みたきちゃんは元気そうに登山コースへ入っていく。慌てて僕もそれを追いかける。
運動神経や体力において僕より数段勝っているみたきちゃんはぴょんぴょんと頂上への道を走って行くが、僕は運動会の時に練習した分少しはマシになったがまだまだ体力不足だ。すぐにバテる。
「よーれいひー……あれ、だいじょうぶ?」
かなり先行していたみたきちゃんが、僕と大分離れているのに気づいて戻ってくる。
「……大丈夫だよ。先に行ってていいよ」
「いやなの、いっしょにいくの」
嬉しい事言ってくれるね、少しは男を見せるか。
無理だってこれ……
「だいじょうぶ? もううごけないの?」
「いや……まだいける……」
口ではそう言っているがほぼ限界だ。日頃全然運動しないのが祟ったか。
看板を見るに、あと少しらしいのだが。少し休憩したい。でもこれ以上時間をかけると夜も遅くなる。
ただでさえ僕のペースに合わせたせいで遅れてしまい、既に予定時間の午後6時を過ぎているのだ。
今頃僕の親もみたきちゃんの親も心配して探し回っているかもしれない。
「……そうだ!」
「ちょ、ちょっとみたきちゃん!?」
みたきちゃんはにっこりと笑うと、僕をおぶって、また頂上へ向かいだす。
どう考えたってパターンが逆だろう。
心身共に疲れていた僕はただ女の子におんぶされて山の頂上へ行くというあまりにも情けないシチュエーションを満喫するのだった。
人間持ちつ持たれつ。僕は一方的にみたきちゃんを世話すると思い込んでいたけど、僕がみたきちゃんの世話になることだってある。みたきちゃんはペットでもなんでもない、僕と同じ人間なんだ。
「すごーい、たかいたかーい」
「暗くていまいちわからないけどね」
そしてついに僕達は頂上へたどり着いた。夜になって、海と島の色がほとんど同化してしまっているのがちょっと残念だけど、それでもいい眺め。山に登った甲斐があるというものだ。
……僕は途中からみたきちゃんにおんぶしてもらってたけどさ。
僕もみたきちゃんも、言葉を発することなくただただ景色に見惚れていた。
時計を見るともう8時だ。さて、今度こそロープウェーで降りて戻らなければ。
「そろそろ戻ろう。暗いから、今度こそロープウェーで降りないと」
「はーい」
僕はみたきちゃんの分もチケットを買いながら、家に帰ったらどれだけ大目玉を食らうか考えていた。
ま、後悔はしていないけどね。