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僕とぼっちな彼女達  作者: 中高下零郎
最終章 僕の大切な人
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愛妻弁当

「ふん、ふんふんふふーん♪」

「随分と嬉しそうだね、三滝」

「ふふ、理由当ててみてよ」

「えー、朝の占いで1位だったとか?」

「そのくらいで喜ぶ程単純な女じゃないですよーだ」


 僕と三滝が付き合って1ヶ月。今まで理解できなかったものにリベンジしたいという三滝の要望でゴールデンウィークは大人向けの映画を見たり、博物館に行ったりと、健全かつ大人な恋愛を満喫することができていた。連休が明けたこの日、朝から上機嫌そうに鼻歌を歌う三滝。最初はうまくいくかどうか心配だったけれど、僕も幸せを感じることができているようだし、三滝も幸せそうで何よりだ。


「っと、もう着いちゃった」

「それじゃあまたね、三滝」

「あ、待って待って。はいこれ」


 いつものようにワークハウスで別れようとした僕のカバンに、三滝は風呂敷包みを詰め込む。


「……」

「予想はついてるだろうけど、お昼になったら開けてね。それじゃ」


 愛らしい笑顔を僕に振り撒くと、三滝はワークハウスの中へ消えて行った。意味を理解した僕は、カップル憧れのイベントに胸を躍らせて軽くはしゃぎながら学校へ。ああ、お昼が待ち遠しい。

 母親の作ったお弁当の事も、午前の授業も何も頭に入らないままお昼休憩を迎える。そしてすぐに僕の中に湧き上がる優越感。可愛い彼女にお弁当を作ってもらえる幸せな男子高校生、まさに勝ち組。そんな恋愛強者、このクラスでは僕しかいないのではないだろうか。


「今日もー、氷雨のお弁当ー、俺の好きなおかずがたくさん入ったお弁当ー、でも最近は野菜も食べなさいとか言って嫌いなおかずが増えてきたー、ららららー」

「死ねよ煉獄……」

「きもいよ煉獄……」


 と思ったら煉獄君に先を越されていた。気持ち悪い歌を歌いながら教室の外へ出て行く煉獄君を冷ややかな目で見ながらも、僕もさっきまで脳内はあんな感じだったなと反省する。さて気を取り直してお昼ご飯だと風呂敷包みを開けようとしたが、姦しい声に気を取られる。


「姫ー、飯食おうぜ。ってなんだそれ。いつもと違ってなんかアレだな、まずそう」

「いや、その……」


 いつもなら白金さんに馬鹿にされるとムキーと反論し、住む世界が違うはずなのに同レベルの争いを繰り広げる姫宮さんだが、珍しくこの日は口ごもらせる。何事かと僕も彼女のお弁当を見るが、なるほどいつものような芸術的なお弁当ではなく、色合いが微妙で食欲を減衰させるお弁当だ。


「白飯にひじきの煮物にこんにゃくに……全体的に暗いね」

「しかもひじきの汁がご飯にかかってすごいまずそうだなオイ、ちゃんと汁は入れる前に切っとけよな」

「その、な。まあ、花嫁修業ってあるじゃろ? わしもな、旦那さ……いや、あの馬鹿にな、弁当でも作ってやるかと思ったはええんじゃが、意外とわしには料理のセンスは無かったみたいじゃ。家庭科の調理実習の時も働くのが面倒で同じ班の人にほとんど任せてたからの……。自分のことを何でもできる天才だと思っていたが、こんなところで弱点が見つかるとは思わんかったわ。でもあれよな? 最近はギャップ萌えって言葉もあるし、大体女が家庭に入って料理をするっていうのはもう時代遅れじゃよな? わしは料理ができないなんて欠点を十分補える程魅力的な女じゃろ?」

「見苦しいよ姫宮さん」

「あーあ、まずい飯食わされる婚約者も可哀想に。こりゃあ婚約解消だな」

「ヌギャー!」


 クラスメイトと打ち解けるようになってから見る見るうちに子供っぽくなっている気がする姫宮さん。 僕は姫宮さんに勝ち誇った顔をすると、自慢するように風呂敷包みを開けて、可愛らしいデザインのお弁当箱を取り出す。


「まったく料理もできないなんて恋人失格だよ。今日僕が作ってもらったお弁当を見て勉強するんだね」

「お、愛妻弁当かよ。今日は朝からにやけてて気持ち悪いと思ってたけど、そういう理由か」

「はん、料理のできる彼女がいて羨ましいのう!」


 気づけば二人だけでなく、周りの男子とかの注目も集めてしまったようで、たくさんの人に見守られながら僕はお弁当箱の蓋を開く。そして……


「……あれ?」

「ぐちゃぐちゃじゃな」

「ぐちゃぐちゃだな」


 中に入っていたのは、おかずが散乱した見るも無残なお弁当だった。姫宮さんのよりも酷いお弁当に、ドン引きしながら解散する男子共。白金さんは苦笑いし、姫宮さんに至っては安心し始める。


「ち、違う、これは何かの間違いだ!」

「なんじゃ、わしはまだまともな方だったんじゃな」

「そんな馬鹿な、三滝が自信満々にこんなお弁当を作るわけが……」

「んー……弁当自体は悪くないんじゃねえか? 色合いとかも綺麗だし、ぐちゃぐちゃになる前はまともだったと思うんだけどよ」


 僕が可哀想になってきたのかフォローをする白金さん。一体どうしてお弁当がこんな事になってしまったのだろうか。


「そういや高下、お前校門の前でなんか興奮してたのかカバンぶるんぶるん振ってたけど、それが原因じゃねえの?」

「……」


 近くにいた男子により語られる衝撃の真実。犯人は僕だった。



「中君、お弁当どうだった?」

「えーと、美味しすぎて味がわからなかったよ」

「えー、味わって欲しかったなあ」


 放課後、ぐちゃぐちゃになった三滝と母親のお弁当を平らげた僕は恋人にその事実を誤魔化す。


「ごめんごめん、だからまた作ってよ。何度も食べれば慣れると思うからさ」


 しかし失敗だけでは終わらないのが僕だ、こうやってさりげなく次につなげるこの話術。


「えー、おねだりされると焦らしたくなるなあ」

「どこでそんな高等テクを覚えてきたんだい三滝、お兄さん悲しいよ」

「あはは、嘘嘘。毎日とはいかないけど、できるだけ作ってあげるね。中君も成長期だからお弁当1つじゃ足りないんでしょ?」

「三滝のお弁当だったらいくらでも食べられるよ」


 恋の駆け引きと見せかけての予定調和のいちゃつきをしていると、前方から知った顔が歩いてくる。


「あ、高下君」

「うっす高下……って、え、え?」

「やあ百瀬さんに山本」

「こんにちは」


 百瀬さんに山本だ。今日は二人でデートだろうか、手を繋いで幸せ満喫中ですオーラを出している二人を見て少しもやっとするが、前の二人も僕達に同じ感情を抱いているのかもしれない。この年になると他人がいちゃついている姿を微笑ましく見ることができなくなってくる。恋人がいるとかいないとか関係なく、大人になるってそういうことなのだろう。それとも僕だけ?


「なあ高下、その横にいる子って」

「うん、三滝だよ」

「ま、まじか……人って変わるもんだな」


 変わった三滝を見て驚く山本。僕は三滝の変化を少しずつ実感しながら生きてきたけど、彼からすれば数年ぶりに出会った同級生なのだから仕方がないだろう。二人と少し話をして別れる。


「今の人は誰?」

「小学校の時の同級生だよ。数少ない仲間だったよ。僕も昔のことはあまり覚えてないんだけどね、いい奴だった、多分」


 みたきちゃん係になった僕に忠告してくれたり、それ以外にもクラスは違えど僕のことを色々気にかけてくれたらしい。本当にクラスが違ったのが悔やまれる、山本みたいな奴がもう少しクラスにいれば、僕はあそこまで屈折した小学生にはなっていなかったことだろう。


「ふーん、小学校の頃の私ってどんなだっけ、中君に出会うまでが全然思い出せないんだよね、きっといい思い出が全然無かったんだろうね」

「大変だったよ、トイレをしつけるのがさあ」

「え、ええ? 私、トイレも一人じゃできなかったの?」

「本当に今まで親は何やってたのって感じだよ」

「昔お母さん荒れてたみたいだからなあ……中君いなかったら、私もう生きてなかったかもね……」

「はは……」


 僕が三滝と同じクラスにならなかったら、どうなっていたのだろうか。僕達が今ここにいるのは、天文学的な確率によって引き起こされた奇跡のようなものなんだねと、中学生が好きそうな曲の歌詞にありそうなフレーズを考え付いちゃったり。



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