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僕とぼっちな彼女達  作者: 中高下零郎
最終章 僕の大切な人
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普通の恋人

「おはよう中君」

「おはようみたきち……三滝」


 平日の朝、食事をすませてテレビを見ているとドアのチャイムが鳴る。カバンを手にドアを開けると、そこには僕の愛しい恋人が、溢れんばかりの笑顔を向けていた。


「そういえば、私の記憶が正しければ、中君って高校一年生の一学期、いつもお昼になったらパンを買いに来てたよね。あれって何だったの? 夏休み前に、中君が私に何か打ち明けてたと思うんだけど、詳しくは覚えてないんだ」

「あー……あれか。実は色々あって引きこもっててね。学校に行ってなかったんだ。日中はずっと家で一人だったからね、寂しくて毎日パン買いに行ってたんだよ」

「え、ええ!? そ、それどういうこと?」

「まあ、その……いいじゃないか、済んだことだし。別に三滝に責任があるわけじゃない、僕の自業自得みたいなものなんだ」


 三滝の通うワークハウスに着くまで歩いている途中、昔の事について聞かれてしまう。他の女の子が絡んでいるしとはぐらかすと、少しむっとした顔をされてしまう。


「……記憶自体はあるんだけどさ、昔の私って、中君にいつもくっついてて、たまに遊んだり、エッチなことをしたり、それくらいしかないんだよね。考えてることも、一緒にいて楽しいとか、気持ちいいとか、その程度だったみたいで曖昧。実際に中君が何をやってたかとか、何を考えてたかとか、一緒にいたつもりでも、全然わかってなかったんだね」

「昔も今も、三滝は僕の心の支えになってくれる大切な存在だよ。だからそんなことで自分を責めないでよ」

「……うん、そうだよね。それじゃあ中君、今日も勉強頑張ってね」


 ワークハウスの前で立ち止まり、手を振って僕を見送る三滝。ごくごく普通の、どこにでもいる恋人の日常って、こういうものなのだろうかと少し感慨深くなる。



「うっす高下。何だ、元気ねえな」

「おはよう煉獄君。本当? 僕、そんなに元気が無いように見える?」

「おう、なんか寂しそうな顔してたぞ。彼女が戻ってきたんじゃないのか?」

「……うん、感動の再開を果たしたよ」

「んじゃ何でそんな辛気臭い顔してんだよ」

「……何でだろうね」


 教室につき、自分の席でぼーっとしていると煉獄君に心配されてしまう。彼女が髪型を変えたことすら気づかない煉獄君にそんな事を言われるくらいだ、本当に僕は寂しそうな顔をしていたのだろう。三滝の前では、自然と虚勢を張っていたのだろうか。


「ねえ煉獄君、バカな女の子と、賢い女の子。どっちがタイプ?」

「俺? 俺は賢い女の子だよ。一昔前にバカな女の子持ち上げるテレビとか流行ったけどよー、俺はああいうの嫌いなんだよね」


 頭が悪い子よりは、頭がいい子の方が基本的には優秀なはずだ。バカな女の子が好きだなんて言っている男は、女をペットのように扱いたい、征服したいという想いが強いんじゃないかって思ってる。問題は、僕がどうなのかということだ。

 今の三滝はともかく、昔の三滝はバカな女の子だった。僕と出会ったばかりの頃はそれこそまともに喋る事もできなかったし、必死で勉強を教えても、小学校レベルが頭打ちだった。バカとか賢いとか、世間で言われている、そんな次元にすら達していないのだ。でなければ知的障害だなんて名称をつけられてはいないだろう。三滝とずっと一緒にいた僕からすれば、クイズ番組なんかでバカ扱いされている芸能人は、テレビに出て喋って仕事ができるのだから凄く賢いと思う。

 勿論、昔の三滝にも魅力はたくさんあった。僕がバカな女の子を征服したい、孤独な女の子に依存されたい、たったそれだけの理由で彼女と一緒にいたわけでは無いはずだ。けれど、きちんと喋ることもできて、学力的にも問題はなく、自分のことをとても大切に想ってくれている、今の三滝の方がいいに決まってるじゃないか。それとも僕は、バカで孤独な女の子に優越感を感じることでしか恋愛を楽しむことができない、異常者なのか?




「今まではずっとパンばかり作ってきたけど、家で料理の練習しようと思うんだ」


 そんな葛藤を押し殺し、学校が終わると三滝を迎えに行く。心に闇を抱えてしまおうが、可愛い彼女を心配させてはいけないのだ。


「へえ、三滝の手料理か」

「うまく作れるようになったら、中君のお弁当作ってあげるね」

「それは楽しみだ」


 嬉々としながら、仕事や自分の話をする三滝。こういうところは、昔の面影があるような気がする。


「……ところで三滝。三滝は僕と、どんな恋愛がしたい?」

「どんな恋愛って?」

「昔のように扱って欲しくはないでしょ? 僕だって、昔のようには扱えないし。だから、どんな感じの恋人生活が理想なのかなって」


 昔の僕達の関係は、客観的に見れば飼い主とペットの関係だろう。三滝をしつけて、三滝に癒されて、一緒に寝て……一人暮らしの女性が子犬を飼っているような感じなのだろう。そして子犬は死んで、代わりに恋人と一緒に暮らすようになったのだ。新しい生活が始まるのだ。

 どんな恋人生活がいいかと聞かれて、真剣に悩みだす三滝。それだけ僕の事を想ってくれているのだろう、幸せなことだ。


「普通に、一緒にこうやって歩いたり、一緒に遊んだり……そして一緒の大学にも入って、卒業したら中君と結婚したいな」

「け、結婚……」


 ニコっと笑いながら僕の方を向いて実質的なプロポーズをしてくる三滝。僕だってそんな将来を予想したことは何度もあるし、責任は取るべきだと思っているけれど、彼女の口から直接その単語を告げられると、面食らってしまう。


「愛が重い?」

「そんなわけないよ。小学校の頃から、ずっと一緒だったんだ。僕だって、これからもずっと一緒にいたいよ」

「……中君にとっては、最近出来た彼女みたいなもんじゃなくて?」

「そうだ、土曜日に映画見に行かない? 丁度クラスで話題になってた映画があってさ」

「うん、行く行く。そうだ、ついでに服買わないと。私服のバリエーションが貧相な事に気づいたんだ。今までは親とか中君に決めてもらってたみたいだけど、今回からは自分のセンスを信じるよ!」


 三滝に言われた言葉が真理なような気がして、それに答えを出すことがまだできなかった僕は、はぐらかすようにデートの約束をとりつける。三滝にとって僕は、家族と同じくらい、いや、家族よりも大切な存在なのかもしれない。僕と幸せな家庭を築くことを夢見ているだろうし、それしか将来を予想できない程に、僕に依存してしまっているのかもしれない。同じように、僕にとっても三滝は大切な存在だ。だけど、三滝がずっと一緒にいたのは僕だけど、僕がずっと一緒にいたのは『みたきちゃん』。僕達の互いに対する認識には、確実な温度差があるのだ。その温度差が僕達を不幸にしてしまわないために、温度差を無くさないといけない。勿論、僕が三滝を愛するという形で。




「中君、これとかどう?」

「うん、凄く似合ってるよ」

「もー、さっきからそればっかり! 実は昔から適当に選んでたの? 下着まで選んでた癖に!」

「ちょ、声が大きいよ三滝」


 週末、話題の映画を二人で見て、喫茶店でお茶をしながら感想を言い合った後に服を買いにデパートに向かう。映画の内容をきちんと理解して、批評だってできる三滝。二人で街に出るのは久々だけど、前みたいに周囲の人が三滝を変な目で見ることはない。たまに視線を感じるけれど、それは三滝が可愛いからか、僕達がお似合いのカップルだからだろう。僕達は、誰が見たって幸せなカップルなんだ。なのに当人達が幸せを感じられないなんて、あってはいけないことなんだ。だから僕達は、幸せなんだ。そうに決まってる。

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