その先にあるもの
高校最初の桜も散り果て、桃色と緑が不気味に交じり合う頃、気温はうなぎ上りになっていた。
高校の門をくぐった桜の頃はまだ薄ら寒く、1kmくらいでは汗はそんなにかかなかったのに、今じゃ1km走ったら、もうTシャツは汗で、走る前よりも色濃く染まっていた。市民陸上大会に参加すれば、単位にするという、たいした理由もなしにエントリーした。後先考えないのは、相変わらずだ、と、我ながら苦笑した。
どのぐらい走っただろうか…。野を越え、山を越え、街を越え…もと来た道をまた戻る。肺に熱を帯びた空気が槍のごとく、不規則に突き刺さる。目に映るはずの家も、コンビニも、すべてが陽炎のように溶け合い、私の目には映らない。リズミカルに切れた息の速度は確実に上がっていた。
街を越え、山を越え、市民陸上大会のためのトレーニングとして、全10kmのコースを私は走っている。コースは残すところ1kmを切った。ここまでくると、中盤の辛さもどこへやら。火がついたように足が速度を上げる。足はただがむしゃらに、アスファルトの道を、ひたすら前へ、前へと跳ねて行く。やがてアスファルトからグラウンドへと、フィールドは変化する。もう周りは全てがグレーに混じり、溶け、ゆらめく。
「は〜い!40分28秒!いい感じなんじゃない?」と、ストップウォッチ片手に言う友人に、
「そう?」
私は荒げた呼吸のまま答えた。「そ〜だよう。10kmで40分代なんて、さすが元陸上部中距離エキスパート!やるねぇ!」と、妙に弾む友人の声。その元って言うのを、なんでそう強調するかな…?と、言う突っ込みはすんでのところで呑み込んだ。
中学時代、私は陸上部のエースだった。高校で陸上をやらなかったのは、そこまで陸上への思い入れはなかったからだ。陽炎のようにゆらめくグラウンドには、野球部員の威勢のいい掛け声がこだまし、サッカー部員が縦横無尽に駆け回っていた。40分28秒という数字が脳裏に色濃く焼きついた。まだまだ…!という野心と、こんなもんかな…?
という諦めが波のように、交互に押し寄せていた。走ってから10分もすれば、吸う空気にも槍のような鋭さはなかった。
市民陸上大会まで、あと2週間…。ラストスパート。今はただ、今度の市民陸上大会で全力を出すのみ、と、ストレッチで、足のコンディショニングを行ったら、伸ばした筋肉が悲鳴を上げた。
決戦のときは近い。その先に、私は何を見るのだろうか…今はまだ、誰も知らない。
はじめまして。西沢恩です。
この小説は以前書いたものに加筆したものです。今後もみなさんが面白いと、思えるような作品を書いて行きますので、応援、ご指導、よろしくお願いします。