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病弱な妹に魔力を分け続け死ぬ寸前の私を、宮廷魔術師になった旧友が攫ってくれました。「俺の魔力も愛も全部やる」と言われても、家族を捨てて幸せになっていいんですか?

掲載日:2026/03/10

 王城で開かれる舞踏会。


 たくさんの貴族たちが着飾り、ひしめき合う会場。

 信じられないぐらいにきらびやかな雰囲気に、私は場違い感を強くした。


 その中で、皆の視線を集めるのは確実に妹のミアーラだった。


 会場の豪奢さに負けないほどに、彼女の存在は圧倒的だ。

 豪奢な金髪を清楚にまとめ、深い海を思わせる青い瞳を微笑みの形に細めたミアーラ。


 幼いころ病弱だった彼女の肌は透けるように白く、今にも消え去ってしまいそうな儚い容姿は庇護欲をそそる。


 それでいて、伯爵令嬢でありながら驕らない人懐っこい性格ですべての人を魅了していく。


「聖女様……すごい綺麗だわ」


 思わずといった風に、近くの少女が憧れをもってキラキラと言葉を零す。


 そうなの! 私の妹はとても綺麗で素敵なのよ。


 回復魔術が得意なミアーラは、慈善事業として孤児院や教会で回復を行っている。


 聖女と呼ばれるにふさわしい。

 まだ、聖女の称号は正式には賜ってないが、時間の問題だ。


 自慢げな気持ちで、私はミアーラを見つめた。


 ミアーラは私に気が付いて、微笑みそっと手を振ってくれた。

 私は振り返さない。動かない私に、ミアーラは困ったように、さみしそうに眉を下げた。


 そんなことしなくてもいいのに。


 ミアーラの行動に、自然と私に視線が集まり、 先ほど、ミアーラを聖女様と呼んだ少女が、ぎょっとした顔で友人に囁くのが聞こえた。


「この方って、もしかしてミア―ラ様の姉であるエリアーナ様なの……?」


「学園の時は、聖女に選ばれるともっぱらの評判でしたが、突然どこにも姿をみせなくなって……、これじゃ、社交界から遠ざかるはずだわ」


「本当に。……でも、無視するなんて、かつての地位を手に入れるミアーラ様を妬んでいるのかもしれないわ。怖いわね」


 ミアーラのキラキラとした姿とは対照的に、私は汚くがさがさとしたグレージュの髪に、濁った海のような色をした瞳。

 更にはミアーラと同等のドレスを着ているとは思えないほどに肌は汚くくすみ、華奢ではなくやせ細ったという言葉が似あっていると自覚している。


 私がミアーラを妬んだとしても全くおかしくない。


 けれど、私はミアーラを愛している。

 何と言われても、大丈夫。


 しかし、普段社交界には姿を見せないこんなみすぼらしい姿の私は、きっと目立つのだろう。


 私だって、父が今夜はミア―ラを助けてやってくれと言わなければ、いつものように家で家族の帰りを待っていた。


 ただミアーラの可愛さの影になってしまいたくなくて、私はそっと視線を外し移動することにした。


 *****


 人目を避けるように私は、会場のはじにある、食事の並んだ場所に移動してきた。

 まだ食事をしようと考える人はいないようで、人目につかないうえに取り放題だ。


 さすが王城だ。食事がどれも美味しそう。


 家では魔力が増える効果が高いと言われる薬膳料理がメインだから、普通の食事というだけでも心が躍る。


「美味しい……」


 思わずため息が漏れる。


 苦くもなく、刺激もない。

 それだけでも素晴らしいのに、味も本当に凄く美味しい。


 甘くて、しょっぱくて……久しぶりに食べる味に、私の心は浮足立った。


 どれもこれも、試してみたい。


 驚かれない程度に色々お皿に盛っていると、会場からわっと歓声が聞こえた。


 今日のメインイベントだろう。

 私には関係ないが。


 魔の森で功績をあげた魔術師が戻ってきて、宮廷魔術師となったのだ。宮廷魔術師は名誉職であり、この国では5人目となる。


 魔の森には魔物が住んでいて、毎年多大な被害をもたらしている。そこで、宮廷魔術師となった彼が魔の森の魔力を吸い出し結界とする魔術を完成させたという事だ。


 全ての魔物に効力があるわけではないらしいが、それでもかなりの被害が減るのは間違いない。


 まさに宮廷魔術師にふさわしい功績だと言える。


 関係ないものの、平和になるのはとてもいいことだ。

 宮廷魔術師が増えれば、このあたりの治安や環境もさらに良くなるだろう。


 怪我人が減れば、ミアーラも楽になる。

 病弱だったから、他の人の役に出来るだけ立ちたいの……と、家族の制止も振り切って慈善活動をしている優しいミアーラ。


 ありがとうございます、ご活躍を期待しています、と私は心の中で宮廷魔術師にお礼を伝えた。


 宮廷魔術師は前線にいた関係で婚約者はいないらしい。ミアーラにピッタリではないか、と父と母は張り切っていた。


 うまくいくといい、と思った。


 私みたいな姉が足かせなどにならずに。


 *****


 しばらく穏やかに過ごしていたが、メインイベントが終わったようで、ぱらぱらと食事をしに来る人が増えてきた。


 中には、明らかにじろじろと不快そうに私を見る人もいる。


 美味しいものだけいくつか取って、バルコニーにでも行こう。

 お肉も食べたいし、滅多に見かけない魚料理も良かった。


 どれにしようかと迷っているうちに、きゃあという歓声が近くで聞こえた。


「ファタール様よ! 宮廷魔術師に選ばれるほどの才能があるだけじゃなく、本当に格好いいわ」


「侯爵家ですしね。婚約者の座は、争奪戦ね……! 婚約破棄をしてでも願う家は多いはずよ」


「でも、聖女様も婚約者がいないから、きっと」


「ああ、病弱で人前に出れるようになったのは最近でしたものね。ああ、それも運命のようだわ」


「本当に。勝ち目はないわね」


 大変だ。

 今日の主役が近くに向かってきているようだ。


 主役であるファタールは、私の頭二つ分ほど大きく、一目で筋肉質だとわかる体躯。騎士と言われてもおかしくない程だ。


 その上にある、黒髪にたれ目で金色の瞳が印象的な甘い顔。

 恐ろしくモテそうで恐ろしく地位の高い、独身の男がここの近くに。


 私はすぐさま料理を選んで立ち去ろうと魚料理に向かうと、目の前に急に人影が現れぶつかってしまった。


「失礼」


 低く優しい声が、気遣うように響いた。

 その瞬間、私に周囲の視線が集まったのがわかった。まずい、まさかの主役だ。


「大丈夫です」


 私は下を向き、できるだけ目立たないように短く答えた。近くにいるだけでやっかみを受けかねない。


 それに……きっと彼は私に気が付かない。


 そう思ったのに、振り返ったファタールの視線は、まっすぐに私の事をとらえていた。


 思わず、視線をそらし後ろを向く。


 私の姿が人に蔑まれるようなものだと知っている。もう視線には慣れた。


 羨望が憐れみとなり、見下しとなり、やがて誰もが私の事を汚いものかのように見るようになった。

 見た目も、あの頃とは全然違う。


 だから、気が付かないはずなのに。


「エリアーナ……? 良かった! 会いたかった!」


 ファタールは私の名前を、迷わずに呼んだ。

 満面の笑みで、まるで違うものが見えているかのように私の手を握った。


「ファタール……」


 ざわざわと、人々のささやきが聞こえる。


 ああ、学友だったんでしたっけ。

 昔はあの人も天才とか呼ばれていたんだったわね。見る影もないけれど。

 ファタール様は、優しいわね。

 無能になったことを知らないんだわ。

 ああ……長らく社交界からも姿を消していたのに、何を狙っているのかしら。


 私の耳に届く言葉が、慣れていたはずの嘲笑が、どうしてかファタールには聞こえてほしくなくて。


 私は料理を諦め、ファタールに背を向け一目散にバルコニーに駆け込んだ。



 幸いバルコニーには誰もいなかった。私は上がった息を整えるために、柵に手をつき胸に手をやった。


 苦しい。

 走ってはいけなかったのに、どうしても耐えられなかった。


 体力を使ったら、魔力だってわずかながらにでも減ってしまうのに。この後、疲れた彼女に、必ず魔力を渡さないといけないのに。


「エリアーナ! どうして逃げる? それに、周りの態度もおかしい。何があった?」


 慌てたように、ファタールが追いかけてきてしまった。

 逃げ場はないし、私の体力も限界のようだ。


「……なんでもないわ」


 諦めた私は体をひねって、ファタールの視線から逃れた。できれば、このまま立ち去ってほしい。


 願いはむなしく、ファタールは私の手を握り視線を合わせてきた。


「大丈夫か? 苦しいのか? なにか病気……っ、これは……!」


 何かに気が付いたように、ファタールの目が見開かれる。


「どうして、そんなに魔力が減っている……?! あの膨大な魔力はどこに行ったんだ……?!」


 震える声と困惑した瞳に、私は笑って見せた。


「……大人になったから、消えたの」


 ファタールが言った通り、今の私は、魔力が不足している。枯渇状態に近い。


 魔力がいきわたらない私の手は、カサカサしてとてもみすぼらしい。

 肌も、髪も、くすみ、よくファタールが私だとわかったなと思うぐらいだ。


 魔力は生命力だ、という事がよくわかる。


「魔力は消えることはない。良く知っているはずだ。こんなにも影響が出るほどに、何に使ってるんだ……?」


 ファタールは私が魔力を使っているという事を、確信をもって指摘した。ごまかすのは難しそうで、私はため息をついた。


「これは私が望んだことよ。今、とても幸せなの。……あなたにはどう見えていても」


「なんで、こんなことに? 俺がいない間に何があったんだ、エリアーナ……」


 かつての日々を思い出し、私の心がぎゅっとなる。でも、そんなことは無視だ。

 今の私だって、十分幸せなのだから。


「宮廷魔術師になったのね。おめでとう、ファタール」


 これからはきっと、こんな風に気軽にしゃべれない相手。


 私はただの力のない伯爵令嬢で、ファタールは輝かしい未来がある宮廷魔術師だ。


 それに少しだけさみしさを感じたけれど、私はそれをすぐさま振り払い、その場を去った。


 私なんかが、そんなこと感じるのはおこがましい事だ。

 呆然としたように、ファタールはその場に立ちすくんでいた。


 胸を刺すような息苦しさは、きっと、いや絶対に、魔力が足りないせいだ。


 *****


 ミアーラ。

 可愛い可愛い、私の妹。


 小さくて、いつも苦しそうで、いつも泣いていた。


 いつだって、私の家族はミアーラを見て、心配して、彼女のために泣いて、彼女の為に何でもした。


 ミアーラは生まれた時から病弱だった。


 私の3歳差で生まれたミアーラは、それはそれは可愛い赤ん坊だった。

 瞳を縁取る長いまつげ、赤くぷくぷくとした頬。


 けれど、すぐに高熱が出て、倒れてしまう。


 医者に見せても、大きな病気があるわけではない、ただ、身体が弱いのだと言われてしまった。

 その場その場で対処していくしかないでしょう、と。


 天使のようなミアーラが苦しそうにしているのを、家族はいつでもじっと苦しい気持ちで見ていることしかできなかった。


 体調がいい時は、皆がかわるがわる彼女にはなんでもあげ、話しをして、笑った。


 薬で治ると言われても、ベッドでいる方が長いミアーラは、いつでも私の事を羨ましがった。


 私が走るのを見ると悲しむので、私は家で同じようにじっと本を読んで暮らした。


 家庭教師が私に魔術師の才能があると、両親に熱心に全寮制の魔術学園を進めた日も、ミアーラは泣いていた。


 私は魔力を使うと元気じゃなくなっちゃうのに、ずるい、と。魔力は生命力でもあるので、一定以上使うと体に影響が出る。ミア―ラは魔力量が少ないために、魔術のために使える魔力は持っていなかった。


 父と母は、自慢しないようにと私に家では魔力を感じさせるふるまいを禁止した。

 当然だった。

 私はその分家では勉強をしミア―ラを誘ったが、ミア―ラはお姉様が私の事を馬鹿にする! というので、ミア―ラが寝た夜にだけ勉強をした。


 魔術学園に通うことが決まった日、父と母は必ずミアーラの病気を治すすべを見つけて、と懇願するように私の手を取り、ミアーラはお姉さまばかりずるいとやっぱり泣いていた。


 その頃にはミア―ラは、少しずつベッドよりも普通に暮らせることのが増えていった。けれど、やっぱり魔術は使えなかった。


 病弱だからと、いろいろ諦めなくてはいけないミア―ラ。


 必ず魔術を使えるように治してあげるから。

 私は必死で学園にいる5年間、学んだ。


 学園を首席で卒業が確定し、今後も王城で研究ができる道が開けた頃、家から連絡があった。


 家に戻ると、ミアーラは高熱にうなされていた。


「今回はかなり重いようだ……。医者も、今は耐えるしかないと。もう、1週間この熱が下がらないんだ……」


「ミアーラ、ああ、どうして。薬を飲めば治ると言われても……こんな苦しそうだなんて。魔術を使いたいと、あんなに言っていたのに」


 苦しいミアーラの両手を握り、憔悴した母が涙を流している。


「エリアーナ、ミア―ラの病気は治らないの?」


 母が、すがるように私に問いかけた。実際、いろいろな研究は進んでいるものの、ミア―ラのように病弱な子を魔術が使えるほどの健康体にするには遠かった。


 私は、申し訳ない気持ちで首を振った。


「あなたが……今、聖女候補になったと聞いたわ」


 突然の話題転換だったが、私は母がそのことを知っていてくれて嬉しくなった。


 聖女は名誉職で、選ばれるのはとても光栄なことだ。

 今後研究時にも役に立つ肩書であるし、聖女を輩出した家門も名誉なこととされる。


「なら、あなたはもういいわよね」


 そこで、母は何かを思いついたように、私を見て嬉しそうに笑った。

 久しぶりに、私に笑いかける母を見た気がした。


「あなたの魔力を渡すのよ、エリアーナ」


「え……?」


「あなたの魔力を分けてあげれば、健康になるかもしれないわ。魔術を使う事だって、できるようになるかもしれない」


 回復魔術は外部の損傷を治すが、病気には効かない。

 けれど、魔力そのものは生命力に直結している。


 魔力を渡すという事は命を渡すという事だ。

 だが、魔力を渡した側の負担は大きく、魔力をもらったからと言って生命力が高まり病気が治るという事でもない。


 病気であれば、医者に掛かり薬を飲んだ方が、間違いもなく、早く治るだろう。

 普通ならば、選択肢に上がらない。


 それでも、膨大な魔力を持っている私がすべての魔力をあげれば、ミア―ラは自分の命を削らずに魔術を使う事も可能かもしれない。


「あなたはもう十分楽しんだでしょう? ミアーラに対してもらいすぎているわ! この子はずっと、何も楽しめていないのよ!」


「お願いだエリアーナ。お前はもういいだろう。この子に、幸せを感じさせてやりたいんだ」


 母の必死の懇願。父の苦しそうな、ミアーラに幸せをという言葉。


 苦しそうなミアーラ。

 元気で魔力にあふれている私。


 それならばきっとこれは当然のことだ。

 私は、魔力を渡すことを決めた。


 そうだ。

 私はもう十分もらいすぎていたのだから。


 *****


 その時に渡した私の膨大な魔力の効果か、薬と時が解決したのか、ミアーラは次の日からゆっくりと回復していった。


 父と母によくやったと言って、ミアーラの回復を本当に喜んでくれた。

 そして、ミア―ラは念願の魔術を使う事ができた。


 ミアーラは魔術を使ってはしゃぎ、両親も手を叩いて褒めたたえた。

 その姿を見た私も、本当に嬉しくて、誇らしかった。


 そして、私は魔力がたまるたびに、ミアーラに魔力を渡すようになった。


 成長と共に身体も強くなったのか、ミアーラは今では日常生活を問題なく過ごせるようになっていた。私の魔力を渡せば、魔術も安定して使える。


 今も、ミアーラに魔力を渡すのが、家族の大事な習慣だ。

 皆でベッドの周りに集まって、母がミアーラの手を握り、私が彼女に魔術をあげて、健康を喜ぶのだ。


 私たち家族は、助け合って、より深い絆が生まれたのだった。


 *****


 王城から家に帰った私は、さっそくミアーラに魔力を渡すことにした。ミアーラと私はベッドに座り、お互いにもたれあった。

 父と母は、椅子に座って、ミアーラの体調に問題がないか確認している。


「もう、やっぱりすごく疲れちゃったわ」


「そうね。でもとても素敵だったわ、ミアーラ。私も誇らしかった」


 私の言葉に嬉しそうに笑う彼女の顔は、疲れも影響せずにキラキラとしていて、とてもかわいい。


「そうね。ファタール様ともお話出来たし、行って良かったわ。ねえお母様、どうだったかしら私たち!」


 母も、嬉しそうにミアーラの髪をなでる。


「話していた二人の姿は、とてもお似合いだったわ」


「やった! お姉さまもそう思う!?」


「ええ、もちろん」


「お姉さま大好きよ! 二人ともお似合いだって言ってくれたわ! ねえ、お父様!」


 ミアーラは父の方を見て、飛び切りの笑顔を見せた。


「ああ、二人が上手くいくように、私もすぐに動こうじゃないか。でも、結婚したとしても、いつまでも私の娘でいてくれよ」


「それはもちろんだわ。大事な家族なんだもの」


「ミアーラはとても幸せね!」


 ミアーラはにこにことして、私に抱き着いた。


「じゃあ、よろしくね! お姉さま」


「わかったわ」


 抱きしめられたミアーラの体温を感じながら、私はゆっくりとミアーラに魔力を渡していく。途端に、言いようのない苦痛と、不快感が私を襲った。

 苦しい。


 ……ここまで、だ。


 ミアーラに魔力を渡し終えると、私は彼女を抱きしめる余裕もなく、ただもたれかかる。そんな私を、母はゆっくりとベッドに横たえた。


 母は満足げに微笑んで、ぐったりとする私の背中を、とんとんと優しくたたいてくれた。

 子供のころ、そうしてもらったことが確かにあった。幸せの記憶がよみがえってくる。


「ありがとう、エリアーナ」


「お母様、私もとても幸せだわ」


 魔力は私の体力をごっそりと持っていき、すぐに眠気がやってくる。苦痛から逃れられるので、これはこれでとても有難い。


 私は、皆の楽しそうな声を聴きながら、幸せな気持ちで目を閉じた。


 *****


 しばらく体調不良で過ごし、回復してきたある日。

 ファタールから一通の手紙が届いた。


 手紙の内容は、朝食を一緒に取ろうという簡素なもの。一週間後の日にちが記してあった。


 学園の時、ファタールとは朝食をよく一緒に取った。昼と夜は、研究に明け暮れていた私は時間が取れなかったから。


 朝早くに、寮まで寝ぼけた顔で迎えに来るファタールを思い出して、私は手紙をそっと撫でた。何故か涙が出てくる。


 懐かしいな。……毎日、大変だったけれど、楽しかったな。


 家族には手紙のことを、どうしても言えなかった。

 懐かしい旧友と会う、それだけの事。


 そう思っても私が幸せを享受しようとしているという罪悪感が、重くのしかかる。


 あんな風に拒絶しておいて、私はファタールと会いたいと思っている自分がいることも、図々しく思った。


 それでもあの頃が懐かしくて、行きたくなってしまった私は、了承の手紙を送り返した。そして当日、こっそりと家を抜け出した。


 ファタールが私と会いたいと言ってくれて、だから意味はなくて、学園の時の気持ちをちょっとだけ思い出したいだけ。


 自分に言い訳をして、待ち合わせ場所で私はファタールが来るのを待った。


 家の近くまで馬車で迎えに来てくれたファタールは、そのまま行先を告げずに走り出した。

 やっぱり今もファタールは朝に弱いみたいで眠そうで、私は思わずくすりと笑った。


「……なんだよ」


「かわらないんだな、と思って。こんな風に、毎朝眠そうで」


「悪かったな。でも、宮廷魔術師としては案外ちゃんとやってる。部下だっているし」


 憮然とした顔と荒い口調はあの頃のままで、私はあっという間にあの頃に戻ってこれた。

 くすくすと笑いながら、ファタールの髪が乱れていたのをなおす。


「でもやっぱり、変わらないわ。手のかかる弟みたいで、でも、いつも前向きで助けられてた」


「ありがとう。俺……頑張ったよ」


「知ってる。あなたの活躍を聞くのは、いつでも嬉しかった」


 私が言うと、彼は恥ずかしそうに目を伏せ、私がなおしてあげた髪に触れた。


「……でも、俺は弟じゃないんだけど」


 そんな風に昔に戻った気持ちで話していると、あっという間に馬車が止まった。なんと彼が持っている別邸の庭に朝食を用意してくれているという事だった。


「素敵な屋敷……さすが侯爵家ね」


「これは宮廷魔術師になった記念に、もらったんだ」


 実力で勝ち取ったものだった。すごい。


 ファタールは、恭しく、まるで大事なものを扱うように庭園までエスコートしてくれた。

 朝食もとても美味しく、メイドたちも素晴らしく、咲き乱れる花はとても綺麗で、まるで夢のようだった。


 美味しい、と笑うと、ファタールも同じように笑ってくれる。


 みすぼらしい私が、彼の前では昔のように、普通の少女のように思えた。いや、それ以上にも。


 ああ、彼といる時間が好きだった。

 私をやさしく見つめてくれる彼の瞳に、気が付けば望んではいけないことを見出そうとしている。


 いつも、いつも。

 あの頃も、今も。


 とても楽しくて、嬉しくて。ずっとこうしていたくて。

 ファタールと二人、忙しくも充実した楽しいあの頃に戻ってしまいたくて。


 だからこそ後ろめたくて。


 私は朝食が終わると、いつのまにか、ミアーラの事を口にしていた。


「これだったら、ミアーラのお相手として、十分ね。あの子、幸せになるわ」


 そんなことが言いたかったわけじゃない。


 今だけでも考えたくなかったのに、なぜか私の言葉は止まらずにすらすらと出てくる。


「両親も、ミア―ラも、あなたとの結婚を望んでいるみたいなの。もし結婚するなら、大事にしてあげてね。……今は問題ないけど、もともと病弱で、ふわふわしてて、かわいくて素直で……そういう子なの」


 ミアーラは聖女だと評判の素敵な子ではあるが、貴族、特に家督を継ぐような人は婚約が早い。その為、彼女に似合う年齢の人は限られている。


 その中でも、家格も侯爵で宮廷魔術師のファタールは、ミアーラにふさわしいといえた。


 ファタールのためにもなるだろう。


 宮廷魔術師という高地位、しかも侯爵家となれば今からでも引く手あまただ。

 その分、政治的な争いにも巻き込まれやすい。双方にっとて、とてもいい話であることは間違いない。


 私のつぶやきに、なぜかファタールは怒った顔をしていた。


「宮廷魔術師はあんな女の為に手に入れた地位じゃない。エリアーナ、君が聖女として輝くなら、それ相応の地位じゃないと、君にふさわしくないと思ったから、だから」


「今の私は聖女どころかなにもないわ」


 言い募る言葉を、私は聞いてはいけない気がした。


「妹に魔力を与えているから……そうだな?」


 私がどうして魔力が枯渇状態なのか、気が付いていたようだった。ファタールの目は逃さないというように厳しく、冷静に私を見ていた。


 今日は、それを聞くために呼び出されたのか。私は、自分の胸がチクリと痛むのを感じた。


 どちらにせよ、宮廷魔術師になる程の人間だ。もし彼がミアーラと結婚するとしたら、すぐにたどり着いてしまう答えだ。それならば、今、ここで話してしまった方がいい。


「私の意思よ。後悔していない」


 私は強い口調で、ファタールの言葉を遮った。

 しかし、私の言葉を全く信じていないように、ファタールは首を振った。


「エリアーナ。君の妹は、聖女だと言われるほどに、魔力を消費しているんだぞ! 何故君が魔力枯渇で苦しんでまで、魔力を与える必要があるんだ!」


 ファタールの言葉に、私の視界はぐらりと揺れる。


「……聖女として、活躍することで、あの子は人生を取り戻してる」


「君の命を他に分け与える事が、聖女なのか?!」


「魔力を渡している時、あの子は……笑顔を見せて私の事好きだって言ってくれる。お母様も、ありがとうって言ってくれるの。私たちは、家族で、助け合わないといけないから」


 私は、恵まれていたから。分け与えないと。

 魔力をあげる、それ以外に、貰いすぎで図々しく生きてきた私が喜ばせてあげられることがないから。


「私、魔力なんて、なくたっていい。なんにもなくっていい。苦しんでいたあの子が、元気なら。家族が、しあわせなら」


 ファタールは私がまるで何もわかってない子供のように、乱暴に立ち上がり私の近くに来た。そして、イライラとした表情で、私の肩をつかんだ。


 ぎゅっと握られた肩が痛く、なのになぜか少しうれしい。


「俺が!! 俺が言うから! 君にありがとうも大好きも、全部言うから! 研究だって、好きだったんだろう!? どうして諦めないといけないんだ……」


 ファタールは優しい。

 私の境遇が気になってしまっているのだろう。確かに、魔力不足の私の姿は、見るに堪えないに違いない。


 でも、私の研究では駄目だった。ミアーラは十分苦しんだ。それに、卒業後、すぐにファタールは……。


「……でも、ファタールは、近くにはいなかったでしょう?」


 私の言葉に、ファタールは衝撃を受けたように、苦し気に顔をゆがませた。


「君が苦しんでいたと、こんな状態まで気が付かなかったのは、俺の落ち度だ……。そばに居れば、すぐに気が付けたのに。でも……」


「ちがうの。私、あなたの活躍聞くの、好きだったよ。頑張ってるんだなって思えて、勇気をもらえた」


「それなら」


「でも駄目。そうじゃないの」


 ファタールを責めているわけじゃない。近くに居てほしいと願うなんて、いけない事だから。


 そう、私が幸せになるなんて、駄目だ。

 貰いすぎなのだから。


「私は家族と一緒にいるのが、しあわせなの」


「俺は、君を迎えに来るために、道を切り開きたくて、出ていったんだ……」


 そんな事、駄目。何かを期待してしまう。私は今のままでいいのに。

 私はそれ以上聞きたくなくて、後ろを向いた。


「……必ず、君を連れ出す。今回は、間違えない」


 そのまま走り去った私には、ファタールのつぶやきは、届かなかった。

 ファタールがすぐに手をあげ、執事に何か指示したことも、わからなかった。


 *****


 すっかり遅くなってしまった。


 ファタールとの朝食は思ったより時間がかかってしまった。結局最後は気まずくなり、私は逃げ帰るように辻馬車を拾った。


 そして、息を切らした馬車内で、私は驚くほど大事なことに気が付いた。


 今日はミアーラに魔力を渡す日だった。


 今日は王族が教会に視察に来る日だと、あんなに楽しみにしていたのに。

 功績を認めてもらえるように、働いている所をきちんと見てもらえれば、聖女と認定されると。


 だから、今まで以上にたくさんの魔力が絶対欲しいと言われていたのに。


 こんな時間までいるつもりはなかったのに。ファタールとの会話が楽しくて、いつの間にか長い時間がたってしまっていた。


 私がファタールの事を考えているなんて、図々しいことでしかなかったのに。

 でも、懐かしくて……本当は、会いたくて、駄目だった。


 時計は10時を指していた。


 今だったらなんとかぎりぎり間に合うだろう。良かった。

 ほっとしながら私は家の前に止まった馬車から飛び出し、急いで家の中に入った。


「ミアーラ、遅くなってごめんなさい! ちょっと、出かけてて……」


「……ここにいるわ」


 目を赤くして、髪の毛も乱れたままのミアーラが、母に支えられて居た。

 泣きはらしたことがわかるその姿に、胸がぎゅっとなる。


「ああ、ごめんなさい! 今、すぐに魔力を渡すわ!」


 魔力を渡すためにミアーラに急いで近づくと、母と母ががミアーラを護るように私の前に立ちふさがった。


「エリアーナ、こんな大事な日に出掛けるなんて、どうしてなの!」


「今日がどういう日か、わかっているのか!」


 ミアーラは、両手で顔を覆い、泣きだした。


「お母様……! お姉さまが、私を妬んで、こんな大事な日に! お母様、お父様! 私、私……」


「ああ、可哀想にミアーラ。エリアーナ! どうしてミアーラが欲しがるものをあげられないの!? ミアーラの気持ちを考えたことがあるの!?」


 母はミアーラを抱きしめ、冷たい目で私を睨んだ。私は冷水を浴びせられたように、さっと体が冷えた。


 私はなんてことをしてしまったのだろう。


「ごめんなさい、私、そんなつもりじゃなくて……」


 こんな大事な日に浮かれて出かけてしまった事に、申し訳なさと罪悪感が襲ってくる。私は、深々と頭を下げた。


「聞きたくないわ! あなたを信じた私が馬鹿だったんだわ」


「え……」


「いくらミアーラの事が羨ましいからって、こんなことをする子だったなんて!」


 母が、私の頬を打ったと理解するのに、時間はかからなかった。

 そのまま、何度も何度も、打たれたからだ。


「まったくだ。こんなかわいい妹を愛せないなんて、お前は姉失格だ!」


 いつの間にか私の近くに父がたっていて、そのまま蹴られ大きく衝撃が走った。

 私の身体はごろごろと転がり、壁にぶつかった。


「ミアーラが聖女だと認められれば、王命で婚約を勧めてもらえるに違いなかったのに! それを、お前が台無しにした!」


 王命で……?

 こんな時なのに、父の言葉が引っかかる。ファタールとの結婚に、どうして王命なんて。


「王命なんてものは、出ませんよ」


 驚くべきことに、この場に居ないはずのファタールの声が聞こえた。ゆっくりと目をやると、さっき見たばかりの彼の足が見えた。


「え、ファタール様……? きゃっ、やだ私、髪もみだれてるのに……」


 泣いていたミア―ラが、ファタールを見て恥ずかしそうに顔を隠した。母は、それを隠すように彼女の肩を抱いた。


 私は信じられない思いで顔をあげた。ファタールは怒ったような顔で、私のすぐ近くに立っていた。

 彼の後ろには、困った顔をした執事が立っている。ファタールは侯爵だ。通せと言われれば断れるはずもない。


 ただ、家族に叩かれ、這いつくばっている自分を自覚し、恥ずかしさにかっとなる。こんな姿、見られたくなかった。


 ファタールは私に困ったように微笑みかけ、起き上がるように手を貸してくれた。そして、私の耳に、家族に聞こえないように早口でささやいた。


「ごめん、エリアーナ。今日が視察だって、知っていた。王太子に頼んでいたんだ。……君がそれでも会ってくれたこと、嬉しかった。だから、俺は迷わない。ただ、君を傷つけたいわけじゃないと信じてほしい」


 知っていた? ファタールは私が今日、家族の事も忘れ向かってしまった事を知っていた……?

 もしかして、私の気持ちも知っているの?


 頭が混乱する。それに、彼は迷わないと言った。ファタールは何をしようというのか。


「家の中にまで入ってくるなんて、いくら君だとしても失礼だ!」


 父は、私をけっていたことを見られたのが気まずかったのか、ファタールをじろりとにらむ。父の言葉に、ファタールは不快そうに笑みの形を作った。


「失礼。婚約者を迎えに来たら、声が聞こえたので何事かと」


「ちっ。まあ、いい。ミアーラはまだ準備中だ。客間に案内しよう」


「わぁ、ごめんなさい、ファタール様。今すぐ準備しますね。でも、婚約者だなんて、まだ正式に決まってもいないのに……嬉しいですけど、急すぎますわ」


「あの、ファタール様。今日娘は聖女に認定されるべく教会に向かわないといけないのです。ああ、教会に送る為にいらっしゃったのですか?」


 戸惑いつつも歓迎している家族に、ファタールは乱暴に手を振って否定した。


「必要ない。それに人の命を使って、他人を癒すだけの女のどこが聖女なんだ?」


「こ、この女……!?」


 ファタールが冷たくいい放った。赤くなっていたミアーラは、あまりの言葉にわなわなと震えた。


 私は、先程の失言のせいだと感じた。ファタールが納得していなかったのに、自分がつらくて逃げてしまった。


「ファタール、言い過ぎよ! 私は今まで貰いすぎてたから! 魔術学園にも通って、天才だと持て囃されて楽しんで、だから今、ミアーラにもあげないと! それで、問題ないのよ」


 ファタールは、倒れ込んでいた私を魔術で起き上がらせた。すぐ目の前に、ファタールの真剣な顔がある。


「君が学園にいる間、遊んでいたか!? 家族の為に、妹を助けるためにとずっとずっと、寝る間も惜しんでずっと勉強していたじゃないか! 遊んでいたら申し訳ないと、ずっと!」


 確かに、私はずっと研究をしていた。だから、一人しか友達はいなかった。ファタールだけが一緒に研究をしてくれて、彼だけが私と友達になってくれた。


 でも、それでも。

 ファタールという存在が居たのだ。私は、確かに浮かれていた。


「君の家族は、君の事を魔力としか見ていないんだ! これが現実なんだ! 目を覚ましてくれエリアーナ……!」


「……どうして、あなたが泣いているの? ファタール」


 ファタールの目からは、涙がぼろぼろとこぼれていた。


「俺は、悔しくて……君がもらいすぎで持て囃され楽しんでとは、誰の言葉なんだ? あの努力が、全てなかったことになったのか? さらには、命まで奪われるのか?」


「……命まで、なんてそんな」


 魔力枯渇は命に関わる。知っていた。私は気まずさに、視線をそらしてしまう。


 ぐしゃりと顔を崩し、ファタールは涙をごしごしと乱暴にこすった。

 そしてそのまま、ミアーラの方へ詰め寄った。


「知っているのか? エリアーナの魔力は限界だ! これ以上は命に関わるんだぞ!」


「だから何だっていうの?」


 ミアーラは、きょとんとした顔で、小首をかしげた。


「……っ」


「私は小さいころから、病気で我慢ばかりしてきたわ。お姉さまはその時学園に通い、ずっと先生の称賛を受け、ファタール様、あなたや周りの称賛を受け、楽しく過ごしていたでしょう?」


「そうよ、ミアーラはずっと我慢していたのよ!」


 母も、当然だというように頷く。


「だから、今度は私の番よ。何がいけないの?」


「今はもう、健康を手に入れただろう!? それで、十分じゃないか!」


 ファタールの言葉に、ミアーラは煩わしそうに髪を払った。


「仕方ないじゃない。病弱だった私が上手くいくためには、聖女になるのが一番なの。お姉さまみたいな膨大な魔力は先祖返りっていうんだって。これがないと聖女にはなれないわ」


「このままだと、エリアーナは確実に死ぬ。お前の功績など、些末な事だろう」


「聖女が些末なはずないでしょう? 私は病弱だったから、その分取り戻しているだけよ。まあ、でもそうね。確かに今、お姉さまから魔力がもらえなくなるのは困るわ。それまでに結婚して聖女を引退しないといけないから」


「ファタール様、宮廷魔術師なら、聖女の相手としてもふさわしいわ。あなたも、その地位で独身では困るでしょう?」


 ミアーラは当然だといい、母も何の疑問もなく頷いた。父はファタールからミアーラを守るように肩を抱き、ミアーラに微笑んだ。


「ああ、ミアーラ。お前に結婚されるのはさみしいが、婚姻は急がないといけないな」

 

 ファタールは、通じない会話に、苦しそうに叫んだ。


「ふざけるな! エリアーナを何だと思っているんだっ。エリアーナは便利な道具じゃないんだ!」


 私は、ミアーラと父母の言葉を、呆然と聞いていた。

 なんとなくわかっていた事を突き付けられ、私は苦しさに息を吐いた。


 誰も、私が生きていることを望んでない。魔力が必要なくなる時まで、生きていれば、それでいい。


 ずっと私だけが、魔力を作るために違う食事でも良かった。

 一人で食べていても、どんなに遠くで楽しそうな声が聞こえ苦しくても、微笑みかけてくれればよかった。


 ミアーラのために生きれば、必要だと言ってくれたから。

 魔力を渡せば、愛してると言ってくれたから。


 ……でも、それは、家族4人での事だって、ずっと思ってた。


「……愛しているのは、私の魔力だけなのね」


 口にしたら、腑に落ちてしまった。


 何度も言われた、もう楽しんだのだからミア―ラの為に魔力を渡すように、と。

 それは、ミア―ラの為に生きて、死ぬことだったのだ。


「それに、ルアージャ伯爵。俺は、最初からエリアーナと会いたいと伝えていたはずだ」


「それは……」


 ファタールの言葉に、両親はさっと顔色を悪くした。


「どういう、こと?」


「エリアーナを会場に連れて来てほしいと王太子には頼んであった。彼は俺の事を応援してくれていたから」


「……だから、私、会場にいたの?」


 公的な場に父に行くように勧めたのは、学園から戻ってきて初めての事だった。まさかそれが、ファタールの誘いだったなんて。


「でも、同じ娘で、今は聖女はミアーラなのよ! この子の方が当然あなたにふさわしいわ」


「そうだ! 性格だって、見た目だって、ミアーラのがいいだろう? ずっと頑張ってきて、聖女としての名誉も、美しさも兼ね備えた本当に素晴らしい娘だ! どれだけの縁談だって望める子だ!」


「そうよ! 病弱だったけど私はずっと頑張ってきたのよ! 何が不満なの?」


 皆がファタールに言い募ると、ドゴンと大きな音を立てファタールは壁を打った。

 その音に、びくりと肩を震わせ皆が口を噤み顔を見合わせる。


「エリアーナの命を使ってることだよ! なんでわからないんだ!」


 ファタールは怒りに満ちた顔で家族をにらむと、眉を下げ私に近づいてきた。


「なぁ、君の信頼を、愛情を、全て受け取るのは家族なのか?」


 懇願するように、私に跪いて、私の事をまっすぐに見つめた。


 ……誰かが私の事をまっすぐ見つめ、真剣に話してくれるなんて事がもうしばらくなかったことに気が付いた。


 家族とはいつでもミアーラを見ていたから。


「それなら、俺を家族にしてくれ。君の事が好きなんだ。全部ほしいんだ。俺の愛情も、行動も、何もかもが君をすり抜けていく。だが、家族ならそれがないんだろう? だから、どうか、どうか君と一緒にいて、心を通わせる権利を、俺にも」


 何と言っていいかわからない。

 そんなこと、考えたこともない。


 ファタールはいつだって格好良くて、世話好きで、優しくて。

 そんな優しさをこれ以上私が受け取っていいはずがないのだ。


 どんなに大好きだと思ったって、私が、彼にそれを求めていいはずがないのだ。

 そんな幸せになってしまったら、ミアーラが可愛そうだから。


「君は幸せになっていい! だから、俺を受け入れてくれエリアーナ!」


 ファタールはそう言って私を抱きしめた。


「君は家族だからミアーラに魔力を渡した。だから俺も君に俺の魔力を渡す」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめる彼から、じわじわと何かが入ってくるのを感じる。ファタールの魔力だ。


 貰ってはいけない。

 魔力を渡すことは苦しく、身体にも影響がある。


 それなのに、私の身体が、細胞のすべてが、魔力を求めている。


 苦しい。もっと。駄目なのに。ファタールが私を抱きしめているという事実が、苦しくて嬉しくて、もっと抱きしめてほしくて。


 温かさと魔力と欲望が私に広がっていく。


 私の目からは、涙がこぼれていた。

 ファタールは、私に魔力という愛情をくれたのだ。ずっと、私が私続けてきた愛情と同じものを。


「君の両親や妹は、君に魔力を渡していない。一度もだ。君が死ぬかもしれなくても、渡さない。だから、君の家族は俺だけだ。そうだろう?」


 一度も魔力をもらえなかった。

 その通りだ。


 ……もう、私はわからないといけない。


「ミアーラ。私ね、あなたのこと、本当に愛していたの。 病気で苦しむあなたを見るのが、辛かった。だから、魔力をあげてもいいと思った。家族の為に、命をかけられると思ってたの。……でも、誰も私と同じ気持ちじゃなかったんだね」


「お姉さま……私もお姉さまを愛してるわ!」


「そうよ! ミアーラは可哀想だけれど、あなただって愛してる」


「特に優越があるわけじゃない! 目を覚ませエリアーナ!」


 私の言葉に、三人は私に愛していると答えてくれた。


「なら、私にも魔力を、もらえますか?」


 けれど、私のこの問いかけには、家族は誰も答えてはくれなかった。

 ……いや、元家族は。


「ファタール、あなたの求婚を、受け入れます」


 私は涙をぬぐって、ファタールに笑いかけた。私は、自分で家族を選択する。

 ファタールは私の言葉に、本当に幸せそうに笑い、頬にキスをしてきた。こんな時なのに、どきどきとしてしまう。


 ファタールは、私を抱きしめたまま、元家族に向き直った。


「私は彼女と結婚します。しかし、この事は見過ごせません。彼女は私の親類のところへ養女にしてから、私の元へ来てもらいます。……あなたたちとは関係がなくなるように」


「な、なんだと。そんなことが許されると思っているのか!」


「私がすべてを明らかにしてもいいとおっしゃるのでしょうか? 事実はもう、王太子に伝えてあります。けれど、それだけだ。もっと広げることなどたやすいと思っていい」


「そんな……私は魔力をもらっただけなのに! どうしてそんなひどい事をするの!? 私はずっと我慢してきたのに!」


 ミアーラは、納得がいかないというように叫んだ。


「同じぐらいエリアーナも我慢していたんだ、家族の為に。与えるのが好きなら、自分の力でいくらでも、エリアーナぐらい命を削れば、君だって聖女の座を保てるかもしれない」


「そんなっ。ひどすぎるわ! 私に死ねだなんて……!」


 ミアーラは泣きじゃくり、父と母は彼女を痛ましそうに見つめ、頭をなでた。


「伯爵、二度とエリアーナに近づかないようにしてください。近づいたら、全ての権力を使ってこの家を潰します。覚えておいてください」


 三人で固まる元家族に、私は少しだけ苦しさを覚え、けれど、同時にあの場にはもういられない、いたくないという事をはっきりと感じた。


「……さようなら。今までありがとうございました」


 私の言葉に、彼らは不快そうな視線を投げかけただけだった。ただ、ミアーラだけが、理不尽な処遇だと泣き叫んでいた。


 *****


 ファタールと馬車に揺られながら、私はまださっきまでの事が夢だったのではという気がしていた。

 しかし、隣で私の手を握ってくれているファタールの手は暖かく、身体にはファタールの魔力を感じる。


 とても大事な、優しさと愛情。

 しあわせとは、こういうものだったのだと思わせてくれる。


「大丈夫だったか? 強引な手で、ごめん」


「いえ……謝る必要はないわ。ありがとう。私、今は自由な気持ちになった」


 私が笑うと、ファタールはほっとしたように笑った。


「良かった。……エリアーナは、俺と結婚してくれる? 君が好きなんだ」


 あんなにはっきりと元家族に宣言していたのに、急にしょんぼりと、私の顔色を窺うように眉を下げた。


「もう……もちろんよ。嬉しい。私、あなたの事がずっと好きだった。まぶしくて、でも、好きな気持ちを返してもらいたいと願う事すらできなかった。今は……同じように、返してほしいと思える。大好きよファタール。私と、家族になってほしい」


「もちろんだ!」


 馬鹿みたいに大きく笑って、ファタールは私の事を抱きかかえた。


 馬車がぐらりと揺れ、ファタールはあわてて謝ってきた。

 それが可愛くて、私のものだと嬉しくて、なんでも望んでいいと思えて。


 私はそのままファタールにキスを望んだ。

 もちろん、すぐさまそれは叶えられた。


 *****


 私がファタールとの新居の準備を終えた頃。


 私の元家族は、結局ミアーラを聖女にすることはできなかったという噂が聞こえてきた。

 

 あの日以来、ミアーラは、魔力を惜しんで教会にはいかなくなったらしい。

 しかも、生活も乱れ手入れも疎かにしていた彼女の容姿は、私の魔力を失ってどんどん衰えていってしまった。


 ファタールと王太子は、その事情を知ってなお、ミアーラに教会奉仕を命じた。


 教会での彼女は、回復魔術も使わず、奉仕活動もせず、我がままばかりの行動で、すっかり評判が落ちていってしまった。


 聖女候補とまで言われたミア―ラの驚くべき変化に噂が広がり、そして徐々に魔力が回復し見た目も戻ってきた私を見て、事情を悟った人間も多かったようだ。


 そのことに慌てた元両親は、ファタールに私の事を返すようにと伝えてきた。今更戻るはずもないが。


 今では、元家族の家は、貴族たちに敬遠されてしまっているらしい。王太子の覚えも悪いので、今後も家門が続くかどうかはわからない。


 私は、魔力がすっかり回復した頃には、念願の魔術研究に携わることができるようになった。


「あたりまえだ! エリアーナは俺のあこがれだったんだから」


 当然のように笑うファタールの期待にこたえたいと、私は研究にのめりこみ……というのは言い訳で、久しぶりの研究はとても楽しく時間があっという間に過ぎ去り、心配したファタールが毎日迎えに来るのが日常になった。

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― 新着の感想 ―
姉だけに魔力供与をさせて居る時点で、道具としか見て居なかったんだろうね。
姉の魔力供給が止まったら聖女じゃなっても続けられないだろうに、何を考えてこき使ってたんだろ?ただの考え無し?
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