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8話


【王都:聖女ユナの私室】



ギルドマスターが退出すると、聖女ユナは扉に鍵をかけ、部屋の中央に戻った。



報告書に記された「地方の売上ゼロ」「聖女ソフィアの噂」という文字が、彼女の脳裏で明滅する。


(ソ....フィ...アッ!!!!!)


その表情から、先程まで浮かべていた慈愛の笑みは完全に消え失せ、凍てつくような静寂が支配していた。



怒りと屈辱は時間をかけて鎮静してくる。


聖女ユナにとって感情のコントロールは日々行っていることだ。


業腹ではあるが、ユナは彼女は指先で己の唇をなぞり、冷徹に思考を巡らせていた。


(あの薬……あの品質……あの価格。おそらくあの執事ね。ヴィンセント……! 私の『市場』を真正面から潰す気か)


力で奪い返そうにも、辺境の地では兵を動かせない。価格競争では、あちらに利がある。



(だが、好都合だ)


彼女の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。



(あの『薬』は、王家の許可なく製造された『違法薬物』。王子を動かし、『法』で潰させる絶好の機会!)


ユナは、計算し尽くされた手順で、悲劇のヒロインへと自身を仕立て上げた。



髪をわずかに乱し、唇を強く噛んで鬱血させる。


用意していた刺激の強い軟膏を少量、目元に塗りつけた。瞳がみるみるうちに潤んでいく。


準備を終えると、彼女は王子の執務室へ向かった。


扉を開けると、ユナはよろめきながら室内へ踏み込み、その場に崩れ落ちた。



「ユナ!?」



書類の山から顔を上げた王子アルフレッドが、椅子を蹴立てるようにして駆け寄る。


その純粋な瞳が、憂慮に見開かれていた。



「アルフレッド様……!」

ユナは、彼の差し伸べた手には触れず、床に伏したまま、か細い声で訴えた。



「ソフィア様が……違法な薬で、民を……! このままでは、王国の秩序が……!」



彼女は顔を上げ、涙に濡れた瞳で王子を見つめる。


「うっく……アルフレッド様、どうか、真実を明らかにして差し上げてください……! これ以上、民が惑わされる前に……!」



法と秩序。王子が最も重んじる言葉だ。


彼の顔から、ユナへの同情の色が消え、為政者としての厳しい表情へと変わった。


「許さん……! ソフィアめ、法を犯してまで民を欺くとは! 直ちに調査団を派遣する! 真実を白日の下に晒し、法の下に裁きを下すのだ!」




【辺境の領地】


俺の計画が最初の戦果を挙げてから、数日が過ぎた。


領地には、束の間の平穏が訪れている。



「……ヴィンセント。本当にこのままで……」


作業風景を視察していたソフィアお嬢様が、俺の隣で小さく呟いた。



……聖女タヌキの『次の一手』は読めている。問題は、それをどう『利用』するかだ。


俺の頭の中では、すでにいくつかの迎撃プランが構築されていた。



俺は、執事として、恭しく頭を下げた。


主人を不安な気持ちにさせてはならない。



「ええ。ですが、嵐の前の静けさ、というやつでしょう。――そろそろ『お客様』が到着される頃合いかと」



その言葉を証明するかのように、谷の入り口を見張っていた山の民が、警告の角笛を短く吹いた。



乾いた打撃音が、ぴたりと止む。


領民たちが、恐怖に凍りついた顔で、谷の方角を一斉に見た。



地平線の向こうから、一団の騎馬武者が現れる。



先頭に掲げられた旗には、王家の紋章が刺繍されていた。



調査団の騎士たちが馬を降り、尊大な態度で広場の中央まで進み出る。



隊長と思しき男が、一枚の羊皮紙を広げた。


「王命である! 異端及び違法薬物製造の嫌疑があるソフィア・フォン・クライネルト、及びその従者ヴィンセント! 王都へ出頭せよ!」


俺の視界の端で、ソフィアお嬢様の顔から血の気が引いていくのが見えた。



領民も、山の民も、絶望的な表情で俺たちを見ている。


だが、俺は、その騎士に向かって一歩前に出た。



恐怖も怒りも見せず、ただ、完璧な執事の礼をしてみせる。

そして、こう告げた。

「――お待ちしておりました、調査団御一行様。我々も、ある『不法行為』について、皆様にご相談したいことがあったのです」



騎士の尊大な顔が、初めて困惑に歪む。


俺は、後ろに控えていた「山の民」のリーダーを、騎士たちの前に促した。



彼は、俺の指示通り、懐から例の『獣の牙』を取り出し、無言で騎士の前に差し出す。



「こちらは、先日まで近隣の街で『交易』を行っていた者です。彼が、皆様がお探しの『真実』の一端を、証言できるかと存じます」



俺は、騎士の視線が牙に注がれているのを確認し、言葉を続けた。



「――特に、聖女様の名の下に行われている『市場の独占』について、ね」



……来たな。『法』の執行者よ。お前たちが求めるのは『証拠』と『証人』だろう。ならば、くれてやる。――ただし、お前たちが『断罪』すべき相手は、我々ではない


俺は思わず笑顔を隠せず、狼狽えるお嬢様の前でこれからの未来に胸を躍らせた。


お読みいただきありがとうございます。

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