7話
館の執務室。
俺は、ソフィアお嬢様と「山の民」のリーダーを前に、一枚の羊皮紙を広げていた。
そこには、俺が記憶を頼りに描いた、王都とその周辺村落の略図が記されている。
「……どうする、旦那」
リーダーが、腕を組みながら低い声で言った。
「街のギルドに喧嘩を売るのか? 自殺行為だ」
彼の視線は、地図の中心ーー王都ーーに固定されている。
鬱陶しいリーダーは放置だ。
俺は執事としてお嬢様に向き直り笑顔を作る。
「いいえ。我々は『街』には行きません。敵の『土俵』で戦うのは愚策です」
俺は、指先で王都の地点を軽く叩く。
「聖女の『独占』。それこそが我々の武器です。独占とは、すなわち『価格の吊り上げ』。そしてそれは、必ず末端に『不満』を生む」
王都から放射状に広がる周辺の村々を、ゆっくりとなぞる。
「我々がやるのは、その『不満』という名の火薬庫に、火を点けることです」
◇
翌日、俺は「資産」組の中から、かつて王都で薬師をしていたという老人と、数人の職人を呼び出した。
作業場には、山の民が持ち帰った獣の資源――魔石、乾燥させた内臓、特殊な分泌液など――が並べられている。
「これから、これらを使い、『薬』を調合してもらう」
俺の言葉に、元薬師の老人が目を見開いた。
「これは……まさか、強壮剤の材料か……ギルドの独占してる」
老人はそう呟く。
その姿は諦めと、焦りと、覚悟が見える。
「そうだ。記憶を頼りに、同じものを作れ。いや、品質はそれ以上を目指せ」
俺は、彼らに「命令」した。新発明ではない。既存の製品の、完全な代替品だ。
彼らは一瞬ためらったが、すぐにその目に、失われた職人としての光が戻るのを、俺は見た。
数時間後、ソフィアお嬢様が作業場を訪れた。
薬草をすり潰す匂いが立ち込める中、彼女は黙々と手を動かす者たち一人一人に、水差しから杯の水を注いで回った。
「ありがとう、ございます……ソフィア、様」
汗を拭いながら杯を受け取った職人の声が、わずかに震えていた。
お嬢様は、ただ静かに微笑んで頷くだけだった。
ーー完璧な偶像だ。民の忠誠心を資産に変える、優れた経営者と言える。
お嬢様にはぜひとも俺の復讐が完遂するまで神々しくいて欲しいものだ。
◇
数日後。
数十個の小さな壺に詰められた「代替品」を前に、俺は「山の民」のリーダーに新たな指示を出した。
「お前たちの仕事は二つ。一つ、この『薬』を、お前たちが知る全ての『裏ルート』を使い、王都以外の全ての『周辺の村々』に売りさばけ」
俺は、地図に描かれた村々を、指で一つずつ叩いていく。
「価格は、聖女のカルテルが提示している額の『十分の一』だ」
リーダーの眉が、ピクリと動いた。採算度外視の価格設定だ。
「そして、もう一つ。これが本命だ」
俺は、声のトーンを一段階落とし徹底すべき目的として刷り込む。
「全ての村で、こう伝えろ。『これは、不当に追放されたソフィア様が、民の苦しみを見かねて、なけなしの資産で作り上げた、慈悲の薬である』、と」
リーダーは、俺の顔を数秒間、無言で見つめた。
やがて、彼の口元がゆっくりと歪み、獰猛な肉食獣のような笑みが浮かんだ。
「……あんた、悪魔だな」
「美しい褒め言葉だ」
そこには俺とリーダーのフフフ・・・という怪しい空間が広がっていく。
着実に進んでいることに安堵した俺は、ふと空を見上げた。
ーー今日はいい天気だな。
◇
【王都:白百合の救済ギルド事務所】
豪華な絨毯が敷かれた事務所の扉が、乱暴に開け放たれた。
経理担当の男が、帳簿を握りしめたまま、血相を変えて駆け込んでくる。
「ギルドマスター! 大変です!」
執務机に座っていた肥満体の男――ギルドマスター――が、不快そうに顔を上げた。
「この一週間で、王都以外の全ての村からの『薬』の売り上げが、ゼロになりました!」
経理担当の声が、裏返る。
「いえ、それどころか……『ソフィア様こそが真の聖女だ』などという、不穏な『噂』が、地方から急速に広まっているとの報告が……!」
報告を聞いていたギルドマスターの背後、深紅のカーテンの奥から、一人の女が静かに姿を現した。
純白の衣をまとった、聖女その人だった。
彼女は、経理担当から帳簿をひったくると、その数字に一度だけ目を走らせた。
次の瞬間、彼女の美しい顔が、憎悪に歪んだ。
帳簿を握りつぶす彼女の手が、わなわなと震えていた。
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