5話
獣の肉が尽きた朝、領民たちは、確立された「仕組み」通りに作業場へ集まってきた。
だが、いつも置かれているはずの配給用の大鍋がないことに気づくと、彼らの作業の手が止まった。
一人、また一人と隣の者と顔を見合わせる。
やがて槌の音は完全に消え、彼らはただ互いに顔を見合わせ、その場で立ち尽くしていた。
ソフィアお嬢様が、俺の隣に立ち、静かに問うた。
「……約束の三日ですわ。ヴィンセント、次の一手は?」
「勿論です。」
お嬢様を伴って、山の民のリーダーと、元鍛冶師、元薬師といった「資産」組の者たちを集めた。
俺は、解体されずに残っていた獣の骨や皮、牙、そして内臓から取り出した石を指差す。
「肉は『ボーナス』に過ぎん。本当の『資産』はこっちだ」
俺は、元薬師に石を、元鍛冶師に牙と爪を、そして山の民に皮を、それぞれ専門家の目で検分させた。
元鍛冶師の老人は、獣の爪を手に取ると、その節くれだった指で何度も表面を撫で、ぴたりと指を止めた。
「我々は『農耕』を始めるのではない。『貿易』を始める」
俺は、山の民のリーダーに命令を下した。
「お前たちだけが、この谷を越えて街へ向かう『隠しルート』を知っている」
「この『資源』を、お前たちが街へ運び、最短で『食料』、すなわち干し肉と穀物の種に換えてこい」
リーダーの男が、俺の視線を受け止め、値踏みするように顎をわずかに上げた。
「……もし、俺たちがこの『資源』を持って、そのまま逃げたら?」
俺は、冷徹に「担保」を提示した。
「お前たちの家族、すなわち子供や老人は、この領地に残ってもらう」
男の口元のわずかな歪みが消えた。
「それと、お前の息子は、ソフィアお嬢様の『護衛』として、この館に常駐させる。――『資産』は、安全な場所に置くのが『経営』の基本だ」
男は一瞬、言葉を失い、ゆっくりと瞬きをした。その肩が一瞬、硬直したのが分かった。
山の民の実行部隊が、選別された資源を背負い、街へと出発していく。
その姿が見えなくなると、お嬢様が俺に問うた。
「……彼らが戻るまで、領民たちはどうするのです? 飢えてしまいますわ」
俺は、壁にもたれかかり、虚ろな目で地面を見つめている「負債」組の領民たちを一瞥し、お嬢様に向き直った。
「ええ。だからこそ、『労働』の時間です、お嬢様」
俺は、獣の骨が山積みになっている場所を指差した。
「彼らが街から戻ってきた時、その『穀物の種』を植えるための『農地』が、一ミリでも多く耕されていなければ、どうなるか」
「――『働かざる者食うべからず』。私が提示した『ルール』です。彼らが『未来の食料』を得る権利があるか、今からその『資格』を証明してもらいましょう」
新たな、そしてさらに過酷な地獄の労働が、静かに幕を開けた。
改めてお読み頂きありがとうございます
執事っていいですよねえ。。(小物)




