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2話


王都を追放されて数日後。



馬車が、目的地である『忘れられた谷』に到着した。



窓から見える風景に、ソフィアお嬢様は言葉を失っていた。



痩せこけた土地が、どこまでも続いている。



風化しかけた家畜の骨が転がり、崩れた家屋は、それと見分けがつかなかった。腐った土の臭いが、馬車の隙間から侵入してくる。



お嬢様は、青ざめた顔で口元を押さえ、こみ上げてくる吐き気を必死にこらえていた。



御者の報告を受け、俺たちは馬車を降りる。



領主の館、という名の廃墟の前で、十数人の領民が集まっていた。



彼らの瞳に光はなく、こちらを見ているようで、何も見ていなかった。


代表と思われる老人が、一歩前に出る。その顔には、感情というものがなかった。


「……新しい領主様ですな」

乾いた声で、それだけを告げる。



「ここには、もはや何もありません、領主様。……日没までには、どうか館の中へ」



老人はそう言うと、踵を返した。


他の者たちも、我々と関わることを恐れるように、散り散りになった。



その不気味な空気に当てられ、ソフィアお嬢様の身体がぐらりと揺れた。



彼女は、助けを求めるように俺の横顔を見る。



(……この男だけが、変わらない。この地獄の底で、その瞳だけが揺らいでいない。その事実だけが、私を立たせている)



俺は、去っていく領民たちの背中を冷徹に観察していた。

(……なるほど。『負債』共を支配しているのは、絶望ではない。もっと具体的な『恐怖』か)



日が傾き始めると、領民たちの様子が一変した。



誰かが叫ぶでもなく、彼らは慌ただしく家の中に駆け込み、粗末な扉を内側から固めていく。



その怯えた視線が向かう先は、空ではない。


領地の背後にそびえる、黒い山の影だった。


「ヴィンセント、これは……?」

お嬢様が、息を呑む。



俺は彼女の問いに答えず、ただ、その山の方向を冷徹に見据えていた。



静寂の中、まるで独り言のように、俺は呟く。


「……彼らが我々の『資産』となるか、それとも切り捨てるべき『負債』のままか。まずは、あの『山の者たち』を使い、見極めさせてもらいます」




夜。廃墟と化した館の中は、冷え切っていた。



「ヴィンセント……どうするつもりなの……?」

お嬢様が、震える声で問う。その視線は、固く閉ざされた扉へと向けられていた。



「お待ちします」

俺は、ただ短く答えた。



「待つって……何を……!」


「――客人を、です」

その言葉と同時だった。


扉が、乱暴に蹴破られる。


月明かりを背に、獣の毛皮をまとった男たちがなだれ込んできた。


その数、十数名。


いずれも、錆びた剣や斧を手にしている。

「ひっ……!」

お嬢様が息を呑み、身構える。



男たちの中から、一際体格のいい、顔に傷のあるリーダー格が前に進み出た。



「新しい領主様ご一行、か。話が早くて助かるぜ。さっさと『供物』を――」


リーダーの言葉を、俺は遮った。

「……遅かったな」


静かな声だったが、それはやけに、この場の空気に響いた。


「お前たちの『上司』は、もう起きておられる頃だろう」

リーダーの動きが、ぴたりと止まる。



その目に、初めて油断以外の色が浮かんだ。


俺は、構わず続ける。


「領民どもは『日没までに』隠れる。お前たちは『日没後』に必ず来る」



事実を、一つずつ、テーブルの上に並べていく。



「――単なる盗賊が、なぜわざわざ視界の悪い『夜』に、律儀に『毎日』来る?」



俺の問いに、男たちは答えられない。


「答えは一つ。お前たちは『盗賊』ではない。あれ(領民)と同じ『家畜』だ。……それも、『夜行性』の獣に怯える、哀れな『餌やり係』だ」



「てめえ……ッ!」


リーダーが激高し、腰の剣を抜いた。


切っ先が、俺の喉元に向けられる。



だが、俺は表情一つ変えなかった。


その剣よりも、俺が突きつけた『事実』の方が、よほど鋭い刃であると知っていたからだ。


俺は、取引を持ちかけた。


「俺はこの領地を『俺の事業所』にする。お前たちの上司・・は、俺の事業の『邪魔』だ。――だから、俺はアレを『排除』する」


「……何だと?」


「だが、俺はアレの『情報』を持っていない。巣の場所、習性、弱点。それは、長年『餌やり』をしてきたお前たちだけが知っている」




俺は、リーダーの目を真っ直ぐに見据えた。



「俺にその『情報』を売れ。俺の『計画』に乗れ。そうすれば、お前たちは、その『恐怖』と『供物』というクソみたいな日常から解放される」



リーダーが、疑念に満ちた目で俺を睨みつける。

「……断ったら?」



その問いに、俺は冷徹に、最後のカードを切った。


「構わん。だが、その場合、お前たちは『用済み』だ」



俺は、ゆっくりと、男たちの背後、暗い山の方向へと視線を移す。



「――供物を失って飢えた上司・・に、お前たちの『巣』の場所を『情報』として提供するのも、合理的だとは思わんかね?」



リーダーの顔から、表情が消えた。



彼が握りしめた剣の柄が、カタカタと震え始める。



やがて、その手から力が抜け、剣が床に落ちた。


甲高い音が、静まり返った館に響いた。


俺は、その様子を冷ややかに見つめる。



(……交渉成立だ。これで、『山の民』という、この地で最も『情報(資産)』を持つ『駒』を手に入れた)


お読みいただきありがとうございます。

執事と令嬢の復讐劇は、ここからが本番です。

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