承:水の青、光の脈
「所有者、最終確認は?」
「取れた。市建設局の港湾課。橋と照明は市の所有、維持管理は指定管理者のJV。今日は港湾課の職員とメンテ会社の監督が立ち会い。設定は触らない、無接触の光ログだけ」
「了解。掲示は正式版。目線の高さで二メートル間隔。導線はこの角まで僕が見る」
「成瀬さんは住民の聞き取りと潮・風のログ、白鳥さんはロガー運用。クレーム窓口は市影譚で受ける」
「よし。“青い揺れ”は見せても、怪我人は出さない」
段取りが固まったところで、管理窓口から文書が届く。「所有者立会いのうえ、無接触での光ログ取得可。調光設定の変更不可」。必要十分だ。
◇
午後、事務所。
相沢はA5の正式掲示を束ね、配布カードと観測シートを封筒に分ける。桂一は連絡カードを増刷し、事故時の一次連絡フローをA6で作ってクリップへ。
「貼る場所は三カ所。人が詰まりやすい角、階段踊り場、橋脚側の欄干」
「いい。紙は少なく太く」
出発。
◇
午後四時半、湾岸歩道橋。
潮は緩い下げ。桁の裏を撫でる風は南寄り。通路は狭く、立ち止まりがちだ。増える前に貼る。
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来訪者向け掲示(正式版・A5)
この場所では、夜に青白い揺れが見える日があります。
※この現象は心霊現象ではありません。水中の夜光(発光プランクトン)や照明のちらつきが重なって見える“小さな光”として扱っています。
・驚いたら立ち止まらず、安全を優先してください。
・撮影は短時間で。設備や柵には触れないでください。
掲出:市影譚(担当:相沢)/連絡:____
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「導線、確保。次、“起きない時間”の地図」
「起きないも材料、ね」
橋脚3〜4の間、桟橋際、フェンダー角。相沢は半歩で歩幅を揃え、耳に“風の路”を作る。昼は静かだ。紙に残す。
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観測記録シート(A4)
地点:歩道橋・橋脚3〜4間/時刻:16:48
潮位:満ち→停滞 風:南 2m/s 波周期:短
照明:点灯前 路面:乾
結果:青白い揺れ 未検出(昼)
備考:見学者 0/通行支障なし
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港湾課の職員と、指定管理者の監督が到着。続いて白鳥も現れた。
「所有者立会い、開始。設定は触らない。ロガーは“見るだけ”」
「位置は柵内。こちらは接触なし。角度確認、お願いします」
白鳥は小型光センサを三脚へ。遮光筒で桁裏だけを切り取る。ポンチで浅く位置印を取り、係員と方位・高さを確認して電源を入れる。
「サンプリングは?」
「1kHz帯のちらつきを拾うから高サンプリング。無線はオフ、内部メモリ保存。撤収時にデータを渡す」
そこへ成瀬が合流。NPOの識別ベスト、サンプル瓶、温度計、潮位表。
「聞き取りはNPOで受ける。言い換えは**“青い揺れ”**で統一」
「助かる。危ない箇所の聞き取りもお願い」
近くの店舗主に、成瀬が短くヒアリングする。
「いつ“出る”感じですか?」
「風が南からで、夜八時過ぎ。月が丸い時は少ない」
成瀬はA6のメモに“南風/20時〜/満月×”と書き、礼を言う。
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住民聞き取りメモ(A6)
相手:通り沿い飲食店
出やすい:20時以降/南風
出にくい:満月前後
安全:通路が詰まるのは週末20〜21時
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夕方が夜に寄る。LEDが桁裏を白く照らし始めた。
「水から先に見る。採水→暗所→揺すり、三回で判定」
許可範囲内で表層を100mlだけ取る。黒布の中で一回、二回、三回。底がわずかに青。
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夜光採取メモ(A5)
採水:表層(桟橋際)100ml
暗所テスト:振動 1→無/2→無/3→発光(微)
外気:26℃ 水温:24℃ 月齢:10
備考:採取=許可範囲/原水域へ放流
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「微だけど反応あり。昨日と同じ」
「了解。写真側も検証する」
相沢は同一構図でシャッター速度だけを変える。1/60、1/30、1/10。モニターに差がはっきり出る。
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撮影メモ(A5)
地点:橋脚3〜4間/時刻:18:55〜
SS:1/60→帯短 1/30→帯伸長 1/10→人影様に伸長
ISO:800→1600(WB固定)
備考:肉眼=帯短/スマホはオートでSSが落ちやすい
扱い:写真内の“人影化”はSS依存(似ている)
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「肉眼は帯のまま。写真は遅いSSで“人影”に伸びる。ここははっきり書けるね」
「うん。写真の要因は写真の中にある」
白鳥がロガーを確認する。
「PWMは約980Hz、振幅は中。水面反射+ローリングで帯が伸びやすい条件」
「“近い”に置く。因果はまだ断定しない」
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照明・光測定メモ(A5)
センサ:光ロガー(ID 07)/位置:桁端・地上2.4m
PWM:≈980Hz 振幅:中
再現:水面反射→帯伸長/壁反射→弱
扱い:近い(設定未変更・無接触)
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見学者が増え始めた。通路が詰まりやすい角に相沢が立ち、短く声をかける。
「通行優先でお願いします。柵には触れないで」
「幽霊なんですか?」
「調査中です。見え方の条件を紙で確かめています」
スマホのライトを照明に向ける人には手の合図で止めてもらう。掲示が効いて、滞留は短い。
ここで、見学者に協力してもらい**“写真で人影になる”実演を行う。
「同じ場所を、まず1/60で、次に1/10で撮ってみてください」
学生が二枚を見比べて目を丸くする。「ほんとだ、1/10は人影っぽい」
「カメラの設定で見え方が変わる**のが、一つの要因です。危ないので、柵には触れないで」
港湾課の職員が低い声で言う。「落水だけは避けたい。掲示は常設できる?」
「文言はこのまま。場所は目線で三カ所。連絡先は市影譚。クレームもこちらで受けます」
成瀬がA5の叩き表を出す。
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出やすい夜カレンダー(A5/叩き)
○:下げ潮+南〜南西 2–4m/s+月齢 8–12
△:風弱すぎ/強すぎ、月齢ずれ
×:満月前後/上げ潮
注意:因果は断定しない(扱いを先に出す)
作成:成瀬(市民NPO)
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「住民の言葉に直すと、“風が南で月が少し欠けてる夜に出やすい”」
「それで行こう。NPO名で共有して。問い合わせの受け口もお願い」
白鳥がロガーからテスト出力を見せる。矩形波ほど鋭くはないが、周期は安定している。
「調光60%の運用だとこの谷が濃い。水面で散乱すると帯が引き延ばされる。ただし設定は変えない。触らないが原則」
「勧奨は紙で出す。夜間の見学ピークに、照明の点検周期や巡回のタイミングを合わせる、など」
通路の角に小さな詰まり。相沢が動く。
「階段側、半歩詰めます。停まるなら掲示の前でお願いします」
数メートルの動線が空き、滞留が解ける。声かけは短く、具体的に。それで十分動く。
近所の中学生が成瀬に質問する。「“青い揺れ”って、怖いんですか」
「怖がる必要はないよ。扱い方を紙で書いたから、守ってくれれば大丈夫。驚いたら立ち止まらない。柵に触らない。撮るなら短時間で」
その間に桂一は短報の骨子を三行に整える。
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短報(抄)案(A4)
安全運用:掲示常設(驚いたら進む/柵に触れない)、見学は短時間
見え方の条件:水=夜光“微”(振動3回)/光=PWM≈980Hz(無接触)/写真=SS遅で人影化
表現:「青い揺れ」で統一。心霊断定は行わない
提出先:港湾課・指定管理者・商店会
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港湾課の職員がうなずく。「内部で共有します。常設掲示は可能だと思います。巡回のチェック項目にテープ剝離を入れておきます」
「ありがとうございます。掲示の高さは目線固定、三カ所。角のテープ点検だけお願いできれば十分です」
指定管理者の監督も口を挟む。「落水防止が最優先。柵に触れないの太字は、このまま維持で」
「はい。文言はこの正式版で固定します」
十九時半。桁の影から青い帯がふっと生まれ、短く伸びて消える。肉眼は帯短、写真はSS次第で人影様。
白鳥が小声で確認する。「ロガーはこのまま二十分回す。撤収時にデータ渡し」
「了解。設定は触らず。制度は敵じゃない。運用で避ける」
「それ」
ここで、一日の整理を安全・水・光・写真の順に束ねる。
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まとめ(現時点)
・安全:導線確保/掲示は目線高で三カ所。滞留は時間帯と角で発生→声かけで解消
・水:夜光反応=微(振動3回)。出やすい夜=下げ潮+南風+月齢8〜12(成瀬カレンダー)
・光:PWM ≈980Hz(無接触ログ)。水面反射で帯伸長に“近い”。設定変更は行わず、記録と提案のみ
・写真:SS遅で人影化/肉眼は帯短。写真内の要因は写真内に(似ている)
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「承はここまで。安全掲示の常設提案と短報を街に出す準備をする」
「記事の章立ては『青い揺れの条件』『写真で人影に見える理由』『安全運用』」
「費用処理は市影譚持ち。成瀬はデータ整理を業務委託、白鳥は技術協力料。請求は市影譚宛で」
「了解。精算書は帰ってから送る。図版は明日午後までに三点」
撤収前、掲示の端をもう一度押さえる。テープは剝がれていない。
中学生が小声で言う。「怖いより、きれいですね」
「それで大丈夫。驚いたら立ち止まらない、それだけ守って」
背後で橋の下が静かに暗くなる。青い帯は細く、波の皺へ紛れる。
次は、紙を街に置く番だ。
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常設掲示・設置提案(A4/港湾課向け)
目的:見学者の安全確保(落水・接触事故の予防)
文言:来訪者向け掲示(正式版・A5)をそのまま使用
設置:目線の高さで3カ所(踊り場/橋脚側欄干/通路角)
維持:指定管理者の巡回で角のテープ点検(剝離時のみ貼替)
問合せ:市影譚が一次受け(技術照会は所有者へ橋渡し)
備考:心霊現象の断定・否定は記載せず。扱い方の周知に限定
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紙束を封筒にしまい、四人は解散した。明日、短報を出す。掲示の常設を提案する。
断定はしない。手順と導線を明確にする。




