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第五回王配選定合議・2

 ゼニタ王国ダグネアス朝第五代国王、ベアトリス・ダグネアス・ティア・ゼニタ――女王ベアトリス一世。

 先王の末子であった彼女は、父王の急死後、無能な二人の兄王子がそれぞれの姻戚に権力を握られようとしていたところを、軍部と王権派、そして中立派の貴族や有力な豪商を取り込んで勢力を築き、王統派を排して自らの手で玉座を手にした女傑だ。

 まだ二十四歳の若さながらその豪胆さと高い知性から、国内外から『ゼニタの雌狼』と恐れられる名高き君主である。

 亜麻色の髪をきっちりと結い上げ、ドレスではなく男物の礼服を身に纏った女王は空いたグラスにおかわりのワインを注がせながら、怜悧な目を気怠げに細めて魔鏡を見やった。


「……で、どうする? 第六回目、やる?」

『うーん。どうすっかね~』


 女王の呟きに、魔鏡の向こうから嘆息交じりの男の声が返ってくる。

 魔鏡の向こうに見える、ベアトリスと同じくらいの年頃の、体格のいい金髪の男の姿――彼こそ隣国ヴァルハルタの王、テオボルト一世である。

 テオボルト・ザグレバエウス・へべウス・ヴァルハルタは先王の末子、それも第五王子として生を受け、本来ならば王位とは縁遠い一生を送るはずであった。

 彼は十歳ごろからは王城からも遠ざけられ、辺境の砦で騎士として育てられた。しかし病に伏せった父王の先が長くないと判明するや、兄王子たちが揃いも揃って王位争いに奔走し、血で血を洗う内紛へと発展。

 混迷が深まる中、もはや誰にも王位を任せられないと立ち上がったテオボルトは、騎士として辺境で築き上げた武勲と民衆からの支持を武器に挙兵し、電光石火の勢いで王都へと攻め上がり兄達を一掃したのだった。

 普段は鷹揚でありながら、ひとたび怒らせれば歴代の王の誰よりも苛烈で残虐と評される彼は、『ヴァルハルタの(ひぐま)王』と渾名される恐るべき君主である。

 テオボルトもまた、豪奢な軍服に身を包み、武勲の王であることを示している。

 が、今は椅子の肘掛けにだらしなく頬杖をつき、思案顔でうんうんと唸っていて普段の威厳が半減していた。


『未婚の婦女子や寡婦はまぁまぁいるんだが、流石に男子の候補がな……』

「やっぱりね~。そりゃ内戦の後だからね……」


 テオボルト王の悩みの種は、隣国に送る女王の王配候補がいなくなってきたことだった。

 ゼニタもヴァルハルタも内戦が終わって間もなく、貴族は粛清の嵐によってその数を減らしていた。

 特に戦場へ出ていた貴族の男子は既婚未婚に関わらず多くの死者が出ており、両国ともどちらかというと婦女子が余りがちの状況なのである。


『うーん、じゃあこいつはどうだ?』


 しばし悩んだのち、テオボルトは傍らにいた騎士の腕を掴んで魔鏡に映らせた。

 テオボルトと同じ年ごろと思われる、明るい茶色の髪の、騎士らしいしっかりとした体格をした男だ。特段美形というほどではないものの、人のよさそうな顔立ちをしている。


『ちょ、陛下!?』

『シュトゥルムタール伯爵家嫡男のオットー、俺の親衛騎士だ。俺が辺境にいた頃からの付き合いだから悪い奴ではないのは確かだぞ』

「側近を候補に出しちゃっていいの? しかも嫡男でしょ?」

『候補に挙げるだけならいいだろ、実際に選ぶとしたら継承問題をどうするかは話し合わなきゃいけないが』

「そう……じゃあ、こちらからは私の秘書官を出そうかな」

「え、私ですか?」


 ベアトリスが傍らに控えていた秘書官を手で指し示した。急に話題に出された秘書官の女性は、きょとんとして首を傾げている。

 こちらもベアトリスと同じ年ごろ、青い髪を執務の邪魔にならぬよう纏めた、楚々とした雰囲気の美女だ。


「この子はエーリカ。ネーベルシュタイン伯爵家の一人娘ではあるんだけど、見ての通り器量もいいし、とにかく頭が回るし人当たりもいいから、王妃の役目も十分果たせると思……」

『え、エーリカ様? ネーベルシュタイン家のエーリカ様ですか?』


 急に反応したオットーに、テオボルトとベアトリスはぎくりと肩を震わせた。

 嫌な予感に、否が応でも顔が引きつる。


『あの、もしかして『ゼニタ騎士道物語シリーズ』の作者のエーリカ・ネーベルシュタイン様とはあなたのことなのでしょうか。私、あのシリーズの大ファンでして』

「あら、そうだったのですね! ご愛読くださりありがとうございます」

『こちらこそ素晴らしい本をありがとうございます! あの本はこの世のすべての騎士が手本とすべき最高の逸話集です! 特にエーリカ様のお父上、ゼニタ無双と名高き剛腕卿ヘンドリックの話など、何度読み返しても涙を禁じえません……!』


 ゼニタ騎士道物語シリーズとは、女王の秘書官であるエーリカが趣味で書いている連作小説である。その名の通りゼニタ王国に伝わる古今の騎士物語をベースに彼女がほんの少し、いやだいぶ革新的な脚色を加え、面白い読み物として世に出したものであった。

 剛腕卿ヘンドリックはエーリカの父のことで、彼もまた内戦中に若き女王の盾として殉じた忠義の騎士であったわけだが、防衛線の最中に流れ矢で死んだ史実とは異なり、物語中では致命傷を受けながらも敵兵百人を屠り、最後には敵陣のど真ん中に突撃して爆発四散したというトンデモなストーリーに仕上がっており、まぁその、そこに感動するオットーは、よく言えば純粋であまり人を疑わない性格の男なのだろう。


『あ、でも待ってください、ネーベルシュタイン家の一人娘であるエーリカ様が陛下に嫁ぐとすると、お家のほうは』


 それまで少年のように瞳をキラキラさせながら魔鏡越しにエーリカと会話していたオットーが、はっとして表情を曇らせる。


「はい、後継者がおりませんので、当家は廃絶となりますね」

『いやああああ! なんてもったいない!! ゼニタの英雄の名跡を途絶えさせるなんて私には無理です! 陛下! 私は女王の王配候補から降ります! そしてエーリカ様に婿入りしてお家の功績を子々孫々に伝えていく所存です!!』

『お前もかよ!!!』

「まぁ嬉しいですわ」


 テオボルトが机を殴りつけ、エーリカがにっこり笑顔で頬を染める。


『いやお前の実家のほうはどうするんだよ、嫡男だろ』

『うちには弟たちがいるので問題ありません! 替えのある家より替えのない名家ですよ!!』

「ちょっと誰か新しいワイン持ってきてちょうだい!」


 今日は特に女王の飲酒ペースが早い。しかしながらそれを窘める不心得者は女王の傍にはいないので、涙を堪えた侍女が素早く次のワインのボトルを持ってくるのだった。

 酒で心は慰められないが、今この心の痛みを紛らわせてくれるのは、酒しかないのだから。


「いーわよいーわよ! あなたたちはもう勝手に結婚しちゃいなさい! 末永くお幸せにこの裏切者!」

「申し訳ございません陛下、私もやはり家名を残せないのはやはり心残りではありましたので……」

『女王陛下、本当に申し訳ありません。私はやはり憧れのヘンドリック卿の家名が後世に残らないのが我慢できないのです』


 エーリカとオットーがしおらしくベアトリスに頭を下げる。しかしその時、魔鏡の向こうでテオボルトがどん、とまた机を殴った。


『オットー、お前家名が目当てでエーリカ嬢に婿入りするってのか……それで本当にエーリカ嬢のこと幸せにできるのか? それがお前の騎士道かあ゛ぁん?』


 ヴァルハルタの羆王が、据わった目で部下を睨みつけている。

 テオボルトは前述した通り、王宮でお上品に育てられてきた王子ではない。北の辺境で剣を振るい、騎士たちと魔物退治に明け暮れ成長してきた。けれども女子供を不幸にする愚か者には人一倍敏感であった。


『無論、エーリカ嬢のことはいつも魔鏡越しでお顔を拝見していましたが、異性としてもとても私の好みでした! 今日ここでエーリカ嬢が私の好きな本の作者で、私が最も尊敬する騎士のお嬢様と知り、私の心はついに定まったのです! 私はもうエーリカ嬢以外の女性を愛することはできません! これが! 私の! 騎士道です!!』


 カッ! と効果音が出そうなほどの気迫で王を睨み返し、オットーは力強く断言した。


「……って言ってるけど、エーリカ、どう思う?」

「とっても情熱的で、それに可愛い方だと思いますわ」

「あ、そう……」


 ほわほわと微笑むエーリカに、ベアトリスも思わず脱力し椅子からずり落ちかける。

 ベアトリスを即位前から支えてくれているエーリカであるが、男の趣味は女王とはだいぶ違うようだ。


『言ったな? そこまで言い切ったからには結婚は許すが、絶対に幸せにしろ! これは王命だ! わかったかオットー!』

『はい! 承知いたしました! 我が命に代えても、必ずやエーリカ嬢を幸せにしてみせます!』

『馬鹿野郎ォ命に代えてどうする! 一日でも長く生きて寿命が尽きるその時まで精一杯愛し抜いてこそヴァルハルタの男だろうが!!』

『まったくその通りであります! 肝に銘じます!!』


 魔鏡の向こうでは暑苦しいやり取りが繰り広げられ、その音声が大音量でこちら側に響いている。

 今日はいつもよりワインが渋いな、とベアトリスはグラスを放り出してボトルで直呑みをし始めた。


『……と、いうわけでエーリカ嬢の御家にはオットーのほうから正式に書状を送らせる。それまでに心変わりするようなことがあったら気軽に伝えてもらいたい』

「ありがとうございます、テオボルト陛下。オットー様からのご連絡、心よりお待ちしておりますわ」

『私もエーリカ嬢に会えることを今から楽しみにしています! 待っていてくださいね!』

『……で、だ……』


 テオボルトが沈痛な面持ちで天を仰ぐ。

 結局今回で六組目のカップルが誕生したが、自分とベアトリスの伴侶は、今だに決まりそうになかった。

 やさぐれて酒を呷るベアトリスの顔は、テオボルトには直視することができなかった。


「陛下……そろそろ王配を隣国同士で交換する計画は見直されてはどうでしょうか。国内でも王配に立候補されている方はいらっしゃいますよ」


 痛ましい様子のベアトリスに、エーリカがそっと声をかける。


『そうなんですよね。ここまでやってもうまくいかないのであれば、それぞれの国で決めてもいいのでは?』


 テオボルトの傍でも、オットーが小さく肩を竦めて同意する。


『……いやだ』


 小さく、ぽつりと漏れたその言葉にオットーとエリカが首を傾げた。


『嫌だ! トリィは最高の女だ! トリィと結婚するのは俺が認めた男だけだ! どこの馬の骨ともわからねぇ奴にトリィを任せられるか!!』

「嫌よ! テオは最高の男なんだから! 私が認めた女以外との結婚なんて絶対に許さない! テオの隣に立つなら相応の女じゃないとダメ!!」


 異口同音に発せられた言葉に、オットーとエリカ、そしてそれぞれの交信の間にいる従者たちが一斉に脱力する。

 お互いのセリフを聞いた二人の王は、ぽっと顔を赤くしてわざとらしく顔を背けた。

 テオボルトとベアトリス。二人の国王は幼馴染で、しかも相思相愛なのだった。


『じゃあもう二人が結婚したらいいじゃないですか!』

『そうは言うがなオットー』

「私たちお互いに国王だから、いろいろと面倒くさいのよ……下手すると国の体制自体大きく変えないといけないかもしれないわけだし」


 というわけである。

 世の中、好きというだけでは結ばれない男女もあるものだ。


 いろいろな事情があって、王位に最も遠い位置から力で玉座をもぎ取った二人である。そもそも初めから王の地位に就くために生きていたわけではなく、様々な事情によって王位に就かざるを得なくなってしまっただけなので、政変が起こらず内戦になりさえしなければ、もしかしたらまったく別の道もあったのかもしれない。

 西のゼニタと東のヴァルハルタ、それぞれの王になった今、二人はこうして魔鏡を通じて親しく言葉を交わせる立ち位置になりはしたが、王同士であるがゆえに一番結ばれにくいところに来てしまったのである。


『……面倒くさい人たちですねぇ』


 頭をがしがしと搔きながら、オットーが思わず漏らす。

 間違いなくこの場にいる全員が抱いている感想であった。


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