第五話 コミカライズって何ですか?②
※2025年4/21付けで内容を一部リライトしています (/・ω・)/
「失礼します」
有希が真剣な表情を浮かべて法務室に入る。
席に座っていた詩海は指を何度もタブレットに落としていた。
「何してるの?」
「シャ〇マス」
詩海はリズムに合わせてアイコンをタッチしていた。音ゲーをプレイしているらしい。
「仕事は?」
「プロデューサーやってるけど」
絶対仕事していない気がするので有希は詩海の机に両手を置いた。
「何?」
「さっき門矢先生から電話をもらったの。まず確認だけど、詩海くん、門矢先生にイラスト集取り下げのメールを送った?」
「送ったよ」
「あの件は三日待つという約束じゃなかったっけ?」
「その約束を破ったから取り下げのメールを送ったんだよ」
確かに門矢はそんなことを言っていた気がする。有希は頭の中で情報を再度整理する。
『転生したらディケイドでした』は『なれる』に投稿されていた小説作品だ。秋灯社としてはコミカライズの権利は契約を結べたが、ノベルの権利は他社に取られた状況だった。原作者はユウスケ。キャラクターデザインはチバーラ。作画は門矢光。有希は門矢とはよくやり取りを行っていたが、原作者とキャラデザに関しては相手側の出版社が窓口となっていたため業務上のやりとりはほとんどない。
次にイラスト集の件だ。この事は先週、門矢から「ファンの人たちから要望があって、自分のSNSで『転ケイ』のイラスト集を電子販売したい」をいう相談をされた。有希は即日法務部に相談。法務部の判断は「確認事項があるので配信を三日待ってほしい」で、それは門矢にも伝えた。しかし門矢は三日を待たずにSNSでイラスト集を販売。その後、詩海が法務部として取り下げを要求して今に至る……それがこの事件の流れだ。
「門矢先生は自分の作品のイラスト集を描いて販売したってことだよね? それって『公式』になるんじゃないかな」
有希は疑問をぶつける。権利者に無許可で発行する同人誌に対して、商業作品を手掛ける者は一部で『公式』と呼ばれている。そして門矢は現在もノベル・コミック編集部が運営するウェブ漫画雑誌『ノベコミ』で連載を続けている列記とした商業作家だ。
「権利の説明をするよ。小説が原著作物の場合、その小説に依拠して派生したコミカライズは原著作物に対する二次著作物になるんだ」
「それって同人誌と同じってこと?」
「厳密には違う。同人誌の多くは著作権者に対して無許可で発行しているけど、コミカライズは許諾を得て制作している。著作権者から許諾を得ているかどうか。出版においてはこれがとても重要なんだ」
商業作品なのに二次著作物? どういうこと……。
「次に契約関係だけど、原作者のケイスケ先生とイラレのチバーラ先生は秋灯社と夏海出版社それぞれと『利用許諾契約』を結んでいる。門矢先生だけは秋灯社と『出版権設定契約』を結んでいる状態だ」
「それはつまり契約格差で発生した事件ということ?」
「契約格差って何?」
詩海は半笑いを浮かべている。正解していないことだけは確かだ。
「原作者のケイスケ先生かイラストレーターのチバーラ先生が怒っているからイラスト集の取り下げを打診した?」
「今のところそういう状態にはなっていない」
「じゃあ原作を発行している夏海出版社が問題視しているとか?」
「多少は。でもそれは根本的な原因じゃない」
話を聞いてもどこで問題が発生しているのか分からない。意気込みだけでは名探偵にはなれないらしい。
「要は、秋灯社が主体となって門矢先生にイラスト集の取り下げをお願いしたんだ」
「え、ウチの会社が真犯人なの?」
門矢先生と契約している秋灯社がなぜ抗議するのだろうか……。
「『出版権設定契約』は設定した契約の範囲において原則独占的に出版できるようになる。今回の場合だと、イラスト集を制作したのは門矢先生だけど、そのイラスト集の出版に関しては秋灯社側の許諾が必要になる」
「自分がつくったものでも出版社の許可が必要なの?」
「そうだよ。出版社は基本的に出版物を出版及び販売で得た売上が利益になる。その商行為を損なうような行いを法務部として見過ごすことはできないというのが山村さんの見解。あとは夏海出版社からもクレームがあったんだ。「コミカライズ作家さんがSNSで『転ケイ』のイラスト集を勝手に販売しているけどケイスケ先生とチバーラ先生に許可とりましたか?」――と」
「原作者とイラレの許諾も必要なの?」
「門矢先生は二人とは出版契約を結んでいないでしょ。その状態で秋灯社に許可なく『転ケイ』のイラスト集を販売すると許諾の無い状態……つまり海賊品を作って売っていることになる。天宮さんも知っていると思うけど、コミカライズは原作とキャラクターデザインを使用させてもらっていて、漫画が売れると、売上の一部は印税という形で原作者とイラレに入る。それが発生しないということは、門矢先生が『転ケイ』を利用して不当に利益を得ようとしているようにも取られかねない。ウチもそうだけど、一番まずいのは原作者の耳に入って契約を破棄されることだから、今回は法務部マターで話を進めたんだ」
「門矢先生に非があることは分かったけど……何で私、CCから外されてるの?」
有希は自身の社用スマホを確認しても門矢に対しての警告メールが無かった。三日前まではちゃんとCCに入っていたのに。そうする意図だけは未だに理解できない。
「天宮さんをCCに入れた状態で警告したら、門矢先生は秋灯社の中に味方は誰もいないんだって思考になるでしょ。天宮さんは秋灯社の社員だから。例え今回の件を門矢先生が理解してくれたとしても、今後の制作において禍根を残すことも十分に考えられる」
「それは山じいの判断?」
「僕の進言。山村さんは関係ない」
「どうしてそんなことを……」
「作家さんに寄り添うことができるのは担当編集にしかできないことだから」
ちゃんと考えた上での対応だったらしい。不信感を持った自分が恥ずかしく思えてきた。
「でも取り下げをお願いして門矢先生怒らないかな……」
「こちらとしては勝手に販売してほしくないだけなんだ。そのあたりは山村さんから丁寧に説明してもらうよ。納得してもらえたらイラスト集も秋灯社から正式に販売できるようになる」
制作過程において最終巻を迎える前に作画やイラストレーターが変わること例も少なくない。喧嘩別れになる可能性は低いことに有希は胸を撫でおろした。
とはいえだ。
「もう少し情報共有してもらえないかな。私に気を遣ってくれることはありがたいけど、大切なことはできれば言葉にしてほしい……」
何か恋人みたいなことを言ったような気がしたが社会において『ほうれんそう』は大切なのだ。言語化されていない情報は色々な受け取り方をされてしまうから。
「これ、僕の連絡先」
「えっ」
詩海はスマホを差し出す。画面にはQRコードが映し出されている。
有希は慌てて私用スマホを取り出すと詩海が定時するコードを読み取る。詩海楓と書かれたSNSのアカウントが表示された。
思わぬ形で連絡先を入手してしまった。私の連絡先も伝えたほうが良いのかなと一瞬頭をよぎったが脱力感に負けてソファにもたれかかる。
「今日は何か疲れたな……もしかして漫画編集者向いてないのかな」
「じゃあ転職する? 紹介すると石もらえるから助かるよ」
「どっちかと言えばラブラ〇ブが好きかな……」
「それは残念」
有希は呼吸を整えると立ち上がる。
「仕事に戻るね」
「門矢先生への報告はどうする?」
「それは私から伝えるよ。担当作家さんに寄り添うことができるのは私だけなんだよね?」
「そうだね」
有希は扉を開ける。
入室する前と今では廊下の空気が変わったような気がした。
「あのさ」
詩海は有希の背中に言葉をかける。
「後で連絡先送って。今度は連絡するよ」
有希は瞠目したあと親指をビッと上げた。
「わかった。これで事件も解決だね!」
「事件って何?」
「毎日の業務のこと、かな」
有希は口を開けて笑うと法務部を後にした。
出版設定契約の場合、コミカライズだけじゃなくてオリジナル作品でも独自に出版する際は設定先の許諾が必要になるよ!(/・ω・)/フシギ
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