第14話 ファイナンスって何ですか?②
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ただの漫画編集が金融に接点があると言われても理解が追い付かない。もしかして私の知らぬ間に私が誰かの心のスキマを埋めるような金融商品を売り捌いていたのだろうか。それは怖すぎて笑えない。
「ざっくり言うと、ボウイ債は楽曲のアルバムという知的財産から得られるロイヤリティを裏付けとして証券をつくり、その証券を投資家たちに買ってもらうことで巨額のキャッシュを得た実例なんだ。海外ではロイヤリティ債権なんて呼ばれ方をしているね」
「お金が欲しいのなら普通に楽曲を販売すればいいんじゃないの。レコードが世界で一億枚売れるような人なんでしょ」
「従来の売り方だとレコードが販売されないと売上が発生しないし、いつ売れるかもわからない。それに販売しても実際に本人がお金を手にするまではタイムラグが発生する」
「お金を一括で得られるのがメリットなんだね。でもさ、証券って有価証券のことでしょ。詩海くんの話を聞いていてなんか違和感があるんだよね……」
有希は腕を組んで唸る。
話を聞いていて合理さに欠けるような妙な感じを覚えた。
「それは権利を直接売らずに証券化のプロセスを挟んでいるからじゃないかな」
「あっ、それだ。わざわざワンフロー増やす必要ある?」
「商品とは購入者が買いやすいようにデザインする必要があるんだ。例えば『いせげん』の原作者奥野さんが天宮さんに対して、「『いせげん』の原作の権利を一千万円で譲渡します」と持ち掛けたとして、天宮さんは違和感を持たない?」
「そりゃ持つよ。『いせげん』は奥野さんが心血注いでつくった作品だし、それを売ることに違和感もあるし、そもそも他人が買っていいものじゃないと思う」
「それなら本屋で売られている『いせげん』の単行本は買える?」
「買える。普段そうやって本を買っているから」
「それが権利のデザイン化だよ。購入者が購入しやすいように権利の形を作り変えるんだ。ボウイ債の場合だと楽曲を証券に置き換えているね。――詳しい流れなんだけど、まず原作者のボウイが権利関連の完全子会社Aを設立してそこに楽曲の著作権を譲渡する。次に銀行や投資関連会が子会社Bを設立して、Aから譲渡された著作権を裏付けとして証券を発行する。そして投資家CがBの証券を購入して、その購入資金はBを通してAに渡っていく。このスキームを経てボウイは巨額の現金を得ることに成功したんだ」
「それだと投資家Cは払い損じゃないの?」
「証券だからちゃんと償還があるよ。銀行の利子と同じって言えばわかりやすいかな」
「確かにそう言われた方がイメージしやすいね」
「ボウイ債の本質は知的財産を裏付けとした資金調達が目的で、この手法は一九九〇年代のアメリカにおいて一時期ブームにもなった。けど、二〇〇〇年代に起きたサブプライム・ローンやリーマン・ショックの影響で証券化の市場規模そのものが縮小して、現在では知的財産の証券化もほとんど見られなくなったんだ」
「日本にはそういう知的財産を証券化する動きとかないの?」
「二〇〇五年の信託業法改正で知的財産が信託対象財産に加えられて、知的財産信託を通した知的財産の流動化サービスが始まったけど、正直、あまり普及はしていないね……日本における著作権投資は基本的に事業活動に対して行われているから」
詩海はタブレット端末に日本とアメリカの著作権に対するイメージ図を描いて、有希に見せた。
「日本の出版事業を例を挙げると、『なれる』にアップされている小説(著作権)に原稿料等の対価を支払って商品化した作品を市場で販売することで収益を目指す……この事業活動に対して行う投資を『プロジェクト・ファイナンス』といって、アメリカの場合は著作権が将来得られるであろうロイヤリティの収益性を証券化して投資対象にするなど著作権という資産そのものに投資を行うことから『アセット・ファイナンス』と呼ばれているんだ」
「事業活動に投資するのが日本で、権利の収益に投資するのがアメリカってことかな?」
「その認識で合ってる。日本は金融に疎いからピンとこないかもしれないけど、世界では、日本の漫画は国や人種問わず楽しめるグローバルIPという認識が広がっていて、金融界からも注目されているんだ」
日本の漫画が好きな外国人は多い。しかし、詩海の話を聞くと、それはエンターテイメント性のみが好まれているだけではなく商品としての価値が相当高いのも一端なのだろう。現に韓国などはウェブトゥーンへの注力が凄まじく、日本の漫画産業に食い込もうとしているくらいだ。
「そうは言われてもね……日本の漫画はすごいってニュースとかになってるけど、現場の身としては日々の業務で天手古舞になっているだけだし……」
「変に捉えなくて大丈夫。生み出された権利を活用するのは僕たち法務部の役割だから」
「よろしくお願いします」と、有希は深々と頭を下げた。
「『著作物金融論』は結構面白い分野だよ。そういう専攻は日本の大学にはないけど僕は大学の仲間内で研究しててけっこう楽しいよ」
「でもさ、金融って言われてもやっぱり庶民には関係ないイメージだなぁ」
「気が付かないだけで金融は庶民の暮らしの中にも数多く存在しているよ。最近の例だと芸能事務所とかがそうだね。大阪に吉〇興業って芸能会社があるんだけど、天宮さんは吉〇所属の芸人をテレビで見たことある?」
「誰かしら毎日映るんだから見ない日の方が少ないと思うけど……」
「その芸能会社が今年、設立百十三年以来で過去最高益を出して、その理由の一つがコンテンツファンドと言われている。コンテンツファンドとは映画やアニメなどの企画・制作に必要な資金を投資家たちから集めるスキームで、テレビ局などから仕事を受注するよりも巨額かつ早期にお金を集めることができるんだ」
「仕事を請負うんじゃなくて投資を募るあたりはボウイ債に似てるね」
「僕たちが普段何気なく見ているタレントの所属会社でも知的財産を裏付けとした投資商品が生み出されていて、今後は日本の様々な企業で投資商品が開発されていくと思う。それは秋灯社にとっても無関係なことじゃないし、むしろコンテンツをたくさん持っている中小企業だからこそ巨額の利益を得られる躍進のチャンスがある……僕は既存の考えにとらわれない様々な方法でこの会社の利益を増やすことが今の目標なんだ」
詩海くんが妙にまぶしい。もしかしたら後光が差しているのかもしれないと思ったけどただの西日だった。
「天宮さんも僕の研究チームに参加する?」
「え、私?」
「コンテンツ制作の最前線で働いているから楽しいと思うよ」
楽しいの定義が絶対に違う気がする。有希は体よく断った。
「残念」
そう言って詩海は席に戻るとタブレット端末を操作して動画を流した。
「これはデイヴィット・ボウイがアメリカからベルリンに移り住んだときにつくった楽曲。当時のベルリンには東西を隔てる壁があって、彼のサウンドは壁によって隔てられた人たちの心の支えにもなったと言われているんだ」
室内に洋楽の音色が漂うと、詩海は楽曲に浸るように目を閉じた。
権利ひとつひとつに様々な背景があり、歴史の一端に関与することもあれば誰もが知っている芸能事務所の金融商品にもなり、日々生み出される漫画や小説もその内の一つである。
耳に届く楽曲は淡々とした歌い口から始まり、胸の奥を打つ機械的なサウンドと共に歌声が情熱を帯びていく様は、人々の背中を押すような力強さを感じる。
気付けば詩海がうつらうつらと舟をこいでいる。本人は絶対に口にしないと思うがやはり法務部を実質ひとりで守るのは大変なのだろう。
有希は窓のカーテンを閉じて詩海を西日から隠すと、携帯電話を操作してデイヴィット・ボウイのプレイリストを表示させる。
たまには外国の楽曲に陶酔するのも良いのかもしれない。
これずっと書きたくてようやく書けた……(泣)
でも書きたい内のほんの一部……(吐)
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※ボウイ債のスキームでは『著作権者→A→B→投資家』4フローを挟みますが、
これはA→Bの二重譲渡を挟むことで
著作権者から権利を完全に切り離す役割もあり、
『真正譲渡』とも呼ばれています。
金融取引や不動産売買をされている方なら聞いたことがあるかもしれません。
※あえて省略していますが、ボウイ債は投資家によるBへの投資売上とは別に
Aによる楽曲のライセンス売上もBに入り、
その売上の一部が投資家に償還される仕組みです。
本文を読んで「これだと償還の原資無いよね?」って思われた方は鋭いです。
なので補足。
権利は完全に切り離さないと後々面倒になりますからね。仕方ないんだ。
よろしくお願いします。
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