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第13話   優しさの質量③


次回は1/5(月)から更新再開します。

よろしくお願いします…!



「私はあの日、備前さんのアドレスに残業申請を出しましたよ。ノベコミだと残業はいつも追認で済んでいるじゃないですか。それなのに、どうしてこんなことに――」


「それは私が説明しよう」

 小会議室の扉が開く。

 現れた茶谷は机を挟んで有希の席にどかっと座った。

「備前さん。五分くれ」

 茶谷の提案を受けて、備前は小さく頷いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「天宮ちゃんが『アニマ!』の雑誌校正を手伝ってくれたあの日、備前さんは天宮ちゃんの残業申請を確かに承認した」

「だったらどうして……」

「天宮ちゃんが所属しているノベル・コミック編集部の管理責任者は備前さんで、『アニマ!』編集部の管理責任者は私。『訓告』のところにも書いてあるとおり、部門間の横断的な残業は会社にしてみればやってほしくないことなんだ」

「でも私、そのときはノベコミで残業していたからその延長で処理されると……」

「どういう理由で残業したのか法務部の人に言ってないか?」

「あ――」


 残業が終わった翌朝、()()()()()と会話をした。

 残業の内容も伝えた。

 伝えてしまった。

 そして彼は一瞬だけ険しい表情を浮かべていた。

 そのとき受け取ったココアの温かさは今も忘れていない。

 だからこそ鮮明に覚えている。


「……詩海くんに言いました」

「別に彼に報告したことは問題じゃないんだ」

「でも私が詩海くんに伝えたから茶谷さんが懲戒処分を受けたんじゃ……」

「天宮ちゃん、先月何時間残業したか覚えているか?」

「えっと……」

「三十七時間」備前は手元のタブレット端末を見ながら付け加える。

「そしてあの日の残業時間を加えると月四十四時間分の残業になるんだよ。我々労働者が月の残業の上限時間は知っているよな?」

「四十五時間です」

「……実は、天宮さんはもっと残業しているはずなんだけど、僕の方で色々やりくりして書類上は法定残業時間内に留めているんだ。本当はいけないことなんだけどね」

「それは……備前さんに私の残業時間を調整してもらっていることは理解しています。そうしないと回らないときがありますから。でも法定残業時間を超過していないのにどうして茶谷さんが処分を受けなないといけないんですか?」


 それは半分願いでもあり、疑問でもあった。調整をしているとはいえ書類上は違法行為を犯してはいないが、所属部門以外での残業を行ったことを法務部に伝えた。そして会社は懲戒処分の判断に至った。法に抵触していないのなら懲戒処分を下す必要はないのでは。処分は何かの間違いだと指摘したら偉い誰かが訂正してくれるのではと藁にさえ縋りたい気持ちだった。


「それは経営陣と法務部の判断だから僕や茶谷さんでもわからないんだ」


 しかし期待した言葉は返ってこない。会社内の判断は会社が行う。そして会社に所属する者はその判断を受け入れなければならないのが現実なのだ。



「でもまあ、このことは穏便に解決しているから安心してくれ。始末書も法務部から渡されたテンプレートを少し書き加えて済んだからな」

 茶谷はガハハと豪快に笑う。

 その一方で有希は拳をぎゅっと握る。

 どう取り繕ってもこれは懲戒処分だ。

 資料に氏名の記載が無くても社内の人間なら誰が当該の者かすぐにわかる。

 これでは茶谷が晒し者だ。

 決して茶谷が言うような穏便な解決ではない。

 そして、その原因をつくったのは他でもない私だ。

 私が誰かの役に立とうと行動して、そして誰かが迷惑を被った結果なのだ。

 気づけば喉の奥から謝罪の一言がせりあがって来る。

「すいませ――」

「謝るな」

 茶谷がぴしゃりと言い放つ。


「謝るという行いは悪いことをしたときにやる行為だ。天宮ちゃんは悪いことをしたわけじゃない。現に校正を手伝ってくれたことは本当に助かった。会社に落とし前をつけたのは私なりの感謝であって、天宮ちゃんには謝罪を求めていない」

「でも……」

「役職には役職の意地がある。私を憐れんでくれるなよ」


 茶谷は不敵な笑みを浮かべて正面を見据える。

 逃げ道を完全に塞がれて有希は何も言い返せず茶谷の視線を一身に受け、そして役職が担う責任の重さを痛いほど思い知らされる。


「以上。お邪魔しました!」

 茶谷は立ち上がると、三人に向かって一礼をしてから退室していった。



 扉が閉まり、茶谷の足跡が遠くなっていく中、有希は呆然としていた。


「天宮さん、茶谷さんもああ言ってたから気にしないで」

「私は……」

 それからも会議は進行していく。

 備前は資料を読み上げるも耳に入ってこない。

 深夏から心配そうな眼差しを向けられるも反応する気が起きない。


 何故あんなことをしてしまったのだろう。

 どう対応したらよかったのだろう。

 後悔が尽きぬ間も時間は淡々と進んでいく。



「あっ……」

 消沈の中で有希は思い出す。

 今日の夜、詩海と食事をする約束を――。






――――――――――――――――――――――――

※本作品は実在の法律的根拠ならびに過去の判例を参考に執筆しているエンターテイメント作品のため、

 法律または法律的助言の提供を目的としたものではありません。

 法解釈における正確性や妥当性に関しては努めて配慮しておりますが、

 作品外における作品内容の利用に関してはご自身の判断でご利用ください。



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