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第12話   紙片に宿る想い④


 壁掛け時計が午前七時ちょうどを指し示す。


「終わったぁ……」

 デスクに座る有希はうめき声を漏らした。

「お疲れ様ぁ……」

 茶谷のかすれ声が小さく響く。数時間前と比べて枝毛がかなり多くなっていた。


「はいぃ……」

「あとは私がやっておくからもう大丈夫……ありがとうなぁ」


 茶谷はキーボードを指で叩き続けている。先方が起きる前にメールを送っておくことは編集業では珍しくないことだが、それにしても仮眠から起きた数時間前から今もずっと打鍵を続けているのは正直異常だ。有希は役職の業務量の多さに内心戦慄した。



「失礼します……」

 有希はジャケットを羽織り、ビジネスバッグを持って『アニマ!』編集部を後にする。

 エレベーターに乗り込み一階のボタンを押す。モーターの駆動音が響く中、有希は徹夜の影響から体の芯の冷えを覚えていた。


 一階に到着し、守衛に挨拶したあと玄関の扉をくぐる。

 夏の朝の陽ざしを全身に浴びると有希は心地よさを覚えて思わず両手を広げた。



「おはよう」

 灰色のロングカーディガンを羽織った詩海が少し驚いた表情を浮かべて有希に挨拶した。

「あっ、詩海くん。おはよう」

 有希は挨拶をかわしつつ衣服の乱れを直す。


「天宮さんがこんな時間にいるなんて珍しいね」

「残業だよ。編集って忙しいときは本当に忙しいから」

「ノベルもコミックも下版日はまだ先じゃなかった?」

「残業したのは『アニマ!』の方だよ。表紙を飾る声優さんのことでトラブルが起きて、茶谷さんが大変そうだったから手伝ったの」

「それって上椙楼?」

「そうそう」

「……残業は何時までしたの?」

「ついさっきまで」

「わかった」


 詩海は一度目を伏せた後、いつもの無感動な表情に戻った。


「そういえば茶谷さんから詩海くんが『アニマ!』について相談事があったって聞いたよ」

「それはアンケートのことかな。雑誌のアンケートって著作物に該当することもあるんだ」

「アンケートが著作物? あれって作品じゃなくてただの紙だよね……」

「簡単な回答や一般的なアンケートは著作物にはならないけど、雑誌のアンケートはその内容によっては著作物にあたる可能性があるんだ。著作権は原則として思想や感情を創作的に表現したものに認められるんだけど、内容によっては創作性が含まれることもある。最近は電子書籍によるアーカイブもされていて権利の利用範囲が広がっているから、応募の際の規約にはアンケートの著作権は出版社に帰属する旨を記載してほしいことを茶谷さんに伝えたんだ」


 ただの紙片でさえ著作権が発生するとは。しかし奥野もネーム騒動の際に言っていた。小説はただの文字の羅列だけど感情を込めて書いていると。確かに、著作物とは文量の違いで権利の範囲が左右されているわけではない。そう考えると、たった一枚の紙片でも著作権が発生するのは当然のようにも思えた。



 詩海は秋灯社のビルの脇にある自動販売機で飲み物を購入すると有希に渡した。

 温かいココアだった。


「時期的にあってよかった。徹夜明けは体温が下がるから」

「詩海くん……」

「それじゃ僕は出社するね。天宮さん、今日は休んだ方がいいと思う」

「大丈夫。そのつもりだから」

「お疲れさま」


 詩海は身を翻して秋灯社の入り口に向かう。

 その時、詩海が険しい表情を浮かべていたのは気のせいだろうか。



 その場に残った有希は缶のプルタブを開ける。甘い香りが鼻腔をくすぐる。そして一口飲む。ほんのりビターで温かい感覚が有希の体を温める。


「ありがとう、詩海くん」


 有希のほっとついた一息が夏の澄んだ空気に溶け込んでいく。

 蝉の声が鳴り始めた。

 街路では多くのサラリーマンが道を歩いている。

 見上げた青い空の下では穏やかな朝日が降り注いでいる。


 しかし遠くの空では、薄黒い雲が少しずつ広がり始めていた。





内容をもうちょっと密にしたいと思い『12話①~④』を修正しました。

よろしくお願いします!


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※本作品は実在の法律的根拠ならびに過去の判例を参考に執筆しているエンターテイメント作品のため、

 法律または法律的助言の提供を目的としたものではありません。

 法解釈における正確性や妥当性に関しては努めて配慮しておりますが、

 作品外における作品内容の利用に関してはご自身の判断でご利用ください。

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