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第12話   紙片に宿る想い②





 茶谷は散乱した紙の中から資料を拾い上げると、手前に差し出た。

 有希は『アニマ!』の編集部のデスクを横切って茶谷から資料を受け取る。

 それは様々なポージングをした上椙の写真が印刷された色校と、上椙本人のインタビューを載せた記事だった。


「表紙だから早めに先方にゲラを見せて掲載の許諾は得ていたんだが、ここに来てあちらさんのチーフマネージャーとやらが急に修正を求めてきてな。インタビューの内容が特定のゲームを語るものだったんだが、それだと他のゲーム会社に悪く思われるから修正しろって言ってきたんだ」

「ある種のイメージ戦略なんですかね」

「まあ、そうじゃねえの。それで修正案をつくって先方に渡したら「このカットは他の雑誌で使う予定だから別の画像に差し替えろ」って言ってきやがった」

「あー、後になって言うなってやつですね……」

「それも修正したんだよ。そうしたら今度は「うちの上椙がアニメ雑誌の表紙に使われること自体間違っている」とか言い始めて、そのメールがさっき届いたってわけ」

「当初は許諾を得ていたんですよね? 何が気に入らないんだろう……」

「わからんからこうして悩んでいるんだ」


 茶谷はいら立ちを声にして叫んだ。

 有希は周囲を気にするものの、このフロアには自分たち以外に誰もいないことを確認すると胸をなでおろした。


「あとは法務部の若いやつから雑誌内の項目について相談事があるって言われたな」

「詩海くんですか?」

「そうそう、そんな名前の人。しかし法務部に目を付けられるとは怖いねぇ」


 あまり接点のない人にしてみれば法務部は異質な存在に見えるのだろうか。山村も詩海も優しくて頼りになるのに……。しかし詩海の相談事というのも少し気になるが。


「それに校正のチェックもまだ終わってないんだよなぁ」

「他の人は?」

「うちの編集部は大半が業務委託だから必ずしも全員が出社するわけじゃないんだ。だから、今までは私と今年入った新人の社員の二人で校正作業を回せていたんだが、新人がインフルエンザにかかってねえ」


 出版社は元々業務委託が多い業界で、昨今の働き方改革においては年々増加傾向にある。就業規則においては会社の構成員である雇用者とは異なり、業務委託はプロ野球の契約更改のように双方の合意で決まる。そして『アニマ!』では編集部に所属こそしているものの業務が在宅のみで完結している人がほとんどだった。


「いやぁ、しくったなあ。業務委託の人をもっと採用すべきだったな」

 茶谷は眼鏡の下に指を入れて目をゴシゴシとこすった。重苦しい嘆息を吐いた後、充血した目が誰もいない前方を睨む。


「なーんで残業なんてあるのかねえ。今日は見たいアニメがあったのに」

「わかります……私もプロ野球の交流戦チケットが駄目になりました」

「野球好きなん?」

「筋金入りのヤクルトファンです」

「ヤクルトって恋愛アドベンチャーゲームを出してた球団だっけ」

「……詳しく聞かせてもらっていいですか?」

「二〇二四年に出た乙女ゲーだよ。野球の外にダンスや歌手活動も行って新感覚のプロ野球選手をプロデュースするって内容だったかな。ヤクルトは確か、企業名とユニフォームの使用を認めただけで、実際にゲームをつくったわけじゃないが」


 つまり乙女ゲームとヤクルトのコラボ商品らしい。携帯電話で検索したらイケメンキャラクターたちが見覚えのあるユニフォームを着ている。自分としてはユニフォームがゼット製なのかマジェスティック製なのかが気になるところだが。


「暇があればプレイするものいいんじゃないか。残業、残業で大変だと思うけど」

 茶谷はデスクの引き出しから取り出した栄養ドリンクをぐいと飲んだ。

「今はできることをやるしかねえ」


 そう意気込むも茶谷の体はまるで沖に出た船のようにふらふらと揺れている。明らかに栄養の摂取でどうにかできる範囲を超えていて、その様子を見た有希はいたたまれない気持ちになった。

このまま見過ごしていいのだろうか……そんな疑念が頭をよぎったとき、有希は茶谷の方へ歩み出た。


「あの、手伝ってもいいですか?」と、有希が提案する。「校正なら日頃からやってますし、アニメ雑誌にも興味があったからここで触れるのも今後のためになると思うので」

「いや、手伝わなくて――」

「持ちつもたれつじゃないですか。『悪レべ』がアニメ化したときも、『アニマ!』の雑誌広告面で大きく取り上げてくれたこと本当に嬉しかったです。このデスク借りますね」


 有希は手前のデスクに座ると、仕事を求めるように茶谷に手を差し出す。

「残業なんだけど――」

「あっ、申請いりますよね。後で私のパソコンから提出しておきます」


 茶谷は数秒無言になった後、頭をかくと、校正用の印刷物を有希に渡した。


「表紙、巻頭、舞台関連、巻末以外の記事は全て再校段階で修正作業ができる。ゲーム関連は私がやるから、天宮ちゃんはアニメ周りの修正とフォントのデザインチェックをやってくれ」

「了解です!」

「今、資料を印刷するわ。うちは必ずA3の紙にしてチェックする決まりなんだ」


 有希は大型コピー機の前に移動する。稼働を始めたコピー機が両面刷りの用紙を次々と吐き出すが、その量はかなり多く、中には文面が両面にびっしり記されたものもあった。これは時間がかかると予想するも、頑張れば比較的短時間で終わるかなと経験則でそう直感した。


 印刷が終わると有希は大量の紙を持ってデスクに戻った。

「私のノーパソ貸すから、修正案はそれで見て」

「はい!」


 有希は広げた印刷物に修正用の赤字を入れていく。幸いなことに作業において不明なところはない。これまで培ってきた編集経験が役立っている。修正作業も再校なので既存のフォーマットの微調整がメインだ。フォントのデザインも近くにあった過去号を見て傾向を判断できる。初めての作業ではあるもののいける、という確信が有希にはあった。


「手際が良いねえ」

「もう三年目ですから。そういえば上谷さんは秋灯社に来て何年くらいになるんですか?」

「新卒からいるから十三年かな」


 有希は思わず唸る。見た目の若い茶谷がそんなに在籍しているとは思わなかったが、部門のトップを担っている事を考えるとそれくらいの年齢で当然とも思えてきた。


「十三年間も同じ部署にいりゃ、そりゃ役も押し付けられるわな」

 茶谷はディスプレイと手元の資料を見比べながら嫌味っぽく笑った。

「出世って良いことじゃないんですか?」

「確かに役職手当も給料も増えるさ。けど、その反面責任が増える。何かあったら火消しに回らにゃいかんし、部下がヘマしたら謝りにも行く。今月号の巻頭だってそうさ。本来は他のメンバーが担当だったけど、トラブルが起きてからは私が引き継いで先方とやりとりしてる」

「そうなんですね……」

「みーんな一兵卒になりてえって思ってるよ。それが役職ってもんさ。天宮ちゃんだってこのままノベコミにいたら、いつかはこうなるんだぜ?」


 茶谷はデスクの隅に空いてある役職入りネームプレートをペンで叩いた。


「ふいぃ……嫌ですね」

「だろう? でも逃げられねえぞ。備前さんも期待しちゃってるからな」


 備前が私を期待しているとは初耳だ。自分はどちらかといえば不器用でミスも多く、仕事ができるような人間ではない。野球のノックの感覚で白球に食らいついているだけなのに。

 それでも誰かに期待されていることは嬉しいし、それに応えたいとも思う自分もいる。



 有希は一つの作品の記事修正を終えると、次の修正に取り掛かる。あ……これ芽衣が好きなアニメの『笹野宮と大久保』だ。今度映画になるらしく、次号では雑誌付録としてクリアファイルが付いてくると記載がある。


「『ささおう』好きなのか?」

「友人が好きなんですよ。本人はメインの二人じゃなくて桐原くん推しらしいですが」

「桐原きゅんの半ズボンしゅきぃ……」


 ふいに世界の知能指数が低くなったような気がして有希は茶谷を見やる。

 茶谷は真剣な顔で仕事を進めていた。





有希「『ささおう』のクリアファイルいる?」

芽衣「同じの四つはいらないわよ」

有希(こいつ三冊も予約してる……)


―――――――――――――――――――――――

※本作品は実在の法律的根拠ならびに過去の判例を参考に執筆しているエンターテイメント作品のため、

 法律または法律的助言の提供を目的としたものではありません。

 法解釈における正確性や妥当性に関しては努めて配慮しておりますが、

 作品外における作品内容の利用に関してはご自身の判断でご利用ください。



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