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第11話   あなたの心が進むために③

今週毎日更新です。

たぶんお昼の0時に更新。間に合わなかったら切腹します。

よろしくお願いします!



 午前十一時前になると有希は有線イヤフォンを装着してウェブカメラをオンにする。ウェブ上にテーブルを作って参加者を待った。時間になると中年の女性がテーブルに入室した。南雲(なぐも)(ひとみ)。『いせげん』の制作においては編集プロダクションとして参加している。


「お疲れさまです、南雲さん」

「お疲れさまです~」


 南雲は笑顔で片手を振る。眼鏡をかけた温和な顔つき。四十半ばの年相応の体型をしていて、おっとりした雰囲気をまとっているが大手出版社に在籍していた編集者だ。育児を機にフリーの編集者として独立。旧知の仲である備前の紹介で、現在は編集プロダクションとしてノベル・コミック編集部を下支えしている。


「天宮さん、最近の調子はどうですか?」

「特に変わりはないですよ」

「そうですか。こっちは上の子が小学生になったので色々あって大変でした」

「南雲さんが大変なのに色々無理を言ってすいません」

「いえいえ、そんな! 私も漫画が好きで今の仕事を続けているので気にしないでください。それに編プロはお金が貰えますからね」

「出版社にいたときよりも貰えるんですか?」

「額面だけで言えば前にいた会社の方が高いけど、編プロは印税がありますからね」


 印税と言えば小説家や漫画家、音楽家など主にクリエイターだけの報酬と思われがちだが編集プロダクションも会社によっては貰えることがあるらしい。ただし南雲いわく出版社のグループ会社や子会社に所属して編集業務についている場合は給与や賞与として換算されるため印税は基本無いとのことだ。


「ウチの深夏が新規案件を獲得したので今度南雲さんに紹介させていただきます」

「ああ、新卒の子よね。よかったわね。備前さんに女性向け作品縛りされているのは聞いていたけど、天宮さんみたいな立派な先輩がいれば何も問題ないわね」


 目上の人から先輩と言われるとプレッシャーを感じる。本当にそんな人間ではないのだから憧れているわけで。有希は笑ってごまかした。


「それはそうと奥野さん来ないわね」

「そうですね……」


 奥野とは『いせげん』の原作者で本名は奥野(おくの)省吾(しょうご)。本日は非番のため打ち合わせに出席できる……事前の連絡ではそう聞いていたが未だに出席してこない。

「奥野先生は遅刻の多い方ですからね」

「もしかしたら私に会いたくないのかもしれないわよ」

 有希の肩がぴくりと震えるも「そんなことないですよ」と努めて否定した。

「だってこの前、私が描いたネームに苦言を呈していたでしょ。小説を漫画に起こすにあたって必要な部分とそうじゃない部分ってあるのよ。それを前回の打ち合わせのとき丁寧に伝えたのに、奥野さん気に入らない感じを出してたじゃない」

「そのあたりは私の方から先生に言って最終的には納得してもらいましたから、先生も気にされてないと思いますよ」


 有希はそう取り繕うも実際には軟着陸という形で落ち着いたことを南雲には伝えていない。本日三人で顔を合わせて、これからもより良い作品をつくれるよう精一杯頑張ろうと丸くおさまってほしいのが有希の本音だった。それなのに遅刻はする上に事前の連絡もない。奥野の心配もそうだが、自分の立場も危うくなっていて胃がキリキリする。



 それからしばらく経過するも奥野は一向に入室しなかった。

 奥野には社用スマホから何度も連絡を送っているが既読すらつかない。会議が開始できないため南雲とは仕事の話から他愛ないことまで雑談を続けていたが、それが三十分近く続くと話すことがなくなり、南雲の温顔も今では困った表情を浮かべていた。


「他に進めたい作品があるから今日は退室してもいいかしら?」

「はい……すいません」

「天宮さんのせいじゃないわよ。気にしないでね」


 それは奥野が悪いと言っている反証ではないだろうか。でも、反論するにしても当の本人とは連絡がつかないため引き留めることも難しい。有希は渋々了承した。



 南雲がテーブルから退室すると、有希は頭を抱えて溜息を吐いた。

 非常に困った。事態は有希が目指したい方向とは真逆の、悪い方向に着陸してしまった。朝早く起きて念入りに練ったプランニングもすべて泡沫に消えた。どうしようと悩む一方で、今も音信不通になっている奥野のことが気になり、再度メッセージを送る。


 ――ピコン。


 ようやく既読がついた。その後は「ああああ」「ごめ」など意味不明なメッセージが連続して送られてきた。

 その数分後、テーブルに奥野が入室してきた。息を切らして顔を伏せている。スマホ経由での入室のため奥野側の画面が揺れている。スマホを手に持っているようだ。


「すすす、すいません……不登校の生徒の様子を見に行ったら遅くなってしまって……」


 奥野は呼吸を整える。鳥の巣を想起させるくせ毛が特徴的で、モデルが着けるような縁の大きいおしゃれな眼鏡をかけている様は大学生のようにも見えるが年齢は三十を超えている。本業は小学校の非常勤教諭で、本業と並行する形で作家活動を行っていて、有希も奥野の職業を聞いたときは驚き、公務員の副業は法律的に大丈夫なのかと不安にもなったが奥野いわく大丈夫らしい。


「先生、心配しましたよ!」

「本当にすいません!」

 有希が大きい声を出すと奥野の声が小さくなる。

「もうすぐ公園に着くので、いったん退室します」

 テーブル上で再び一人になった有希は小さく息をついた。『なれる』の兼業作家は珍しくない。色々な業種の人が作家という職業を目指して日々投稿しているが、奥野の場合『いせげん』の他にも二つの作品を書籍化しているプロであり忙しいのも分かる。しかし今回は色々とタイミングが悪い。



 有希は何から話そうか考えていると、奥野がテーブルに再度入室した。


「あれ、南雲さんはいないんですか?」

「予定通りにはインしていましたが、先生がいらっしゃらなかったため、他の用事を先に済ますとのことで退室しました」

「そうですか……怒ってました?」

「いつも通りでしたよ」


 文句を言っていたことは伏せて有希は笑顔をつくる。昔の漫画編集者は型破りな人が多かったみたいだけど、現代の編集に求められるのは各セクションのモチベーション維持と制作マネジメントだ。プロ野球をよく視聴する身としては選手の起用方法で夜も眠れなくなる監督って大変だなと思っていたが、まさかそれを自分が体験するとは夢にも思わなかった。だが、南雲の様子を伺うあたり奥野も少なからず気がかりを抱えている証左でもあるためここは慎重にならねば。


「奥野さん、今回の打ち合わせで話し合いたいことがあると仰っていましたけど、それって小説最新刊のバトル描写のところですか?」

「はい……天宮さんには前に伝えましたが、僕としては良いものを書けたというか、作品を進行する上でバルバトスとレクスのくだりはとても重要な部分なので、コミカライズで省略するのはやめてほしいのが本音です」


 有希は小説最新刊の校了データを確認する。

 能力を覚醒させた主人公のムラビトが異世界から現代に転移した後、異世界では主人公側の仲間レクスと、敵の四天王の一角バルバトスが対決する。レクスとバルバトスは旧知の間柄だが信念の相違によって異なる立場に身を置いていた。人間関係においてストーリー性があり、心が揺さぶられる熱いバトル展開が繰り広げられていて読み応えもシリーズ屈指の部分だ。


 ただし、難点が二つある。とにかく尺が長いのと、作家側の思想が色濃い点だ。


 ノベライズでは『なれる』で更新している小説をベースに、作家と編集が話し合ってエピソードを加筆または削除を行って規定ページ数に収めた上で刊行する。当初は小説原本が規定ページ数に収まりきらなかったため有希はページ数の削減を提案したが、奥野は難色を示した。その後は何度も頼み込んで削れる部分を可能な限りそぎ落とし、すでに稟議の通った企画提案書に待ったをかけてページ数を修正するなど搦め手を使って何とか最新刊の出版に漕ぎつけたのだが、南雲は漫画のネームに起こす際、小説の内容を大幅に省略してしまった。そしてそれが現在のひと悶着の原因となっている。

 もう一つの難点は主人公以外が強くフォーカスされていることだ。『いせげん』の小説は五巻既刊、そして現在六巻を鋭意制作中だが、その内の描写シーンは主人公よりも、レクスとバルバトスの方が比率を占めている。漫画やアニメで度々見かける、「作者、本当はこれを描きたいんだ」という作品の本筋そっちのけで暴走が見受けられる点だ。



「主人公のムラビトくんがしばらく登場しないのは気がかりですからね」

「でも、二人のくだりは天宮さんも熱い展開だって褒めてくれていたじゃないですか」

 そりゃダメとは言えないし、それにすぐ反論が飛んでくる始末。否定できない立場にあるのだが、それを奥野は一切理解していない。


「少年漫画みたいな男と男の友情物語、すごい好きなんですよ」

「そうですね……」

「『なれる』でもファンの人たちがたくさん高評価をつけている。これって読者から共感を得ている証じゃないですか」

「確かに……」

「それなのに南雲さん……何が気に入らないんですかね。正直理解できないです」

「はい……」

「えっと、天宮さん大丈夫ですか?」

「はい、天宮です!」


 気が付いたらロボットみたいになっていた。ちゃんとしなければと思いつつも、藪をつついて蛇を出すわけにもいかない。今は愚痴を吐かせてストレスを発散させる守備シフトの時間だ。タイムリーヒットだけは防がねば。


「作品というより僕のことが嫌いなのかな」

「――いやっ、それは絶対にないです。南雲さんも『いせげん』をすごい評価していて、自分から編集したいと言って制作に参加してますから!」


 有希は慌てて言い返す。ヒットどころか危うくサヨナラホームランを被弾しかけた……制作者間の反目は絶対にまずいのに。


「天宮さんはどう思いますか?」

「――!」

 急に打席に立たされて有希の口から声にならない声が出た。まずは咳払いをしつつ落ち着こう。そしてすぐバットを持って、全力で思考を巡らす。



「……二人のやり取りはシリーズ屈指の熱い展開です。読者目線で読んでも面白いと感じて、だからこそ、可能な限り原本に近い状態で刊に収めました。その一方で、南雲さんもバリバリの漫画編集者で、必要であると思ったからこそ大幅に修正を行ったことも理解しています」

「それは分かるんですけど……」

「コミカライズにおいて制作全体のマネジメントを担うのが担当編集の役割で、漫画の内容を編集するのはどちらかといえば編プロの裁量が反映されます」

「でも、最終的な決断を下すのは担当編集の天宮さんじゃないですか。天宮さんの方からネームに働きかけを行うということはできないのでしょうか?」


 行うことは可能だ。しかし今の状態でそれを行ったら南雲からの信用が崩壊してしまう。かといって、ここで奥野に「できない」と嘘をつくことはバレたときのダメージを考えると極めてリスキーだ。最悪『いせげん』が連載中止になってしまう。


「……南雲さんと相談してみます」


 現状、解決策はない。有希は一時しのぎが精いっぱいだった。だが、奥野はほっとした表情を浮かべて「お願いします」と頭を下げた。心にないことを言うことは心が痛くなる。



 これ以上打ち合わせを行っても無意味と悟った有希はふと奥野が遅刻したことを思い出す。

「ところで、本業は大丈夫ですか?」

「え?」

「さっき、不登校の子の面倒を見に行ったと仰っていたので」

「その件は何というか……本来なら担任が様子を見に行くべきなのに、その担任と生徒の親御さんの折り合いが悪いんですよね」

「それで代理として奥野さんが」

「はい……非常勤ですけど身分は公務員なので」


 奥野は鳥の巣のようなぼさぼさ頭を指でかいた。ネットでは作家を名乗っていても実生活では別の責任と向き合うことを余儀なくされている。しかし公務員なのに副業はしても良いのだろうか。とにかく藪が多いな。


「実は今の小学校ってネットから出席することもできるんですよ」

「そうなんですか?」

「二〇〇五年に導入された制度で、不登校の生徒がデジタル端末を利用して学習したとき、出席扱いにする制度があるんですよ。条件も幾つかありますが。現場ではネット出席って呼ばれていますね」

「そんな環境があっても不登校になる子はいるんですか?」

「多いですよ。むしろ不登校児童は年々増加していますからね。校風、先生、勉強、子供の性格、親の考え……色々あるんですよ」


 副業の愚痴を逸らそうとしたら本業の愚痴が飛んできた。だめだ。こっちもメンタルが危うい。今後のスケジュールの話をしよう。


「次回の打ち合わせですが、奥野さんの方で空いている時間はありますか?」

「えっと……明日なら大丈夫です」

 思わず「明日?」と言いそうになるも喉で留める。さすがに明日は急すぎる。


「南雲さんとアポ取れるかわからないので、明日以降で空いている時間はありませんか?」

「それなら三週間後になりますが――」

 三週間後だと。

「この時期、行事関連の準備や保護者説明会への参加が控えていて……」


 学校の先生は大変だと聞いてはいるけどこの国は公僕を働かせすぎではないか。しかし、三週間後は長すぎるためはい、そうですかと素直に了承もできない。



「……明日打ち合わせができるよう努めます」

「色々とご迷惑をおかけしてすいません」

「いえいえそんな! 作品のブラッシュアップに討論は付き物ですから。謝らないでください」

「そう言ってもらえると助かります……ほんと、すいません」

「今から南雲さんとアポ取って、詳細が決まり次第共有します」

「わかりました。それでは、失礼します」


 そう言って奥野はウェブ部屋から退室した。

 打ち合わせが終わり、有希は両手で挟むように口元を隠し、溜め息をついた。制作を進めたいのに制作から遠ざかっている気がするのが心底もどかしい。


 謝らないでと伝えても謝るあたり奥野は気が弱い方ではあるのだが、作品づくりに関しては我が強くなる。これは奥野に限ったことではないけど、やはり作家とのやり取りは大変だ。この国ではよく毎月、小説や漫画が山のように生み出されるなと思えてくる。もしかして、自分が大変な思いをしているだけで、他の編集者はもっと気楽でスマートにやり取りを行っているのだろうか。昔の制作現場では編集者は厳しい人ばかりだったと聞くことがあるけど、もしかして自分はやり方を間違えているのだろか……。


「先輩……?」

 深夏が心配そうな表情を浮かべていた。


「大丈夫ですか。ちょっと疲れているように見えたので」

「今日はちょっと早起きしたから、そのせいかな」

「お弁当を準備していたとか?」

「私、料理はできないから。まぁ……たまーに早朝ランニングしたいときがあるんだよね」

「わかります。私も部活で朝練やらされていましたけど、朝練とは別に体を動かしたいときがありました」

「そう、それだね!」


 有希は深夏を指さして、不敵な笑みを浮かべる。実際にはランニングなど行っておらず仕事の資料を作成していたけど、そんな話は後輩にはしたくない。良い先輩とは嘘つきなのだ。そして備前が心配そうな目を向けているが、それは無視しよう。


 有希は社用スマホで南雲にアポを取る。連絡はすぐについた。ウェブ上でやりとりを行う予定だったが、南雲が錦糸町駅公園で直に会うことを提案してきた。疲れた顔をぶら下げて面会するのは気が引けるけど、先方からの提案を拒否することも気が引ける。


 有希は勢いよく席を立ちあがると、ジャケットをひったくるように取り、待ち合わせ場所に向かった。





個人なのにプロダクションっておかしくない?と思われるかもしれませんが、

現場では個人でも編プロって言われていたので、本作品ではそれに倣ってます。

よろしくお願いします!


※本作品は実在の法律的根拠ならびに過去の判例を参考に作品を執筆しているエンターテイメント作品のため、

 法律または法律的助言の提供を目的としたものではありません。

 法解釈における正確性や妥当性に関しては努めて配慮しておりますが、

 作品外における作品内容の利用に関してはご自身の判断でご利用ください。

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